シャープは、静岡大学 農学部の一家崇志 准教授と山下寛人 助教との共同研究によって、同社の空気浄化技術である「プラズマクラスター」が植物の初期生育促進に寄与することを確認した、と3月21日に発表しました。
植物の生育に「プラズマクラスター」は有益か? イネを使って検証
静岡大学 農学部の一家崇志 准教授は、「(イネに)プラズマクラスターイオンを照射することで、エネルギー生成を指示する働きが最大約3倍増加し、その結果、芽の長さが最大約4倍伸長することが分かりました」と話しています。
2016年に行った実験では、水耕栽培レタスにプラズマクラスターイオンを照射したところ、約1.3倍の生育向上が確認できたとのことでしたが、そのメカニズムは検証していませんでした。今回はどのようなメカニズムで生育向上を実現しているのかを検証するため、全遺伝情報が明らかになっているイネを用いて検証しました。
「最初にレタスの研究をスタートし、水耕栽培器でプラズマクラスターを当てるものと当てないものを準備して試験しましたが、プラズマクラスターを当てることでみごとに大きくなりました。そのメカニズムを解析するため、次世代シーケンサーという機械で遺伝子の発現量を調べたり、代謝成分を網羅的に分析する手法を用いて、植物体内の栄養成分の研究などを進めてきました」(一家准教授)
しかし、そのままレタスで研究するには、植物を深く研究する上でのレタスの情報が当時は少なかったのだそうです。
「プラズマクラスターイオンがどのように効いて、どういう根拠をもとに植物の生育が進むのかが証明できないので、“モデル植物”と言われるイネを用いてメカニズムを網羅的に検証する試験をスタートし、今回の研究成果に至りました」(一家准教授)
具体的な試験としては、イネの水耕栽培器に送風機のみを設置したものと、プラズマクラスターイオン発生器(複数台)を設置し、種まきから1週間後の生育に対する影響を評価しました。
すると、プラズマクラスターイオン発生器が2台、4台、6台のどれにおいても、送風のみに比べて生育促進効果を確認できました。
「プラズマクラスターイオン4倍(4台)照射区においては、照射3日後に送風のみと比べると約4倍、芽が長く伸びていることが分かりました」(山下助教)
プラズマクラスターの効果とメカニズムを解明。ヒトの健康に役立つ成分強化も?
芽が出て伸びるまでという生育の初期段階において効果が出たことから、続いてはエネルギー源になるでんぷんを種子内に蓄積する「胚乳」を通常の4分の1まで削減し、通常の種子とともにプラズマクラスターイオンを照射するという実験を行いました。
胚乳組織を4分の1まで削減したものは生育促進効果が見られなくなったことで、プラズマクラスターイオンが種子内のでんぷんを分解してエネルギーを産生する初期生育を促進するという仮説が実証されました。
次に行われた実験では、プラズマクラスターイオン照射がどのようにエネルギー産生にかかわっているのかを検証するため、生育の初期段階にかかわる酵素遺伝子の働きを調べました。
「嫌気代謝(生育の初期段階)では、酸素を消費せずにでんぷん分解、解糖系、アルコール発酵といわれる代謝を進め、その中で生体内のエネルギー通貨として知られる『ATP(アデノシン三リン酸)』という物質を生み出します」(山下助教)
「今回対象とした酵素遺伝子に関しては、でんぷんの分解の初めの反応に関わる『アミラーゼ(Amy)』と、解糖系およびアルコール発酵に関わる『ビルビン酸キナーゼ(PK)』、『ピルビン酸脱炭酸酵素(PDC)、『アルコール脱水素酵素(ADH)』の計4つの遺伝子に着目しました」(同)
これら4つの遺伝子の働きを調べたところ、でんぷん分解の初めの反応に関わるアミラーゼの働きが約3倍に増加していることが分かりました。実験の結果、プラズマクラスターイオンを照射することで、種子の発芽段階におけるエネルギーの代謝活性化が誘導され、それに伴う発芽促進や初期生育促進が引き起こされるメカニズムが解明されたとのことです。
一家准教授は「植物の機能性や品質を強化できる可能性についても見いだしました」と話します。
「わさび菜を用いた試験では、抗酸化作用や肥満・糖尿病予防作用など健康機能性が知られている機能性成分『アントシアニン』の蓄積が誘導されることが分かりました。パクチーを用いた試験では、抗酸化作用のある『βカロテン』の蓄積・顕著な増加が確認され、実際に植物原料の抗酸化活性が増加していることも確認できました」(一家准教授)
「バイオ産業において植物機能性の成分市場は注目を集める成長市場であり、今後プラズマクラスター技術による植物の機能性成分の強化という応用展開も大いに期待できると考えられます。我々のグループも、この作用検証を随時進めていきたいと考えております」(同)
研究結果のまとめとして、一家准教授は次のように語りました。
「発芽から育苗までの期間にプラズマクラスターイオンを用いることで、栽培期間を短縮し、生産コストを下げるなど、実際の作物栽培にも応用展開できるという非常に有益な結果でした」(一家准教授)
「植物工場においては、日本国内ではレタスなどの葉物が主流ですが、国際的には、イネなどの穀物への適用も進み始めており、非常に意義のある研究成果だと考えます。今後、実用化に向けてこの研究をさらに発展させ、社会課題の解決に貢献されることを期待しています」(同)
既存の業務用発生器で実証、国内の植物工場への導入ねらう
今回の検証結果について、シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部 プラズマクラスター・ヘルスケア事業部 副事業部長の岡嶋弘昌氏は「露地以外の栽培施設への導入の可能性が広がった」と話しています。
「我々は植物工場の方々から『食品を扱っているので、植物内で何が起こってるのか分からないものの導入は難しい』という意見をいただいていました。今回の結果は、生育の“スタートダッシュ”に貢献すると考えており、この内容を今後説明していきたいと考えています」(岡嶋氏)
今回検証したプラズマクラスターイオン発生器は、業務用として既に販売されているもので、価格(税抜)は親機が1台36,000円、子機が1台16,000円。親機1台に子機を最大7台まで接続し、合計8台まで連結して使えます。
「日本国内には植物工場が420社ほどあると言われています。そのうちの約10%にあたる40社程度をターゲットとして、商品を提案していきたいと思います」(岡嶋氏)
植物には、レタスやキャベツなどのように光で発芽が促進される植物と、イネ、トウモロコシ、ほうれん草などのように光で発芽を促進できない植物があります。前者にはLEDの光による発芽促進が行われますが、後者にはLEDの活用は行われていません。
「光で発芽が促進されない植物の発芽促進に対しても、我々のプラズマクラスター技術の活用を新たに提案できると考えています。また、光によって発芽が促進されるレタスのような植物でも生育の促進効果が出ています」(岡嶋氏)
「シャープの明るさ40W相当の蛍光灯レベルのLEDは、消費電力が約21W程度。それに対し、プラズマクラスターイオン発生器は、4台で約3Wと消費電力が非常に小さいです。LEDの活用状況によっては、LEDから置き換え、あるいは同時利用というところで期待できると思います」(同)
シャープはプラズマクラスターイオンが持つ「OHラジカル」の酸化力によって「除菌・消臭」効果をうたっており、実際に水耕栽培レタスにおいても細菌増殖抑制効果を実証しています。こうした効果は、植物の生育にマイナスになることはないのでしょうか?
岡嶋氏は「今回は植物の中で起こっていることを確認したかったため、そこから先はこれからの検証になります」とした上で、次のように推測しました。
「イネなどは、触ると生育が良くなると言われています。要するにある程度の刺激が、植物を大きくさせる効果があるということです。プラズマクラスターはプラスとマイナスのイオンを出しており、風のみと比べてイオンが当たることで、何かしらの物理的な刺激を与えてるのではないかと考えています。今回は起こっていることが分かったので、さらに踏み込んで確認していきたいと考えます」(岡嶋氏)