◆“ゆっこ” こと猪原有紀子さんプロフィール
株式会社やまやま代表取締役。
デジタルマーケティング企業での勤務を経て、2018年縁もゆかりもない和歌山県かつらぎ町に夫と3人の子供と共に移住。移住前から開発を始めていた和歌山の廃棄フルーツを使用したおやつ「無添加こどもグミぃ〜。」は、累計販売数5万袋突破。製造を障害者福祉施設に委託し、障害者雇用を生み出している。また、耕作放棄地を生まれ変わらせた自然体験施設「くつろぎたいのも山々」には年間3000人以上の家族連れが来場。Googleマップの口コミ170件すべてが5つ星という驚異の満足度を誇る。さらに数々のビジネスコンテストでの受賞歴があり、女性向けの起業セミナーなども運営している。

私なら理想の観光農園を作れる!と一念発起で農家に

──こう言ってはなんですけど、ゆっこさん、全然農業女子に見えませんね。本当に農家ですか?

農家ですよ~! もとはシティガールですけど♡ 農家になるまでは、大阪のウェブマーケティングの会社で働いていました。赤字だった通販会社を立て直したりとか、とにかくネットで集客したりモノを売ったりとかしてましたね。

──めっちゃバリキャリだったんですね! でも今は和歌山県のかつらぎ町というところで、農家になったと。

ちょうど三男が生まれた1カ月後、2018年5月に夫と3人の子供と一緒に移住しました。かつらぎ町は高速を使えば大阪市内まで1時間半で行けるし、会社がリモートワークを導入する計画もあったので、育休明けに復帰する気満々だったんですけど。結局、リモートワークの計画が頓挫したこともあって、泣く泣く2019年の3月で退社しました。新卒からお世話になった会社だったから、本当に申し訳なく、悩みまくっての決断でした。

──そこから観光農園に特化した農家になったんですよね。

移住前は大阪市中心部のマンションに住んでたんです。虫はアリかダンゴムシぐらいしかいなくて、蝶々(ちょうちょ)なんて超レアキャラみたいなとこで。でも長男は虫が好きで、アリとか集めてきては部屋でリリースするんですよね。そういうのを見てて、もっと自然体験させてあげたいなと思って。
で、土日に車で何時間もかけてシイタケ狩りとかイチゴ狩りとかできる観光農園に行くんですけど、ものすっごく疲弊するんです。子供がちょろちょろして行方不明にならないか心配したり、授乳スペースがないから車まで戻っておっぱいあげなきゃいけなかったり、おむつ替えも汚いトイレでしなきゃいけなかったり! もう既存の観光農園って全然子供やお母さんにやさしくないなって思ったんですよね! 

ゆっこさんの理想を詰め込んだ観光農園のトイレ

──確かに! そういう設備が整っていないところも多いかも。観光農園ってわりと親子連れの客が多いのに……。

そうなんです! 「私ならもっとお母さんにやさしい観光農園を作れるのに!」と当時から思ってて。その後移住して、子供たちが朝起きて裸足のまま庭に飛び出して、ピコピコピコ~!!!って好奇心センサーを爆発させながら虫を捕まえたりしてるのを見て、「ここはなんて豊かなんだろう!」って感動したんですよね。
そしたら、ふとうちの庭先の800坪(26アール)ぐらいの農地が空いているのに気づいて、「ここで観光農園できないかな」と考え始めたんです。
でも私、全く農業とかやったことがないので、初心者でもできる農業はないかといろいろ調べてたら、ブルーベリーの水耕栽培に出会っちゃって、2019年の4月にはシステムを導入して苗を植えちゃいました。

──え? 3月に会社辞めて、4月には植えちゃってたんですね! 行動が早すぎる! で、ブルーベリーのシステムっていくらだったんですか?

150万ですよ! もう投資しちゃったから、観光農園やんなきゃってことで、やるには農家になんなきゃいけない、と思って、農家になることにしたんです。

ブルーベリーの植え付けを始めたころ

認定新規就農者になかなかなれない?

──じゃあさっそく認定新規就農者になるために、行動を始めたわけですね。

そう。青年等就農計画を出すわけですよ。ところが! 大量の書類を作って申請したのに、書類審査で農業委員会に却下されたんです! あまりに悔しくて絶対に認定とってやるって思って、農水省に問い合わせしたら、却下は書面で通知しないといけないみたいなんですけど、まだその書面をもらってなかったんですよね。それで町の産業観光課の農業振興係にお願いしに行きました。何度もかなりしつこく!

──それはそれは。すごい勢いだったのが伝わってきます……。

3時間くらい、再審査してくださいと一歩も引かないでいると、担当者が農業委員会に「猪原さんが直接説明してくださるということで」って感じで連絡して、農業委員会の方々を集めてくださったんです。それで自分でプレゼンして、認定してもらいました。夫からは「粘り勝ちだね。ママがすっごいしつこかったからね」って言われました。

──はた目から見てもしつこかったんですね……。それで計画通りに認定されたんですか?

ブルーベリーのほかにもう1品目やってください、って言われて。それで、私がシイタケ好きだったから、シイタケ狩りも入れる計画にして、認定をもらいました。夏はブルーベリー、冬はシイタケで1年回せると。
それでシイタケのホダ木を2000本買ったんですけど。これがまたほとんど高温障害になっちゃって。そのうえ、3分の1ぐらいしか菌打ちされてなかったから全然生えてこなくて! 

──うわー! 次から次に壁が立ちはだかりますね!

こういうのをSNSで発信してたら、かつらぎ町のカブトムシとかクワガタの卸をやっている会社の社長さんがホダ木に詳しい人を愛媛県から連れてきてくれて、ちゃんとしたホダ木屋さんも紹介してくれて、本当に助かりました。

今では無事収穫できるようになったシイタケ

──地元の社長さん、ファインプレー! でも2000本全滅とか、お金の方は大丈夫だったんですか?

大変ですよ! 日本政策金融公庫から3700万円借りて、それでは足りなくてクラウドファンディングもやって。それでやっと2022年1月に観光農園とキャンプ場を併設した自然体験施設「くつろぎたいのも山々」をオープンすることができました。

──今ではすごく人気のスポットになったみたいですね!

そうなんです。Googleマップの口コミ評価が170件オール星5つなんです! 無農薬でブルーベリーを作ってるから、子どもたちが木からそのまま摘んで食べても安心ですし。思いっきり自然体験できて、トイレとか授乳室とかお母さんにやさしい設備も作りました。スタッフが子供たちの遊び相手になったりお母さんをサポートしたり、すごく手厚いサービスをしてくれています。それで評判になってテレビや新聞で紹介されたりしたら、周りの農家さんたちの評価もコロッと変わって。「新聞に載ってたからあんたに会いに来た」って地元のおじいちゃんがうちに来たりとかしたこともありましたよ!

上空から見た「くつろぎたいのも山々」

子どもたちの故郷になる町だから

──それにしても、青年等就農計画が却下された時点でよく諦めませんでしたね。

いやいや、絶対に諦められないですよ。すごく腹が立ってましたから。
かつらぎ町は過疎で農業が衰退してるから、新規就農者ってすっごい宝だと思うんです。国も補助金出したり無利子でお金貸してくれたりして新規就農を進めているのに。私は先に150万自腹で投資してリスクとって、子供3人抱えてやってんのに、こんなんかよ!って。

──そもそも最初の却下の理由って何だったんでしょうか。

私が普通に農産物を栽培して売る、という計画だったら問題なかったみたいなんです。でも私の計画は観光農園として設備を整えて集客して収益化するっていうのだったんですよね。集客はネットで、というのも、審査会の年配の方々にはピンとこなかったみたいで。ネットでモノを買ったり、Googleマップで行き先を決めたりした経験がないので、過疎地域にネットで集客できると思えなかったのだと思います。今考えると、心配してくれていたのだと思えます。

くつろぎたいのも山々のキャンプ場

──いわゆる普通の農業と違ったのが原因だったんですね。

でもね、作って売るだけのプロダクトアウトの時代って終わってると思うんですよ。もう今は、顧客の声に応えるマーケットインじゃないですか。審査会の方々は農業って栽培のことだと思っているけど、それって「農」の部分だけ。売って収益を上げる仕事としての「業」の部分は重視されてないんだって思いました。 
そういうやり方だから、すっごくいいもの作ってるのに全然稼げていない農家が多いんだと思います。

──そういう現実を知って「もういいわ、こんな町出てってやる!」みたいにならなかったですか?

なんないですよ、絶対! こっちは家建ててますからね。永住ですよ、永住!
だから、新しいことに挑戦できない町なんて嫌だ!って思って、自分が変えようと。だって、うちの子供たちの故郷になる町ですよ。新しいことに挑戦できない町なんて、誇りに思えませんよね。

──母として、自分の子供たちの故郷をもっと良くしようと思ったわけですね。

かつらぎ町のママ友の中には「かつらぎ町って何にもない。ホントに(元いた都会に)帰りたい」って言う人も多くて。
お母さんが「かつらぎ町って何もない町」と言ってるのを聞いて育つと、子供たちも「この町イケてない」って思うと思うんです。「世界を農でオモシロく」をテーマに小規模農家の育成や地域創生を手掛ける農ライファ―ズ株式会社社長の井本喜久(いもと・よしひさ)さんと仲良しなんですけど、その井本さんが「ないと思ったらない。あると思ったらある」ってよく言うんです。私、本当にそうだなって思うんです。あると思ったらある。

──行政側は移住とかUターンとかの呼び込みに必死ですけど、そういう地方の状況はどうでしょう。

若者に来てほしいっていうところは全国にあると思うけど、その地域が新しい挑戦をするリスクをとろうとする若者に対してNOって言ってることが多いんじゃないですか。地方創生とか国が言っても、地域がこうだと地域創生なんかできないですよ。私はこういう状態は断固拒否ですね!

──そんなゆっこさんが町内にいることで、かつらぎ町も変わったんじゃないですか?

そうですね。私が観光農園を始めて、メディア戦略でプレスリリース打ったりいろいろやったんですよ。そしたら、かつらぎ町に関する記事の半分が私のインタビューみたいになった時期があって。それを見て町全体も今は、メディア戦略をすごくしっかりするようになって、かつらぎ町の露出が増えたと思います。
それに、うちには年間200人ぐらいのボランティアが来るんですけど、その中から20代の移住者が3人も生まれたんですよ!

──すごいですね、ゆっこさんの巻き込み力! 

農業経験がなくても、しっかり栽培ができて収益化できるなら新規就農者になれるし、実際に、オープンして2年で6000人もの家族連れを過疎地域に集客できた。この事実が、全国の新規就農を目指す人にとっていい事例になったんじゃないかなって思います。田舎でも新しいチャレンジはできるよって、すごく伝えたいですね!

農業にはいろんな参入の仕方がある!

──ゆっこさんの場合は夫は農業をしていなくて、ゆっこさんと従業員で農業をしています。でも多くの農業に携わる女性は、農家の嫁であることが多いですよね。

まわりの農家だと、旦那さんが栽培に特化してて、奥さんが6次化とか営業とかをしているってところが多くて、奥さんの方が産直市場に売りに行ってお客さんとしゃべったりするじゃないですか。そういうところがもっと評価されないといけないと思うんです。でも、農家のお嫁さんとかに話を聞くと、そのコミュニケーションの部分は「遊んでる」とか「あの子何やってるの」みたいな話になるって言ってましたね。そうすると、お嫁さんたちは自分がやっていることがつまらないことなんだと思っちゃったりするのが、残念ですよね。
でもね、もっとSNSとか使ってネット社会に出ていくと、そのコミュニケーションや発信が素晴らしい「業」に変わっていくんです。今はそういうネットとかを駆使して、女性だけで農業始めたりする例も出てきましたよね。

ゆっこさんの周りには多くの女性たちが集まってくる

──夫と一緒じゃなくて、ゆっこさんみたいにこれから自分一人で農業を始めたいという人にも道は開けていますね。

今は普通の会社員をしているママで、将来移住して農家になりたいという人から相談されることがあるんです。でも、土地が借りられないというところで止まっちゃうんですよね。ま、私もそこで「本当に農業やりたいの?」ってしつこく聞いちゃうんですけど。

──あ~それ、就農の窓口でよく言われるやつじゃないですか?

私も言っちゃう! でもそれで本当にやりたいって言うんだったら、ってことでいろいろ話をします。
ただね、土地を借りたり農業ができるようになるまで時間がかかるから、その間、農家さんのところに行って「野菜を仕入れさせてください。それを売らせてください」って言えばいいよ、ってアドバイスします。だって、売る力がついてないと、野菜を育てられてもお金にならないし、事業として成立しないんですから。

──そんな発想、全くなかったです! 私もまずは売れるものを育てられるようにならないとって思っちゃう!

いやいや、栽培ができる人は世の中に山ほどいるんですよ! でも自分が「この値段で売りたい」っていう価格で売れる人はめったにいない。私はこの価格を「ハッピーライン」って呼んでるんですけど。このハッピーラインで売る力があれば、農業で十分やっていけると思います。

──農業って作るところ以外にもいろんな形で参入できる可能性があるんですね。

うん、全然ある! 自分が得意なことを生かして参入すればいいんですよ。もちろん、栽培が得意な人は栽培で参入すればいいし。

──挑戦や失敗が怖いな、という人にアドバイスはありますか?

人生、失敗こそネタになります! 映画やドラマも、主人公が大変な思いをしたり死にかけたりするから、1時間も2時間も飽きずに見ていられるじゃないですか。そういうネタもないと、これだけ商品を供給する人が多い時代に注目もされないですよ。本当に考え方次第ですから! ぜひチャレンジしてほしいですね!