父の苦労を知って継承を決意

栃木県益子町にある薄羽養鶏場は、薄羽さんの祖父が立ち上げた小さな養鶏場が起源。2018年7月に父から事業を承継し、現在は平飼いで1500羽、ケージ飼いで1万羽を育てています。

父が先代の借金を苦労して返し終えたのを機に、養鶏場を閉じようとしていることを知ったのは、結婚報告で実家を訪れたとき。「その養鶏場をここで閉じてしまっていいものか」という思いに駆られ、妻の後押しもあって後を継ぐ決意をしたといいます。会社員としてキャリアを積む生活から養鶏業への転身を決めてから、真っ先に考えを巡らせたのは、20年後、30年後のマーケットだったそうです。

会社員時代の薄羽さん

「益子町の人口推計を調べると、30年後の人口は30パーセント減ると予測されていることが分かりました。生まれてくる子どもが大学を卒業するころまでに、販路を拡大しておく必要性を感じました」(薄羽さん)。そこで、まずは「売れている卵の条件」を明らかにして販売戦略を立てようと、それまで勤めたマーケティングリサーチ会社での経験を生かして都内の高級スーパーの卵売り場を調査してまわりました。そこで見いだした条件は大きく分けて4つ。

オーガニック飼料で育てたオーガニック卵

名古屋コーチンや秋田比内地鶏など、有名銘柄の鶏卵

ビタミンEや葉酸をプラスした特殊卵

平飼い鶏の卵

「すでに父が一部始めていた平飼いに特殊卵の要素をプラスすることが現実的でした」と薄羽さん。酵母で育てた平飼い卵、枯草菌で育てた鶏卵を生産していく方向性を固め、就農後まずは、販売に注力しました。

「競合がやっていない、かつお客さんのニーズがまだ満たされていないホワイトスペースに自社の商品を当て込みました」(薄羽さん)。他養鶏場との差異化を図るのであれば、贈答用の高級路線が常とう手段ですが、薄羽養鶏場では数多く販売できるよう、日常的に使ってもらえる商品づくりを意識したといいます。その一手が、親しみやすいパッケージと価格設定で定着を図る戦略です。

割れずに全国へ配送される卵、産直ECの高評価でクローズアップ

今でこそ、多くの産直ECサイトで高評価を得ている薄羽養鶏場の卵ですが、「最初から産直ECに出そうと考えたわけではなかった」と薄羽さん。産直ECサイトの利用を検討しはじめたきっかけには、販路開拓に苦戦を強いられた経験があったと話します。

隣町の直売所へ卵の取り扱いを交渉しに行ったり、地元のゴルフ場や住宅メーカーなどへ営業に行ったりしたものの成果は上がらず。都内の高級飲食店100軒へダイレクトメールによる営業を行ったこともありましたが、試験的に仕入れてもらった店はあれど、継続とはなりませんでした。その後は大規模ECモールに出店してみたものの、約1000以上の競合商品がひしめく中、勝ち筋を見つけることができずに大赤字を計上。1年で撤退を余儀なくされました。

そんな状況に光が差しこんだのが、経済ドキュメンタリー番組やSNS広告で存在を知った産直ECサイトに出店したときでした。ここでの思わぬ苦情が、のちの躍進につながったといいます。

「当時はコロナ禍の巣ごもり需要の波に乗ったと思いましたが、実際に発送すると100件中5件で卵の破損が起き、お叱りの電話やレビュー欄での苦情などが相次ぎました。卵を宅配するうえでのKFS(重要成功要因)は割れないことだと再認識し、まずそれを改善しなければ成長はないと思いました」(薄羽さん)

そこで、運送会社や資材メーカー、従業員と協力して、割れにくい箱の構造、卵の配置、クッション材などを2年がかりで研究。「卵の味のよさは自負していたので、全国に割れずに届けられれば必ず評価してもらえると信じていました」と薄羽さん。その思いを原動力に、破損率を1パーセント未満に収めることに成功しました。

飼料にこだわったおいしい卵が割れずに届く薄羽養鶏場は、産直ECサイト大手の「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデンが利用客の高評価を得た生産者を表彰する「食べチョクアワード」で部門1位を3度獲得し、2022年は総合1位に輝いたほか、産直ECサイト「ポケットマルシェ」でも2年連続で部門1位を獲得するなど、多くの消費者から支持を集めています。

勘と経験40年の技術を短期で埋める、事象の記録とデータ活用

多くのファンを抱える薄羽養鶏場の卵。「そのおいしさは先代の40年以上にわたる勘と経験で培われた技術のたまものです。とはいえ、そこに追いつくために私も40年をかけるなんて悠長なことはできませんでした」(薄羽さん)。そこで、最短で技術を磨くために取り入れたのが、記録を残してデータを活用する方法でした。

具体的には、産卵率がピークになる鶏の日齢を小屋ごとに調査し、季節による違いを記録して、需要期に産卵率のピークが当たるように鶏を仕入れる日を調整。また、飼料の配合では、酵母を多めにした卵は実際に食味が違うのか、実験区と対象区をつくって2週間の餌付けを実施しました。採れた卵を卸業者に比較分析してもらい、結果を見ながら配合を変え、3カ月の短期間で目指す食味が出せたといいます。

「気候も父の時代から変化しています。気象庁から過去30年の8月の最高気温のデータを集めてエクセルに落として分析すると、2010年以降は35℃以上の真夏日が増えていました。鶏が餌を食べないと卵は小さくなるため、鶏舎の点灯により鶏に早寝早起きの習慣をつけ、涼しい時間帯に餌を食べられる環境をつくる工夫をしています。こうしたデータはたとえ予期せぬことが起こっても、意思決定の判断基準に使えます」(薄羽さん)

過去30年にわたる8月の最高気温のデータ

人口減、飼料高騰などの課題も、既存の資源の組み合わせで越えていく

今後を見据えて、向き合うべき課題も見えてきました。人口減に備えた中長期的な販路開拓もそのひとつ。需要の中身もコロナ禍とは異なり、物価高に直面して財布のひもが固くなったところで、新しい販路のつくり方を模索しているという薄羽さん。産直ECで全国的な実績をつけた上で、「逆輸入的に隣町の産直所など、足元の販路を広げられないか」と考えているそうです。

また、飼料価格高騰による損益をカバーするために、加工品にも着手しました。最初に開発した親鳥のレトルトカレーは、常温で1年間の保存が利き、注文が入ったときに出荷できますが、外部に製造を委託しているため利幅は小さくなっていました。そこで、新たに規格外の卵を使ったフィナンシェなどのお菓子を薄羽さん自ら調理。冷凍保存で注文が入ったときに解凍すると、その1カ月後が賞味期限になるためロスが少ないそうです。

「事業展開は既存の資源をうまく活用して組み合わせることが基本的な考え方です」という薄羽さんの言葉に、成功の秘訣(ひけつ)がありました。約10年のキャリアを積んできたマーケティングリサーチ手法を生かし、ファンを増やしている薄羽養鶏場。その品質にかける思いは、「純粋においしくて、買ってくれたご家庭の食卓に笑顔がもたらされる卵をつくっていきたい」と穏やかに語る薄羽さんの抱負からもうかがえました。

<取材協力・画像提供>