パーソル総合研究所は、『アフターコロナでますます重要 「境界マネジメント」をデータで解説!~仕事とプライベートが融け合う時代におけるビジネスパーソンの必須スキル~』と銘打つメディア向け勉強会を開催した。

勉強会では、パーソル総合研究所が、仕事と私生活の境界コントロール実感が個人と組織に与えるメリット、および、個人の境界マネジメントが境界コントロール実感に与える影響を確認するとともに、職場における境界マネジメント支援策について定量的に明らかにすることを目的として、全国の正社員(男女20~50代)を対象にインターネットで行った「仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査」の結果をもとに、「境界マネジメント」の概要や重要性などについて、パーソル総合研究 所 シンクタンク本部 研究員の砂川和泉氏が解説した。

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「境界マネジメント」とは何か

「境界マネジメント(バウンダリー・マネジメント)」は、海外においては2000年ごろから研究が進んできた概念で、「仕事と仕事以外の生活の境界を管理するための個人の方策」であり、詳細に説明すると「個人が自分の周りの世界、仕事と非仕事の役割を効果的に調整するために、境界を創り出し、維持し、変化させる方法に関する概念」となる。

海外では、仕事と私生活の両立やテレワークの文脈で、この境界マネジメントに関する研究が進んできたが、近年では、日本においても、共働き世代の増加や女性活躍推進、性別役割分担意識の希薄化などによって、男女ともにより仕事と私生活の高度な両立の必要性が高まっている。

さらに、テレワークがコロナによって浸透し、ON/OFFの切り替えの難しさが課題として認識されるようになったこともあり、日本においても「境界マネジメント」は重要な概念となってきている。

“仕事と私生活の両立”については、ワークライフバランスの観点から長年にわたって議論されてきたが、これまでの議論は、どちらかというと就労者にとって受け身なもの、ワークライフバランスは環境によって与えられるものと捉えられることが多かった。その一方で、「境界マネジメント」という概念は、より能動的に、自らON/OFFの切り替えをしていくことによって仕事も私生活も充実させていくものであり、「これからの就労者にとって不可欠なビジネススキル」との見解が示された。

境界マネジメントの要素

個人が仕事と私生活をうまく切り分けるための「境界マネジメント方策」には、「切断」「感情制御」「計画」「縮小」「調整」「優先」といった6つの要素が抽出される。

  • 資料提供:パーソル総合研究所

「切断」は、海外の研究において“意図的な切断”と呼ばれていたものに近く、「予定していた退勤時間になったらきっぱり仕事をやめるようにしている」など、物理的、時間的な面で、意識的にON/OFFを切り分ける方策。具体的な例として、「仕事用品を持ち帰らない」「残業が極力せずに時間になったら仕事をやめる」「仕事の話を子供の前でしない」などが挙げられる。

「感情制御」は、「自分の感情をコントロールするように心がける」ことで、「家で仕事のことは意識的に考えないようにする」「リラックスできるような音楽を聴いたり、アロマを焚いたりする」「仕事が終わったら、本屋に寄ったり、散歩に行ったりして、気持ちの切り替える」などが挙げられる。

「計画」は、「どの仕事にどのくらいの時間をかけるかを事前に計画する」こと。具体的には、「テレワークの時に終わりの時間をきちんと決める」「勤務時間外にプライベートの予定を入れる」といった方策を示す。

「縮小」は、「力をかけないことや止めることを選ぶ」ことで、海外の研究では見られなかった要素。日本の正社員、特に女性は、仕事と私生活をうまく切り分ける方法として「いろいろ捨てています」という人が多いという。特に、家事の面で、時短家電やミールキット、食材の作り置きサービスなどの時短商品・サービスをうまく活用するなどが挙げられる。日本人女性は、家事・育児にかける時間が長いという国際比較データもあり、「日本人にとっては“捨てる”ということも重要な方策のひとつになっている」と指摘する。 「調整」は、「希望する働き方を職場で伝えている」など、コミュニケーションによって自ら働きかけることで、「職場の共有カレンダーに出退勤時間を書き込む」だけでなく、「上司や同僚に直接伝えることで理解を得る」という方策。「夫婦でカレンダーアプリを共有して、家事・育児の調整を行っている」という例も挙げられる。

「優先」は、「プロジェクトごとに仕事の優先順位をつける」こと。仕事の業務内容によって優先順位をつけるほか、“家族を優先する”という方針や、「定時を過ぎたら子供のことを第一に考える」といった、時間帯によって優先すべきことを変えるというパターンも含まれる。

  • 切断 …… 予定していた退勤時間になったらきっぱり仕事をやめるようにしている
  • 感情制御 …… 自分の感情をコントロールするように心がける
  • 計画 …… どの仕事にどのくらいの時間をかけるかを事前に計画する
  • 縮小 …… 力をかけないことや止めることを選ぶ
  • 調整 …… 希望する働き方を職場で伝えている
  • 優先 …… プロジェクトごとに仕事の優先順位をつける

こうした6つの方策、「切断」「感情制御」「計画」「縮小」「調整」「優先」を個人が意識して実践することによって、「仕事と私生活をうまく切り分けやすくなる」という。

なぜ境界マネジメントが重要なのか?

続いては、「なぜ境界マネジメントが重要なのか」について、個人にとってのメリットと、組織にとってのメリットについて解説。「境界マネジメント」は、仕事と私生活をうまく切り分けるために行うものだが、この「仕事と私生活をうまく切り分けられている」状態を「境界コントロール実感」と定義する。

この「境界コントロール実感」が高い人と低い人を比べると、境界コントロール実感が高い人は、「継続就業意向」「自発的貢献意欲」「人生満足度」「はたらく幸せ実感」といった要素も高く、逆に「バーンアウト(燃え尽き)傾向」は低くなっているのがわかる。

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仕事と私生活の両立を考えるとき、「時間不足」が悩みのタネとして挙がってくるが、実際にインタビュー調査を行うと、「時間がないので、やりたいことができず、日々の生活、長期的には人生に満足できていない」と考えている人が多いという。しかし、この時間不足と人生満足度との関係性に、「境界コントロール実感」の概念を加えると、また異なる様相を呈する。時間不足感が高い人と低い人を、それぞれ「境界コントロール実感」が高い人と低い人で分けてみると、時間不足感が高くても、境界コントロール実感が高い場合は、人生満足度が高い傾向にある。つまり、時間不足感を直接解消することよりも、境界コントロール実感を高めることが、「人生への満足度とプラスに関連している」と指摘する。

時間不足感は、特に育児期の女性で感じられやすく、中学生以下の子どもがいる育児期の女性の約6割が毎日時間に追われているという状況にある。ただし、時間不足を感じている育児期女性においても、境界コントロール実感の高低があるように、時間不足かどうかと、境界コントロール実感が高いかどうかは関係がない。そして、全体の傾向と同様に、育児期女性においても、時間不足感の解消よりも、境界コントロール実感を高めることが人生満足度とプラスに関連している。

これらの結果を踏まえると、時間不足で悩みがちな育児期女性も境界コントロール実感を高めれば、より満足感が高い人生をおくることができることになるという。

■属性別の境界コントロールと人生満足度の関連性

“仕事と私生活の両立”は、家庭のある女性の問題と捉えられがちであり、境界コントロール実感も女性だけに有効だと考えられがちだが、境界コントロール実感がどの層に有効なのかという観点で、人生満足度との関連性を属性別に見ると、特に20代男性や、中学生以下の子どもがいる育児期男性で、境界コントロール実感が人生満足度と強く関連しており、境界コントロール実感は、育児期女性のためだけのものではないことがわかる。

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近年は若年男性でも、ワークライフバランス意識が高かったり、男性の育休ニーズにみられるように、育児期男性の家事育児参画意識も高かったりするが、男性が仕事と私生活を両立するのは、まだ女性よりも難しいことが多いかもしれない。そのような背景から、若年男性や育児期男性で境界コントロール実感の高さが、「人生満足度の高さと強く関連することに繋がっているのではないか」と推定。つまり、境界コントロール実感を高めることは、もちろん育児期女性にも有効だが、男性の家事育児参画やワークライフバランスの充実といった文脈でも今後重要になってくるものと考えられる。

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一方、テレワークにおける境界コントロール実感について調査すると、週3日以上テレワークをしている人の境界コントロール実感の高さを残業時間別にみた場合、残業時間が少ない、つまり月30時間未満程度のテレワーカーには、境界コントロール実感が高い人が多い。しかし、残業時間が月30時間以上のテレワーカーは、境界コントロール実感が大きく下がる傾向がみられるように、テレワーカーの場合は、残業時間が短ければ、普通に出社している場合よりも仕事と私生活の切り分けがしやすいが、残業時間が長くなると、仕事と私生活の切り分けが一気に難しくなってしまうことがわかる。つまり、テレワークだからと一概に言えることではなく、“テレワークで残業時間が長い”場合に、境界コントロール実感が失われがちである点に注意が必要となる。

そして、残業時間が長いテレワーカーの境界コントロール実感を高めるためには「境界マネジメント」が有効で、残業時間が長いテレワーカーでも、境界マネジメントの実践度が高いと、境界コントロール実感も比較的高い傾向にあり、逆に境界マネジメントの実践度が低いと、境界コントロール実感も大きく下がる。つまり、残業時間が長いテレワーカーがいかに境界マネジメントを実践できるようにするかが重要となる。

また、多くの企業は、ハイパフォーマー層、いわゆる優秀層に対して、離職せずに自社で働き続けてほしいと考えており、願わくば、将来の幹部候補として昇進してほしい、燃え尽きることなくその実力を発揮してほしいと考えている。そこで、ハイパフォーマー層を境界コントロール実感の高低で分けてみると、「継続就業意向」に関しては境界コントロール実感の高低に関わらず高いという傾向にあるが、「バーンアウト傾向」と「管理職意向」については高低で違いがみられ、境界コントロール実感が高い人は「管理職意向」が高く、境界コントロール感が低い人は「バーンアウト傾向」が高い傾向にあるという。

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つまりハイパフォーマーで境界コントロール実感が失われていると、バーンアウト、燃え尽きのリスクが高くなるのに加え、仕事と私生活の切り分けができていない状況においては、管理職になりたいという積極的な気持ちも持ちづらくなっていることがわかる。

日本企業における会社と個人の関係性を考えると、境界コントロール実感が高まるのは、人事管理や上司のマネジメント次第であり、個人が境界マネジメントを行うよりも、職場要因の影響のほうが高くなると考えられる。そして実際、人事管理としての長時間労働の是正や上司が部下の仕事を理解して柔軟な働き方を許容するといったマネジメントを実践すると、部下の境界コントロール実感が高くなる傾向がみられる。ただし、そうした人事管理や上司のマネジメントを加味しても、個人が行う境界マネジメントは境界コントロール実感にプラスに影響するため、職場要因も大事だが、それと同じくらい個人の意識・行動も重要となってくる。

どうしたら境界マネジメントを促進できるのか

「境界マネジメント」を実践するためには、個人の意識と職場の支援の両方が必要となるが、人事管理の面では、長時間労働の是正や有給の取得促進が境界マネジメントの実践にプラスに影響する。その一方で、テレワーカーに低評価をつけていると、境界マネジメントが実践されにくくなる。つまり、柔軟な働き方にペナルティを与えるような職場では、個人がセルフマネジメントによって働き方を改善していくことは難しいと考えられる。

また、上司のマネジメント行動を見ると、上司が柔軟な働き方を許容していると、メンバーの境界マネジメントの実践にプラスに影響。「上司が希望に応じて休みを取らせてくれる」「仕事よりも家庭を優先させてくれる」「勤務時間中の中抜けなど時間を柔軟に使うことを認めてくれる」といったことが境界マネジメントには有効に左右する。

ただし、上司がどれくらい許容しているかを実践率で見ると、「希望に応じて休みを取らせてくれる」といった上司は4割程度みられるが、「仕事よりも家庭を優先する」「中抜けなどで時間を柔軟に使うことを許容する」といった上司は、3割程度以下と比較的少なくなっていることから、家庭の優先や中抜けなどに改善の余地が大きいと言える。

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そして、具体的にどのような人事制度や上司からの支援が、仕事と私生活の切り分けに役立っているかをみると、長時間労働の是正については、「PCログアウト時間を記録する仕組み」や「残業時間30時間未満の徹底」、有給取得促進については、「有給休暇の計画的付与制度で休みやすくなっている」「時間休制度により、細かく仕事と私生活を分けられている」などが挙げられ、ただ単に号令をかけるだけではなく、こうした仕組みで支えることが重要となってくる。

また、上司による柔軟な働き方の許容としては、「フレックスタイムや中抜けの許容」のほか、「家庭の事情で急に休みを取らなければならないときなど家庭を優先してくれる」「休みの間自分の代わりに会社上層部に確認が必要な事柄などの確認を依頼しなくても取ってくれる」「家庭優先でいいよ、という言葉をかけてもらえる」という回答があるように、「家庭優先で良い」という具体的な言葉や行動で示すことによって、部下もこの上司は家庭を優先してくれるのだと感じやすくなるのではないかと考えられる。

■境界マネジメントと関連する人生主権

近年、就労者個人のキャリア自立やキャリアオーナーシップが求められるようになってきているが、このキャリア自立やキャリアオーナーシップという言葉は多義的で、いろいろな解釈がある。“キャリア”という言葉自体、狭い意味で、職業人生における昇進・昇格の意味で使われることもあるが、本来は、もっと広い、人生そのものを表す言葉であり、キャリア自立やキャリアオーナーシップをそうした広い意味、人生における主体性、自らの人生の舵取りをしていく意識や行動として捉えるのであれば、“ライフオーナーシップ”という言葉を使ったほうが、より正確に意味が捉えられる。

自らの人生に対する主体的な意識や行動の要素として、「理想ライフの設計」「学びの拡張」「自己責任自覚」という3つの要素が抽出されるが、「理想ライフの設計」は、「どのような生活を送りたいかがイメージできている」「どのような人生をおくりたいかを思い描いている」など、自らの理想を明確にしていることを示す。

一方、「学びの拡張」は、「新しい知識や技術を積極的に学んでいる」「日頃からいろいろなものを見聞きしたり、様々な経験を通して視野を広げている」など、好奇心を持って自らの人生を豊かにする探索行動を行っていることであり、「自己責任自覚」は、「充実した人生を送れるかは自分次第」「自分の人生を他人任せにしたくない」など、自らの人生に対する責任は自分にあるという自覚態度のことを意味している。

これらの要素は人事の領域で言われる、「キャリアのWill・Can・Must」というフレームに近いことから、「理想ライフの設計」(Will)、「学びの拡張」(Can)、「自己責任自覚」(Must)を「人生のWill・Can・Must」として整理し、これらの人生に対する主体性を総じて、「人生主権(ライフ・オーナーシップ)」と命名。これら3つの要素と、境界マネジメントの関係性を見ると、これら3つの要素がいずれも境界マネジメントの実践にプラスに影響していることがわかる。

なお、この「人生主権」というネーミングは、ドイツの「時間主権」を参考にしたもの。「時間主権」は、個人が自らの働く時間を決定する権利のことで、ドイツでは労働時間の柔軟性を高める様々な人事制度が整備されている。この「時間主権」という考え方がベースに、人生のそれぞれの時期に、適した働き方を個人が実現するための人事方針は「人生対応型人事方針」と呼ばれる。

そして、これからの日本においても、就労者が自らの人生の主権を意識することが根底になり、自ら境界マネジメントを行っていくこと、そして企業は個々の従業員の人生のフェーズに寄り添って、個人の境界マネジメントを支援するために柔軟な働き方を許容していくことが大切になってくると考えられる。