「パリ? もちろん行きたいけど、今のところわからないよ」
昨夏、取材したウクライナ選手の言葉だ。
ロシアによる母国への軍事侵略が長期化し、パリ2024パラリンピックを目指す選手たちは、競技に全力で打ち込める状況にない。
そんななか、パラトライアスリートのパリへの挑戦を日本がサポートしていることをご存知だろうか。日本トライアスロン連合(JTU)は、スポーツ庁が実施するポストスポーツ・フォー・トゥモロー推進事業でパラトライアスロンのウクライナ代表選手団を招へい。日本代表チームとの合同合宿を実施した。
2月24日から3月5日まで沖縄県本部町で行われた合同合宿ウクライナの練習環境
沖縄本島北部の本部町。町の競技場では、東京パラリンピックのメダリスト・宇田秀生、米岡聡らがランのスピード強化トレーニングを行っていた。日本選手らと400mのトラックを共に走るのは、コーチのコロル・ロマンさんをはじめとするウクライナ代表選手団。昨年も同競技場で合宿していた宇田のファンという地元住民が見守るなか、両選手団は汗を流した。
合宿が公開されたこの日は、4年に1度の「うるう日」。いよいよ夏季パラリンピック開幕が近づいていると実感させられる。その出場権を争うポイントランキングアップのために重要なレースを控え、ウクライナ選手団の希望で実現した11日間の合同合宿は、パリを目指す選手にとって大きな意味を持つ。
大家族で貧しい環境で育ったというヴィータ。ブラインドのランニングクラブに参加したことがきっかけで、トライアスロンを始めた東京パラリンピックにも出場したオレクシウク・ヴィータ(女子/視覚障がいクラス)は言う。
「ウクライナと日本は距離的にすごく遠い。でも、(温かく迎え入れてもらえて)すごく近く感じる。私は明日が誕生日なので、大きなプレゼントをもらったよう。感謝しています」
今回来日した4人(選手2人とガイド、コーチ)は、トルコなどに滞在することもあるが、基本的にはウクライナ国内を拠点にしているという。
スイムが得意なナタリアさん(右)とヴィータもともと寒い冬の時期には海外でトレーニングを行うこともあったが、国内でも高地トレーニングを行ったり、首都キーウの大きな競技場を日常的に使用できたりと整備された環境があった。
もとは水泳と陸上に取り組んでいたアリサ。2015年にトライアスロンを始め、翌年に開催されたリオパラリンピックに出場を果たしただが、戦時下では練習拠点になかなか行くことができず、充分なトレーニングを積めないという。
「ウクライナにいると、プールに行けないんです。プールまで約1時間の場所に住んでいるのですが、ミサイルが飛ぶとアラーム(空襲警報)が鳴るので、途中で引き返さなければならない。施設も封鎖されてしまい、トレーニングできません」(ヴィータ)
ヴィータのガイド、ナタリア。アイアンマンにも出場し、トップシーンで活躍。ヴィータのガイドがアメリカに移住したため、2023年からガイドを務めているというガイドのマツプコ・ナタリアさんは「ウクライナでは仕事が減り、収入も減ったので、トレーニングを行うには、なかなか難しい状況。侵略の影響で停電が続いている時期もあった。それもトレーニングが難しくなった要因です」と言い添えた。
ロマンさんによると、タンデム自転車などの競技用具は変わらず国の支援で購入できているという。だが、遠征の際、以前のようにキーウから空路で用具を運べなくなったことで、陸路で運ぶ距離が長くなり、「ストレスが多い」と話す。
ワールドトライアスロンパラトライアスロンシリーズ横浜大会ではガイドを務めていたロマン。ナショナルコーチとしてチームをまとめる合宿中に訪問した小学校では、大型スクリーンに写真を投影して説明した。
「冬は雪が降るので主に屋内で練習をします。プールサイドに自転車を設置し、スイムの後、すぐに自転車を漕げるようにしています」
「キーウで一番大きなサッカー場です。以前はこのスタジアムで(ランの)練習をしていましたが、今はここでのトレーニングがかないません」
地元小学校の高学年170人は真剣に耳を傾けていた。
好きな食べ物は? 得意だった教科は? 沖縄の児童から多くの質問が飛んだ日本選手たちの声
日本の選手たちも影響を受けたようだ。
パリパラリンピック出場を目指す宇田ら日本選手たち「知らない場所でトレーニングをしているだけでもすごいと思う。違う国の選手とトレーニングできるだけで僕たちにとっても刺激になります」(宇田)
「朝一緒に泳いだり、食事を一緒にしたりして、ひたむきさを感じて自分も頑張ろうと思って練習しています」(米岡)
ウクライナ選手団は、5月に開催されるワールドトライアスロンパラトライアスロンシリーズ横浜大会にも出場予定。選手たちのパリへの道は続いている。
競技場に置いてあったホワイトボード。ウクライナの言葉も書かれていたtext by Asuka Senaga
photo by Japan Sports Agency / Uta Mukuo