こんにちは。弁護士の林 孝匡です。「求人票と入社後の給料が違った!」なんてことがあったらキツイですよね。ですが、実際にそんな事件があったんです。今回は本事件を解説するとともに対策をお届けしています。
■求人広告と実際の給料が違う!?
今回は給料に関するお話です。ここでは争いを一部抜粋して簡略化、また判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換してお伝えしていきます。
―― 「給料について話が違うじゃないか!」と怒っているんですね。何があったのですか?
Xさん:はい。内定通知書を手渡されたときにビックリしたんです。というのも給料が求人情報の金額より6万円も下がっていたのです。
―― 6万円も下がっているなんて相当キツイですよね……。どう対応したのですか?
Xさん:会社と交渉しましたが、結局、給料を上げてくれず雇用は白紙撤回となりました。
―― そこでXさんは提訴したのですね。Xさんの主張は「求人情報の条件で契約が成立している」と伝えたのですよね。裁判所はどんな反応をしたのでしょうか?
Xさん:敗訴だと言われました。「求人情報とは違う内定通知書を渡すこともあり得る」とのことでした……。(プロバンク(抗告)事件:東京高裁 R4.7.14)
就職活動する方にとって厳しい判決となりました。この場合、"求人情報で釣れるじゃないか"と憤ってしまいますよね。次から事件を詳しく解説していきます。
■どんな事件なの?
当事者
【会社】経営コンサルティング、不動産売買などを行う会社
【Xさん】就職活動をし、上記会社に入社しようとした男性(当時33歳くらい)
どんな内容?
▼ 求人情報の月給
令和3年3月、会社が求人サイトに求人情報を掲載。そこには以下の記載が。
月給46万1000円~53万8000円
みなし残業手当45時間分を含む(11万2680円~13万1490円)
Xさんはこの求人を見て会社に申し込みました。
▼ 内定通知書記載の金額が下がっていた
9月20日に社長との面接が行われました。面接のあとに手渡された採用内定通知書には以下の記載が。月給部分だけを取り出すと以下のとおりです。
月40万円(45時間相応分の時間外手当を含む)
なんと、6万円以上も下がっていたのです!
それを見た2日後に、Xさんは社長に電話。「基本給40万円に45時間相応分の残業代は含まれるのでしょうか?」と質問し、Xさんと社長がやりとりをした上で給料については一旦保留。出社日は10月21日となりました。
▼ 労働契約書記載の金額も下がっている
Xさんが出社して労働契約書をもらいました。そこには以下の記載がありました。
月給30万2237円
時間外勤務手当9万7763円(時間外労働45時間に相当するもの)
合計額は40万円です。なので前に手渡された採用内定通知書と同じです。求人情報に書いてた金額から6万円以上も下がったままです。納得のいかないXさんは、その契約書にサインはせず持ち帰ったそうです。
▼ 会社から決断を迫られる
取締役本部長がXさんにメールを送りました。内容は以下のとおりです。
・労働条件は採用内定通知書のとおり
・その条件で働くことが難しければ辞退を申し出てほしい
・固定残業代を含まず基本給40万円を希望なら再度選考を行う
▼ 金額変更をして労働契約書を提出
納得できなかったXさんは、月給の302,237円を二重線で消して、400,000円と書き直してサインをした労働契約書を提出。私はこの月給を認めてませんよ、という意思表示です。すると、会社側はXさんに帰宅するよう伝えました。
▼ 雇用契約撤回
後日、会社がXさんにメールを送ります。その内容は「会社が提示した給与条件をXさんが了承できないのであれば労働契約は締結されていない状態にあると考えている。会社がXさんに対して行った雇用契約の申し込みを撤回する」というものです。
こうして契約は、白紙撤回となりました。
■裁判所の見解は?
▼Xさんが訴訟を提起
Xさんは「求人情報どおりの条件で契約が成立している。白紙撤回になった日からの賃金を支払ってほしい」といった主張をしました。
▼裁判所の判断
ですが、Xさんは負けてしまいました。裁判所は「6万円ほど高い求人票どおりの契約は成立していない」と判断。裁判所の思考過程をかみ砕くと以下のとおりです。
裁判所:求人票を見てXさんは会社に打診してますよね。コレは『契約の申し込み』なんです。そして、この申し込みを『会社が承諾したのか?』が問題なんですが、会社がXさんに手渡した採用内定通知書は求人情報に記載されていた内容と違っていますよね。なので承諾したとは言えず、求人票どおりの契約が成立していないことになります。
Xさん:求人情報に月給を記載しておきながら、採用内定通知書にはそれより減額された金額を記載することは信義に反すると思います。
裁判所:信義則に反してはいないです。会社には契約締結の自由があるので、採用面接の内容を考慮した結果、求人情報と異なる労働条件を採用内定通知書にて交付することもあり得ます。
というわけでXさんは敗訴してしまいました。
■必ずしも負けるわけではない?
私もこの結果には納得いっていません。なぜなら会社のこの対応が認められるとすれば、求人雑誌で高めの月給を書いて"釣れる"からです。
労働判例という雑誌で評論家が「今回の判断が先行事案に整合的かどうかの検証が求められるだろう」と書いていたので、同様のケースで裁判官が違えば社員が勝てる可能性もあると思います。
なぜなら過去に社員が勝った裁判もあるからです。
▼社員が勝った裁判例
「求人票に書かれたとおりで契約が成立してる」と判断されています(特段の事情がない限りという限定つきですが)。
・安倍一級土木施工監理事務所事件:東京地裁 S62.3.27
・千代田工業事件:大阪高裁 H2.3.8
・福祉事業者A苑事件:京都地裁 H29.3.30
損害賠償請求が認められたケースもあり、その際は慰謝料100万円を勝ちとりました(日新火災海上保険事件:東京高裁 H12.4.19)。"期待を持たせておいてハシゴ外してるよね"、という判断です。
■さいごに
就職活動する皆さんは「求人情報よりも金額が下がるリスクがあること」を押さえていただければと思います。
対策としては、入社に向けて本格的な話に進む前に、給料の話を詰めておきましょう。お金の話はなかなか切り出しにくいかもしれませんが、のちのちハシゴを外されたときのショックは計り知れないもの。最初に詰めておくことが重要です。
▼ 相談するところ
もし納得できない釣り求人に遭った人がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんなときは社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな~」があれば伝えてください。また次の記事でお会いしましょう!