いくつもの思いを重ねてつかんだ優勝だった。4月14日に男女シングルス決勝が行われた伝統の第40回飯塚国際車いすテニス大会(福岡県飯塚市)。女子シングルスを制したのは上地結衣だった。
決勝ではアニーク・ファンクート(オランダ、世界ランキング5位)に2-6、6-1、6-0で逆転勝利を収めた。2018年の第34回大会以来6年ぶり7度目のタイトルを手にした上地は「40周年記念というすばらしい大会で、自分自身にとって6年ぶりの優勝、そして皇后杯をいただけて大変嬉しく思います。たくさんの方に観に来ていただけてすごく嬉しいです」と笑顔でスピーチした。
第1セットはファンクートの強打とバックハンドスライスに手を焼いて2-6で落としたものの、そこからの修正が素晴らしかった。第2セットは6-1と取り返し、最終第3セットも6-0と圧倒した。
逆転勝利を呼び込めた要因として上地が挙げたのは相手のファンクートに得意なショットを打たせないための微調整。「彼女はバックハンドスライスが得意。高いところに打てばスライスでは抑えきれないので、そこにボールを集中させ、自分の展開に持っていくことを意識して、実際にそれができた」と胸を張る。
第2セットの終盤にはサーブミスが相次いだが、これは新たに挑戦している球種を試合で試したため。「回転やコースに変化をつけて、取られたとしてもその後につながるポイントにできたらいいと思って打った」と狙いを明かす余裕もあった。
世界ランキング2位の上地photo by SportsPressJP一歩上の次元へ
一方、新たな技術を身につけたことで見えてきた要素もある。上地は昨年、国枝慎吾さんからサーブを教わり、スピードが向上。しかし、サーブのスピードが上がればリターンのスピードも増すため、両刃の剣になることが判明した。
「自分は体も小さいので、速く打ったぶん速く返ってきたときに対応できるか。速さを追い求めすぎることが必ずしも正解ではないということに気づいた。それよりも自分は左利きなので、回転をかけることで相手の打ちづらい方向に曲がっていく。自分が読みやすいリターンを打たせるためにどうするか、という段階に来ている」
これらはサーブスピードが上がったからこそ気づき得たこと。向上心を持ち、進化を続けながら一歩上の次元へと自分を導こうとしていることが言動から伝わる。
6年ぶりに優勝を果たし、笑顔を見せた上地photo by Asuka Senaga
思い出の詰まった大会だ。兵庫県の中学2年生だった2008年。初めてこの大会にエントリーしたものの、“出場”はかなわなかった。理由は13歳という年齢。ジュニアのクラスがなかったため、年齢制限のなかった一般クラスにエントリーしたが、いざ大会前夜に現地に来ると自分の名前がなかった。エントリーが認められていなかったのだ。日本では当時、国際大会で大活躍しながらも年齢規定を満たしていないという理由で浅田真央さんが冬季オリンピックに出場できなかったことが大きな話題となっており、その影響による措置と見られた。
ただ、「海外の選手と練習試合をさせていただいたし、コンソレーションにも出させていただいたんです」と上地は言う。複雑な思いを抱いたであろうことは想像に難くないが、それ以上に、置かれた状況で最善を尽くしてくれた関係者に対する感謝の思いが膨らんだのが、飯塚でのファーストインプレッションだった。
それから18年。今回、1回戦で対戦した井上由美子は上地が10歳で車いすテニスを始めたばかりの頃、なかなか勝つことができず、壁として立ちはだかった選手の1人だった。
30歳の誕生日を目前に控える上地は、今年65歳になる井上との久々の対戦を純粋に楽しんでもいた。
「井上選手は私が(車いすテニスを)始めた10歳、11歳の頃に同じ左利きでなかなか勝てなくて悔しい思いした選手の1人でもあります。こうして今もまた対戦させてもらえるのは凄く嬉しい。井上選手にはいつも気にかけていただいている。自分が長く続けてるからこそ、こういうつながりがあるのだと思う」
当時、学生ボランティアとして大会を支えていたスタッフが、今は立場が変わって大会をまとめていることも感慨深かった。旧知のスタッフと会場で会えば心が和み、会話が弾む。その時間も上地のパワーの源となった。
「以前はみんながお兄ちゃん、お姉ちゃんだったのに、今は(周囲を見渡しても)私の方が年上。月日の流れを感じるけど、その(当時から支えてくれている)方たちがいまだに残って大会を支えてくださっていることも、自分がこの大会に戻ってきたいと思う理由の一つです」としみじみ語る。
世界女王を倒すためにパリ2024パラリンピックでは今回不参加だった世界ランキング1位のディーデ・デフロート(オランダ)を破って金メダルを獲得することが最大の目標となる。
世界ランキング1位を独走するデフロート(写真は昨年の飯塚国際車いすテニス大会)photo by Tomohiko Sato
デフロートは2016年のリオパラリンピック以降、一頭地を抜く存在となった最大のライバル。打ち破ることのできない相手に対してこのところ徐々に力の差を詰めてきていることを感じているという上地は、今、デフロートに対してこのような思いを抱いている。
「考えれば考えるほど、彼女と自分の本来やりたいスタイルは似ていると感じる。彼女はパワーもあるし、速いショットを打とうと思えば打てるけれども無理をせずにしっかりと自分の時間を作って展開をしていく。自分もやりたいことと似ていると思うからこそ、やりたいことをどちらが先に崩せるか」
そのうえで上地が強化したいと考えているのは決定打の技術。現在はその差を埋めるためのひとつの方法として、車いすの座面を調整している最中だ。
2024年に入ってから全豪オープンでは硬めと柔らかめの2種類の座面を用意。今大会では全豪で試した柔らかめのタイプよりさらに柔らかいものを使用した。現在使用中の座面はただ柔らかいだけではなく、前後左右に激しく動くときのホールド感が備わっており、「自分の体に合っている。より動きやすくなったと思うし、操作性も上がった。ボールに入る位置が良くなったと思う」と相性の良さを感じている。
「デフロート選手は、私がもう一歩ギアを上げなければ勝てない選手。8月のパラリンピックでしっかりと結果を残し、金メダルを取って、またこの場所(飯塚)に戻ってくることが目標でもあります」
上地は言葉に力を込めて言った。
photo by Asuka Senaga
今回は男子シングルスで連覇を果たした小田凱人とのアベック優勝。男女そろっての“日本人V”は上地と国枝が優勝した2015年の第31回大会以来だった。
「そろって優勝できたのは嬉しいし、パリでもそうなりたい」とは小田の言葉。
思い出の詰まった飯塚で上地が新たなエネルギーをチャージした。
※世界ランキングは4月14日時点
text by TEAM A
key visual by SportsPressJP