函館市長の選挙公約のひとつ「北海道新幹線函館駅乗り入れ案」について、函館市がコンサルタント会社に委託した調査結果を公開した。本編で260ページ、概要版も47ページという「大作」である。もっとも、本編は他社事例などが多く含まれている。もっとスリムにできそうだが、予算に見合ったボリュームが必要ということらしい。函館市が2023(令和5)年6月に公開した資料によると、調査予算は3773.7万円とのこと。
結論としては、技術、事業費と収益、経済効果の面で「実現可能」とのこと。報道では、整備費157億~169億円(税抜)、経済波及効果は年間114億~141億円とされている。
収支に関しては、上下一体か上下分離かで異なる。北海道新聞は6案としているが、運行パターンは「フル規格車両」と「ミニ新幹線車両」の2つがあり、計12パターンとなる。収支まで含めると、上下分離か上下一体か、上下一体の場合は第三セクター直営かJR北海道に委託かで3パターンある。つまり計36パターンが想定される。整理してみよう。
検討ケース1 : 函館~札幌間(東京駅からの直通なし)
●1F フル規格車両を使う
- 1FA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 1FB 上下一体 第三セクターが運行する
- 1FC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
●1M ミニ新幹線車両を使う
- 1MA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 1MB 上下一体 第三セクターが運行する
- 1MC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
検討ケース2 : 函館~札幌間、東京~函館間は分割併合しない
●2F フル規格車両を使う
- 2FA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 2FB 上下一体 第三セクターが運行する
- 2FC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
●2M ミニ新幹線車両を使う
- 2MA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 2MB 上下一体 第三セクターが運行する
- 2MC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
検討ケース3 : 函館~札幌間、東京~函館間は分割併合する
●3F フル規格車両を使う
- 3FA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 3FB 上下一体 第三セクターが運行する
- 3FC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
●3M ミニ新幹線車両を使う
- 3MA 上下分離 上はJR北海道 下は第三セクター
- 3MB 上下一体 第三セクターが運行する
- 3MC 上下一体 JR北海道が運行する(第三セクターが委託)
本格検討の際は、この中からひとつを選ぶ。大変な作業だが、じつは函館駅乗入れの主旨に合わないパターンがある。不要なパターンを除外してみよう。
まず、ミニ新幹線はばっさりと除外して良い。というのも、函館駅乗入れ案の発案者、元鉄建公団(現・JRTT鉄道・運輸機構)の吉川大三氏の「10両編成のE5/H5系が折り返して車庫に入る。それを函館駅まで走らせよう」というアイデアから始まっているためだ。
吉川氏は函館市の講演会で、「ミニ新幹線なら安くできる」という発言もしたが、これについて吉川氏に聞くと、「フル規格車両と言ったら、過去に検討された1,000億円のフル規格新幹線建設と誤解されるから」だという。本命はフル規格車両をそのまま乗り入れさせる。したがって、上の案で「M」が付くミニ新幹線車両案は不要となる。
次に、分割併合も要らない。分割併合案はミニ新幹線車両案とセットであり、新函館北斗駅の有効長を考えると「併合」して10両となる。函館市案は「7両+3両」を想定しているものの、3両だと先頭車の定員が少ないため、輸送力不足になる。
3両は現在の「はこだてライナー」と同じ両数で、函館駅のホーム延長工事のコストを下げられる。編成の短いほうが分岐器を通過する時間を短縮できるため、在来線との混在ダイヤを組みやすいという利点がある。7両を基本編成とすれば、函館~札幌間と東京~新函館北斗間の共通運用にできる。函館市案では、車両費について運行会社が負担するという考え方を示している。割高な先頭車を増やせという案をJR北海道は受け入れるだろうか。したがって、「ケース3」はまるごといらない。
残ったパターンは1FA~1FC、2FA~2FCの案となった。ケース1の案は東京駅からの直通を考慮せず、函館~札幌間に特化する考え方で、これは道内経済の活性化重視という役割を満たす。道内で完結するため、JR東日本に関するシステム改修費などの負担が少ない。しかし今後、東北・北海道新幹線がさらに高速化し、青函トンネル減速問題もなんらかの形で解決すれば、東京~函館間は「4時間の壁の内側」に収まる。青森~函館間の津軽海峡経済圏の活性化、北関東から東北の各県と函館市の需要を考えれば、東京方面の直通を無視できないはず。したがって1FA~1FCの案も却下となる。
残った検討案は2FA~2FCの3案。「函館~札幌間、東京~函館間は分割併合しない」、これが最も良い案だろう。整備費は169億円(税抜)となる。上下分離か上下一体かは、第三セクターのあり方やJR北海道の意向によって決定されるから、ここでは判断できない。
三線軌条化の「右側案」に異議あり
フル規格新幹線車両を在来線規格の函館本線に直通させる方法として、線路の幅を拡幅する「改軌」と、在来線の線路の外側にレールを追加する「三線軌条」方式がある。フル規格新幹線車両は函館~新函館北斗間を反復するから単線で十分。「改軌」とした場合は、複線の片側を新幹線対応とし、もう片側を在来線用として、それぞれ単線で運用する。これを双単線という。片側を三線軌条とした場合、在来線の複線区間を維持できる。函館市案は在来線の運行に支障しない「三線軌条」を選択しており、これは理に適っている。
三線軌条は函館駅に向かって左側、上り線とする。これも問題ない。右側は道南いさりび鉄道や函館貨物ターミナルの分岐があるため、三線分岐器が増えてしまう。線路の改造費用と三線分岐器の維持管理費がかさむ。上り線が正解だろう。
函館市案は上り線の右側、つまり下り線側に新幹線のレールを追加した。複線の間隔(軌道中心間隔)が狭くなるが、北海道の線路はゆとりをもって敷設されているから問題ないという。しかし、下り線との分岐部で三線分岐器が増えてしまう。図を見ると、7カ所に三線分岐がある。
函館市案が「右側案」とした理由は、列車の左側にある単式ホームを削る必要がないから。フル規格車両も在来線車両もホームとの隙間が小さい。
新幹線のレールを左側に置けば、三線分岐器は新函館北斗駅の在来線合流地点の1カ所だけになる。ただし、ホームを削り、フル規格の新幹線車両に対応する必要がある。
その結果、在来線車両とホームの隙間が大きくなるため、車両側に隙間を埋めるステップを取り付ける必要がある。「はこだてライナー」の733系にステップを後付けすると車体強度が低下するほか、乗客が隙間に転落する危険性があり、車両保守が難しいという。まとめると次の通りとなる。
- 右側案 : 三線分岐器7カ所。ホームを削る必要はない
- 左側案 : 三線分岐器1カ所。ホームを削り、在来線車両にステップを取り付ける
これだけ見ると、「右側案」が有利に思える。この理由で「左側案」は採用しないとし、コスト計算から除外してしまった。しかし三線分岐器が多いほど、運用時の保守費用が増える。
一方、右側に置いた場合も、駅構内などいくつかの区間で上下線の間隔を維持できない。上下線の間隔を維持するために、小さなS字曲線で寄せていく。あわせて五稜郭駅、大中山駅、七飯駅でホームを削るという。結局、「右側案」もホームを削る必要がある。まとめると以下のようになる。
- 右側案 : 三線分岐器7カ所。ホームを削る
- 左側案 : 三線分岐器1カ所。ホームを削り、在来線車両にステップを取り付ける
つまり、三線分岐6カ所と、在来線車両にステップを付ける。どちらを取るかという問題になるが、三線分岐のほうが導入コストも維持コストも大きいと思われる。
函館市案にある「733系電車にステップを後付けすると車体強度が低下する」「乗客が隙間に転落する危険性」「車両保守が難しい」は疑わしい。
車両乗降口のステップは新在直通車両のE3系、E6系も採用。改造取付けは福井鉄道に事例があり、静岡鉄道で活躍した300形に折りたたみ式ステップを取り付けている。ミニ新幹線は「乗客が隙間に転落する危険性」を無視しているとは思えないから、ステップは実績のある技術である。どうしても車両側にステップを付けたくないなら、ホーム側に折りたたみ式ステップを設置すれば良い。
さらに言うと、「733系を使用しない」という選択肢もある。「はこだてライナー」の733系はJR北海道に返し、札幌圏で使ってもらう。普通列車用の車両はキハ40形の改造で良い。これでフル規格新幹線と在来線電車の混在はなくなり、車両側の複電圧対応も不要になる。並行在来線の第三セクター鉄道は、733系の代わりに新たなディーゼルカーやハイブリッド車両を導入しても良い。丈夫で長持ちのキハ40形とはいえ、数年後は老朽化、置換えを検討する頃合いだ。
いずれにしても、車両費は運行会社の負担になる。今回の検討は「上下」のうち「下」の部分だから、車両側で解決できる部分は運行会社に協力してもらうことになる。NHKの報道によると、函館市長がJR北海道に説明したところ、「JR側からは調査結果に含まれていない新幹線の車両費の負担などについて、懸念が示された」という。しかし、JRが並行在来線に車両を譲渡する事例はあっても、並行在来線側がJRに車両を用意するという事例はない。
函館市案の問題点は、最も低コストで実現可能な「左側案」を初めから除外したことにある。「左側案」のコストも算出し、比較してほしかった。「左側案」のコストが低いとわかれば、後段の収支予測もすべて変わってくる。
北海道新幹線の函館駅乗入れによって、札幌と函館、函館と倶知安を結ぶ直行最速ルートができる。函館市のみならず、北海道全体にとって良いことで、そこに異論はないはず。JR北海道も収益を期待できる。北海道庁も惜しまず協力していただきたい。