米ミシガン州ディアボーンのアラブ系コミュニティでは、ガザでの戦争やFBIの監視強化で不安症、鬱病、薬物乱用が急増し、9.11世代を追い詰めている。米ローリングストーン誌と報道ニュースサイトCapital &Mainの共同執筆記事を掲載する。
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子どもの頃、ラビ・ダーヴィッチェさんはデトロイト近郊の閑静な郊外に月例防災サイレンが鳴ると、慌てて身を隠したものだ。
ダーヴィッチェさんが恐れたのは鼓膜破りの大音量だけではなかった。竜巻警報は彼の意識をミシガン州ディアボーンから、1980年代に幼少期を過ごしたレバノンへと連れ戻した。そこでは似たようなサイレンが、上空を飛ぶイスラエル軍戦闘機が投下する爆弾の危険が迫っていることを警告した。大丈夫だよ、と言って両親は当時6歳のダーヴィッチェさんをなだめた。ここはアメリカよ。
だが9.11同時多発テロ事件が起きてからは、ベイルートの戦禍を逃れたからといってアメリカで平和が約束されるわけではなかった。そうした現実はこの数カ月さらに色濃くなっている。イスラエル・ガザ戦争でイスラム教徒に対する反感が加速し、ダーヴィッチェさんのような人々の安全が今も脅かされているのだ。
ディアボーンおよび周辺地域の住民、宗教指導者、精神疾患専門家の話では、9.11事件後のテロ撲滅対策の遺産――ソーシャルメディアの監視、学校に出入りするFBI捜査官、モスクに潜伏する内通者――により、イスラム系アメリカ人の若者世代が法当局の標的にされているという。
アメリカ愛国者法のもと対テロ政策が本格化してから20年以上経つが、この間に500件以上ものセンセーショナルな訴訟が起こされ、イスラム系・アラブ系アメリカ人を対象とした差別的な取り締まりがいまだ尾を引いていることを如実に物語っている。昨年9月には、監視対象にされた人々の憲法上の権利を侵害したとして、司法省とFBIの職員が訴えられた。執拗な差別的取り締まりと比例して、反アラブ感情やイスラム恐怖症を反映した憎悪犯罪の件数も過去最多に迫る勢いだ――こうした状況は、イスラエルとハマスの戦争が勃発して以来さらに深刻化している。FBIが監視を強化し、反イスラム感情も急増しているためだ。ホワイトハウスもこうした騒がしい動向をふまえ、昨年11月に全米初のイスラム恐怖症対策戦略を発表した。
1989年12月にディアボーンに移住した時、ダーヴィッチェさんは6歳だった。若きアラブ系アメリカ人として青春時代を過ごした当時のアメリカは、3000人近い死者を出した9.11事件の悲しみも早々に、報復へと歩きだした。ダーヴィッチェさんの言葉を借りれば、「お前は敵だと言われる社会」だ。
ダーヴィッチェさんの日常でもこうした傾向はマスコミへのタレコミや、モスクや学校に潜伏する内通者という形で現れた。ウォーレン通りとワイオミング通りが交わる交差点に設けられた検問所は、友人や隣人らが州警察から度々呼び止められた。ダーヴィッチェさん自身も一度ならず監視されていたことがあった。
ダーヴィッチェさんはできるだけ目立たないように努めた。「とにかく人目につかないようにした」そうだが、いかつい身体の元ディフェンス・タックル選手にとって、必ずしも楽ではなかった。
彼の不安は日に日に増した。
ダーヴィッチェさんの場合、そうしたストレスが幼少期のトラウマに苦しんでいた難民を鬱状態へと引きずり込んだ。そういった意味で、彼の経験は他のイスラム系アメリカ人の若者と共通している。2001年の同時多発テロ事件直後に成人したこの層は、現在専門家の間で「9.11世代」と呼ばれている。
それから2002年、19歳の誕生日を迎え、バスケットボール中に膝に重傷を負い、オピオイドを処方されたダーヴィッチェさんは、本当の自分を見つけた。「人生で初めて、自分らしくいられました」と後にダーウィッチェさんは語った。やがて彼は処方箋なしで薬を服用し始め、たちまち依存症になった。
14年間紆余曲折を繰り返した末――屈辱、投獄、瀕死の経験――ダーヴィッチェさんは依存症を克服した。現在は活動家として、また行動保健学の専門家として活動しているが、アラブ系コミュニティが抱える危機的状況が及ぼす長期的影響を懸念している。「僕たちの世代は壊されてしまった」とダーヴィッチェさんは言う。
ディアボーン近郊のHYPE陸上施設のラビ・ダーヴィッチェさん。「お前は敵だと言われる社会」で苦しみながら育ったという(ELI CAHAN)
もはやアメリカンドリームを夢見る移民ではなくなった
イスラエル・ガザ戦争が6カ月目に突入する中、ディアボーンでは――ウォールストリートジャーナル紙の論説記者が「アメリカにおけるジハード(聖戦)の首都」と呼んでいるように――反イスラム感情が沸点に達している、と地元の宗教指導者は口を揃えて言う。そうした緊張状態から、バイデン政権は長年民主党の牙城である地域の対立解消を急ぐ羽目になった。ホワイトハウスは2月上旬に職員を現地に派遣したが、2020年大統領選の際にわずか15万票で勝敗の行方が決まった浮動州で、重要なカギを握る人口11万人の選挙区の支持基盤を固めるのが目的だった。
ディアボーン住民の多くが9.11以降抱えてきたトラウマや不安、抑鬱は、戦争によってさらに悪化した。ディアボーンのアブドゥラ・H・ハムド市長は2月20日付ニューヨークタイムズ紙の記事で、「人々が抱えた悲しみ、恐怖、無気力感、さらに罪の意識が深い霧となって、日常生活を覆いつくしているかのようだ」と書いている。「パレスチナの人々に向けられている暴力や不当な仕打ちを想像するまでもない。我々の多くがすでに経験済みだ」。戦争に伴って民間人への暴力や警察の監視が危ぶまれる中、ディアボーンやその周辺地域の行動保健学の専門家によると、精神疾患の苦しみも広がっているという。
著名な医学雑誌の研究でも、アラブ系・イスラム系アメリカ人の精神疾患羅漢率が著しく高いことが分かっている――自殺率に関しては他の宗教信者の倍以上だ。またCapital & Mainが入手したデータによると、ここ数年で数百人のアラブ系・イスラム系がオピオイドの過剰摂取を経験しており、過剰摂取による若者の死亡率は全国平均の4倍にものぼる。
ディアボーンで依存症治療を行うシェイディ・シェバク氏は、精神疾患や薬物乱用の急増を目の当たりにしてきた人物だ。「診療所の開設当時、大規模な偏見が起きるだろうとは予測していました」とシェバク氏。だがここ最近は数週間先まで予約が埋まっているという。
Capital & Mainが送ったメールや自由情報法(FOIA)に基づく情報開示の要請に対し、FBIは監視戦略の詳細や、アラブ系・イスラム系コミュニティの健康への影響についての回答を控えた。
Capital & Mainの質問には「肯定も否定もできない」とFBIは述べた。FBIが用いる「手法」が世に出る可能性があるため、「こうした記録の存在有無を認めること自体が機密扱いです」というのがFBIの記録担当職員の返答だった。
様々な問題を抱える中、ディアボーンの地域団体は危害を軽減する様々な施策を試み、精神疾患危機の沈静化を図ってきた。だがデータの欠如など様々な問題が活動を妨げている。ダーヴィッチェさんをはじめとする人々いわく、そのせいで若者は見殺しにされている。
「アラブ系コミュニティ内では精神疾患に対する偏見が強いため……虚勢を張って空白を埋めようとします」とダーヴィッチェさん。「無理がきかなくなるまで」。
シェイディ・シェバク医師と妻のヘンダ・アル・ビアッティさん ディアボーンの精神科診療所にて(ELI CAHAN)
ある意味、ハリル・アブ‐ラヤンさんはいかにもアメリカらしい子ども時代を過ごした。
アブ‐ラヤンさんは現在29歳。若いころは父親が経営するデトロイトのピザ屋で夜間と週末に勤務し、注文を受けたりピザを運んだりしていた。休みの日は息抜きがてら、近所でスケートボードに興じた。
一方で、ディアボーンの生活は独特だった――例えば町のほうぼうで、祈りの時間を告げるアザーンが1日5回鳴り響いた。また市外ではあまり目にすることのない、ヒジャブを被った女性やトーブをまとった男性の姿も見られた。
だがそんな環境でも、アブ‐ラヤンさんはアメリカ人らしさの典型に従わなければならないというプレッシャーを学校や町の中で感じていた。周りに溶け込むために、自分を「カイ」「レイ」と呼んでいたが、何度となくアイデンティティの分裂に苦しんだそうだ。「アラブ色が濃すぎてアメリカ人にはなれず、アラブ人になるにはアメリカに染まり過ぎていました」。
ワールドトレードセンターと国防総省が攻撃されてからは、周りに溶け込むことが一層難しくなった。学校の廊下では白い目で見られ、食堂ではいじめられた。そしり、中傷、メディアに散見される憎悪を煽る文言。アブ‐ラヤンさんはしばしば髭を短く刈り込み、周りにはヒスパニック系だと嘘をついた。またはイタリア人、白人だと言うこともあった。
「2001年は全てが一変した1年でした……自分たちは悪者にされました」と言うアブ‐ラヤンさんは当時まだ小学生だった。「もはやアメリカンドリームを夢見る移民ではなくなり――よそ者になったんです」。
それから10年余りが経過し、高校に入学したアブ‐ラヤンさんは、誇り高きイスラム系アメリカ人のオンライン・コミュニティを見つけた――本人いわく、「帰属意識を感じられる、裏の生活」だ。だがそのうちに、ソーシャルメディアから少しずつ怪しげなフォーラムへ移っていき、ほどなくイラク・シリア・イスラム国、いわゆるISISの投稿動画をリツイートするようになった。しまいには自分でも迷彩服に身を包み、拳銃を振りかざして、カメラに1本指を上げるISIS式の敬礼をする写真を投稿した(数千万人のアメリカ人同様、アブ‐ラヤンさんも合法的な銃の所有者だったそうだ)。
2015年冬、当時20代前半だったアブ‐ラヤンさんはインターネットで「生涯の恋人」と出会った。オハイオ州立大学で経営学を専攻する23歳のパキスタン人、ガーダさんだ。それまで恋愛経験のなかったアブ‐ラヤンさんはたちまちのぼせ上り、2人はすぐに婚約した。「とても愛しているよ、ハビブティ(アラブ語で「最愛の人」)」とは、12月12日付に彼女に送った携帯メールのメッセージだ。「人生最愛の人……僕の妻」。
2人の会話に上った話題のひとつが、熱いイスラム教への思いだった。そうしたやりとりには前述のリツイートも含まれていた。リツイートが公の目に触れていること、イスラム教との関りを誇らしく思っていること、法当局の監視の陰がちらついていることを、ガーダさんは心配してるようだった。「気を付けて、ハリル。あなた監視されてるんじゃないかしら」と、ガーダさんは12月13日付のメールに書いている。「噂だとFBIらしいわ」と彼女は続け、「発言には気を付けて」とある。自分はシリアに渡ってISISと一緒に戦うごく一部のアメリカ人とは違って、暴力的な過激主義には一切興味がない、とアブ‐ラヤンさんは彼女をなだめだ。
それから数日のうちにガーダさんは――アブ‐ラヤンさんも後日知ったが、実はFBIの内通者だった――は局に2人のやりとりとリツイートの件を当局に伝えた。数週間も経たないうちにアブ‐ラヤンさんは逮捕され、数カ月も経たないうちに連邦刑務所に収監された。
アメリカ人イスラム教徒は過去最大の反イスラム感情に直面している
イスラム系アメリカ人社会に対するFBIの大規模な監視は、今に始まったことではない。
市民権擁護団体「Council on American-Islamic Relations(CAIR)」ミシガン支部の執行役員、ダウド・ワリド氏によれば、初代FBI局長のJ・エドガー・フーヴァー氏がアメリカ国民の極秘監視を初めて行った1950年代以降、イスラム教徒はFBIから目をつけられてきた。
1955年のFBIの内部メモには、マルコムXやモハメド・アリ、ジェイ・エレクトロニカなども加盟していた組織「ネーション・オブ・イスラム」について、「白人人種への憎悪拡散に注力した……反アメリカ色の濃い暴力的なカルト集団」とある。
ワリド氏いわく、9.11以降、イスラム系アメリカ人社会への監視は拡大するばかりだった。ジョージ・W・ブッシュ氏以降、どの大統領も一枚絡んでいるとも同氏は付け加えた。ごく最近ではバイデン政権が、テロ対策センターの新設費用として数千万ドルの予算を計上した。このセンターでは2023年6月時点で、数百カ所のコミュニティを対象に「地域社会での防止策」を伝授してきた。
「国民全員を守るはずの政府が、一部の国民にレッテルを張って差別している」と語るのは、アメリカ自由人権協会の国家安全保障部門を率いるヒナ・シャムシ氏だ。「予防対策が独り歩きしている」。
ワリド氏によると、こうしたプログラムの大きな拠り所となっているのが、どんな些細な情報も見逃さないコミュニティ内部の内通者だ。アブ‐ラヤンさんとガーダさんの交際がいい例だ。
2006年のFBIの内部メモには、髭を生やす、祈りに参加する、あるいはヒジャブやトーブの着用が過激化の第一歩だとある。オバマ政権時には個人および集団が「過激化して暴力行為に走る」のを未然に防ぐことを目的としたプログラム、「脱過激化プログラム(CVE)」が実施された。2011年のホワイトハウスの内部メモにはさらに具体的に、危険にさらされたコミュニティ――学校や青少年団体、市民団体、地元企業など――の中核に内通者ネットワークを張り巡らせることがCVEの目的だと書かれている。会計検査院(GAO)は2017年の報告書で、「こうした施策の結果、今日のアメリカの生活が2011年当時より改善しているかどうかは判断しかねる」と記している。
「たいていの場合、違法行為をしたために正当に起訴されているのではありません――違法行為の恐れがあるという理由からです」とシャムシ氏は言う。「人々は自分たちがやってもいないこと、やるつもりもないことについて、無実を証明しなければならない状況に置かれています」。
とくにディアボーンは法当局から目の敵にされている。過去10年にテロ監視リストの対象となった一般市民の数でいうと、ニューヨーク市に次いで2番目だ。最近では顔認証技術を搭載した警察の監視カメラ装置が、ディアボーンや周辺地域の学校および店先に散見される――もっとも司法省の調査によれば、効果のほどは疑わしい。2023年4月、FBIは国内テロの捜査件数が2020年から倍増し、数千人のアメリカ人がFBIの監視リストに挙がっていると発表した。それと同時に、内通者になることを拒んだ人間はFBIから報復を受けるのが常だとシャムシ氏は言う。
「法の適正手続きの悪夢です」ともシャムシ氏は語った。
FBIでイスラム系アメリカ人コミュニティへの働きかけを担当するマリー・アブルジュド氏の話では、FBIはディアボーンの学校で人材採用を行っているという。FBIのwebサイトによると、「捜査戦術」や「事件協力」などのスキルを伝授する1週間の青少年アカデミーなどが実施されている。
ディアボーンでは道路沿いのショッピングモールも中東とアメリカ文化の融合が見られる(ELI CAHAN)
「我々はつねに、FBIに協力してくれる有能な人物を探している」とアブルジュド氏は言い、「若いうちから声をかけている」。
FBIはCapital &Mainとのメールのやりとりで、ディアボーンに内通者はいるのか、監視リストへの登録など個人を監視する際にどんな基準で行われているのか、協力を拒んだ人間に報復措置を取っているのか、現在ディアボーンで活動する内通者や、監視リストまたは渡航禁止リストに載っている住民の数など、監視戦略に関する具体的な返答は避けた。
これらの質問についてCapital & MainがFOIAに基づく情報開示を求めたところ、FBIは1100ページにわたる資料を収めた1枚のCDを送ってきた。ほとんどは2000年代後半前後の資料だったが、約1000ページ分が削除され、残された部分も同じことの繰り返しか黒塗りされていた。
さらにGAOは2017年の報告書で国土安全保障省(DHS)に「CVEの進捗および効果についての総括評価を進めるよう」命じたが、FBIは実際に評価が行われたのかについてもコメントを差し控えた。2023年のGAOの報告書によれば、2013~2021年で公開テロ捜査の件数は3倍以上に増え、9000件を超えた。だがメリーランド大学の世界テロリスト・データベースによると、FBIがもっとも危険視する4つのグループ(ISIS、アルカイダ、アルシャバブ、タリバン)が直接関与した国内テロ事件は、9.11同時多発テロ事件以来ひとつもない。
ワリド氏の組織は昨年9月、司法省とFBIが憲法に定める人権を侵害するような監視戦術を行い、監視対象とされた個人に「恒久的な疑念を抱かせ、結果として生活のほぼあらゆる側面を一変する影響を広範囲にわたって及ぼした」として提訴した。
にもかかわらず、昨年10月上旬にイスラエルとハマスの戦争が勃発してからというもの、FBIの監視は一層強化された。FBIは一連の声明で、「あらゆる宗教の指導者と協議し、情報を共有し、気がかりなことを目にしたら連絡するよう依頼する」など、「動向をつぶさに注視している」のだと力説した。
「このように緊張が高まる中、間違いなく脅威の通報件数は増加している」とFBIのクリストファー・レイ長官は10月14日の演説で語った。「我々は監視を怠ってはならない」。
イスラエル・ガザ戦争が勃発してから、反イスラム感情や憎悪も拡大している。CAIRが行った調査のデータによると、約10年で「アメリカ人イスラム教徒は過去最大の反イスラム感情に直面している」という。数カ月前にFoxニュースは抗議デモを行ったディアボーンの高校生を「テロリスト寄りの思想」の持ち主だと報道し、ウォールストリートジャーナル紙とニューヨークタイムズ紙も扇動的な論説記事を掲載した。こうした中、市民の安全に対する懸念から、市は今年2月にモスクや主要インフラ施設の警備を強化した。
「現在進行中の状況は、イスラム教コミュニティが9.11に味わった経験を改めて思い起こさせる」と語るのは、ミシガン州イスラム教徒教育コミュニティセンター(MECCA)の創設者、サイード・サレフ・アル・カズウィーニー師だ。
監視や憎悪がアブ‐ラヤンさんのような人々に影を落とす。アブ‐ラヤンさんもテロ容疑では立件されなかったものの、結果的に懲役5年を言い渡され、何カ月も独房に収監された(罪状は火器の不法所持だった)。ニューヨークタイムズ紙によると、イスラエルとハマスの戦争が勃発後数時間も経たないうちに、数万人のTwitterユーザーがアブ‐ラヤンさん捜査のきっかけとなったような投稿にアクセスした。こうした行動はテロ行為を「具体的に支援している」とは限らないし、表現の自由として憲法修正第1条で保護されている。
アブ‐ラヤンさんは刑務所で数年服役した後、現在はディアバーンに戻って仕事に復帰している。本人が言う「10代の若気の至り」については後悔しているという。
だが彼は今でも恐怖の中で暮らしている。「いまだに頭の片隅には、FBIに呼び止められたり車を停められるのではないか、強制捜査されるのではないかという考えがあります」とアブ‐ラヤンさん。「そういうのはなかなか抜けません」。
憎悪がもたらす影響
アリさんは、10歳の時に南レバノンで負った銃創が古傷となって癒えたころに鬱病を発症した。
ゼイナブさんは中学生の時に自傷行為をするようになった。両親は数十年前にイラクからディアボーンへ移住し、本人も定期的に祈祷をするようになって数年が経過していた。
2021年のイスラム教の祝祭「イード・アル=アドハー」を迎えるころ、スハさんは不安症を発症した。兄はすでに故郷に戻っており、末の弟は薬物依存症で、真ん中の弟は過剰摂取で他界していた。
カッセムさんは29歳の誕生日から、恐怖で外に出られなくなった。たっぷりチーズがとろけるピタパン、あつあつのモロヘイヤスープ、感謝祭のテーブルの飾りつけ、クリスマスに吹雪の中『ライオンキング』のビデオテープを借りに行く日々は、遠い昔の出来事と化した。3人の親友はすでに他界し、本人も重度の広場恐怖症を患った。
「周りの人がものすごく怖かった」とカッセムさん。「本当に暗鬱でした」。
その年、カッセムさんは天井にベルトを吊り、椅子に上って、自ら命を絶とうとした。
ゼイナブさん、アリさん、スハさん、カッセムさんはみなディアボーン生まれの20代――今日のアラブ系・イスラム系アメリカ人の若者に見られる、精神疾患の典型的な例だ。こう語るのは、ミシガン州立大学精神医学部のファルハ・アッバシ助教授だ。学術誌『Journal of Muslim Mental Health』の編集主幹も務めている。
『American Journal of Public Health』に掲載された53の論文を検証した結果、「差別の経験と精神衛生の低下に一貫した関連性」が見られた。こうした論文には、自傷行為(ゼイナブさん)、鬱病(アリさん)、不安症(スハさん)、偏執病(カッセムさん)などが事例として挙がっていた。他の論文でも、内在化した反イスラム感情の高まりとともに、こうした心理的苦痛も悪化する傾向があることが判明した。政府の監視対象にされた人物は、とくに心理的苦痛を受ける確率が高くなることも示されている。
「9.11以降、有害な環境で育った世代です」とアッバシ氏。「この国でイスラム教徒であるがゆえに受けるトラウマを、ただちに考慮するべきです」。
アラブ系・イスラム系アメリカ人の精神疾患の専門家で、インディアナ大学でソーシャルワークを教えるタレク・ジダン助教授によると、こうしたトラウマの根底にあるのがイスラム教徒やアラブ系に向けられた精神的・身体的暴力の日常化だ。
昨年10月、ミシガン州ディアボーンにて パレスチナ人支援の抗議デモ中、パレスチナの旗を身に着けて自転車に乗る人(MATTHEW HATCHER/GETTY IMAGES)
FBIのデータによると、2016年にドナルド・トランプ氏が大統領選で当選して以来、イスラム教徒に対する暴行件数は急増し、その後も2001年と同じレベルに留まっている。アラブ系に向けられた憎悪犯罪の件数も過去最多だ。FBIいわく、中東が混乱状態に陥ってからというもの反イスラム感情はさらに激化している。
「アメリカ国内のイスラム教徒はあまりにも長い間……憎悪に駆り立てられた攻撃や差別的な事件を圧倒的に受け、耐え忍んできた」。2023年11月、バイデン政権が反イスラム感情への対抗措置を発表した声明の中で、ホワイトハウスのカリーヌ・ジャン-ピエール報道官はこう述べた。
アラブ系・イスラム系アメリカ人の9.11世代は、「背中に標的を背負わされ、お前たちは要らない、お前たちはアメリカ生まれのテロリストだと言われています」とアッバシ氏は言う。
FBIはCapital & Mailとのメールでのやりとりで、ディアボーンで行われていると思しき監視戦略が精神疾患に及ぼすであろう影響について、コメントを控えた。
「FBIの方針で、捜査の存在を肯定もすることはできません。誠に申し訳ございませんが、現時点ではそうした情報を提供することは致しかねます」と、FBIのガブリエル・シュレンキェル報道官はメールに書いている。
こうした暴力で人命が失われたケースもある。2021年の医学雑誌『JAMA Psychiatry』に発表された論文によると、イスラム系アメリカ人の自殺未遂率は他の宗教グループの倍以上だったことが判明した。自殺未遂率がもっとも高かったのが18~29歳だ。論文の著者は、レバノンやパキスタン、イランといったイスラム教徒が大多数を占める国より、アメリカの自殺未遂率が高い点を指摘している。
「反イスラム感情、差別、9.11以降増加する憎悪犯罪――これらがすべて引き金となって……精神疾患の危機を招いている」とジダン氏は言う。
ディアボーンは2022年、通常は国や州の機関である公衆衛生局を市として設置するという異例の措置に出た。「衛生局を立ち上げた際、最優先課題としたのはもちろん精神疾患や薬物乱用でした」と語るのは同局の初代局長を務めるアリ・アバジード氏だ。「隣人同士が反目するようになると……そうした社会構造のほころびから健康に甚大な被害が生じます」。こうした問題はディアボーンの青少年の間で「とくに」深刻だったとアバジード氏は言う。
10月以来、同局のスタッフは警察や救急サービス、学校と連携して、「押し寄せる」精神疾患の相談電話に対応している。
「世界的問題の影響が、地元の問題として差し迫っているのを実感します」とアバジード氏は言う。「これらは憎悪がもたらした結果です」。
「悩みがすべて消える」
脈拍が途絶え、人工呼吸器が外される。誰かの息子だろうか、娘だろうか。あるいは誰かの甥、姪だろうか。遺体に衣服を着せ、布で覆われる前に、ワシム・アブダラ氏はイスラム教の清めの儀式を行う。
最初に鼻腔を清め、それから口。そのあと身体、右胸と背中、左胸と続く。コブミカンで香りづけした聖水を身体全体にかけた後、最後の審判に向けて衣服を着せる。
ディアボーン・ハイツ町議会の議長を務め、ディアボーン市でも規模の大きいモスク「Islamic Institute of America」の理事も務めるアブダラ氏は、遺体を清める役目をボランティアとして10年以上行っている。
だが最近になってあるパターンに気づき始めた。死者の年齢がどんどん若年化しているのだ。アブダラ氏だけでなく、同じくモスクでボランティアとして長年死者を弔ってきたカーメル・ジャワド氏も、こうした現象の理由はただひとつ、オピオイドだと考えている。
「20代や10代……年を追うごとにどんどん、どんどん年齢が低くなっている」とアブダラ氏。「まだ人生これからだというのに」。
コミュニティ内でのオピオイド使用に警戒感を抱いたのはアブダラ氏とジャワド氏だけではない。ディアボーン・ハイツ消防署のデヴィッド・ブロガン署長も、問題が悪化していると語る。
「この10年余り、確実に増加傾向にあります」とブロガン氏。「今では30代、場合によってはもっと若い年齢が意識不明になったという通報を受けます。過剰摂取なのはほぼ間違いないでしょう」。
Capital & Mainが市警察および消防署から入手したデータによると、ディアボーン地域ではこの数年で数百人が過剰摂取を経験し、そのうち数十人が命を落とした。ミシガン州保健福祉局のデータによると、20~39歳男性のオピオイド過剰摂取による死亡率を見ると、ディアボーンは全国平均の4倍。州の平均と比べても2.5倍以上だ。
MECCAのアル・カズウィーニー師の話では、エイブ(直訳すると「恥」)という考え方ゆえ、薬物使用はしばしばしつけが行き届いていない結果だとみなされ、ジャナー、つまり天上の国に入ることができないのだそうだ。
ミシガン州カントンの全米イスラム教徒教育コミュニティ・センターのアル・カズウィーニー師 ほとんどの場合、薬物依存は疾患ではなく罪とみなされるという(ELI CAHAN)
「薬物使用はタブーです……我が子が人生を無駄にし、神から遠ざかったと思いたがる親はいません」とカズウィーニー師。「病としてではなく――罪として対処されます」。
公衆衛生という点でいうと、こうした偏見が原因で報告件数も少なくなる傾向にあるとアバジード氏は言う。
ディアボーンで薬物依存症の投薬治療を行うシェバク氏に言わせれば、オピオイド問題は精神疾患の危機の副産物だ。シェバク氏によれば、薬物使用の大元はは差別や監視によるストレスからの現実逃避だという。
「どこにも逃げ場がなくなった時……そこから薬物の使用が始まります」と同氏は言う。
「ハイになればこの上ない至福に包まれ、感覚が麻痺し、至福、平穏、静寂が訪れる」と同氏は言い、「悩み事はすべて、ものの数分で消えてしまいます」。
ディアボーンの多くの住民同様、サード一家もこうした苦しみとは無縁ではない。
ジェイコブ・サードさんは2022年3月、過剰摂取により28歳でこの世を去った弟フセインさんの葬式で弔辞を読んだ。「予想もしていなかった災難に襲われました。オピオイドの蔓延で、この国はあまりにも長い間ボロボロの状態です」とサードさんは言う。
「知人にも薬物中毒と戦っている人が何人かいます」とサードさんは続け、「弟を最後に、こうした戦いの最後の犠牲者がいなくなってほしい」と付け加えた。
「データの冒涜」
11人きょうだいのモナ・アブダラ-ヒジャジさんはタフな性格に育てられた。男兄弟に囲まれて育ったので、「自分らしさを保つことができた」という。
そうした強さゆえ、兄弟が薬物依存に苦しむ姿を見た彼女は、何とかしなければと誓った。この7年はアラブコミュニティ経済社会サービスセンター(ACCESS)で、コミュニティ担当マネージャーとしてオピオイド対策に全力を注いでいる。
「私の兄弟もそのうちの1人です」と、過剰摂取で死んだ兄弟について彼女は言った。「私が仕事に専念しているのは、私自身も人生をコントロールできなくなったから……兄弟の死で闘志に火が付いたんだと思います」。
だがアバジード氏も言うように、アブダラ-ヒジャジさんのような人々も単独ではオピオイドの蔓延に対抗できない。こうした人々の活動を支えるのは連邦政府支援だが、政府の支援はおうおうにして国勢調査と紐づけられている――だがアバジード氏も言うように、アラブ系アメリカ人は統計上白人とひとくくりにされている。
2015年、国勢調査局の研究員はディアバーンのような住民向けに別の分類を追加することが「最適だ」と勧告した。だが国勢調査局の人口部門を率いるカレン・バトル氏は2018年、改正案が廃止されたと発表した。廃止決定の要因については詳しい説明はなかった。
その結果、アバジード氏が言うところの「データの冒涜」が起きた。アラブ系アメリカ人のデータが欠落しているため、ディアボーンの各団体は、一部のコミュニティに欠かせない連邦支援金を受けられずにいる。
「国勢調査は毎年数兆ドルの連邦助成金を割り当て……(他の機関が)助成金を支給します」と同氏。「ですが助成金の受給申請にはデータの提出が必要です――文字通り、我々は連邦支援からまんまと除外されてしまっています」。
「そのせいで人が死んでいると言っても過言ではありません」と同氏は続けた。
例えば2022年11月、アバジード氏は公衆衛生局での最初の取り組みとして、オピオイド中毒の解毒剤ナルカンを無料配布する自動販売機の試験設置を行った。設置以来、自動販売機は4400人分を配布していると言う。
ディアボーン警察署でも、精神疾患の専門家やソーシャルワーカーと警察官がタッグを組んだプログラムを導入している。イッサ・シャヒン警察署長いわく、以前なら逮捕されていたような若者がこぞって依存症プログラムに申し込んでいるそうだ。
同じころ、アル・カズウィーニー師も信者らに危険回避を説き、若者にモスクに通うよう促している(研究でも、信仰心が薬物使用から身を守る役目を果たしうることが示されている)。
「こうした若者が最初にモスクに足を踏み入れるのは、棺桶に入った状態というケースがあまりにも多い」とカズウィーニー師。
「そううなると、私には『彼らの魂に神のご慈悲がありますように』としか言えない」。
ディアボーンの全米イスラムセンターの前ではためくアメリカ国旗 デトロイトと接する人口約11万の郊外の町は、アメリカでもとくにアラブ系住民の割合が高い(「VALAURIAN WALLER/THE NEW YORK TIMES/REDUX)
「もうたくさんだ」。
様々な治療センターに入退院を繰り返し、過剰摂取しては解毒治療を受け、逮捕されては釈放されるという激動の数年を経て、33歳になったラビ・ダーウィッチェさんは気づけば人生のどん底にいた。
彼は実家に戻って両親と暮らしていた。資格は剥奪され、懲役10年を求刑されていた。肝臓は手の付けようがないほどボロボロで、腎臓は機能不全寸前だった。ある日ダーヴィッチェさんは人生を変えることを決意した。
結果として、回復への第一歩はトイレ掃除から始まった。最終的にダーヴィッチェさんはアリ・サイード氏のもとにたどり着き、そこでトイレ掃除の仕事と「自分より大きな何かの一部になる」喜びを与えられたという。
数カ月後、ダーヴィッチェさんは認知症と診断された父親のおむつを替えていた。そこで再び人生の目的を見つけたという。それから7年、薬には一切手を出していない。
現在ダーヴィッチェさんはサイード氏の下で、精神疾患や薬物依存に苦しむ人々の支援を行っている。サイード氏が運営するコミュニティ・センター「HYPE陸上センター」で実施しているバスケットボール・キャンプには、ディアボーン在住の若者数百人が参加している。他にも学習支援、生活指導、キャリア形成のクラスもある。
「若者の生活や未来に、何らかの形でプラスの変化をもたらしたい」とサイード氏は言う。まずは「3×3の試合の積み重ね」だとも付け加えた。
HYPEは薬物乱用・精神衛生管理庁、国立衛生研究所、ウェイン郡公衆衛生局、地元学校と提携して、積極的な薬物予防プログラムを策定した。ダーヴィッチェさんいわく、プログラムにはグループセラピーや薬物検査、外来治療診療所などが盛り込まれているそうだ。
HYPEで柔術治療を行う以外に、ダーヴィッチェさんは最近「Families Against Narcotics」の理事に選任された――本人も喜んでこの職を引き受けた。
「自分が手本になれれば」とダーヴィッチェさん。
とはいえ、コミュニティで暮らす若者全員がダーヴィッチェさんのように恵まれているわけではない。
中西部らしい曇り空の下、トーブをまとい、髭を生やしたディアボーン住民が肩を落とし、うつむき加減で墓地脇の道に集まっていた。Facebookの動画には、ブラック・ジョーダンのパーカーと手術着のズボンを履いた男が声を上げていた。
「これ以上20代の子どもを過剰摂取で送り出したくない」とその男は集団に向かって叫んだ。
「もう十分だ」。
※この記事はナディーン・ジャワド氏の寄稿記事です。