林佑亮さんプロフィール

作業療法士として5年間勤務したのち、2014年に就農。祖父の指導の下、ブドウ栽培を始める。2019年に屋号を「林ぶどう園」に改め、翌2020年にはYou Tubeチャンネルを開設。主に、ブドウに関する情報を発信している。

農業のお手本がYouTubeだった

—林ぶどう園さんがYouTubeを始めたのは2020年の5月ですよね。なぜブドウ農家がYouTubeを始めたんでしょう。

僕は祖父のブドウ園を継いで農家になったんですが、教えてくれる人がいなくて。YouTubeを見ながら勉強したという経緯があったので、新規就農者や若い人たち、農業に興味のある人たちに見てもらえればと思ってYouTubeを始めました。

登録者数は2024年2月末現在で4.68万人だ

—林さんご自身はどうして農業の道へ?

前職は病院勤務で作業療法士をやっていました。病院には5年間勤めたんですけど、その中で自分で何かをやってみたい、自分で表現したり、経営したりしてみたいって思いが強くなっていって。リハビリの分野で独立して起業するのはなかなか難しいので、祖父のやっていたブドウ園が視野に入った感じですね。

そのタイミングで、たまたま入ったお店でシャインマスカットを食べて。皮ごと食べられて、種もなくておいしい。「こんなブドウがあるんだ!?」と衝撃を受けたのも相まって、そこからブドウについて調べ始めて、のめり込んでいった感じです。その数カ月後には仕事を辞めて、祖父と一緒にブドウを作り始めました。

—おじいさまのブドウ園に入ったと。でも、教えてくれる人がいなかったとは?

最初の作業は剪定(せんてい)だったんですけど、もう何もわからなくて。マニュアル化できる短梢(たんしょう)栽培ならまだよかったんですが、我が家は種あり栽培だったんです。長梢の自然形なので、もう教科書を見ても何も理解できなくて。

—長梢栽培は「身に着けるのに10年かかる」ともいわれる、経験と勘が求められる仕立て方ですもんね。

祖父もそんな説明が上手な人じゃなかったんで、「とりあえず見てろ、見て覚えろ」みたいな感じで。それで後ろについて見ていたんですが、それだとやっぱり理解もできなければ、納得もできないじゃないですか。

さらに、翌年は祖父の体調が悪くなっちゃって……。なので僕の最初の1年は、祖父の作業を見ただけなんです。

—なんと、それは大変でしたね……!

産地なので、近隣には先輩がいっぱいいたんですけど、それまで自分が農業を一切やっていなかったこともあって、つながりもないから、敷居が高くて……。気軽に「教えてください」とは言いにくかったんです。

—産地だからといって、何でも気軽に聞けるわけじゃないんですね。話をするには関係性が必要だと……。

はい。周囲から認知されているのはあくまでも祖父だけ。農業の学校も出てないし、役場に相談して就農したわけでもなかったので、正規のルートで就農していなかった僕は、公的な機関や農協からも認知されてなかったんです。

だから、ほとんど外の世界を知らなくて。祖父が地元の「東浦森岡ぶどう組合」に入ってたので、一緒に研修を見に行ったぐらいです。1年かけてようやく認知されて、そこで初めて新規就農者扱いをされるようになりました。

—何も分からず農業の世界に入ってきたから、そういう手続きもできていなかったと……!

1年遅れで、新規就農者として呼んでもらった激励会で、長野の研修から帰ってきた同世代の農家さんと出会って。その縁で今の自分があるんですが、それまではブドウについて調べるとなると、本かネットしかなかったんです。

もう10年ぐらい前の話なんですけど、とくにYouTubeがわかりやすかったのと、当時YouTubeで発信していた農家さんたちがすごく生き生きしてたので。すごくかっこよかったし、モチベーションを高めてもらったんです。

—ちなみに、当時見ていたYouTubeのチャンネルは?

岡山県の「石原果樹園」さんと、長野県生坂村にあった「季来里(きらり)ふぁーむ・すずき」さん(現在は移転・生食用ブドウの販売は停止)です。具体的な作業やノウハウというよりは、農家の作業風景を映してたっていうイメージでした。

僕としても、そこから内容を読み解くだけの能力もまだなかったので、どちらかというと「モチベーションを高めてもらった」っていう感覚が強いですね。

林さんが見ていたという

林さんがYouTubeを始めた理由

—そんな中、2020年というちょうどコロナ禍のときにYouTubeを始めました。

コロナがきっかけというわけではないんです。元々ブドウ園の経営はおじが行っていて、そこに雇ってもらっていた形だったんですけど、祖父が亡くなったあとは経営方針の違いもあって、独立することになりました。

独立のタイミングで、かつてチャンネルを見ていた石原果樹園さんに直接会いに行ったんですよ。

—林さんのモチベーションを高めてくれた石原果樹園さんに。

はい。そこで石原さんの思いを聞かせてもらって、実際に農場も見させていただいて、やっぱりすごいなと思ったんですよね。若い方たちに対しても、すごく熱心に教育されてた方だったので、感銘を受けて帰ってきました。

独立したときからYouTubeをやりたい気持ちはずっとあったんですけど、最初は自信がなかったので怖かったんですよね。「自分なんかがやっていいのかな……」みたいな。なので、最初の1年間はアイデアを練ってた感じです。それで、チャンネルを開設したのが翌年の5月でした。

—最初の頃の動画とかを見ると、Vlog的な感じでしたよね。

はい。僕は農家の生活の一部分を切り取るというか、意気揚々としている楽しい感じを見てるのが楽しかったので。

だから、作業風景を映して、「自分もブドウ作りをやってみたいな」って思ってもらうことを狙って、Vlog形式にしてたんです。

初期の動画はVlogだった。アイキャッチも今とはだいぶ雰囲気が違う

—どういう層に向けて発信したい、という狙いは最初からあったんですか?

新規就農者や、農業に興味はあるけど、あと一歩踏み出せない人に向けて発信したいっていう思いがずっとあったんです。僕自身、YouTubeを見てすごく励みにもなったし、そのおかげで農業を続けられたので。

ただ、やり始めてみると、視聴者はちょっとずつ増えてるんですけど、どうやら僕が対象に思っていた人たちではないことに気付いて。

—と、いうと?

「定年を機に、庭でブドウ栽培を始めました」みたいな、60代~70代ぐらいの方が多かったんです。あれっ、思ってたところと違う反応が来たなと。でも、その方々のおかげで再生回数も増えていったので、本当にありがたいです。

YouTubeをやっていく中で、求められていくのはどっちかといえばノウハウというか、技術的なもので、なおかつ「自分の家でできるもの」がニーズとして高かったし、反応もよかったので、徐々に内容もそういうものになっていきました。

—ホームセンターで買った苗木の選び方とか、垣根栽培のやり方とか。

そうなんです、ああいう動画の反応が結構いいんですよ。やっぱり、自分が思ってるものと、実際の世の中の反応ってのは違うんだなと実感しましたね。

—チャンネルも顔出しをされて以降、再生回数が跳ね上がりましたね。

仮植えの動画ですね。初めて再生回数が1万回を超えて、そこからすごい急に跳ねたというか。

最初は顔出しはもちろん、声も入れてなくて、全部テロップだったので。しゃべる自信は
なかったんですけど、やっぱり文章を打ち込んでいくのが大変だったのもあります。

—編集時間の短縮という意味もあったんですね。

当時は全部手で打ち込んでいたので、本当に大変で……。なので、やっぱり自分でしゃべらなきゃダメだと。なので、まずは「声を入れる」からスタートして。

そして、自分でしゃべらないと伝わらないこともあるなと思ったので、恥ずかしかったけど、顔出しもするようになりました。勇気を振り絞った……というと大げさかもしれませんが、マインドブロック(自分の中の思い込み)をちょっとずつ壊していきました。

—それまでの自分の中では、顔出しはありえなかったんですね。

僕が見ていたチャンネルは、自分で撮ってしゃべって、というスタイルを取っていなかったんです。

最初は自分が見ていたものを真似するのが精一杯だったので、「顔を出したほうが説得力が出るな」と思えるまでには、ちょっと時間がかかりましたね。

登録者数を増やして、新規就農者に見てもらいたい

—顔出しの次の回から、一般的なYouTuberっぽいサムネイルになりましたね。

顔出しもしたので、なんかもう吹っ切れたというのはありますね。

あと、このあたりで大きな影響を受けたのは、同時期に始められた、大分県の「ドリームファーマーズちゃんねる」さんです。ちょうど僕が始める3カ月ぐらい前にYouTubeを始められて、登録者数もずっと追いかけていく感じだったので。

—具体的にはどのような影響を?

彼らは2人で、最初から顔出しで動画に出てたので、そこで「そういうやり方もあるんだ」と。ライバルというか、目標としてずっと追いかけてたので、その影響は大きかったと思います。

—そして、徐々にVlogからノウハウ系に変わっていったんですね。

そうですね。YouTubeの勉強もして、知識もついてきたので。やっぱり、求められてるものはどっちかっていうとノウハウだし、最初のころの投稿を見返してみると、ちょっと一人よがりな発信がやっぱ多いのかなと思ったんですよね。

そこから「何が求められてるのか」みたいなに切り替わっていく感じはあって、はい。なるべくギブするようにやっていこうと。

最近の動画のサムネイル。初期と比べるとずいぶんイメージが違う

—自分の知識を視聴者に与えるように。

はい。元々の狙いだった新規就農者に動画を届けるには、登録者数を伸ばして影響力をつけていくほうが早いなと思ったので。

「ブドウ栽培」という、狭い、ニッチなジャンルですが、そこを優先しようと思って、いわゆる家庭菜園系の動画もやめませんでした。元々の自分が狙っていた対象じゃないところでも、そこはしっかりつかんでいこうっていうマインドではありましたね。

—それで何とか登録者数を増やして、最終的にその最初の層に届くようになればなと。

そうですね。そこはもうずっとブレてなくて。今もそうですけど、やっぱり地元の周りの農家さん見てても、やめていく人が結構いて。どんどんこう……地域が弱くなっていくような感覚があって。

このままではいけないなとも思うし、そう思うとやっぱり新規就農者だったり、新しく農業を始めたいっていう方に届けたいって気持ちがあるので。

—林ぶどう園のYouTube登録者数は4.68万人(2024年2月末現在)ですが、ターゲット層の割合としては?

最初は20代~30代が0.1%という数字だったんです。最初だから登録者数も1000人ぐらいしかいなくて。(その中の20代~30代は)「1人か……」と思ってへこんでたんですけど、登録者数が数万人になって、今だと割合も1%ぐらいまで増えてきているので、そうすると、400人以上になりますよね。

400人って、数字としては少ないかもしれませんが、農業って分野で見ると、結構な人数だとも思うんですよ。

—1%でも十分だなと。

そのうちの1人でも2人でも、うちに来て話をするだけでもいいですし、何かポジティブな反応があればいいなって。そこまではまだ実現してないですけど、なにかいい影響を与えられたらうれしいですし、それを目指して投稿を続けてますね。

—農家さんって朝から晩まで忙しいイメージがありますが、その中でYouTuberとしても活動するのは大変では?

最初は大変でしたよ、やっぱり。動画を1本撮影するだけで、言い間違いもすごかったので、何度もやり直したり。何時間も撮影して、「俺、何やってんだろう……」と思ったこともあるし。編集にも何十時間もかけてたので、普通だったら、とてもこんなん続かないだろってレベルでした。

でも、趣味っていったらあれですけど、僕は撮影も編集も、すごく楽しかったので。いくら忙しいっていっても、お酒を飲んだり、テレビ見たりする時間はあるじゃないですか。僕はそれを動画投稿の時間に置き換えただけですね。撮影さえ済んでいれば、編集は夜でもできますし。

—趣味として動画を撮っていたと。

そうですね。最初は効率が悪くて大変でしたけど、だんだん慣れてくると、撮影時間も編集時間もどんどん短くなっていくので。逆に、最初の大変だった時期を楽しみながらやれたのがよかったなと思います。

—人気になるまでの、下積みみたいな時期が一番大変ですもんね。

何事もそうかもしれないけど、楽しみながらというか、何か目的を持っていれば、多分続けられるんじゃないかなと思います。大変でも「やろう」と決めれば、多分どんどん良くなっていくので。

自分は若い方とか、農業をやりたい方に届けたいっていう明確な目的があったのと、楽しんでたっていうのがあったので、続けられましたね。当然ながら、最初の1年は広告収入もほぼゼロだったので、もし利益を目的にしていたら大変だったかもしれません。

大事なのは人に頼ることと、しっかり伝えること

—楽しみながら、いかに時間を作っていくかが大事だと。

もう一つ気付いたことは、1人でやろうとしないことです。

最初は、農作業も撮影も、全部自分1人でやろうと思ってたんですよ。でも、そんなことはなくて。やっぱり人に頼んで、みんなでやったほうが結果がいいんですよ。

—作業を分担していくほうがいい。

例えば、自分が気合いを入れて作業してる間のブドウは品質がいいかもしれないんですけど、集中力が切れた後はどうしても品質が下がりますし。だったらみんなで作業したほうが平均点は上がるし、結果いいものができるっていうことに気付いたんです。そこから、だいぶ自分の時間が作れるようになりましたね。

朝から晩まで徹夜しながら作業して、全部自分でやったほうがいいと思ってた自分がいたんですけど……。全然そんなことなかったです。できないもんはみんなにお願いして、時には後ろに下がって、みんながやりやすいように準備して、やり方を指導して、作業の指示を出してるほうがうまくいく部分もあって。

—現場から管理職になるようなイメージですね。スタッフは家族ですか?

はい。家族5人でやっています。

—嫌な質問かもしれませんが、農作業をしながら動画を撮影していると「農業に集中をしていない」とか「自分ばっかり遊んで」みたいなことは言われませんでしたか?

やっぱり最初はありましたよ。そこまでは言わないですけど、「私達がやってるんだから、あなたも作業しなさい」みたいな雰囲気はありました。

僕は農業経営だけじゃなくて、人材育成とか、地域を盛り上げていった先に自分の農業経営も安定すると思って、なるべく先を見て動いてたつもりだったんですが……。そこはちゃんと説明しないといけないなとは思いましたね。

—特に高齢の方とかだと、「スマホを触って遊んでる」みたいに感じるケースも多いと思います。

何をするにも、最初はなかなか理解されにくい部分はあると思います。人によって、感じ方も違うでしょうし。

でも、ちゃんと目的は伝えないといけないし、伝えることから逃げてたら多分ダメでしょうね。

—YouTubeをやっていくことで、林ぶどう園としてもちゃんとメリットがあるんだよと。

そうですね。あとはやっぱり、そういうことをする前に、それなりに経営が安定していないといけないのかもしれません。僕はうまく利益が出ていない段階でスタートしてしまったので、ちゃんと利益を出して、うまく経営が回ってる状態で始めてたら、もうちょっと最初の反応が多分違ったとも思います。

でも、難しいところですね。割と早い時期からやっていたから、登録者数が増えたって部分もあるかもしれませんし。経営が安定するまで待ってたら、始めるのが遅れて、すでに他の人がこのポジションにいるかもしれない。タイミングの問題はすごく難しいところかもしれません。

視聴者の求めるものを作っていった結果、元々狙っていた層とは違うところで人気になったという林さん。しかし、その影響力を大事にしつつ、結果的に刺さってほしい層に届けばいいと言います。

後日公開の後編記事では、林さんの動画づくりのノウハウのほか、農家がYouTubeをするメリットについても紹介します。

取材協力・画像提供