4月10日に新曲「Its a piece of cake」をリリースした、にしな。最近ではNHKで放映された「tiny desk concerts JAPAN」にて、藤井風のコーラスを務めた際にも多くの人を魅了した。新曲と「tiny desk concerts JAPAN」について、にしなの心の内を掘り下げさせてもらうと、音楽が生み出すことのできる科学や言語を超えた感覚とは何か、といったテーマを巡るインタビューとなった。
―「Its a piece of cake」は、どんなきっかけから書き始めた曲でしたか?
これは本当に、音楽仲間――仲が良くて、たまに「飲みに行こう」ってなる、自分含め3人――と飲んでいて、終電を逃して、井の頭公園で飲んで、他愛もない話をして……「あ、曲になりそう」と思って、家に帰ってその時に思ったことを録っておいて、それを時間かけながら完成させていった曲です。
―自分の一瞬を素直に切り取った音楽で、「3人」というところまでリアルだったんですね。
そうですね。冒頭の3フレーズ(”泣けないあいつも/控えめな彼女も/天邪鬼な僕も”)から作り出しました。曲の中で描いてることすべてがその時に話したことだったかはもはやわからないですけど、冒頭だけは確実にあの時を切り取っているんだろうなと思います。友人含め、それぞれの曲になったらいいなと思いながらも、確実に自分の曲というか。
―まさに。音楽とは、作り手にとっては「この瞬間の空気、感覚」を残すことができて、再生すれば「あの感覚」を蘇らせることができるものであり、それを受け取った人が再生すればその人にとっての「あの感覚」が蘇る、という不思議なものですよね。そういう「音楽で瞬間を残すこと」と「音楽を誰かと共有すること」の豊かさを体現した曲であると思いました。
めちゃくちゃ嬉しいです。これを映像化する時に、自分が人としていっぱい笑ったり泣いたり悩んだりしているところが伝わるものにしたいけど、それだけじゃなくて、「それぞれに、それぞれのことがある」ということが感じられるものになったらいいなと思っていたので、今言っていただいた言葉はそれにすごく近しいものを感じて嬉しいです。
―”音楽なんかなくて生きていけるのに/どうして僕らはまた求めるんだろう/そんなくだらんこと出会えて本当によかった”、この3行は今話してくれたことであり、この曲の肝を歌っているともいえると思うのですが、どういった想いから書いたものでしたか。
すごくナチュラルに書いてはいるんですけど、インタビューとかでお話しさせていただく中で改めて思ったのは――他のアーティストの方々がインタビューで「自分にとっての音楽とは」「なぜ音楽をやるのか」を語られている中で、「音楽は超くだらないから面白い。だからやりたい。それが自分にとって素晴らしい」みたいに言っていたことが印象に残っていて。それがあってこの3行を書いたわけではないんですけど、強烈にもらったその感覚がここにいきているのかなと、あとから思いました。
―”くだらんこと”というのがにしなさんらしいワードチョイスですよね。くだらんことこそ愛おしいじゃん、という姿勢がにしなさんだなと思いました。
そうですね。くだらんことだから面白いし素晴らしい、ということはすごく思います。
Photo by Kentaro Kambe
自分の中でこの曲は「昔からやってること」という感覚
―前作「bugs」は社会全体を見渡す視点で、画面の中の匿名の対人関係について書いたものでしたけど、今作「Its a piece of cake」はその真逆で、ミニマルな世界の中で大切な仲間と直接会った時の感覚を曲にしたものである、とも言えますよね。なぜ今回はこういった曲を作ろうとしたのだと思いますか。
去年からライブも含めて「わちゃ」「ごちゃ」みたいなものを楽しんでいたんですけど、逆にそろそろシンプルに行きたいな、みたいなテンション感でしたね。自分の中でこの曲は「昔からやってること」という感覚ではあるんです。
―ああ、原点に戻った感がある?
うん、そうですね。右行って、左行って、次は逆にシンプルに戻りたい、みたいな感じです。やっぱり天邪鬼なので(笑)。
―歌詞(”天邪鬼な僕も”)に書いてある通り(笑)。
はい、この”天邪鬼”は完全に私なので(笑)。「右がいいね」って言われたら、「左に行こう」みたいになるというか。「あなたの音楽はこれです」みたいに言われたら、身動き取りづらくて嫌なのかも。
―これまでいろんな音楽を作ってきて、今原点に戻りたいモードになったのは、何か理由があると思いますか? それともただナチュラルに「今、これやりたい」みたいな感覚?
ライブもシンプルに振りたいというふうに今作ってるんですけど、そのテーマに合う曲にしたいというのはありました。同じタイミングで作ってる曲の中には、それこそ「わちゃ」という感じのものもあるので、全部がこのモードになってるわけではなくて。ただ、ツアーの気分でこうなりました、という感じです。
―『にしな ワンマンツアー2024「Feeling」』(2月からスタート、4月28日にNHKホールでツアーファイナルを迎える)では、すでにこの曲を演奏されているんですか?
やってます。しかも音源のアレンジは一旦置いておいて、ライブではクリックなしで、その日のフィーリングでやるっていう。
―ライブをシンプルにしたい、という想いが具体的にどういったテーマやフィーリングから出たものだったのかは、言語化できるものですか?
それこそ「原点回帰」みたいなところがあって。昔は別に曲をリリースするという発想が自分にはなくて、ただライブで曲をやっていただけで。ライブでやったあとに歌詞が変わってもよくて。そういうノリで、みんなの反応を見ながら完成させていたあのラフさがよかったし、それを今もやりたいなと思ったんですよね。「ラフさ」「シンプルさ」がとても大切なテーマのツアーであり、曲であると思います。
―締切やテーマに合わせて曲を書くとかではなく、書きたいから書くし、その時のフィーリングのまま音を鳴らすという、本当に歌詞通り「なぜ自分は音楽を求めるのか」の根本に立ち返ろうとされたんですね。
そうですね。アコギ弾きながらなんか楽しくやったよ、くらいの感じです。
―歌詞にそって質問すると、今のにしなさんは「音楽なんかなくて生きていけるのに、どうして求める」んですか?
歌うのが楽しいから(笑)。
―シンプルですね。
超シンプル。作るとなると苦しめられることや嫌になる時もあるんですけど、でも結局、それが好きで楽しくてやってるし、憧れてたあの頃のままの私だし。やってるのは結局、楽しいからなんだなと思います。
―原点回帰するために書いた曲でもあり、これを書くことで改めて音楽や歌の根本が自分の中でわかった、という感覚ですか?
そうですね。でも書いた時は、もっと適当というか、ラフな感じではありました。こうやって話していて、確かに自分にとってすごく大切なことを改めて気づかせてくれる曲だなと思います。
―声の使い方、歌のニュアンスにおいては、どういうことにこだわった曲だといえますか。
この感じは、メロの置き方とか含め、それこそ昔からやってることなんですよね。「ラップっぽいのは、他の方とやって経験が増えたからですか?」みたいに聞かれるんですけど、昔からこういうものは好きだしやってきたことだという感覚があって。こだわってこうしたというより、めっちゃナチュラル。最後の”はにかむ”だけ声を綺麗にかすれさせたかったので、そこはボーカルを録る中で何テイクか重ねて選びました。
―何かやってやろうという気概に満ちているというより、本当に、身体の中にあるものを無垢なまま取り出したような音楽だという。
そうですね、超ナチュラルですね。
―2番のサビの”どうせ季節はまた巡る”も、とてもいいなと思いました。にしなさんなりの「Everythings gonna be alright」「Let it be」的な表現だと思うんですけど、「必ず季節は巡る」とかではなく「どうせ」っていうのがにしなさんらしい希望の照らし方だなと思ったんですよね。
確かに。毎回、ちょっとひねくれてるんですよね。どうせ巡りますからね(笑)。それが自分の中ではポジティブです。
―ここもサラッと出てきた感じでした?
そうですね。今お話していた感じの「どうせ巡るしね〜」くらいで書いてました。
―「こういうふうに書こう」とかではなく、本当に友達と駄弁ってるような口調のまま出てきたものを歌詞にしたということですよね。
うんうん、そうですね。いい意味で、脳を使いすぎてなくていいなって思います(笑)。時間はかかったんですけど、曲を作る中で悩んだ記憶はあまりなくて。「これでいっか」くらいの感じでやったので、それこそまっさらな状態ではあるのかなと思います。
―あんまり考え込みすぎず、作り込みすぎず、身体から取り出したような感じの音楽に宿る「何か特別なもの」ってありますよね。
いやあ、あると思います。やればやるほど、考えればいいわけじゃないとも思うし、そこは難しいところだけど面白いところでもあるなと思いますね。
―ライブで歌っていても、この曲には何か違う特別なものが宿ることを感じますか?
感じますね。「今」に落ちてくるというか。たとえばラブソングだったら、ちょっと違う世界に行って歌うようなところがあるけれど、この曲はもう、その場に自分が落ちて、その場からみんなが歌ってくれて。「それぞれにそれぞれのことがあるよね」みたいな、そういう気持ちですね。まだリリースされてないからみんなで歌えないんですけど、いずれはライブで一緒に歌ってほしいと思いますし、そうなれたらまた見えてくるものや感じるものが大きくなりそうな曲だなと思います。
―ステージから見てると、それぞれの人生が浮かび上がって、それがゴシャって混ざるような感じがある?
ありますね。それこそ音楽なんて必要ないのにライブをして、みんなが来てくれて。それぞれがそれぞれのところからやってきてることが超不思議だし、「面白い!」「ありがとう!」という気持ちになります。
―本当に、音楽の根本的な力を感じられる曲になったんですね。
そうなっていってほしいですね。自分的にはお気に入りの曲になったなと思います。
Photo by Kentaro Kambe
風さんから「やりたい」と連絡をいただいて、「無理です」って一回断ったんです
―先日放送された「tiny desk concerts JAPAN」のことも聞かせてください。藤井風さんのコーラスをやることになったのは、どういう経緯だったんですか?
風さんがデビューする前から知り合いで、お互いのライブを観ていたりはしたんですよね。風さんから「やりたい」と連絡をいただいて、「無理です」って一回断ったんですよ。
―え!
コーラスをやらせていただくからには、風さんのいいところを最大限引き出したいと思った時に、自分がそれを果たせるのかどうかをすごく悩みました。コーラスってプロの方がやるイメージで。ツアー中だったこともあって、本当に時間もなくて、色々悩んだんですけど……一回断って。そこでマネージャーさんが「わかりました」とは言ってくれたけど、風さんチームに伝えずに止めていたみたいで。わざわざ名前を挙げてくださった気持ちにも応えたかったですし、朝になって気持ちが変わって、「頑張ります、お願いします」というふうにお返事をしました。みんなでスタジオに入って、Yo-Seaさんともバランスを取りながら構成していって、という感じでしたね。
―実際、本番はどうでした? 気負ってるというよりも、純粋に「音」を楽しんでるように見えてました。
引き受けた段階で、「自信を持ってやろう」と切り替わってはいましたね。風さんのピースフルな人間性もあって、1回限りのライブでミュージシャン同士が感じ合いながら楽しくできました。本番はただシンプルに愛おしい時間だったな、という感じでしたね。日本初の「tiny desk」に出させてもらったことも、一緒に歌わせてもらったことも、感謝しかないです。
―以前の取材で、「自分の声の魅力はいつも人が気づかせてくれる」とおっしゃっていたことが印象的で。今回の経験で、自分の声に関して何か気づくことはありました?
何だろう……やらせてもらって、(自分の声は)寄り添えるものだなとは思ったというか。やっぱり声も楽器で、鳴らし方が色々あって。コーラスとしての鳴らし方があるんだなとは思いました。自分の声の何を求めてくれていたのかはまだわからないし、そこに応えられていたかどうかもわからないんですが、自分のできる限りの「寄り添いボイス」をやらせてもらいました。
―さきほど「ピースフルな人間性」という言葉もありましたけど、にしなさんは風さんのどういったところに魅力を感じますか。
すべてを魅力に思いますね。人柄だってそうだし、詞も、声も、スキルもそう。逆に何が好きかを挙げるのが難しいくらい、本当に素晴らしい音楽と人間性だなっていつも思います。
―人はずっと「正解」を探して生きていくもので。正解を見つけたと思えば、それが不正解になったり、違う正解が輝いて見えたり。にしなさんはその揺れをずっと歌にしていると思っていて、風さんの音楽は「正解」や道標を示してくれるものだと思うんです。表現方法は違えど、人生や生命の捉え方みたいなものにおいて、シンパシーを感じるところがあるのかなと。
自分には書けないものを書かれているし、そこにとっても共感するし、憧れもあるし。素敵だなって思います……語彙力がなさすぎる(笑)。
―いえいえ(笑)。風さんの中で、一番好きな曲は?
全部好きだけど、今の気持ちとしては「優しさ」ですね。私の中では、すごく優しくて壮大だけど、おばあちゃんおじいちゃんに抱っこされてる赤ちゃんとか、子どもが見えるというか。でもそれは若さではなくて。何て言うんですかね?……深いピュアさみたいなものを感じて、素敵だなと思います。
―今言ってくれたことは、にしなさんの声そのものじゃないですか? イノセントさがあって、天使の絵みたいに子どもだけど「未熟」とは違うものがある。今言ってくれた風さんの世界観を彩れるのが、にしなさんの声だったのではと思いました。
嬉しいです、そんな(笑)。寄り添えていたら嬉しいな。本当に光栄だなって思いますね。
―『にしな ワンマンツアー2024「Feeling」』はまだ3公演残ってます。「Its a piece of cake」がリリースされたあとなので、みんなが歌える状況になっているということですよね。この曲を鳴らした時にどんな音楽的エネルギーが会場を覆うのか楽しみですね。
ハッピーな気持ちになりそう。こっちもさらけ出したいし、お客さんにもどんどん見せてほしい。エネルギーを循環させていきたいです。心残りなく、全部爆発させていきたいですね。
Photo by Kentaro Kambe
<INFORMATION>
「Its a piece of cake」
にしな
ワーナーミュージック・ジャパン
配信中
にしな 2024年ツアー「Feeling」
4月13日(土)新潟県 NIIGATA LOTS
4月20日(土)香川県 高松オリーブホール
4月28日(日)東京都 NHKホール