部下の成長を促すには、耳の痛い話を正しく伝える「ネガティブフィードバック」が不可欠です。しかし、一歩間違うと「パワハラ」扱いされてしまいます。どうすれば、パワハラにならず、部下の成長を促せるのか。

人事コンサルタントの難波猛さんの著書『ネガティブフィードバック「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)より、一部をご紹介します。

  • パワハラを恐れて何も言えない上司

パワハラに怯えているのは上司側

「パワハラが怖い」

これは、部下ではなく上司からよく聞くコメントで、ネガティブフィードバックができない理由の1つです。

「パワーハラスメント」を筆頭に、世間には「〇〇ハラスメント」が50種類以上存在すると言われています。

「セクシャルハラスメント」「モラルハラスメント」「ジェンダーハラスメント」「マタニティハラスメント」「パタニティハラスメント」「アルコールハラスメント」「リモートハラスメント」「スメルハラスメント」など。

どう言えばいいのか、どう振る舞えばいいのか分からずに、ただハラスメントになるのが怖くて、「言わぬが仏」とネガティブフィードバックを苦手としている上司は多いようです。

厚生労働省では、パワーハラスメントを「職務上の地位や人間関係など、職場内での優越的な関係を背景に業務の適正な範囲を超えて、身体的もしくは精神的な苦痛を与えること」と、定義しています。

身体的な苦痛である暴力などは論外ですが、精神的な苦痛のポイントは、相手の性格や人格に対して攻撃的な言動をすると「人格権の否定」になるリスクが高いという点です。

つまり、「お前は協調性がない人間だ」「あなたは主体性が低い」などという発言は、パワハラと訴えられるリスクがあります。

パワハラにならない伝え方のポイントの1つは、「性格」ではなく「行動」と「事実」について話すことです。

「行動」と「事実」について話すとパワハラになりにくい

私が、フィードバックをする上司に、「部下のどんなことで困っていますか?」と質問すると、こんな答えが返ってきます。

「責任感が不足している」
「もっと主体性をもって仕事に取り組んでほしい」
「協調性に欠けている」
「積極性がない」

おそらく、上司の目から見るとその通りなのかもしれませんが、ほとんどが性格や意識にフォーカスしたものばかりです。性格面の問題を部下に突きつけると、2つのリスクがあります。

1つは「パワハラになりやすい」こと。
もう1つは「部下の行動が変わらない」こと。

例えば、「(仕事に対する)責任感が不足している」という指摘は、部下から見ると「私は、責任感のない人間だと言われた」とほぼ同義になります。性格面の問題を指摘すると、「人格権の侵害」に直結しやすくパワハラのリスクが高まります。

また、性格面を指摘してもネガティブフィードバックの目的である部下の行動変容につながりません。性格にフォーカスされても、部下としては具体的な解決策を考える手立てがないからです。

しかし、行動と事実に基づいて指摘すると、何を期待されているのかが具体的に見えてきます。

例えば上司が「責任感の不足」を感じた事実が、「先月の新商品開発プロジェクトで、その部下がプロジェクトリーダーだったにもかかわらず、会議のスケジューリングもアジェンダ作成も他人に任せていた。プロジェクトメンバーからは無責任だと批判が出た」ということであれば、「責任感」という抽象論ではなくプロジェクトにおける行動について話し合いましょう。

「プロジェクトリーダーとして、スケジュール設定とアジェンダ作成は自分で行ってください」と指摘されれば、部下は次回から高確率で指摘された行動を変えるはずです。

その後、部下が望ましい行動を取り始めたら、きちんと感謝や賞賛を伝えましょう。さらに、行動が改善すると周囲の評価や反応が好意的に変化します。

5つのスキルセットで部下が変わる

ネガティブフィードバックを効果的に行うには、ただ「指摘」するだけでは不十分です。長期間ローパフォーマンスになっている部下は、そう簡単には変わりません。

変わるためには、ある程度の時間と労力、そして正しい「伝える技術」が必要。それが、これから紹介する「5つのスキルセット」です。

(1)合意を得る
(2)不協和を創る
(3)無理に面談をきれいに終わらせない
(4)話すより聴く(傾聴)
(5)諦める(明らかに見極める)

スキルセットは、相手の心理状態に合わせた行動変容のアプローチです。厳しいことを伝えられた相手の心理状態に応じてうまく変化を促していくことを目的としています。

1つめのスキルセット「合意を得る」

ネガティブフィードバックをスムーズに進めるには、部下に一つひとつ合意を得ながら進めることが重要です。言い方を変えれば、「コミットメントを促す」ということです。

「面談を行うこと」「面談でギャップについて話し合うこと」「ギャップが存在していること」「ギャップを埋めるために改善すること」「改善に向けた行動計画をたてること」それぞれに、部下が「自分も合意した」という形で進めましょう。

「今から業務上の問題について対話したいと思いますが、このタイミングで大丈夫ですか?」
「期待と成果にこのようなギャップが生じていると考えていますが、あなたはどう認識していますか?」
「会社や私はこのギャップを埋めるために、行動を改善してほしいと考えています。あなた自身は改善の必要性をどう考えていますか?」

合意の際には、「イエス」「ノー」の2択で答える「クローズクエスチョン」ではなく、出来る限り相手が選択だけでなく意見を言える「オープンクエスチョン」で対話しながら、認識を合わせて合意を得るようにしましょう。

2つめのスキルセット「不協和を創る」

私たちが行う管理職の研修で、「フィードバックについて困っていること」をチャットなどで集めると必ず出てくる意見の一つに「部下のモチベーションが下がる(下がりそう)」というものがあります。

「耳が痛いことを言うと、モチベーションが下がりそうで怖い」
「過去に注意した際、明らかに不機嫌になった」
「フィードバックをすると、口では反論しないが納得していない雰囲気を感じる」
「関係が悪くなると仕事を頼みにくいので、オブラートに包んで伝えている」

意外かもしれませんが、そうしたネガティブな反応は、上司にとっては行動変容につながるポジティブなサインです。

本人が「まずいな」「嫌だな」「気持ち悪いな」と思わない限り、「変化が必要だと認識していない人」の行動は変わらないからです。

上司と部下の認識にギャップがある場合、部下側の「これで良い」という自己認知と、上司側の「それではダメだよ」という他者認知に矛盾が生じ、違和感や不協和を抱きます。この状態を、心理学では「認知的不協和」と呼びます。

3つめのスキルセット「無理に面談をきれいに終わらせない」

ネガティブフィードバックは、される部下だけでなく、する上司にも「認知的不協和」を発生させます。

「部下から慕われたい」「組織に波風を立てたくない」「良好な関係を維持したい」という欲求とは真逆の面談となるため、「面談を早めに終わらせたい」「部下に反発されずに乗り切りたい」「良い雰囲気で終わらせたい」という心理は当然働きます。

ただ、上司の言葉に反発したり黙り込んだりすることもなく、「はい、分かりました」と面談を終わらせて現場にさっさと戻ろうとする部下には要注意です。「物分かりがいい」ではなく、「何も伝わっていない」可能性があります。

そのようなときは安易に面談を終わらせず、「どうわかったのか、あなたの言葉で話してもらえませんか?」「私が伝えたことをどのように理解しましたか?」などと、部下の口で語ってもらいましょう。

4つめのスキルセット「話すより聴く(傾聴)」

フィードバックと言うと、どうしても「うまい伝え方」や「よい言葉の選び方」を意識すると思います。しかし実際は、「話し方が9割」ではなく、「聴き方が9割」です。つまり、フィードバックでは、伝えること以上に、相手の話を聴くことが重要です。

「なぜ、納得できないのか」「なぜ、ギャップを受け止められないのか」「何が不満や不安なのか」「フィードバックされた内容に対してどう感じたのか」など、ネガティブな感情も含めて全てを吐き出してもらいましょう。

5つめのスキルセットは「諦める(明らかに見極める)」

行動計画が決まったら、「一定期間、本気で向き合う」ことが重要です

どれだけ上司が頑張っても部下が努力しても、組織が期待する水準まで変化できない部下は一定割合で発生します。変わらないのに期限を定めず延々と続ければ、上司も部下も心身ともにボロボロになるだけです。

会社と社員は切っても切れない血縁関係ではなく、労働契約に基づく雇用関係です。一定期間本気で向き合って改善しなかったら、お互いのために諦めましょう。

ネガティブに突き放すのではなく、「諦める」の語源でもある「明らかに見極める」ということです。

著者プロフィール:難波猛(なんば・たけし)

マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント
1974年生まれ。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。