1977年にシックの一員としてデビュー、特徴的なリズムギターがヒップホップを含むその後のダンスミュージックに絶大な影響を及ぼしたナイル・ロジャース(Nile Rodgers)。ギタリストとしてのみならず、裏方としてもダイアナ・ロスやデヴィッド・ボウイ、デュラン・デュラン、マドンナなどを次々に手がけてヒットを連発した、文字通りのスーパープロデューサーだ。癌の手術で活動が停滞した時期はあったが、病を見事に克服し、ダフト・パンクの「Get Lucky」(2013年)に起用されて以降は新しいファンも獲得。現役で精力的に活動を続けている。
そのナイルのトレードマークと言えば、Hitmakerの愛称で知られるストラトキャスター(以下、ストラトキャスター)。1973年にマイアミで購入したというこのハードテイルブリッジ仕様のモデルを、ナイル自身が協力して再現したシグネチャーモデルが初めて発売されることになった。『Nile Rodgers Hitmaker Stratocaster®』と名付けられたこのモデルは、一般的なヴィンテージのストラトキャスターよりも小ぶりな独特のサイズ。ナイルが購入後に吹き付けたのと同様に、アルダーボディにオリンピックホワイトのラッカー仕上げが施されている。ネックやフレットはもちろん、オリジナルのHitmakerが持つ特徴的なサウンド……あのカラッとした鈴鳴り感にこだわったピックアップにいたるまで、ナイルとFenderが協力して細部までこだわり抜いて作り上げた究極の逸品だ。
ロックはもちろん、ファンク、ジャズ……ポピュラー音楽の歴史を作ってきた大ベストセラーと言っても過言ではないストラトキャスターが生まれてから、今年で70周年という絶好のタイミング。この名器の歴史的な功績も振り返りながら、ナイルの”運命のギター”と、彼ならではの奏法について、Zoomでみっちり語ってもらった。
『Nile Rodgers Hitmaker Stratocaster®』
ナイル・ロジャースが語る『Hitmaker Stratocaster®』(日本語字幕付き)
─以前日本でインタビューしたとき、あなたは「最初はウェス・モンゴメリーのようなジャズギタリストを目指していた」と言っていました。ウェスが使っていたような大きいジャズギターも弾いていたと思います。いつ頃、何がきっかけでストラトキャスターに興味を持って弾き始めたんですか?
ナイル:1973年、僕はニュー・ヨーク・シティというグループのバックバンドにいて、幸運にもジャクソン5の最初のワールド・ツアーでいくつかのギグに参加することができた。ツアーはアメリカから始まったんだけど、きっと彼らは他の国へ行く前にすべてを完璧にしておきたかったんだと思う。ニュー・ヨーク・シティにはヒット曲があったけれど、ライブは彼らのアルバムに入っている曲と、いくつかのカバー曲で構成されていた。彼らの「Im Doin Fine Now」が大ヒットしていた頃だよ(全米シングルチャートで17位まで上昇)。
ショーでは基本的にみんなが知っている曲をやる必要がある。僕らはヘッドライナーで、楽器をチェンジする時間がないので、前座のバンドも僕らの機材を使っていた。彼らは僕が持っているような技術的な知識も、僕らのような設備も持ち合わせていなかったのに、そのバンドのギタリストは僕のアンプを使って、僕より10倍もいい音を鳴らしていたんだよ! というのも、当時主流のポップソングでジャズギターは使われなくなってきて、主にソリッドボディのギターで演奏されるようになっていた。その子の演奏を聴いて、相棒のバーナード・エドワーズが僕に向かって言ったんだ。「この数カ月、君にずっと言おうと思ってたことだ!」ってね。
それで僕は翌日すぐに、その頃滞在していたマイアミビーチの質屋へ行って、一番安いストラトキャスターを見つけ出した。本当に激安だったよ。それまで使っていたジャズギターとトレードしてもらったら、質屋が300ドル返してくれたほどだ(笑)。そのときのストラトキャスターが今でも僕が弾いているギターで、いつも僕のすぐ隣に置いてあり、世界中あちこちへ担いで歩いてるってわけ。
Photo by Alysse Gafkjen
─ストラトキャスターの特徴的なサウンドは、あなたのトレードマークとなったリズムギターのスタイルを発明する上でも、きっと大きな位置を占めていましたよね。
ナイル:まさにそこだよね。当時R&Bレコードを片っ端から聴いてたけど、ほとんどの人がソリッドボディのギターを使っていた。アイク・ターナーのような人のレコードをよく聴いたし、ジミ・ヘンドリックスですらギターソロを弾いていないときのバッキングでメロディとリズムを演奏しているときは、独特なカッティングの音がとてもR&B的だった。
僕も以前はもっとフュージョン・ジャズっぽい音楽を中心に演奏してたけど、バンドがダンスミュージックを中心にし始めたから、そちらへと移行していった。ある日、当時の彼女とディスコに行った時、とにかく3曲ばかりが何度もプレイされていてね、それはドナ・サマーの「Love To Love You Baby」、ヴィレッジ・ピープルの「San Francisco (You've Got Me)」と、元テンプテーションズのエディ・ケンドリックスが歌っていた「Girl You Need A Change Of Mind」。その頃には僕もソリッドボディのギターをプレイしていたから、音を聴いてすぐにソリッドボディだってことはわかった。どの曲もクールなリズムを持っていたよ。
で、これらの曲……特にドナ・サマーとエディ・ケンドリックスの曲のリズムがとってもカッコ良くて、僕もこういう音を出せるようになりたいって思った。そんな感じで始まったんだよ。クラブで耳にしてインスパイアされたって感じ。そのとき、クラブにいる誰もが踊りながら愛に包まれているように見えて、まるでユートピアみたいだった。僕は親がビートニクだったこともあって、自然とヒッピー的に育った。愛が溢れるあのムーヴメントの一員になりたかったことを思い出すね。
─いちリスナーとしてのあなたにとって、「最もストラトキャスターらしいと感じる曲」、あのギターのキャラクターがよく表れていると思う曲を挙げてもらえますか?
ナイル:ほら、僕はジミ・ヘンドリックスの大ファンだったから、彼の音表現の幅広さに注目するし、ピックアップからピックアップへと移動する演奏なんかが耳に入ってくる。あと、このリズムにはこういう特徴の音、という彼ならではの組み合わせ方も気になるね。フィードバックを効かせた爆発的なロックンロールサウンドも、聴けばすぐにジミとわかる。そういう圧倒的な表現の幅広さは、大きいジャズギターでは出せなかったものだと思うんだ。
ストラトキャスターに惚れ込んだ理由
─自分以外で最も偉大なストラトキャスターのプレイヤーを挙げるなら、誰がふさわしい?
ナイル:何百万といるよ。ジェフ・ベックと一緒にストラトキャスターを弾いた時は最高だった! あまり知られてないと思うけど、僕はジミ・ヘンドリックスと一緒にプレイしたこともあるんだ。僕はグリニッジ・ヴィレッジ出身で、ロウアー・マンハッタンで育った。僕がガキの頃にプレイしていたナイトクラブは、ヘンドリックスがレコーディング・スタジオにするために買い取って、エレクトリック・レディ・スタジオになった。シックの最初のシングルもそこでレコーディングしたし、ダフト・パンクもINXSもそこで録ったよ。君は僕のディスコグラフィーを知っているはずだ。ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスなど何百というギタリストたちと演奏してきたけど、その多くがストラトキャスターを弾いていたよ。
ナイル・ロジャースの名曲25選プレイリスト
─3ピックアップで表情豊かであると同時に、設計がシンプルで操作性がすぐれているところもストラトキャスターの魅力ですよね。あなた自身、このギターの使い方でこだわっていることはありますか?
ナイル:僕はほとんどネックピックアップ(フロントピックアップ)しか使わないんだ。あの温かみがあるサウンドが好きなんだけど、カッティングにも向いている。僕がヴォーン・ブラザーズやスティーヴィー・レイ・ヴォーン(以下、SRV)と共演したとき、あるいは(デヴィッド・ボウイの)『Let's Dance』でSRVと共演したとき、僕らは2人ともストラトキャスターを弾いていた。でも、僕のサウンドとSRVのサウンドは同じではない。SRVは超絶技巧の持ち主だっただけでなく、ヘンドリックスのように弦のチューニングを半音下げていたおかげでサウンドに温かみがあると同時に、ギターの切れ味も抜群だった。SRVが「Let's Dance」や「China Girl」でソロを弾いているとき……彼がアルバム『Lets Dance』で参加したすべての曲で、僕のギターの明るい音が聞こえるけど、あれもネックピックアップで弾いた。「China Girl」での僕のプレイは、聴けばすぐにそれとわかるだろう。
そしてSRVのギターソロに入ると……ストラトキャスターは万能で多彩な表現ができるギターだから、同じギターを同じスタジオ内で2人が演奏しているのに──もちろん奏法とかは違うけど──同じパートでも「こっちが僕のストラトキャスター、こっちが彼のストラトキャスター」と違いがはっきりわかる。実はヴォーン・ブラザーズのアルバムでは、SRVとジミー・ヴォーンが僕のストラトキャスターを弾いている曲がいくつかあるんだ。彼らがそのサウンドを気に入ってね。僕のギターはとてもユニークなんだ。今まで弾いたどのストラトキャスターとも違う。一点もののように感じてきたよ。似たようなストラトキャスターに出会ったことがないんだ。今回Fenderが僕のシグネチャーモデルを作るまではね。
ナイルが実演を交えて『Let's Dance』制作エピソードを語った動画
─他にもきっと、こんなに長くストラトキャスターを使い続けてきた理由が何かありますよね。このギターのどんなところに惚れ込んできました? フォルムの美しさや、ボディの重量などもポイントになると思うのですが。
ナイル:確かに僕は重いギターが好きじゃないけど、やっぱりストラトキャスターの音の表現の広さが一番の理由だね。ストラトキャスターさえあれば、クラシックギター風の演奏をしてもそれなりの音が出せるし、ジャズとなれば難なく素晴らしいジャズサウンドが出せる。そしてもちろん、僕の名が広まったダンスミュージックにおいても活躍してくれる。つまりはギター演奏の依頼が入ったら、どんな内容でもこの1本で対応できるってこと。シンフォニーオーケストラだって問題ない。実際、これまで各国のシンフォニーオーケストラと演奏したことがあるけど、このストラトキャスターを使ったよ。
ナイル・ロジャース&シックとシンフォニーオーケストラの共演動画
─2024年の今も、H.E.R.からコリー・ウォンまで数多くのミュージシャンたちに使われているストラトキャスターですが。今でもこのギターがスタンダードとして愛され続けているポイントはどこにあると思います?
ナイル:君がその2人を挙げてくれたのはとても素晴らしいことだ! 去年コリーと一緒にギグをやったけど、彼はギターを弾くときに本当に深く掘り下げてプレイするので驚嘆したよ。一方で僕は、弦もピックも超ライトで、ファンク感やサウンドもコリーとは全然違うけど、彼と一緒にプレイするのは本当に楽しかった。僕のInstagramの投稿を見ると、彼が僕の指を見つめているのがわかるよ。なぜ僕のストラトキャスターの音は彼のとこんなに違うんだろうと不思議がっているんだ。少なくとも僕は、彼がそう考えていたんだと推察した。で、翌日に彼はこう投稿したんだ。「ナイルは6弦全部を押さえてるけど、3本の弦しか弾かない」と。つまり、彼はジャムりながら僕のスタイルを分析していたわけだ。僕はすぐコリーに「君が世界で最も好きなギタリストの一人になった」と伝えたよ。
僕たちはみんなストラトキャスターの音表現の広さに惹かれている。ギタリストの性格に合わせて”変わってくれる”ところにね。たとえばバディ・ガイの曲を聴くとバディにしか出せないサウンドが、僕の曲を聞くとみんなが「ナイルだな」って思ってくれる要素がそこにある。コリーが演奏すれば、彼独特のサウンドが聞ける。プリンスも以前僕のギターを弾いたことがあるけど、いかにも彼らしいスタイルでプリンスのサウンドを出していたよ。僕の経験から言えるのは、ストラトキャスターは恐らく世界で最も表現力のあるギターであるということ。単に僕がストラトキャスターを愛しているから言うわけじゃない。これまで数多くのギタリストとストラトキャスターでジャムしてきたけど、誰一人として同じ音じゃなかった。各自がそれぞれの音を出せていたんだ。
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ナイル直伝のリズムギター練習術
─ダフト・パンクの「Get Lucky」が大ヒットしたのはもう11年も前ですが、あなたのリズムギターのスタイルに影響された若手はその後も続々登場していますね。皆があなたのリズムギターの虜になってしまうのは何故なんでしょう?
ナイル:自分ではわからないな。でも一番いい例を挙げると、ビヨンセから「CUFF IT」で依頼が来た時、唯一指示されたのは「ナイルのサウンドを出してくれ」ということだけだった。その通りにプレイしたら、音符ひとつ変えられることなく僕の音がそのままレコードになってたよ。
ナイルはビヨンセ最新作『COWBOY CARTER』収録の「LEVII'S JEANS」にも参加
─最近だと、あなたが参加したLE SSERAFIMの「UNFORGIVEN」は、普段のあなたのスタイルと違ってエンニオ・モリコーネの映画音楽で聴けるようなアプローチをしていたのが面白かったです。
ナイル:彼らがあのレコーディングで特に評価してくれたところは、通常はネックピックアップばかりを使う僕としてはあまり知られていない、一味違う温かいサウンドと音の詰め方だった。あのリックはコーラス前のところで強い存在感を出していて、ベースやボーカルを除くとレコード全体を代表するようなものになっている。
─若いミュージシャンたちに「どうしたらあなたのようなリズムギターをストラトキャスターで弾けるのか?」と質問されたら、あなたは何と答えますか?
ナイル:練習また練習、だね! 正直に話すけど、僕はこのギターを手に入れた頃、まだ全然売れてなくて貧乏だった。とにかく起きている時間のほとんどをギターの練習に費やしてたよ。当時のバンドのドラマーとルームシェアしていたから、邪魔しちゃいけないと思ってトイレにこもり、タオルでドアの隙間を埋めて、音が漏れ聞こえないようにして練習に励んだものさ。
僕がどうやってこの技を身につけたのか、今だから話そう。16部音符をとにかく速く弾く練習をしたんだよ。1弦ずつ、そうやってコントロールする技を磨いた。E弦からD弦までとにかく速く行って、そこからB弦を経てG弦に行き、低いE弦へ……という風にね。そうするとしっかりコントロールできて正確に弾けるようになることがわかった。
レコードなどで僕のプレイを聴いてもらえればわかると思うけど、とてもクリーンだ。時々ちょっとした間違いはあるけど、ミスはかなり少なくて、ギターサウンドの一部という程度。ライブでは大掛かりな機材は使わないし、バックアップシステムもなければ、Pro Toolsの補助もない。つまり耳に届く全ての音は、ステージ上の9人が実際に生で演奏したものだけ。あるのは4つのペダル……チューニング用、リバーブ、あとは「Lets Dance」で使うエコー、そしてワウペダルぐらいだよ。オーバードライブもあるけど、これはフランスのシェイラ&B.ディヴォーションのために書いた「Spacer」を演奏するときに踏むくらいで、ほとんど使わない。
─ストラトキャスターの未来と、音楽制作やパフォーマンスの景色が変化していく中での役割の変化を、あなたはどのように捉えていますか?
ナイル:ストラトキャスターは永遠に存在し続けると思う。楽器の歴史を見ると、ギターは比較的新しい楽器なんだ。古いギターの本数が少ないのは、ギターの歴史が浅いから。リュートとか他の弦楽器はあったけどね。ウードがいつ誕生したのかわからないし、バンジョーはアフリカで始まった楽器だけど、どれくらいの歴史があるのか知らない。つまりエレキギターが出てくる前の通常の6弦ギターの歴史は、かなり浅いんだよ。スパニッシュギターだってそれほど古くない。
だから、エレキギターなんてかなり新しいよね。サックスと同様、とても若い楽器だ。さっき僕が言ったアイク・ターナーやジミ・ヘンドリックスといった人たちが、ストラトキャスターの最も初期のプレイヤー。僕のギターは1959年製で、僕は1952年生まれだ。ストラトが最初に発表されたのはいつなのかわからないけど、僕が生まれるそんなに前のはずはない(*最初のモデルは1954年発売)。この惑星では新しい楽器であり、その歴史は今まさに刻まれている途中なんだよ。
ストラトキャスター70周年キャンペーン動画「Voodoo Child: Forever Ahead of Its Time」。セットのデザインは、ジミ・ヘンドリックスの「Live In Maui」公演を彷彿させるもの。ナイル・ロジャース、トム・モレロ、タッシュ・サルタナらに加えて、日本からReiも参加
Nile Rodgers ”Hitmaker” Stratocaster
ナイル・ロジャース ヒットメーカー ストラトキャスター
希望小売価格:363,000円 (税込)
【ストラトキャスター70周年モデル】
・70th Anniversary Player Stratocaster®(市場想定売価:165,000円/税込)
・70th Anniversary American Professional II Stratocaster®(市場想定売価:330,000円/税込)
・70th Anniversary American Vintage II 1954 Stratocaster®(市場想定売価:396,000円/税込)
・70th Anniversary American Ultra Stratocaster® HSS(市場想定売価:330,000円/税込)
・70th Anniversary Vintera® II Antigua Stratocaster®(市場想定売価:220,000円/税込)
【ストラトキャスター特別展示】
東京・原宿にあるフェンダー旗艦店Fender Flagship Tokyoでは、1954年製当時に生産されたヴィンテージのストラトキャスターや、エリック・クラプトンやジェフ・ベックが実際に使用した実機を期間限定で展示している。この他にも70周年をお祝いする様々なイベントやキャンペーンを開催中。