昨年、ソロ名義では通算2枚目のオリジナルアルバム『INNERSTANDING』をリリースしたダニー・ハリスン(Dhani Harrison)が、公私ともにパートナーであるオーストラリアのシンガーソングライター、メレキと来日中だ。今回の滞在は、実父ジョージ・ハリスンが設立し、現在は自身が管理するDark Horse Recordsのプロモーションを兼ねたプライベートなものだという。都内のレコードショップを回りつつ、アニメショップや家電量販店、京都へのショートトリップなど33年ぶりの日本を満喫中の彼に、Rolling Stone Japanは独占インタビューすることに成功。グレアム・コクソン(ブラー)やメレキが参加したアルバム『INNERSTANDING』を紐解きながら、父ジョージの思想を色濃く受け継ぐ彼の哲学や世界観はもちろん、日本に対する想いなどを時間の許す限り話してもらった。
─今回の来日は、主に観光目的ですか?
ダニー・ハリスン:うん。ずっと日本には来たかったんだ。最後に来たのは33年前、父とエリック・クラプトンが東京ドームと大阪城ホールでライブをした時、彼らと一緒にプレイして以来だね。父が亡くなってからはロサンゼルスに引っ越したので、イングランドともしばらく疎遠だったのだけど、2020年にイングランドに戻った頃から「また日本へ行こう」と決めていたんだ。それから毎年計画していたのだけど、全部キャンセルになっちゃってさ。5度目のトライでようやく来ることができたよ。
実は、今秋にもフェスやライブで来日する予定なんだ。Dark Horse Recordsのアナログもたくさんあるから、その時にはポップアップのイベントもしたいと思っていて。ジョー・ストラマー、ニーナ・シモン、ジョージ・ハリスン、レオン・ラッセル……。そういったアーティストたちの作品を携え、しばらく疎遠だった日本とつながりを築いていこうと思っているよ。
─それは嬉しいことです。今回はどんなところを訪れる予定?
ダニー:今日(取材日は3月中旬)はレコードショップを回るつもりだよ。偵察もかねてBIG LOVE RECORDSやディスクユニオンへ行ってくる。あとはアニメストアね。僕は大のマンガファンなんだ。昨日は明治神宮に参拝に行ってきたし、京都にも数日滞在する予定だし、家電量販店も回りたい。今週か来週あたりに桜が開花するって言われているよね。少しでも見られるといいな。
─アニメやマンガも好きなんですね。
ダニー:庵野秀明監督の大ファンだよ、僕の神様なんだ。士郎正宗もね。好きな作品は『新世紀エヴァンゲリオン』に『イノセンス』『攻殻機動隊』『獣兵衛忍風帖』……。そういえば、最近公開されたNetflixの『BLUE EYE SAMURAI/ブルーアイ・サムライ』シリーズも、アメリカのアニメーション作品だけど面白かったよ。とにかく庵野監督と士郎正宗は、僕にとって特別な存在だ。
─その辺りもたっぷり語ってもらいたいところですが、時間が限られているのであなたの音楽についても聞かせてください。まず、バンドthenewno2を経てソロ活動を始めてから最初のアルバム『IN///PARALLEL』(2017年)は、どんな作品を目指そうとしたのでしょうか。
ダニー:『IN///PARALLEL』は、まさに世界がたどってきた過去、これから向かおうとしている未来を描いている。そこにはたくさんの警告が含まれているし、自分でもゾッとするようなことを歌っているよ。例えば世界規模でのロックダウン。まだコロナ禍になる前だったけど、社会の動きを見ていた中で、当時の僕には今後起こりうることがなんとなく予想できたんだ。友人たちは口を揃えて「まさか、そんなこと起こるわけないよ」と言ってたけど、実際に起きた時にはみんな、「次はどうなるんだ? どうすればいい!?」と僕に聞いてきたな(笑)。
─パンデミックの最中、ダニーさんは何をしていました?
ダニー:人々が自分自身に向き合ったり、大切にすべきものは何かを見つめ直さざるを得なくなったりしたのと同様、僕もロサンゼルスからイングランドの郊外へ引っ越して、自分で食物を育てたり家具を作ったり、自給自足の生活をし始めた。メディテーションやライティングも自分を見つめる機会になった。この状況は、いい意味で変化を生む機会になったと思う。そうやって肯定的に受け取らないと、きっとおかしくなって身動きがとれなくなってしまう。エゴを捨てて無駄に抵抗せず、謙虚な姿勢で状況を受け入れることにしたんだ。
僕たちはこれから共に生きるべきだよ。農場やパン屋、デザイナー、ミュージシャン……どんな職業も社会には必要不可欠だ。それに、人は音楽を必要としていることも身をしみてわかった。コロナ禍でライブが中止された時、みんなおかしくなったと思わない?
─思います。日本でも音楽は「不要不急」と言われましたが、逆にそのことで音楽がいかに大切なのかを再認識した人もたくさんいました。
ダニー:同じように、映画やデザインといった芸術表現も社会になくてはならない。コロナ禍を経て、コマーシャリズムが少し弱体化して、制作のコアを大切にする見方も強まった気がする。何がほんとうに必要か、問われはじめたことは良いことだ。僕たちには芸術は必要なんだ。イングランドでは「芸術では食っていけない、キャリアを改めろ」と多くの人が言うけど、その声に賛同はできないよ。
─僕もコロナ後は気持ちの変化があり、それこそ「何がほんとうに必要か?」をずっと考えていました。資本主義が抱える問題点や環境問題についてもより深刻に考えるようになりましたし、実際のところ巨大資本が幅を利かせ、各地で戦争が起こり……ダニーさんがおっしゃるように、個人レベルでは「良い変化」が起きつつある反面、世界はより悪い方へ向かっているような気がしてなりません。
ダニー:ある見方ではそうともいえる。権力はコントロールを握り続けるために戦争を急ぎ、分断を煽っている。メディアは不安に包まれた世の中のイメージを植えつけている。なぜなら人々をコントロールするのに唯一有益な方法が、巨大な不安をもたらす戦争と対立なんだ。
僕たちはコロナ禍で、「不安の根源」に向き合うような経験をしてきた。だから不安に対して敏感になっているよね。もちろん戦争はバカげているし、どんな状況であれ最低の行為だ。大半の人々は、内心では「やめるべき」と思っているにもかかわらず、ごく一部の支配欲を捨てきれない人間が戦争を続けている。戦争で多くの人が苦しみ、精神的に打ちのめされたけど、この状況をなんとしてでも乗り越えなきゃならない。なぜなら、これを受け入れてはいけないから。僕たちに戦争はいらない。分断はいらない。恐怖はいらない。支配はいらない。僕たちは思いやりを持って、互いに協力しながら生きていきたいと望んでいるんだ。
─変化には痛みが伴うと。
ダニー:今、僕たちは夜明け前の暗闇にいる。事態が悪化していく過程を目の当たりにしてきた。英語には「The night is darkest just before the dawn」(夜は、夜明け前がいちばん暗い)というイディオムがある。僕たちはまさに夜明け前にいるんだ。少林寺の僧侶が「変化」について、「わたしは気づいている。世界中で起こっていて、僧院で起こっていて、それは自らの内にも起こっている。それは止まらずにやってくる。新たな変化を受け入れる用意をしなければならない」と説いていたのをX(旧Twitter)で見かけたよ。これはコロナ禍を経験した僕たちの教訓だと思う。寛大な心を持つことで、よりよい世界が訪れるはずだと。
明かりを灯すと、見たくないものまで見えてしまう。でも、見てしまったからには向き合う必要がある。今がまさにその時で、中には「アポカリプス」だと表現する人もいるけれど、真実が暴露されただけで、これは破滅ではない。新たなサイクルのはじまりなんだ。僕たちは今、サイクルの誕生に立ち会っていて、それを僕は待ち遠しく思っているよ。
─数年前、ポール・マッカートニーにインタビューした際、彼も「世界で起きていることは『振り子』のようなもの」と話していたことを思い出しました。必ず揺り戻しが来ると。
ダニー:そのとおり。ここ5年、振り子はものすごく傾いていた。今からが振り戻しのタイミングだね、傾いた分だけ均等に戻ってくる。支配に代わって、自由を手にする時代に向かっているんだ。ポールが言ったことに賛成するし、世の中をうまく捉えている言葉だと思う。
父ジョージやパートナー、グレアム・コクソンからの影響
─昨年リリースされた2ndアルバムのタイトル『INNERSTANDING』には、どんな意味があるのでしょうか。
ダニー:例えば「Overstanding」には「自分の意見を押しつけること」、「Understanding」には「持つべき意見を持つ」という意味があるのに対し、「Innerstanding」には「自我と切り離して、その状況をただ受け入れる」という意味がある。つまり「慈悲の心を深く理解する」ということ。これは禅や中国の無極(Wuji)の教えに由来している。僕は、この慈悲の心や無極の精神こそ未来への指針になると思っているんだ。つまり分断ではなく共生するということだね。
前作『IN///PARALLEL』は、警告でありながら共生を提示していた。一方今作『INNERSTANDING』ではお互いを受け入れ、つながりを大事にすることをテーマに掲げた。アートワークも前回のデザインを受け継いでいて、サイズ、フォントや写真のニュアンスも同じ。2枚で「対」になっているんだ。
─サウンド面に関しては、前作とどう違いますか?
ダニー:『IN///PARALLEL』でやったことは、すごく複雑だった。映画のサウンドトラックみたいでもあり、悲しいテイストだったんだ。だからこそ今作は、ライブでも動きがある楽しい曲を集めようと思った。悲しさは残っているにしろ、よりアグレッシブでサイケデリックなサウンドを目指したというか。とくにグレアム・コクソンのギターが、まるでゴジラの雄叫びのような、(グレアムのギターサウンドを真似る)怪獣のようなサウンドだよ。ギターを使って、ギターじゃないような音を出すのがグレアムなんだ。
─ダニーにはたくさんのミュージシャン仲間がいると思うのですが、その中でグレアムはどんな存在?
ダニー:(日本語で)グレアムさんは先生です! 僕は90年代にブラーの音楽を聴いて育ったからね。特に好きなアルバムは、アイスランドで録音された「Death of a Party」や、「Beetlebum」が収録されている『Blur』(1997年)。「Beetlebum」のエンディングには、グレアムの長いソロがある。彼はあのアルバムの作曲にかなり関わっていたと思うし、だから気に入ってる。デーモン(・アルバーン)とグレアムの才能が、いいバランスで拮抗しているよね。
このアルバムとグレアムにはものすごく影響を受けている。もちろん、ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトン、クリーム、そして父からもね。父のギターはどちらかというとメロディックで、ヘンドリックスからはパワフルさとブルースを学んだ。エリックとヘンドリクスのブルースを聴いて育ったんだ。一方で、グレアムはあのダーティーで、ダーティーで、ダーティーなサウンド!(笑) そこにすごく共鳴したんだ。
─グレアムとの実際のレコーディングはどうでした?
ダニー:彼がスタジオに現れたとき、「この(ブラーの)トラックに使ってたペダルは何か覚えてる?」と尋ねたら彼は覚えていたんだ! だから次のセッションでは、僕の好きな曲で彼が使っていた機材を持ってきてもらって、いろいろ試すことにした。レコーディング中、僕はブースの窓越しに彼の演奏を見ながら「よし、いいぞその調子だ!」と興奮しっぱなしだったよ(笑)。彼にはサックスも吹いてもらったんだけど、これがめちゃくちゃ上手いんだ。4種類も持ってきて、ぜんぶ演奏していたな。そういえばThe Waeveでも彼はサックスを演奏してるよね。きっとそのための練習も兼ねてたんじゃないかな(笑)。
─オーストラリア出身のシンガーソングライターで、ダニーのパートナーでもあるメレキも前作から参加していますよね。クリエイティブな面において、彼女はどんな存在ですか?
ダニー:僕が今までに会った人の中で、彼女がいちばんインスピレーションを与えてくれた人だ。お互いのことをクリエイティブな面でもサポートし合うのは、僕にとって初めての経験だよ。今朝も彼女は、何時間も作曲に没頭していた。邪魔されるとすごく怒るんだ(笑)。彼女は物事をすごくポジティブに捉えていて、僕はその反対。例えば、コップに水が半分入っているのを見た時、彼女は「半分も入ってる」と考えるけど、僕は「半分しか入ってない」と考える。いいバランスなんだよね。
彼女の音楽スタイルに僕は必要ないけど、僕の音楽には彼女が必要だ。2人の声は、いわゆる「陰と陽」の関係性なんだよ。僕がthenewno2で、リエラ・モスやカミラ・グレイといった女性ヴォーカルをフィーチャーしていたのと同じこと。僕がマッシヴ・アタックの大ファンなのも、ダークなミュージックに柔らかなヴォーカルのバランスに惹かれるからなんだ。
─メレキもアルバム『Death Of A Cloud』を昨年リリースしたばかりですよね?
ダニー:そう。アルバムのテーマは、ティク・ナット・ハンの書籍の一節を引用している。彼は人生のサイクルについて、「雲は決してなくならない。姿を変えるだけ」と説いた。『Death Of A Cloud』は、彼女の父の死がテーマになっているんだ。僕たち2人は音楽を通して父の死、生と死と向き合ってきた。アプローチは違えど、僕たちは考え方が似ているからうまくいっているんだと思う。
─アーティストとしてのあなたにお父さんの影響があるとすれば、それは何だと思いますか?
ダニー:ワールドミュージックへの愛じゃないかな。実は今、ブルガリアの女性コーラスともレコードを作っている。数曲は、親愛なるアヌーシュカ・シャンカール(ジョージに多大な影響を与えたインドのシタール奏者、ラヴィ・シャンカールの娘)とも一緒に作ると思う。父もブルガリアの女性コーラスが大好きだったのに、そのプロデューサーが僕のところに来て「彼女たちとアルバムを作りませんか?」と言うのは、なんだか因縁めいているよね。ひょっとしたら父の仕業かもしれない。とにかく、僕とメレキにとって音楽的な影響はやっぱり父からきている。彼らの音楽が染みついているんだ。
─メレキさんのお父さんもミュージシャンなんですか?
ダニー:ミュージシャンじゃないけれど音楽が大好きで、エリック・クラプトン、ギターミュージックの大ファンだった。彼自身もギターを弾いていた。僕たち2人は父親の影響を引き継いでいるんだ。
僕とメレキはこれからもどんどん音楽を作っていくつもりだよ。先週の日曜日にちょうど彼女の次のレコードを終えたところで、フライアー・パークで最後のヴォーカルをレコーディングした。彼女は今、次のアルバムに向けて動いていて、僕もほんの少しギターで参加したよ。彼女のバンドに参加できたらすごくラッキーなんだ。いつもクビにされるからさ(笑)。ここ2年のグラストンベリーでは一緒に演奏できたけど、毎月ごとにバンドから追い出されるんだよ。入ったり戻ったり……もう定番になっちゃったな。
この投稿をInstagramで見る Mereki Beach (@mereki)がシェアした投稿 ─(笑)。およそ7年かけて、「対」になるアルバムを作ったわけですが、これからどんなことをやりたいですか?
ダニー:近々発表されるプロジェクトがあって……ここでなら言ってもいいかな。ワールドミュージックに明るいカルメン・リソと、アルタイ山脈周辺の民族の喉歌を操るモンゴルのバンド、フンフルトゥのコラボレーションアルバム『DREAMERS IN THE FIELD』がリリースされるんだ。
もう一つ、これは言うと怒られちゃうから今は言えないけれど、偉大なプロデューサーと進めている秘密のプロジェクトがある。そのアルバムはもうすぐ完成する。新しいバンドで、名前はまだ決まっていないけれどアルバムはできた。つまり2枚のアルバムのリリースが控えているってところかな。去年、僕はメレキに負けたんだ。彼女は2枚アルバムをリリースして、僕は1枚だった。2023年は彼女の勝ちだったから、今年は僕が勝ちたい! でも、こんなふうに競争心を燃やしてるってバレたら彼女は怒るだろうな(笑)。
ダニー・ハリスン
『INNERSTANDING』