かつて、〈オルタナティブR&B〉という時代があった。「あった」とあえて過去形で記してみるのは、挑発的すぎるだろうか。2000年代までの従来のR&Bに対して、抽象/内省/折衷……等で説明されることの多い2010年代の「R&Bのような何か」は、フランク・オーシャンやザ・ウィークエンド、ミゲル、パーティネクストドア、ブライソン・ティラーといった面々の作品を象徴としながら、時代の空気を劇的に変えていった。R&Bはもちろんのこと、ポップミュージックにも大きな変化を与えたそれら作品群は、しかし〈オルタナティブR&B〉という便利なラベリング——何か言っているようで何も言っていない——によって曖昧に片づけられ、その一つひとつはあまり検証されないまま来てしまったように思う。あるいは、(特に日本の主流の音楽ジャーナリズムにおいては)フランク・オーシャンやザ・ウィークエンドといったロックの文脈を持つ大物ばかりに議論が集中し、その他R&Bアーティストは語られることが少なかったのではないだろうか(だからこそ、数少ないR&Bライターによる記述は貴重な資料だった)。
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冒頭で「あった」と記したのは、今ようやく〈オルタナティブR&B〉について冷静に振り返られるようなタイミングが来たと感じているからだ。数々のオルタナティブな試みによって確立されたアプローチを前提としながら、90s~00sへの回帰、アフロビーツとR&Bのクロスオーバーといった新たな潮流も経ることで、長らく続いた本流-オルタナティブという二項は崩れ、R&Bをもっとフラットに俯瞰できる時代がやってきた。そもそも2020年代に突入してから、R&B(に影響を受けたポップミュージック)が世界中を席巻しているという背景もある。SZAが驚くべきヒットを記録し、ビヨンセは歴史に残るツアーを行なった。ヴィクトリア・モネやスティーブ・レイシーの曲がTikTokを賑わせている。K-POPは最新のR&Bのモードを搭載した楽曲を次々とチャートに送り込んでいる。いまR&Bは、トレンドの潮目を左右するような重要な位置にいる。
VivaOlaと藤田織也は、そういった現代のR&Bを優れた見識と深い洞察によって自作へ落とし込んでいるアーティストだ。VivaOlaは、3月20日に最新アルバム『APORIE VIVANT』をリリースした。客演には藤田織也が入り、プロデュースには注目を集めるコレクティブ〈w.a.u〉のKota Matsukawaが参加した。オルタナティブR&Bの象徴であるブライソン・ティラーの諸作品を再解釈したという本アルバムは、R&Bの未来を指し示すとともに、今年のアジアのR&Bを代表する一枚にもなるだろう。今回、VivaOlaと藤田織也の両氏に、最新アルバムをきっかけとしながら〈オルタナティブR&B〉について振り返ってもらう対談を企画。果たして、あの時代とは何だったのだろう? 筆者が川口真紀氏との共同監修を務めた『オルタナティブR&Bディスクガイド』(DU BOOKS/3月29日発売)とともに、ぜひこの大きなムーブメントを振り返ってみてほしい。
ブライソン・ティラー『T R A P S O U L』の存在
—お二人が、いわゆるオルタナティブR&Bといったものを認識した時っていつくらいなんでしょうか。そもそも当時はそういった名称で流通していたわけではなかったかもしれませんが。
VivaOla(以下V):フランク・オーシャンって、元はソングライターでしたよね。だから、特に初期はその名残が強い。自分は元々ロックを聴いていたこともあったしブリッジやサビを好むので、基本的にソングライターが好きなんですよ。だから最初のシングル「Swim Good」(2011年)とか好きだし、それもあって、フランク・オーシャンをオルタナティブR&Bとして聴いたことがあまりなかった。オルタナティブR&Bって、やっぱりフォームレスだったりシェイプレスだったり展開を変えていったりするものが多いじゃないですか。それらと初期のフランク・オーシャンは、けっこう種類が異なるものだと思うんです。ただ、それが『Blonde』(2016年)になると、オルタナティブR&Bと呼んで片づけてもいいかもしれないし、あるいは”ボン・イヴェールから影響を受けたオルタナティブ”として捉えてもいい。ややこしいのは、今言った”オルタナティブ”は”オルタナティブR&B”ではなくて——
—ロックの流れから来ているオルタナティブの方を指していますよね。
V:そう。レディオヘッドとかの流れにある、本来のオルタナティブ。一方で、R&Bの歴史の中でのオルタナティブというと、自分は例えばパーティネクストドアの『COLOURS』(2017年)のサウンドとかが近いと思う。
—早速ややこしくなってきましたね(笑)。整理すると、主にロックの流れの中でオルタナティブな文脈というのがあって、初期のフランク・オーシャンはソングライター出身だしインディロックの要素があるので、その流れにも位置づけられると。で、それとは別にR&Bでは2010年代にオルタナティブR&Bという潮流が盛り上がり、VivaOlaさんは例えばパーティネクストドアをその代表格の一つに位置づけている。フランク・オーシャンもアルバムを重ねるごとに作風を変化させていて、いわゆるオルタナティブR&Bと捉えてもおかしくないサウンドになっていったということですよね。藤田さんはいかがですか?
藤田(以下、藤):転換期は2014年~2016年だったと思います。自分はちょうど2014年~2017年までNYに住んでいたのでその時期とかぶっていて、変化を肌で感じていました。それ以前のR&Bには、クリス・ブラウン、トレイ・ソングズ、オマリオンとか、いわゆるインダストリープラントの人たちがいましたよね。サラブレッドとして小さい頃から教育されていたりソングライターが用意されていたりする人たち、つまりシンガーソングライターというよりはアーティストという人たち。そこから変化が起き始めたのは、2014年だったと思う。トレイ・ソングズの『Trigga Reloaded』(2014年)がその流れに終止符を打ちました。あの作品は、R&Bとして、アルバムのアートワークからサウンドまで統一したエスセティックを持っていた。ミニマルだったんです。それまでの彼のディスコグラフィと比べるとラジオヒット向けでない点も珍しかった。出た当時はタイトなサウンドに不慣れな人からはつまらないと批判されていましたけど、彼の色がとても濃く出ていて、中学一年生の頃 HOT 97 Summer Jamで彼のセットを見た時自分はシンガーの新たな境地を発見した気分でした。
そういった大きな変化がある中で、ブライソン・ティラーの『T R A P S O U L』(2015年)が出たことによってそれまでのインダストリープラントな人たちが一掃されてしまった。彼の「Dont」という曲が2014年の12月くらいにSoundCloudにアップされて、当時vineのインフルエンサーの間で口パク動画等が流行った。そこから、ベッドルームで作るミニマルなビートで歌うアーティストというのがメジャーシーンでの市民権を得ていったと思う。さかのぼると、2011年に出たザ・ウィークエンドの『House Of Balloons』などもそうだし、いわゆる初期のSoundCloudを筆頭したティナ―シェとか、そのあたりのアーティストを振り返ってみても、けっこうメランコリックでタイトなビートの曲をやっている。それが今まであまりメジャーシーンには浸透していなかったんだけど、「Dont」のヒットと『T R A P S O U L』のリリースによってやっと認知を得て、次いで似たようなアーティストがどんどん出てきたという印象です。だから、そこが転換期だったんだと思う。
—ブライソン・ティラーの『T R A P S O U L』って、オルタナティブR&Bにおいては確かに重要ですが、特に日本では軽視されがちなところがありますよね。
V:トラップも、初めはオルタナティブだったわけじゃないですか。2010年くらいにエレクトロR&Bが飽和化して、もうさすがにいいんじゃないかなってなった時に、トラップがエレクトロ文脈でのオルタナティブになったと思うんですよ。
藤:間違いない。
V:トラップはそもそもポスト・ダブの流れから来ているし。そう考えても、自分の中ではフランク・オーシャンはオルタナティブR&Bという感覚があまりない。ザ・ウィークエンドの流れは当時”ダークR&B”と言ってる人がいて、それはしっくりきた。『Beauty Behind The Madness』が出たのが2016年で、同時期にフランク・オーシャンもいたし、あの時はどう棲み分けたらいいかよく分からなかった人が多かったと思う。でも2016年というのは間違いなく凄い年で、オルタナティブR&Bと呼ぶものが完成したタイミングだと思います。というか、ポップ・シーンそのものが凄かった。
藤:ビヨンセやリアーナも、追ってオルタナティブなアルバム作品を出した。確かに、エレクトロを独自に取り入れているというのが、オルタナティブR&Bの傾向の一つとして強くあると思う。フランク・オーシャンはMGMT「Electric Feel」を使った「Nature Feels」(『Nostalgia, Ultra』収録)があったり、ザ・ウィークエンドもポーティスヘッド「Machine Gun」を使った「Belong To The World」(『Kiss Land』収録)があったり、パーティネクストドアもディクロージャ―「Latch」を使った「Sex on the Beach」があったり、エレクトロ的な要素はかなり重要なんじゃないか。
ロックとの接点、クラウドラップからの影響
—フランク・オーシャンは、やっぱり特異な位置にいますよね。
V:そうなると、ミゲルはどうなんだという話になる。彼は、ルーツがR&Bでありながら明らかにロックが好きじゃないですか。ロックバンドよりロックしてる時もあるし、サイケデリックな時もある。2017年に出した『War&Leisure』が印象的で、「Sky Walker」はトラップなんだけど『T R A P S O U L』みたいなパツパツで歪んでるサウンドじゃなくて、あえてTR-808の元の音みたいなサウンドを出し始めて。当時、彼は時流を凄く意識してたんじゃないかな。あれはオルタナティブR&Bの多様化の一つとして捉えられると思う。ドレイクもやっぱり重要で、カニエ、ブライソン・ティラー、フランク・オーシャンとかがファースト・ムーバーだったとしたら、ドレイクはそれを大衆に広めた功績がある。
それで言うと、ミゲルはファースト・ムーバーでもありながらセカンド・ムーバーでもあった。自分で打ち立てた音楽性に対して、『T R A P S O U L』に影響を受けたうえで自分にカウンターを働かせたから(笑)。だから、アルバム毎に方向性を変えるという意味で、ミゲルはR&B界のプリンスとかベックとかの立ち位置にいる。いま話していて気づいたけど、オルタナティブR&Bに特有の、声にエフェクトをかけるというオリジンはプリンスかも。あの人もダークなところがあるし。でもそれ以上に、フランク・オーシャンはやっぱりジャンル関係なく何でもできる。オルタナティブR&Bにくくれない。「Solo」という曲ではコリー・ヘンリーというゴスペルのオルガン奏者の重鎮が参加してるけど、そういうのってトラックでは絶対作れないじゃないですか。と思ったら、「Nights」みたいなザ・プロデュースっぽい曲もやったり。
—確かに、フランク・オーシャンもミゲルも、ロックに影響を受けてはいますが全く違う音楽性ですね。
V:いま2020年代になってようやく見えてきたのが、ミュージシャンの種類が増えてきたということなのでは。昔はミュージシャンはギターが弾けないといけないか色々条件があったけど、そういうスキル的な巧さよりも、何を表現できるかというモダン・アートのようなことになってきてると思う。歌も、巧いフェイクは味付け程度で良くて、ヴァースで何を吐けるかというラッパー的要素が重視されてるし。それをやったのが『T R A P S O U L』なんじゃないか。フランク・オーシャンはやはりバックグラウンド的にはそこにいない。デフ・ジャムでソングライターをやってた人なので。ちょっとオールド・ファッションな人。でも、気づいたらその全く違う二人がマッチしていたというのがオルタナティブR&Bの不思議なところ。それが2015年~2016年だったと。
藤:あと、SoundCloudの影響は大きかったと思う。あの頃はSpotify等のサブスクも今ほど普及してなくて、i-tunesで音楽を購入するような時代。そんな中SoundCloud上に自主のミックステープをフリーでアップロードしてたオルタナティブR&Bの人たちのラッパー的ムーブは大きかった。フランク・オーシャンも結局はレーベルからの待遇が良くなくて自主で出したし、そういったインディペンデントでアナーキーな姿勢があった気がする。
V:あの人たちのおかげで、状況が変わった。TikTokもそのマインドに近くて、インディペンデントな人たちが「売れてる曲じゃなきゃ流れない」ではなく「売れるムーブをすればいい」というふうに意識が変わった。当時のVineって今のTikTokに似てるし。
藤:そういう、現代的なSNSでのバイラルヒットはあの時が初めてだった気がする。
V:SoundCloudってマスタリングプロセスが全部込みで、まとめてリミッターかけたみたいになるから、トラップと相性が良かったのかなとも思う。Bandcampは綺麗な音にするからそれとは真逆。SoundCloudの方が、どんな音でも入れたら一律にカッコよくはなる。
—当時は、ヒップホップでもSoundCloudから新たなラッパーがどんどん生まれていましたね。
藤:クラウドラップは重要ですね。リルビー以後、エイサップ・ロッキー、ヤング・リーン、プロデューサーで言うとクラムス・カシーノなどが打ち出した、浮遊感のあるサウンドデザインにそれらを突き落とすような808ビートはこの類のR&Bにも間接的に影響を与えたと思う。クラウドラップはそこからレイジやPlugnBにまで派生していったけど、いずれもダークなエスセティックを持った気鋭な人たちが多く、それをホットなスタイルと捉え実験的に取り入れたシンガーが増えたことはオルタナティブR&Bが大きくなった一因にあるのかもしれない。ヒューストン出身のトラヴィス・スコットも『Birds In The Trap Sing McKnight』(2016年)ではタイトルの通り、ブライアン・マックナイトがトラップを歌うようなアプローチもあった。ヒップホップがR&Bの良さも吸収していったから、そうなると、今まではファンタジー要素が多かったR&Bシンガー達もラッパーのリアルさやフロウを取り入れないとトレンドに対応出来ないと捉えた人は多かった。カニエ・ウエストの『808s & Heartbreak』を筆頭とし、日本のTR-808がオルタナティブR&Bに与えた功績はものすごく大きい。
V:あと、オートチューン。オートチューン自体は90年代からあったけど、使い方が大きく変わった。カニエの「Coldest Winter」を聴くとそう思う。
藤:フランク・オーシャンも、文脈が違うとは言え、浮遊感があるじゃないですか。(アナログシンセの)Prophet-5などのシンセはTR-808に近いニュアンスがある。
V:80年代にKORGとか日本のメーカーが作ってた楽器が最近アメリカのブティックショップに売ってて、それを使い直したっていうムーブメントがちょっとあったじゃないですか。ザ・ウィークエンドが使ってるシンセとか日本製のものが多いし、そういう背景もあるのかもしれない。そう考えていくと、やっぱり『T R A P S O U L』は、歪みが重要だと思う。
藤:シンセの浮遊感があるが、808自体は凄く歪んでる。
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R&Bの系譜から見る『T R A P S O U L』
—お二人は、『T R A P S O U L』以前のR&Bで、それに近いフィーリングを感じる作品だと何を思い浮かべますか?
藤:R&Bってついているからこそ、オルタナティブR&Bも過去のR&Bからの流れに位置づけたいですよね。そう考えると、『T R A P S O U L』はジョデシィのフィーリングが近い。DeVante Swingのサウンド。パフダディー率いるBad Boy Recordsが押してたヒップホップベースのR&B作品たちも。いずれも多くのR&Bアーティストがサンプリングし再解釈してる。もっと遡るとテディ・ライリーのニュージャックスウィングもそういう感じだったんじゃないかと思ってて、『T R A P S O U L』は現代のニュージャックスウィングに近いと言えるかもしれない。ドラムとベースはヒップホップだけど、コードと歌がR&Bだというのは、名前もサウンドも『T R A P S O U L』の組み立て方に近い。
V:ジョデシィの「Freekn You」とかは、フロウが同じだもんね(と歌う)。ほら、ノリが同じ(笑)。R&Bってナインスで終わるものが多いけど、『T R A P S O U L』もメロディがナインスで終わる。ロックはルートとか5度で終わるけど。あと、ウワモノだけじゃなくてテーマもR&B的。夢があってファンタジックなのが多い。そういう意味ではやっぱり『T R A P S O U L』はR&Bの系譜にあると思う。
—ちなみに、『T R A P S O U L』はリアルタイムで聴いた時も衝撃を受けましたか?
藤:受けました。
V:登校中ずっと聴いてた。自分はジャスティン・ビーバーの『Journals』(2014年)とかが好きなミーハーな人だったんだけど、さっき言ってた通り、フォーマットが変わっただけで歌モノの要素やグルーヴ感は変わってないからすんなり聴けた。
藤:当時は全体的にエスセティックやコンセプトがちゃんと作られてるなと思った。特に男性アーティストはミステリアスな人が多くて、無理に頑張ってない感じのアーティストがたくさん出てきたよね。
V:過剰にエロくなかったのもある。
藤:リアルにモテそうな人というか。上半身裸にならなくていい感じ(笑)。リアルだった。
—確かに、嘘っぽくなくなった。大仰に作らなくなったというか。
藤:写真もスマホで撮ったような画質のポラロイド系のフィルター多め、文字は細いフォント。ファッションも無地多めで、ミニマル志向。それまではモードファッションにフッドのDr Jaysでも売ってるようなアイテムをミックスして大きなチェインを下げたコーディネートだったのが、オルタナティブR&Bになるとサイズ感は引き継ぎつつももっとスマートになった。キャップやスニーカーでちょっとだけストリート要素を見せる、みたいな。
—ファッションやアートワークなど、そういったキャラクターの変化がリリックにも反映されましたよね。
藤:言葉遣いも会話調になったり独り言調になったりした。
V:今回のアルバムで二人で一緒にやった「O.M.M」っていう曲はSWVをサンプリングしてて、それもあってSWVをよく聴いてたんですけど、やっぱりメタファーが全然違うんですよね。『T R A P S O U L』は急に時事ネタが出てくるし、パーソナルでリアル。
藤:フランク・オーシャンの「Biking」とかもそうだよね。ブランド名を出したり、ヒップホップっぽい。ラフ・シモンズの2002 FALLコレクションのタイトルをさりげなく入れてるんだけど詞としてもちゃんと意味を持たせてる。彼なりの分かる人には分かるフレックス。とてもポエティックでありながらも韻を踏む対象にR&Bを感じたりする。
—そして、歌唱方法も変わった。
藤:2000年代の「どれだけ歌が巧いか・レンジが広いか」という歌唱力が重要な時代から、大きく変わりました。クルーニング唱法、いわゆるぼそぼそした歌い方が増えましたよね。オートチューンを挿してるから口をあまり開かなくても歌える。フェイク、リフも語尾にちょっと添えるだけの人が多くなった印象です。ロングトーンが全体的に減ったと思います。
V:そもそも2000年代以降のポップスって、ボーカル・スタッキングが主流で、基本的には真ん中と左右とハモリを音量下げて一つの大きいボーカルみたいに見せてたけど、『T R A P S O U L』以降はヒップホップの機材の影響が大きくて、みんなこぞってソニーのC-800Gっていう黒いガイコツみたいなマイクを使うようになった。それか、ロックで定番のNEVE1073にCL1Bという青いコンプ。そのあたりを初めて使ったのはカニエとからしいですけど。それが徐々に広がって、2020年以降は定着した。
『T R A P S O U L』はボーカルの音の置き方も面白い。以前からアッシャーとかがやっていた通り、R&Bにも早いヴァースはあったけど、音の置く場所やアクセントやどこでライムするかがかなり変わった。でも、もどかしいのは、『T R A P S O U L』って最近の日本のシンガーでもそこまで影響を受けてないじゃないですか。そうなると、やっぱり日本のR&Bシンガーってアッシャーとかアリシア・キーズとかがやっていた昔のアクセントになってしまうんですよ。それで言うと、クリス・ブラウンは『Breezy』あたりで追いついてきましたよね。
—日本はちょっと特殊かもしれないですが、世界的に見て、『T R A P S O U L』以降の現在まで続くオルタナティブR&Bの流れをお二人はどう捉えていますか?
藤:ザ・ウィークエンドの『Starboy』(2016年)、中でも「Reminder」とかは、やっぱり『T R A P S O U L』が出たからこそあれがポップスとして昇華されたと思います。でもそれ以降ザ・ウィークエンドはメトロブーミン以外とはそういうスタイルを多くはやってないし、トラップが基礎になりすぎたからこそもう飽和しちゃって、最近は2000年代のネプチューンズとかティンバランド的なサウンドがR&Bでは戻って来てますよね。ヒップホップでもトラップも飽和しちゃってオーセンティックなビートが戻ってきてる。またシンガー達の歌唱法がここから変わってくると思う……んだけど、SZAの『SOS』(2022年)が出たからね……! あれは『T R A P S O U L』ぽさも感じるんだけど、毎行パンチインして録ったようなボーカルやフロウにヒップホップを感じつつも、歌としてのライティングも徹底されていて、新たなアプローチが多かった。
V:「Snooze」と「Gone Girl」がめちゃくちゃ好き。ヴァースがラップっぽいのに、サビにいくと歌になる。
藤:宇多田ヒカルさんみたいだよね。「Automatic」的というか。
V:そうそう。
藤:ベイビーフェイスやレオントーマスがライティングに入ってるのもしっくりくる。
V:Tiny Desk Concertの話をしないといけなくて、あれによってR&Bは名声をもう一度獲得したところはあると思う。アッシャーなんてみんな馬鹿にしていたところがあったのに、最近あれを見て好きになったっていう人が多い。ベイビーフェイスも出てたしね。ああいう企画が追い風になって、2000年代のR&Bがまた一巡して戻ってきた気がする。
藤:あとSped Up等も大きい。ああいう違うヴァージョンがSNSで度々流行ることで、若者の間ではR&Bだと知らないけど普段からたくさん耳にしていて、話題となる機会が多くなった。昔のVineで起きてた事が進化してTikTokで起こってる。
V:やっぱりSZAによって『T R A P S O U L』は完全にスタンダードになったんだよね。
藤:そう。そして完全なるポップスとして昇華された。
VivaOla(Photo by Mitsuru Nishimura)
藤田織也(Photo by Mitsuru Nishimura)
ヒップホップ/ラップとのクロスオーバー、女性アーティストの活躍
—SZAもそうですが、意識的にしろ無意識的にしろ、ヒップホップ/ラップとのクロスオーバーが進みました。
藤:R&Bでは日の目を見なかった人たちが、どんどんヒップホップに寄っていったというのもありますよね。ボリーもカニエの『DONDA』でフックアップされてヒップホップに向かっていったし、逆にラッパーは歌うようになりR&B化していった。あと、90sがサンプリングソースだったのがどんどん00sになっていった。ここ数年では原曲でのボーカルのピッチチェンジも当たり前になったし。
V:ドレイクみたいにポップスに行く人がいたからこそ、カナダのR&Bシーンも重要で。ダニエル・シーザーの『Freudian』(2017年)は、UKロックみたいな暗さがあった。
藤:マジッド・ジョーダンやdvsnとかのOVO周りとは、また違う人たちだよね。
V:そう。確実にシーンとしてあったし、やっぱりアトランタのトラップサウンドからの影響が強かったと思う。
藤:『T R A P S O U L』を同じ系譜で今も引き継いでるのはライアン・トレイ、セイフ、リアレストケーなど。その中で同じToxicなエスセティックを持ちながらも全く別のR&Bサウンドをメインストリームに提示したブレント・ファイヤズの成功は近年で大きかったです。でも、総じて男性シンガーが弱くなりH.E.RとかSZAとか女性シンガーがメジャーシーンにおいて強くなったよね。
V:メロウになったのかな。
—今回『オルタナティブR&Bディスクガイド』を作っていて、それは如実に感じました。女性アーティストがどんどん増えてきた。それはR&Bに限らないですが。
藤:ティナーシェなどはオルタナティブR&Bだって初期は言われていたけど、ヒップホップのプロデューサーと組んだり、っていう感じだから、今振り返ればちょっと違う系譜なのかな。
V:エラ・メイとかね。
藤:最近はマニ・ロングとココ・ジョーンズをアワードでよく目にする。ココジョーンズはシーンの注目株でオルタナティブというより、R&Bの申し子と言える程ピュアな作品をリリースしているが、ここでもトラップベースのビートは多く使われる。
V:トラップソウルというジャンルが2016年当時は男性的だったのに対して、女性アーティストの場合、サマー・ウォーカーとSZAが一つの完成形を打ち立てたと思う。二人がコラボした「No Love」とかまさにそう。
藤 : 女性アーティストの中でSZAの『Ctrl』(2017年)はやはり大きかった。そこに近いスタイルを持ちつつもH.E.R.は幼い頃からタレントでサラブレッド。
V:だから、実はH.E.R.とかの方がミュージシャンの属性的にはフランク・オーシャンに近いと思う。フランク・オーシャンはソングライターだったからこそ絶対にミュージシャンなんだけど、でもプレイヤー的なものに憧れがあったのか、そうやって自分を見せていった。
—『T R A P S O U L』のフォロワーも増えすぎた結果、ポスト・トラップソウルのような動きも最近はありますね。
V:難しかった例は、エリック・ベリンジャーとヴィド。あのあたりの人が2019年くらいにトラップソウルをやった時に、一つのジャンルの死を感じたというか……。もうよくないか?みたいな。フォーマットが同じものになってしまって、飽和した。逆に、巧かった例としてはケシの『GABRIEL』(2022年)。あの作品は、トラップソウルを咀嚼し直した。
藤:彼はDEANTRBLのフォロワーでもあるし、アジア人として韓国R&Bの流れも踏まえた気がする。ただ、ギターで曲を書くというシンガーソングライター方面ではあるんだけど、根底としてトラップソウル的なサウンドが好きな人だというのが伝わってくる。
V:そもそもダニエル・シーザーの『NEVER ENOUGH』(2023年)もトラップソウルの再解釈として巧かった。
—オルタナティブR&Bと呼べそうな範疇として、まだ名前が出ていない人についても伺いたいです。アンダーソン・パークはいかがでしょうか。
V:自分はネオソウルとオルタナティブR&Bが混在されるのはけっこう嫌で、アンダーソン・パークは違う系譜な気がする。温かくて、ソウルフルで、クランチー。
—あと、ケレラとか。UKベースミュージックの流れを汲んでいるのでまた全然違う文脈ですが。
V:ケレラは、(Kota)Matsunagaがいたらそっちの話になりますね。二人は完全にUSのR&Bに偏ってるから(笑)。
VivaOlaが『APORIE VIVANT』で表現したかったこと
—でもここまで話してきて、VivaOlaさんが今作『APORIE VIVANT』で『T R A P S O U L』の再解釈をされたというのは、タイミング的にも納得しました。というか、オルタナティブR&Bをようやく振り返られるタイミングになってきた。
V:本当は2022年に出したかったんですよ。SZAが『SOS』をリリースした時に自分はちょうど「TOO LATE」という曲を作ってて、マジで同じことをしてて負けたと思った。ヴァースは強めにいくけど、サビは歌モノという。そのあと今度は「Shirt」が出て、あれはもう『T R A P S O U L』と比べてTR-808がもっと歪んできてるじゃないですか。あぁ、これからは絶対こっちが来るなと思って、その歪み感はすごく意識しました。究極は「ROLLS ROYCE」で、あれはもう行き過ぎてロックになってるというか。
—藤田さんは、VivaOlaさんの『APORIE VIVANT』を聴いていかがでしたか?
藤:自分が『T R A P S O U L』を一番感じたのは、やっぱり二人で作った「O.M.M」です。SWVの”Youre Always On My Mind”のピアノをサンプリングしようとしたところとかは、明らかに『T R A P S O U L』思考ですし。あと、ビートがミニマルで無駄な音が入ってない、二番の三連符のフロウも。英語の表現を日本語にしていて、リリックもダブルミーニングが多い。他だと一曲目の「VIVA」も『T R A P S O U L』の流れを感じますよね。
V:織也くんはラップユニットとしてBleecker Chromeをやってるじゃないですか。自分は「Alive」という曲が好きなんですけど、ああいうラッパーかシンガーか分からない曲を意識して作りました。日本でああいうのやってる人いるんだ!と思って。
藤:結局、全く違ったサウンドになったね(笑)。後半で、オクターブ下げてると思うけど、あれはヒューストンのDJスクリューのチョップド&スクリュード的なアプローチなのかな? その後クラウドラップアーティストやエイサップ・ロッキーがやって、それが流行ってるのを見たトレイ・ソングズが取り入れて、それを見たブライソンティラーや韓国のDEANの世代がやってるのを見たケシや僕らの世代に引き継がれてるはずです(笑)。
V:そうだね。長い長い流れがある(笑)。
藤:日本でやってる人があまりいないよね。
V:Yo-Seaくんとかがやってる音楽は確かにすごく好きで、『T R A P S O U L』とか聴いてそう。でもそれをそのままやってるわけではない。自分もそう。再解釈して同じものが出るわけがないし。
藤:本場があるからこそ、それと同じものをやっても意味がないしね。自分が今まで生きてきて見聞きしたものを反映してる。
—再解釈というのは、非常に難しいですよね。当然、模倣とは違うわけで。
藤:僕らって、オルタナティブR&Bから影響を受けて曲を作ってる第一世代だと思うんです。だから、自分たちが通ってきたジャンルを正直に作るっていうこと自体が、オルタナティブR&Bの次につながるんじゃないか。正直に作るというのは、自分自身であり、他には真似できないから。
V:そうだね。今回アルバムを作るにあたって(ブライソン・ティラーの)「Dont」みたいな曲もあったんだけど、ボツにしたのは「Dontすぎるから」という理由(笑)。リニアなビートがあって、どこがサビか分からないようなトップラインが鳴っている、みたいな。でもそれはブライソン・ティラーじゃん。
藤:フランク・オーシャンもザ・ウィークエンドも、出た当時は評価の指標となるものはなかったけど、それをなんとなくオルタナティブR&Bっていう括りでふわっとまとめたのは、おかげで色んなことがうまく成り立っている感じもあると思う。ヒップホップになると、もっと細かくジャンル、エリア、集団で派閥分けがされているじゃないですか。
—オルタナティブR&Bは、内省的で自分の中にあるやりきれなさや哀しみといった感情を吐露する面があるじゃないですか。そもそも、お二人のキャラクターがそういったものと親和性が高いというところもあるんでしょうか?
藤:迫害されているような気分で生きてきてますよ(苦笑)。僕は5歳から歌を歌ってて、12歳から16歳までNYに行ってモータウンミュージックから90年代R&Bを通ってきて、留学中にR&Bとヒップホップの大きな転換期に出会し、吸収して帰国したんですけど、自分と同じような音楽をやっている人は居なかったんです。それで、一人孤立しちゃった。最初はトラップ系のタイプビートの上で歌ってたんですけど、日本のシンガーでそんなことしてるのは2017年当時ほぼいなかった。自分はファッションやストリートの友達が多くて、ボロい部屋でマイク一本で音楽やってると、業界にいた友達からは「あいつはラッパーになった」とかシンガー友達からも散々言われて……みんないなくなっちゃったんです。困惑される理由を理解しながらも、自分は音楽に正直で新しくて正しいことをしているという気持ちを常に持っていた。だからこそ受け入れられない怒りや悲しみ、ニューヨークで受けた衝撃を具現化できない悔しさは16歳の自分には大きかった。周りに人がいないから、メランコリックな気持ちを独り言のようにつぶやきながら歌を歌うじゃないですか。それは、トラップソウルのアーティストたちと共通してたんだと思う。僕はシンガーだけどヒップホップのメンタルも持ってR&Bを歌ってる。
V:反逆的なところはあるよね。自分の場合は、元々バークリーに行ってソングライティングを学んでた時も、歌うつもりはなかったんですよ。やっぱり、初期のアンダーソン・パークとか、プロデューサー気質だったりライター兼アーティストみたいな人が好きで。リアーナも好きだけどそれ以上にシーアが好き、みたいな。それで、織也くんと出会った時に感動して、マジなシンガーがいた!と思った。自分もマインドは織也くんに近いところはあって、だからマイケル・ジャクソンもそういうところが好きなんです。皆が一方向に向かってる時に一人違うことをやりはじめる感じ。急にスラッシュと組み始めたり、50セントが一番好きとか言いだしたり(笑)。
藤:マイケルは今生きてたら絶対ドリルやってるよね。
V:やってる。しかも、めちゃくちゃ早い段階でやるか、流行り切って廃れたあとに「ドリルってこうやってやるんだよ」ってカッコいいのを出してくる。
—最後の質問です。今日オルタナティブR&Bについてたくさん話してきた中で、本当に色々なスタイルがあることが改めて分かりました。でも、それだけ多様化した音楽を私たちは相も変わらず「R&B」と呼んでいる。2024年の今考える、そのコアにある「私たちがR&Bと呼ぶ変わらないもの」は何だと思いますか?
V:うわ、難しい! 歴史的に見たら、(この言葉自体は本来差別の意味を含んでいるけれど)まずはレイスミュージックであると思う。ラジオでかける黒人の音楽。スタイルというよりは、カテゴライズ上。だから、ヒップホップみたいなカルチャー音楽とは違う。
藤:トラップソウルだけで言うと、コアはカニエの『808s & Heartbreak』だと思う。あとは、あまり言及されないけどザ・ドリーム。
V:そうだ、ドリームがいた!
藤:歌唱法的にそうだよね。
V:それでいうと、「R&Bのコア」にあたるものとして歌唱法は定義しやすいんじゃないかな。
藤:そうなると、モータウンに遡っちゃうんだよな。
V:そうだよね。モータウンなんだよ。
—ありがとうございました(笑)。
藤:トラップソウルって、日本で全然語られてないじゃないですか。こういう日本語での記事も残しておかないとあと数年経ったらマジでなかったことになってしまうのではないかと、何年も思ってたので良かったです。今ヒップホップが日本で盛り上がりを見せてるからこそ、トラップソウルに関することはちゃんと伝えておいた方がいいと思う。
V:すべてはコンテクストだから。確かに過去のソウルミュージックやR&Bも知られるべきだけど、現行の音楽がちゃんとシーンに根づいていたら、過去のそういった音楽も自然とさかのぼっていけると思うんです。だから、僕たちももっと仲間を作ってそういうものを育んでいきたい。
Photo by Mitsuru Nishimura
<INFORMATION>
『APORIE VIVANT』
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01. VIVA
02. HURT
03. TOO LATE
04. GIVE MINE
05. BOLD (feat. reina)
06. ROLLS ROYCE
07. PRESENCE
08. HANDLE
09. O.M.M (feat. 藤田織也)
『Enfant Terrible』
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3月29日発売