東京・汐留のパナソニック汐留美術館で、企画展「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」が始まりました。ヤマザキマリさんの漫画『テルマエ・ロマエ』によって、古代ローマの公共浴場「テルマエ」の名称は“平たい顔族”日本人にもなじみ深いものですが、本展は無類のお風呂好きだったと言われる古代ローマの人々の生活や文化を、ナポリ国立考古学博物館所蔵の絵画や彫刻、考古資料を含む100件以上の展示品を通して体感するもの。

■ルシウスが案内する、浴場文化に特化した古代ローマ展

「パンとサーカス」という言葉があるように、無償の食糧と、競技や剣闘士試合などの見世物、つまり娯楽を提供して大衆の不満をガス抜きするのが、歴代のローマ皇帝の施策でした。皇帝はふんだんな富をテルマエに注ぎ、大衆は楽しみを享受する。裸であるためさほど身分差を感じないテルマエは、一流の美術品が楽しめる場所でもありました。ローマ市内には大規模なテルマエがいくつも建設され、人々は仕事のあとにテルマエに通って癒しのひとときを過ごしたそう。

『テルマエ・ロマエ』では、古代ローマの浴場設計士・ルシウスが現代日本の銭湯にタイムスリップし、驚きながらも技術やアイデアを古代ローマに持ち帰って浴場文化を改革していく姿がユーモラスに描かれました。古代ローマ人と現代の日本人が、時空を超えて“お風呂愛”で共通することを、この作品で知った方も多いはず。本展ではルシウスの案内で、テルマエと日本の2つの入浴文化をたどっていきます。

  • さまざまな美術品が並んでいたテルマエを疑似体験している気分になる展示空間

■運動、社交、癒し、美術鑑賞……テルマエは娯楽の総合施設

ローマ市で最初のテルマエは、初代皇帝アウグストゥスの右腕アグリッパによって、紀元前25年に建設された「アグリッパ公共浴場」。新たな水道の建設や高度な建築技術によって、サウナ風呂から大規模公共浴場に発展し、浴場の西側には人工池と水路と森も造設。アグリッパはまた、入浴客が美術を楽しめるよう優れた彫刻を飾ったそうで、そうした大規模なテルマエには大理石彫刻が数多く飾られ、時の皇帝や神々の像、さらに古代ギリシャの有名作品のコピーが並び、床や壁や天井といった建物自体にも壮麗な装飾が施されていました。

  • 浴場で出土した《アポロ・ピュティウス坐像》ナポリ国立考古学博物館

今でも遺構がよく残っているのが、216年のカラカラ帝の治世にローマ市郊外に造営された「カラカラ浴場」。浴場の建物だけで幅220メートル、奥行き114メートルにも及ぶこの巨大な施設は、1度に1,600人もの入浴客が利用できたほど。展示の冒頭で、アグリッパとカラカラ帝の胸像が登場するのですが(《アグリッパ胸像》はレプリカ)、実はこの2人、石膏のデッサンで登場することが多く、美術をやっている人にはおなじみの顔なのだとか。

  • 初代皇帝アウグストゥスの右腕、ローマ市初のテルマエを建設させた人/《アグリッパ胸像》ルーブル美術館蔵 本展展示品はレプリカ

  • 【写真】歴史に名を刻む超有名大浴場を作ったアグリッパとカラカラ帝。この2人は、石膏デッサンでもおなじみの顔だ

    アグリッパとカラカラ帝の顔は、石膏デッサンでもおなじみだという/《カラカラ帝胸像》ナポリ国立考古学博物館

テルマエには運動場を備えた施設も多く、まずはボール遊びや運動で身体を温め汗を流した後、冷浴室(フリギダリウム)で身体を冷まし、心地よい温度が保たれた温浴室(テピダリウム)で一定の時間を過ごしてから、蒸し暑い熱浴室(カルダリウム)の熱いお風呂へ。浴室には蒸気がたちこめる「水盤」が設置され、ここから流れ出てくるお湯で身体を洗い、隣の部屋でマッサージを受けたり、香油や軟膏などのトリートメントで仕上げをしたり。

  • 香油はマッサージや垢すり、脱毛にも使われた

大規模なテルマエには、図書館や庭園、発汗室やサウナ風呂、日光浴を楽しむ部屋もあったりと、まさに巨大レジャー施設。ひととおり廻ったらまた最初に戻って入浴を繰り返してもOK。着替えを済ませたら浴場内や付近の居酒屋で軽食をとって、帰宅の途につく。このようにローマ人にとってテルマエは単に“体を洗う場所”なのではなく、身体を動かして汗を流し、多くの人と交流し、リラックスして癒される、心身の健康を保つための大切な場所だったわけです。現代日本の温泉やサウナ施設と比較しても遜色がないどころか、さらにレベルが高くないですか? テルマエ、極楽ですか。

■「テルマエに特化した古代ローマ展は、日本でしかできない」

17歳からイタリアや中東など様々な国で暮らしてきた『テルマエ・ロマエ』の作者・ヤマザキマリさんは、長年シャワーのみの海外生活を送る中で“お風呂に入れない”枯渇感、湯船に浸かりたいという強烈な渇望感が湧いたことが、作品を着想したきっかけだったと話します。

  • 『テルマエ・ロマエ』完結時から20年後を描いた続編を手にするヤマザキマリさん

「リスボンに暮らしていたある日、ふと頭の中に“昭和のお風呂に古代ローマ人が出てくる”という素っ頓狂なアイディアが湧かびました。気持ちよさそうにお風呂に入るおじいさんの絵を描いていると、私もその気持ちよさを疑似体験できた。この気持ちはイタリア人の夫より、古代ローマ人のほうが共有できる。世界広しといえでも“浴場文化だけに特化したローマ展”は日本でしかできないでしょう」とヤマザキさん。

また本展の監修を務める東京大学大学院教授の芳賀京子さんも、ローマ展やポンペイ展はできても「テルマエ」というひとつのテーマを深掘りする企画はなかなかむずかしい、それが実現できたのは『テルマエ・ロマエ』のおかげだとし、テルマエを通して、水道や巨大建築物にみられる高度な技術と豊かな都市文化が発展した古代ローマ全体の姿が見えてくる、と本企画のユニークさを強調します。

  • 250分の1のサイズで復元されたカラカラ浴場の模型

展示には、《恥じらいのヴィーナス》《アポロとニンフへの奉納浮彫》などの来日作品に加えて、テルマエを想像復元したCG映像や、カラカラ浴場を250分の1のサイズで復元した模型も登場します。さらに後半はルシウスがタイムスリップした“平たい顔族”の国、日本の入浴文化が紹介され、歌川国貞や豊原国周の浮世絵や、江戸時代後期の湯屋の模型、昭和の銭湯のジオラマ、ケロリンの桶など、バラエティに富んだ展示品で、日本の入浴文化の歴史の一端を垣間見る構成に。時代も文化もまるで異なるふたつの国を、お風呂を通じて行き来しながら体感できる本展は、6月9日まで開催です。

  • 銭湯の定番アイテム、ケロリンの桶にもこんなに種類が!

■information
「テルマエ展 お風呂でつながる古代ローマと日本」
会場:パナソニック汐留美術館
期間:4月6日~6月9日(10:00~18:00※5/10、6/7、6/8は20時まで開館)
料金:1,200円/65歳以上1,100円/大学生・高校生700円/中学生以下、および障がい者手帳提示の方および付添者1名まで無料