■松田祐樹さんプロフィール

MD-Farm株式会社代表取締役。
運営する認知症介護施設に野菜などを提供するために農業ベンチャーを立ち上げる。その後、LEDを使った閉鎖型植物工場の立ち上げ・運営に携わり、2018年にMD-Farm株式会社(以下、MDファーム)を設立。同社のプロジェクト「日本の農業を活性化する画期的なイチゴDX植物工場の実現」は2023年に農林水産省中小企業イノベーション創出推進事業の対象として採択された。

完全無農薬の安定的な生産

MDファームの人工光型植物工場の様子

──MDファームではイチゴの人工光型植物工場の研究を行っているそうですが、具体的にはどのような技術なのでしょうか。

閉鎖型植物工場でイチゴを通年、収量の山谷がほぼない状態で連続的に取り続ける技術です。よつぼしという品種を種から、完全無農薬栽培しています。

──完全無農薬ですか? 私も数年間閉鎖型植物工場でイチゴの研究をしていましたが、ハダニやうどん粉病が出るのが通例でした。

普通はそうですよね。ここは詳しくは話せませんが、工場内に有機物をなるべく持ち込まないということがポイントです。

──有機物を持ち込まないということは、土も使用していないのでしょうか?

はい。ここで植物を支えているのは無機質なものですね。おいしければ土にこだわる必要はありませんからね。一つ一つ有機物を減らして管理することで、完全無農薬栽培が可能になります。

──果実を連続的に取り続けられるとのことですが、閉鎖型植物工場では温度・湿度の管理を一年通して一定にできるため、同じ株を数年にわたり利用し続けられますよね。ただ、同じ株だと年々収穫量が落ちるのはもちろん、収量の山谷があるのが一般的だと思います。

そうですね。私たちの工場では、花のつき方が違うんですよ。普通のイチゴ栽培では、次の花が出てくるまでに間が空くじゃないですか。私たちの技術だとその「間」がないんです。いつも花がつくので、一年中収量に山谷のないイチゴ生産ができます。この技術については特許も取得しています。

徹底的な自動制御・管理

──出荷先もすでに決まっているのでしょうか? 出荷先からの味についての評価も併せて教えてください。

出荷先については詳しくは言えませんが、決まっています。味について話をすると、ある有名パティシエさんからはすごくおいしいと評価をいただきました。ただ、ケーキには使えないと。というのも、おいしすぎるとイチゴが目立ってしまって、ケーキ全体のバランスを崩すんだそうです。果実単体としておいしいものと、ケーキで求められるものは違うんですね。

ただ、私たちの技術では、果実の糖度や酸味の調整も可能です。ご要望のレベルに合わせて生産し直し、再度味見していただいて、味も品質も満足していただけました。

日夜行われる研究

──糖度や酸度を顧客の求めるレベルに合わせられるということですか?

はい。光の強さ、光質、CO2濃度、温度、湿度など総合的に変化させることで、果肉の硬さ、糖度、酸度、大きさを調整できます。

──すごいですね! その研究は一体どのように行ってきたのでしょうか?

工場施設の部屋を複数に分け、同時にさまざまな環境での実証データを取り研究してきました。それぞれの部屋で環境設定をすべてコントロールできるようになっています。

──環境設定がコントロールできるということは、IoTによってデータ収集・管理をしているのですか?

データをクラウド上に集めて、AIも用いてディープラーニング(深層学習)させています。データ収集も自動です。この5年間ずっと、温度、湿度、CO2濃度、光量などのデータを全部取ってます。

──イチゴ栽培で一番手がかかるのが収穫だと思います。現在は手作業で行っているのでしょうか?

一部ロボットを入れています。カメラで画像を撮って、AIで成熟度を判断し、収穫していくタイプです。葉かきや芽かきも含め、ますますロボットに投資して、人による作業をゼロにしたいですね。

イチゴ果実収穫用ロボット

──植物工場内では清掃も必要ですよね。排水周りは汚れますし、イチゴの花弁も処理しなくてはいけません。清掃はどのように?

清掃は自動化しています。また、私たちは水の使用量を徹底管理しています。一般の露地栽培と比べて、おそらく100分の1以下です。肥料分が蓄積しないようデータを取りつつ、植物の成長具合を自動認識し、それに合わせてミリリットル単位で養液をあげています。イチゴに必要な量だけを与えるため、排水が出ない。要は配管が極端に少ないのでメンテナンスが従来より格段に少ないんです。

あらゆるものを自社開発

植物工場の様子

──かなり自動化が進んでいる印象ですが、工場管理は現状どのくらいの人数で行っていますか?

2万株規模で1日1人か2人いれば十分ですね。今後設立する工場は「工場管理者は必要だけど、作業者はゼロ」にしていきたいです。作業者確保が必要ない工場にしたいですね。

──作業者ゼロというのは実現可能なのでしょうか?

完全に人をゼロにするためには5年、10年はかかると思いますが、一歩一歩その道に近づいているとは思います。

──とはいえ、機械を導入すればするほど、多額の初期費用がかかりますよね。ここまで自動化していて、採算は合うのでしょうか?

収量が多いですし、イチゴは高いですからね。さらに言えば、機械はほぼ自社開発ですから、想定されるより低コストだと思います。

──自社開発できるスキルのある人材がいるということですか?

そうですね。技術を持った人材がそろっています。農家出身でベテランのイチゴ栽培技術者、IT系出身でロボットを作れる者、元々自動車部品を扱っていたエンジニア系の者。面白そうなことやってるねって、たまたま優秀な人材がそろった感じです。

また、LEDメーカーとも連携しているので、イチゴ栽培に特化したオリジナルLEDを開発できます。あとは、新潟には三条という金属加工の得意な地域があり、設計図があれば安く装置を作ってくれるんですね。そのため普通に研究・開発する3分の1ぐらいのコストで済んでます。

──多くの植物工場系の企業はコンサルティングや栽培指導で事業を継続していますよね。ここまでノウハウ・技術を持っていると、「教えてほしい!」という人もたくさんいるのではないでしょうか? イチゴの植物工場のコンサルティングなどは考えていますか?

予定はありません。むしろ、技術を独占して、教えないようにしています。システムを売るのではなくて、イチゴがいつも、安定的に供給できるソリューションを提供するソリューション提供カンパニーになるのが目標です。

──栽培品目については、葉物、イチゴ、ワサビなど多品目を検討している植物工場系企業が多いですよね。MDファームもそのように横展開して事業を広げるイメージなのでしょうか? イチゴ以外の作物に興味はありますか?

イチゴ以外にはまったく興味がないですね。世界的な農業企業は、1品目に特化したところが多いんですよ。バナナならバナナ。キウイならキウイ。1品で勝負しなければ世界で戦えるわけがない。イチゴの栽培技術を他の農作物に転用できる部分もありますが、MDファームとしてはまずはイチゴに特化したいと考えています。

あくまでも、安定的にかつ安全にイチゴ果実を消費者に届けたいんです。日本国内だけでなく、世界中で当社規格の工場を建てて、現地の市場に直接卸したいと思っています。クラウド上ですべてをコントロールできる仕組みさえあれば、世界のどこでも同じ規格・クオリティーのイチゴを作れるようになりますから。
イチゴを輸出するのではなく、イチゴを安定的に地産地消できる栽培ノウハウを体系化することで、農業のソフトウェア化を推進していきます。

──現在は事業はどのようなフェーズにあるのでしょうか?

基礎技術の研究は全部終わったので、大規模生産のための最終チェック段階です。農林水産省中小企業イノベーション創出推進事業に採択され、交付金もいただけることになりました。そのお金を使って山形で工場を作っています。これから工場のいろいろな技術の最終統合チェックをかける予定です。

その中で、不具合があった場合、それを一つ一つ全部潰していきます。基礎技術はすべて自社開発しているので、その改良も迅速にできます。そのようにして、大規模生産の前に細かい課題を全部洗い出します。それが終わったら、どんどんと同じ規模の工場を、1つの規格で作っていく予定です。

新鮮な完熟イチゴをいつでも食べられる環境を

収穫されたイチゴ

──スタートアップ企業として、閉鎖型植物工場ビジネスを順調に発展・成功させている印象ですが、その秘訣(ひけつ)を教えてください。

ビジネスを順調に成功させているというのは、ちょっと違うと思ってます。というのは、スタートアップなので、まだ投資してお金をかける段階なんですよ。これからどんどん上向きにしていかなきゃいけない。すごい大金を使ってますからね。

──農業系スタートアップを立ち上げ、成功するにはどうすればよいと思いますか?

スタートアップを満たす要件は3つあると思っています。1つは外部の投資家からお金を得ること。2つ目は「Exit(エグジット)プラン」といって、投資してもらったお金を投資家に還元する方法を提示できること。3つ目は他社にまねできないような研究開発をして、差別化によって市場を独占するか、新しい市場を作り出す。細かく言えばもっとありますが、この3つが前提条件なんですね。

そのため、農作物の栽培技術の他に、いろいろなビジネスの視点も持たなくてはいけません。なかなかハードルが高いですよね。今までの農業とはまったく違う視点を持って、消費者視点で考えることが大切だと思います。

──その視点を松田さんが持っているのはなぜですか?

別のイチゴ関連のスタートアップの立ち上げに携わったので、その時に勉強しました。また、アメリカのベンチャーキャピタルの技術指導員をしていた方からいろいろ教えてもらったんですよ。スタートアップのルールとか、制約とかについて、時間をかけてガッツリ勉強して。

──先ほどの開発分野の人材含め、いろいろな人々との巡り合わせがあったのですね。

本当にそうですね。運が良かったと思います。

──最後に、今後の抱負を教えてください。

私たちは大量に安定的にかつ安全にイチゴを出せる工場を10年以上前から目指してきました。消費者が安定的に安心で新鮮な完熟イチゴをいつでも食べられる環境を作りたいと思っています。

おいしくて世界中で評価されるイチゴを作ること、日本の農業をソフトウェア化することが目的です。栽培をデジタル化して世界のどこでも、誰でもできる仕組みを作ろうと思っています。

──誰でもできるイチゴ栽培の仕組みの実現が今から楽しみです。農業に新しい可能性を見いだす内容の連続で、大変刺激的でした。今後も引き続き動向に注目していきたいと思います。

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