日本人の5人に1人が75歳以上の後期高齢者になると言われる2025年まであとわずか。待ったなしで超高齢化社会に突入するわけだが、「高齢者」にも時代とともに変化があることに着目し、誕生したのが株式会社SOYOKAZE(ソヨカゼ)の「イマドキシニア」プロジェクト。その第一弾として行われているのがスポーツ選手やチームと協業した新しいシニア向けサービスだ。「辛い、苦しい」といったこれまでの介護やリハビリのイメージを払拭し、これからの時代に合わせた「楽しい」介護やリハビリを目指すプロジェクトについて、担当者にお話を伺った。
戦後生まれのイマドキシニアは「選びたい」志向
「選択肢の多さ」に重点を置いた「イマドキシニア」プロジェクト株式会社SOYOKAZEは「介護」の枠にとらわれない新しい事業を展開するなどさまざまなビジネスを行っている。その一環として、全国369拠点714事業所(2023年10月末時点)で介護サービス「そよ風」ブランドを展開。この介護サービスの領域で2021年から取り組んでいるのが「イマドキシニア」プロジェクトだ。「イマドキシニア」とは同社が生み出した造語で、戦後生まれのシニア世代のことだと話すのは同社の未来ビジネス開発部、久保江祥子さん。
「現在、私たちの介護のサービスをご利用されている主なお客様はまだ戦前生まれのお客様が多い状況ですが、今後は戦後生まれの方も対象となってきます。戦前生まれのシニアと戦後生まれのシニアで何が一番違うかというと、戦前生まれの方は、選択肢の少ない時代を生きてこられました。一方、戦後生まれのシニアは、高度経済成長を経験し、さまざまな文化や娯楽、サービスを自分たちで選べるようになった時代で育っていますから、いろいろな中から選択したいと考える方が多い傾向にあります。私たちはこの戦後生まれのシニアを『イマドキシニア』と呼び、その方々にも選んでいただけるような新しいサービスを検討しています」(久保江さん)
このイマドキシニアが介護を受けるようになった際に、数ある充実した選択肢のひとつとして開発されたのが「イマドキシニア」プロジェクトだ。
介護×スポーツはフレイル(虚弱状態)予防に最適
取材を受けてくれた、株式会社SOYOKAZE未来ビジネス開発部の久保江祥子さん(左)と中野駿平さん(右)そんなプロジェクトの第一弾として考えられたのが「介護×スポーツ」というテーマ。スポーツ選手やチームと協業し、スポーツの力を介護に役立てようというのだ。
「私たちは、スポーツはどの世代にも受け入れられる王道コンテンツだと考えています。特に戦後は中学校・高校で部活動が盛んになったり、大学の進学率が上がってサークルでスポーツに触れる機会が増えたりと、この時代に生まれ育った方にとってスポーツは身近になりました。また、戦後は所得が上がり家電が普及したことで余暇時間が増え、家族レジャーとしてスポーツを楽しむ人が増えたそうですから、そういった背景からも『イマドキシニア』の方々には、スポーツが刺さると考えたわけです」(久保江さん)
さらに、スポーツは加齢とともに体が弱くなってくる虚弱状態「フレイル」を予防するとも言われている。
「フレイルの予防には食事・運動・社会参加の3要素が重要だと言われていますが、スポーツ選手は体をつくるために栄養管理をし、練習で体を動かし、練習や試合などでも人と触れあうことが多いので社会参加もする。つまりスポーツは3つの要素をすべて含んでいますので、フレイル予防、さらには介護予防にも役立つと考えて、アスリートの皆さんと協業することになりました」(久保江さん)
間近で見る選手のジャンプに刺激を受け、リハビリもやる気に!
福島ファイヤーボンズの現役選手の指導でフリースローにチャレンジするシニアすでに「イマドキシニア」プロジェクトでは、複数のスポーツチームや選手と契約し、さまざまな取り組みを行っている。2023年12月現在契約しているのは、女子サッカーなでしこリーグの静岡SSUボニータ、男子バスケットボールB.LEAGUE2部の福島ファイヤーボンズ、あとは埼玉県のプロ野球独立チーム、埼玉武蔵ヒートベアーズ。またプロサーファー4名とも契約をしているそうだ。その取り組みの現場に久保江さんと一緒に参加しているのが同じく未来ビジネス開発部の中野駿平さん。
「福島ファイヤーボンズには郡山ケアセンターそよ風という施設をメインに取り組んでいただいていますが、定期的に選手やリーディングチームの方に施設に来ていただいて、いろいろなイベントを行っています」(中野さん)
たとえば選手、高齢者、スタッフでチームに分かれ、施設内に設置したバスケットゴールを使ったフリースロー対決をしたりする。あるいは、高いところにつるしたお菓子を選手がジャンプして取るといったイベント。そんな単純なことでも、背の高い選手が軽々とジャンプする姿を間近で見て、高齢者の皆さんはとても刺激を受けるのだという。
福島ファイヤーボンズ、玉木祥護選手のジャンプを間近で見学する施設の方々「そうした選手のすごさを間近で見ることで、『すごい!』と感情を揺さぶられるというところからはじまり、だんだんバスケットボールや選手に興味を持つようになっているようです。最近では、会いに来てもらうばかりではなくて、今度はこちらも試合を応援しに行こう、行ってみたいというような感情が湧いてきています。実際に10月と11月には何人かで試合会場にお邪魔して観戦をしたのですが、また行ってみたいという感想をいただきました」(中野さん)
福島ファイヤーボンズの試合を観戦するシニアの方(右)。初めて見るバスケットボールの生の試合に思わず拍手介護が必要な人たちが試合観戦などの外出をする場合、体の状態によっては参加できない人もいる。しかし、このプロジェクトでは、試合観戦に行けなかった人にも良い影響を及ぼしているという。
「ある女性は、身体的にハードルがあって前回の試合観戦には行けなかったのですが、次は自分も行きたいと自発的にリハビリを頑張り始めたそうです」(中野さん)
選手と一緒に農作業。利用者が選手に教えることも
埼玉武蔵ヒートベアーズの選手と農作業をする施設の方々また、コロナ禍をきっかけにはじまったのが埼玉武蔵ヒートベアーズと連携した農業を通した取り組みだそう。
「コロナ禍の間は選手に直接会えなかったことから、間接的にでも関わる方法がないか模索しました。その結果、施設が借りている農園や施設内にある畑に、苗を植えたり、収穫したりするのを、埼玉武蔵ヒートベアーズの選手の皆さんに手伝っていただき、収穫されたものを施設の食事として提供するというところから始まりました。コロナ禍の規制が緩和された今では選手と施設の方が一緒に収穫をしたり、穫れたものを地域の方々に届けたり、施設内で料理したものを選手たちと一緒に食べたりといったことをしています」(久保江さん)
力仕事を選手たちに手伝ってもらう代わりに、時には農業経験のある高齢者の方々が選手に苗の植え方や収穫の仕方などを教えるといった場面もあるそうだ。
介護現場での農作業体験は体を動かすことに通じるのでとても有益だが、そこにスポーツを組み合わせることで、推しのチームや選手と触れ合ったり、誰かの役に立っているという喜びを得たりすることができるというメリットが生まれる。
「自分が持っていた知識を若い選手たちに伝えている姿はどれも嬉しそうです。やってもらうばかりじゃなく、こんな若くてすごい選手たちに教えることができるという、対等な関係性というのが喜びにもなっていますし、すごく素敵なことだと感じています」(中野さん)
選手の推し活で、生活のモチベーションもアップ
応援グッズを持って、推しの選手を応援する施設の皆さんこうした中、久保江さんたちが、今後進めていきたいと考えているのが「推し活」だそう。
「試合会場には直接応援に行けないという方でも楽しめるように、施設内のスクリーンでみんなで試合を観たり、応援グッズを作って、推しの選手を応援するといったことも積極的にやっていきたいと考えています。バスケットボールやサーフィンに興味がなかった方々が、推しの選手が来るというだけで、テンションが上がったりします。やはり何歳になっても推しがいるということは、楽しいですしモチベーションに繋がりますよね」(久保江さん)
また、プロサーファーが日常的に行っている体幹や足の指を鍛えるトレーニングを、高齢者の機能訓練に活用できるよう、トレーニングメニューを一緒に開発するなどといったことなども行っているそうだが、そうしたフィジカルな面での効果はもちろん、アスリートとの交流は、リハビリを頑張ろうとか、生活そのものに張り合いができるといったメンタルへの影響も大きいようだ。
元大相撲力士も参加。アスリートのセカンドキャリアにも
元大相撲力士の大岩戸さん指導のもと、体を動かすシニアの皆さん「イマドキシニア」プロジェクトでは、最近、現役選手だけでなく引退したアスリートとの取り組みも開始した。
「元大相撲力士の大岩戸さんに施設に来ていただき、相撲の裏話をしていただいたり、相撲の四股踏みを教えていただいたりしました」(中野さん)
相撲は戦前生まれ、戦後生まれどちらのシニアにも馴染みがある上、四股は最近健康維持に役立つと話題になっているので、イベントも大変盛り上がったそうだ。
「引退した選手の方々にも、スポーツの世界を突き詰めてプロになられたやり抜く力や知識をお借りして、一緒に継続的なプログラムとして発展させていきたいですね。そうやってアスリートのセカンドキャリアの支援をさせていただきながら、それをシニアの方々にも還元できたらいいなと考えています」(中野さん)
このプロジェクトに参加した多くのアスリートが、介護施設に抱いていたネガティブなイメージが変わったと言うそうだ。スポーツを通じて、シニアの方々を笑顔にする、応援してもらえるということが、アスリートにとってもモチベーションに繋がっているからなのだろう。
筆者の知人が最近親の介護について理学療法士から「目的があればリハビリも頑張れるし、効果も出やすい」と言われたそうだ。株式会社SOYOKAZEのお二人も、このプロジェクトではアスリートが持つ知識やノウハウを活かしたリハビリはもちろん、スポーツを通じて頑張る「きっかけづくり」をしたいと言っていた。スポーツを活用した介護は今後の「イマドキシニア」にとって有意義な選択肢のひとつになりそうだ。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
資料画像提供:株式会社SOYOKAZE