タイラ『TYLA』徹底解説 越境するアマピアノとアフリカンミュージックの新たな地平

南アフリカ・ヨハネスブルグ出身、昨年発表の「Water」が全世界のチャートを席巻し、2024年の第66回グラミー賞で最優秀アフリカン・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞。今夏のサマーソニック出演も決定しているタイラ(Tyla)がデビューアルバム『TYLA』をリリース。南アフリカ発祥のダンスミュージック「アマピアノ」をみずから制作し、その魅力を発信しているプロデューサー/DJ/ライターのaudiot909に本作の革新性を解説してもらった。

まさかここまでとは思わなかった。

2023年のタイラによる大ヒット曲「Water」は、アマピアノ、アフロビーツ、R&B、ヒップホップといったジャンルの垣根を越えた新時代のポップスであった。

しかし、アルバムはその音楽的挑戦をさらに昇華し、多様な要素を融合させたアフリカンミュージックの地平を広げる傑作となった。

本稿ではタイラがデビューアルバムで示した音楽的特徴と文化背景の両方から解き明かしていきたい。

タイラについて

まずは主役であるタイラの活動の遍歴を紹介したい。

タイラは南アフリカの最大の都市ヨハネスブルグ出身の22歳のアーティスト。2019年にリリースしたシングル「Getting Late」で鮮烈なデビューを飾った。

南アフリカのプロデューサーKooldrinkがプロデュースした楽曲で、元々ダンスミュージックであるアマピアノをポップミュージックとして昇華しようと試みている点に注目したい。今思えば、この時点で本アルバムの特徴を表しているのだから。

その後も順調に活動を重ねていくが、キャリアの契機となったのは2023年。ディプロ率いるメジャー・レイザーと南アフリカのレジェンドMajor League DJzによるコラボアルバム『Piano Republik』に収録された一曲「Ke Shy」でのフィーチャーは、さらに南アフリカ国内、そして世界的にも存在感を高めた。

そしてその後、同じく2023年にリリースしたのが「Water」である。この曲は当時まだ新興ジャンルの一つであったアマピアノを、さらに幅広い層に届ける役割を果たした。

特にSNSを経由したダンスチャレンジ動画「#waterchallenge」はタイラ、そしてアマピアノという言葉を真の意味でポピュラーにする契機となった。そういった経緯を経てタイラは南アフリカのアーティストとして55年ぶりにグラミー賞を受賞するに至った。

「Water」の世界的大ヒットを受けタイラに最も望まれていたもの。そう。アルバムである。

南アフリカのダンサーLee-ché "Litchi" Janeckeが担当した「Water」の振付は、南ア発祥の「バカルディ」にインスパイアされたもの。腰を振りながら曲のコーラス(サビ)に合わせて自分の背中に水をかけるダンスが、「#waterchallenge」を通じてバズを生み出した。

アマピアノとは?

次はアルバムを紐解く際に非常に重要なキーワードであるアマピアノについて解説しよう。

タイラが生まれ育った南アフリカは非常にハウスミュージックが盛んな国だ。2021年にダンス/エレクトロニック部門でグラミーを受賞した南アフリカのハウスプロデューサーBlack Coffeeが国民的なヒーローであるといえば、国民が日常的にダンスミュージックに触れる機会の多さが想像できるだろうか。

ハウスを土台にヒップホップ、そしてクワイト、バカルディといった南アフリカ現地の音楽が入り混じり独自のセンスを開花させた音楽がアマピアノだ。

まずはジャンルのアイデンティを確立した直後に発表された、Kwiish SA & Vukaniによる2019年の大ヒット曲「Iskhathi (Gong Gong)」を聴いてみてほしい。反復するビート、そして強烈なリズム解釈。ハウスミュージックから生まれた音楽であることを感じ取れるだろうか。

注目すべきはログドラムと呼ばれるアマピアノ最大の特徴となるベース。アマピアノはログドラムを発見して以降、ジャンルのアイデンティティがさらに明確となった。

0:33〜からのタイトル通り"Gong Gong”と鳴る鞠のように跳ねるパーカッシブなベースサウンドがログドラムだ。これがフロアで聴くとものすごく「鳴る」のだ。今、ログドラムが世界中のダンスフロアを揺らしている。

もちろん「Water」にもログドラムは搭載されているので、気になる人は読み進める前に聴き返してほしい。フックで入ってくるが、特に2回目のフックの前に鳴るログドラムの入れ方は何度聴いても痺れる。

《本来ログドラムは打楽器のことを指し、別名スリット・ドラムや木鼓とも言います。しかしFL Studio(音楽制作ソフト)に付属する音源、Fruity DX10のプリセット”Log Drum”として収録されたことにより、南アフリカに住む多くのクリエイターがアマピアノのベースに活用。これによってアマピアノは、数ある音楽ジャンルの中においてアイデンティティを獲得しました》

※上記キャプションはサンレコ「アマピアノの主役!FL Studioでログ・ドラムの作り方|解説:audiot909」より引用

アフロビーツとの違い

ここでアマピアノとアフロビーツの違いについても触れておこう。

アフロビーツはナイジェリア発のポップミュージックで国も音楽性も全く違うものだ。アマピアノと比較するとビート感やBPMの違い、作曲センスやログドラムの有無で見分けることができる。

しかし近年では、アフロビーツのアーティストがアマピアノの要素を取り入れ、それが大ヒットしたことにより区別がつきづらくなっており、これが非常によく誤解される要因となった。

筆者独自の解釈になるがアフロビーツのアーティストがアマピアノの要素を取り入れた場合、ナイジェリア式アマピアノと呼んでいる。(※)

大きな違いはダンスミュージック由来の南アフリカ式アマピアノは6分を越えることが多く、ポップミュージックであるアフロビーツをバックボーンに持つナイジェリア式アマピアノは3分前後で終わることが多い。

アマピアノ、アフロビーツ、そして南アフリカ式アマピアノ、ナイジェリア式アマピアノについて解説したが、これがタイラのアルバムを読み解く際に重要になってくる。

(※筆者より)今回は便宜上アフロビーツから派生したアマピアノをナイジェリア式アマピアノと紹介しているが、これ自体がかなり勇気のいる試みであったことはご承知願いたい。海外では論争が起きるほどデリケートなトピックなのだから。ただ、この区分けをしないとアルバム『TYLA』の魅力が伝わりづらくなると判断し、今回はこのような紹介をさせてもらった。

デビューアルバム『TYLA』各曲解説

アマピアノやアフロビーツについて理解を深めたところで、タイラのデビューアルバムについて解説していこう。

トラックリストを見ると2分〜3分台で構成されており、そこにはナイジェリア式アマピアノの影響を感じる。

再生してみると短い「Intro」を経て、2曲目の「Safer」が始まる。最初に耳に飛び込んでくるのは、複雑に絡み合うようなパーカッション。南アフリカ式アマピアノを彷彿させる始まり方だ。

そこに美しいコーラスとコードの重なりが加わり、楽曲は展開され間もなくログドラムのグルーヴが鳴り響く。

南アフリカとナイジェリアのアマピアノのエッセンスが複雑に交錯し、そして独自の創造性が注入された新たなサウンドデザインだ。

斬新な「Safer」のサウンドに酔いしれていたら、あっという間にWaterが始まる。

”Make me sweat, make me hotter

Make me lose my breath, make me water”

世界が熱狂したリフレインに私たちは再び出会う。

ここまでの流れがあまりに見事で、本作のアルバムとしての完成度、そして音楽性の高さに震えてしまった。

「Safer」のクレジットを見ると、タイラを含む総勢7人のアーティストがこの曲の作編曲に関わっていることがわかる。中でもUKのプロデューサー、Sammy SoSoが全体を牽引する重要な役割を果たしていると推測する。Samyはナイジェリアのアフロビーツ・アーティスト、ウィズキッドとの仕事でも知られる人物だ。

同曲にはさらに、ビヨンセやフランク・オーシャンとの制作で名を馳せてきたUSのトリッキー・スチュワートに、ケイトラナダやゴールドリンクらと制作してきたUKのAri PenSmithも参加している。つまり、南アフリカのタイラを中心にナイジェリア、UK、USと世界各地で活躍するトップクリエイターたちが一堂に会したことになる。

そして重要なのが1曲目の「Intro」である。

今回のアルバムで一番多く南アフリカのアーティストでクレジットされているのが、この楽曲にも参加しているKelvin Momoだ。KelvinはPrivate School Pianoというアマピアノの中でもメロウで大衆的なサブジャンルを確立した人物で、南アフリカで非常にプロップスが高いプロデューサーだ。

タイラがこの曲でアルバムをスタートさせたのは、グローバルなクイーンオブポップを志しつつも、自身のルーツは南アフリカにあると宣言しているように筆者は捉えた。

このたった冒頭3曲でサウンド、そしてその背景にある文化的コンテクストにおいても、多様な要素が交差し、緻密に融合していることが理解できた。そしてそれらの楽曲は全てポップミュージックとして超一級品。アルバムとして完璧なスタートだ。

さて、改めて「Water」をサウンド面から解説していこう。

第一印象では流麗なコード進行とキャッチーなフックが耳を引くが、インストゥルメンタルバージョンを聴くと、実はこの曲がとても細かい変化をしていることが分かる。特にエレピの細かい音色やバッキングパターンの変化や細かく散りばめられたギターが素晴らしい。

また、ベースラインが2重構造になっている点も見逃せない。クレジットを確認し、よくよく聴いてみるとエレキベースを使っているようだし、前述した通りフックでログドラムを合わせるという工夫も施されている。エレキベースで低音が物足りないということがないように低音域が丁寧に足され、その上で鳴るパーカッションの刻み方がまた素晴らしい。

楽曲の持つスムーズなグルーヴとキャッチーなメロディでつい聴き逃してしてしまいそうになるが、恐ろしくディテールが凝った楽曲であることに気づく。

この楽曲もSammy SoSoを中心に総勢9人のアーティストによって作編曲が施され、とても丁寧な仕事によって作られていることがわかる。世界的なヒットを視野に入れて制作されていたといっても過言ではないだろう。

4曲目の「Truth or Dare」も素晴らしい曲だ。

この曲は紹介の仕方を少し悩むところだが、ログドラムは入っていないためアマピアノとアフロビーツの中間として考えた方がいいかもしれない。

耳を引くのはアトモスフェリックなコードの音色とクラーベを刻むリムショットとスネア。アフロビーツのアーティストは比較的こういったクラーベの派生系のようなリズムを刻むことが多い。この「Truth or Dare」でも使われていて、通常のダンスミュージックに見られる2拍4拍といったスネアの置き方とは一線を画すグルーヴとなっているのはそのためだ。

続いて、ナイジェリアのTemsをフィーチャーした「No.1」という楽曲を聴いてみよう。

タイラの歌唱のあと、Temsの少し渋みのあるハスキーボイスが入った瞬間、一気にムードが変わりさらに曲の魅力に深みが増す。このように『TYLA』はプロダクションの素晴らしさのみならず、ゲストの人選も高く評価できる。

タイラとTemsは同じアフリカのアーティストということでお互いにリスペクトを送り合っているようで、ここでも文化的クロスオーバーしている様子がわかる。

「Butterflies」はアルバム中唯一のビートレスな楽曲。アコースティックギターのローファイな処理と芳醇で美しいベースライン、そしてタイラの艶やかなボーカルが切なく呼応する。

アルバムの流れとして素晴らしいアクセントとなり、この時点で曲順まで練られていることが理解できるはずだ。そしてビートレスな楽曲を挟むことによってビートの印象とBPMをリセットする効果を感じた。

そうして始まるのが「On And On」だ。

アマピアノにしては遅いBPM103前後のビートに808ベースを足した、トラップとアマピアノがクロスオーバーしたようなトラック。時折808がログドラムのようなフリーキーな動き方をしているのがユニークだ。

BPMが落ちて、さらにメロウなR&Bのフレイヴァーが強くなったトラックの上に乗るシルキーなタイラの歌声をの虜になってしまうだろう。

「Jump」はダンスホールとアフロビーツを組み合わせたようなトラック。そこにログドラムが足されたアイディアの大胆さに驚きを隠せない。

そしてゲストにUSのガンナとジャマイカのSkillibengである。シーンやジャンルを超えて自身の音楽を世界に広げるという強い意志とアフリカンミュージックの可能性を切り開く意欲を感じる。

その後、アルバム公開と同時にMVが公開された「Art」で再び、アマピアノとアフロビーツがクロスオーバーしたビートに戻ってくる。 

この楽曲の魅力はアマピアノ由来の浮遊感のあるムードとR&B、アフロビーツのサウンドを絶妙にブレンドしている点にある。

とにかくアルバム全体を通してアマピアノとアフロビーツの解釈の落とし所が素晴らしい。これを半端にやると、とにかく格好がつかないビートになるのだが、ほとんどのビートが世界の超一流のプロデューサーが複数集まって制作するというスタイルを取っているため、アイディアの昇華の仕方が恐ろしく高度だ。

ベッキーGを迎えた「On My Body」、そして「Porioities」に関しても同じことが言える。

後者はギターが醸し出すアンビエントなムードとキャッチーさが最高だ。終盤のスネアのパターンが、南アフリカのアマピアノを連想させられる。

と、南アフリカのアマピアノのことを考えていると「To Last」が流れ始める。

クレジットをチェックしてみると南アフリカのアマピアノ・プロデューサーLuuDadeejayと、隣国エスワティニ出身のMananaなどが参加している。プロデューサー3人中2人が南アフリカ出身のため、本作で最もアマピアノの文脈に沿った楽曲だが、やはり一筋縄でいかない。

楽曲は本来アマピアノのトレードマークとなるはずのシェイカーを抑えたスタートで始まる。

そしてタイラの"To Last…”と囁くような歌声と共に聞こえてくるのがログドラムとシンセによる螺旋を描くようなフレーズ。途中からシェイカーが入ってくることによってリズムがさらに層が重なっていき、陰影のある美しいサウンドスケープが完成する。

終盤2:32〜から聴かれるスネアとログドラムのパターンが本家本元である南アフリカのグルーヴであることも付け加えておきたい。南アフリカのアマピアノのグルーヴを損なうことなく3分のポップミュージックに昇華した見事な逸品だ。

そして最後に、「Water」のリフレインが鳴り響く。今度はトラヴィス・スコットをフィーチャリングしたリミックスだ。

トラヴィスのラップが乗ることによって一気にUSのヒップホップのフィーリングが加味される。USではすでにアッシャーやクリス・ブラウンがアマピアノを取り入れているが、このリミックスによってさらに世界中から注目を集めるのではないだろうか。アフリカンミュージックのさらなる広がりとシーンの活性化に影響を与えそうだ。

このアルバムは、「Water」の美しいコードとコーラスによって締めくくられる。トータル38分。現代的な長さながら、緻密に計算されたトラックリスティングが素晴らしい。

総評:クロスオーバーとルーツへのリスペクト

『TYLA』はアマピアノとアフロビーツをベースに超一流のポップミュージックとして昇華した、アフリカンミュージックの地平を広げる可能性を秘めた快作。そしてシンガー/アーティストとしてのタイラの多彩な魅力も十二分に詰まった作品である。

本稿で何度もクロスオーバーという単語を使ってきたが、一言でアマピアノともアフロビーツとも言い切れない楽曲が大半を締めている。

強いていうならナイジェリアのアフロビーツ由来のアマピアノをさらにポップミュージックとして昇華し、南アフリカのタイラが歌っている……というのが一番正確な表現になるだろう。その上R&Bやヒップホップといった他ジャンルの要素も巧みに組み込んだ、新しいサウンドの到来であると思った。

ここで付け加えておくと、アマピアノは家で聴くとラウンジミュージックのようであると誤解されがちだが、クラブなどで大音量で聴くと相当「鳴る」サウンドなので、ぜひ一度現場で体感してもらいたい。家で聴いて培ったアマピアノのイメージを相当揺さぶることになるはずだ。

最後に、ナイジェリアの音楽メディアThe Nativeのアルバムレビューにおける、非常に印象的な一節を引用する。

《世界中のスポットライトと視線を浴びても、タイラは自分自身への純粋さと正統性を保ち続けている。アクセントも変わらず、インタビューやパフォーマンスでは、時折「ヨー」「イー」「アサンベス」といった母国独特の表現が飛び出し、彼女のカリスマ性が光る》

”Asambe!”と叫んだのはアメリカの番組「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」におけるパフォーマンスでの出来事。ズールー語で”let's go”といった掛け声のような意味合いだ。「Water」をパフォーマンスした際の2回目のフック前のブレイク時に叫んでいるので確認してみてほしい。

この一幕に対し、南アフリカの人々はSNS上で喝采の声を送った。タイラが自国のアイデンティティを示す呼びかけに、祖国の人々は歓声を上げたのだ。

アルバムで様々な国とジャンルの音楽のクロスオーバーをしたタイラだが、彼女自身のアイデンティティが南アフリカにあることを示した素晴らしいエピソードだ。こういったルーツに対するリスペクトを示す美しさや強さも彼女の魅力である。

私はこのアルバムをきっかけに多くの人がアフリカンミュージック、そしてその背景にあるカルチャーを愛するきっかけになることを強く願っている。

(※筆者より)タイラのアルバムを聴きこんだあと、さらにアマピアノを聴いてみたいという人のために入門用にプレイリストを作成した。この中の3分前後の曲が大体ナイジェリア由来のアマピアノで、長尺の楽曲が南アフリカのもの。多くはないが日本語で歌うアーティストや、USなどでアマピアノを取り入れた楽曲もいくつか入れておいた。気になったアーティストはぜひとも調べてみてほしい。

タイラ

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audiot909(オーディオットナインオーナイン)

プロデューサー/DJ/ライター。 元々ハウスのDJだったが、2020年からアマピアノ制作に着⼿。 2023年11⽉にリリースした1stフルアルバム『JAPANESE AMAPIANO THE ALBUM』には、あっこゴリラ、荘⼦itらも参加。音楽活動と並⾏して執筆活動や現地プロデューサーへのインタビュー、ラジオ出演など様々なメディアにてアマピアノの魅⼒を発信し続けている。