米テキサス州知事、支持率アップのために「移民への残虐行為」を拡大

米テキサス州のグレッグ・アボット知事が、支持率アップのために、メキシコからの移民への残虐行為を拡大している。

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テキサス州イーグルパス。前景にはきれいに刈り込まれた緑の芝生。こうこうと明りに照らされ、安全だ。背景にはメキシコのコアウイラ州の夜景。中央に横たわるのは川だ。ぽっかりと、夜の闇よりも暗い空間が広がっている。

コオロギの鳴き声に交じって、暗闇から女性の声がする。ひょっとすると子どもの声かもしれない。続いて男性の声。助けを呼ぶ叫び声だ。

芝生の所有者は、テキサス州イーグルパス代表として、州下院議員を8年務めた民主党のポンチョ・ネヴァレス氏だ。つい先日、テキサス州が有刺鉄線を何重にも配置したばかりだった。剃刀の刃がついたコイル状のフェンスはもともと家畜のバリケード用に考案され、のちに第1次大戦では軍用されて兵士の身体を切り刻んだ。だが鉄条網も越境を止めることはできなかった。越境を試みる移民は時折けがを負った。川の中で有刺鉄線に足を取られることもあった。有刺鉄線は見た目以上に危険だ。空腹時や疲労時、ましてや夜間ともなればなおさらだ。

その夜ネヴァレス氏は、良識ある人間なら誰もがやることをした。助けようとしたのだ。鉄条網があるために、川岸に向かうのも一苦労だった。苦労しながらなんとか闇の中を進んでいったが、手持ちの懐中電灯ではこだまする叫び声の出所を突き止めることはできなかった。国境警備隊に電話したが、水難救助は国境警備隊の管轄外であることは承知していた。叫び声はやがて途絶え、朝にはなんの痕跡も残っていなかった。

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グレッグ・アボット州知事は全米でも有数のお飾り兵士を配下に置いている。いつの世もテキサス州知事は一目置かれてきたが、21世紀に入ってからというもの、その地位に与えられた権利と特権は拡大している。911同時多発テロ事件以降、少なくともこの15年間、州知事の執務室で真っ先に目を引くのが、州が統括する男女武装兵士の人数だ。州知事は兵士にポーズを取らせ、一緒に記念撮影し、いったりきたり行進させる。まるで大統領のようなふるまいだ。

だがアボット州知事が武装兵士を好む理由は他にもある。自分に足りないものを埋めてくれるように感じられるからだ。昨年州知事は州議会の前で大失態を演じた後、報道陣を州都オースティンの北にある軍用飛行場に集めた。そこで記者会見を開いたが、メディアからの質問はまったく受け付けず、国境に派遣する兵士の数を増やすと発表した。Foxニュース出演の話が回ってきた際には、州知事を映すカメラは輸送機に乗り込む兵士の姿を収められる位置に配置された。ポーランド侵攻を発表してもおかしくないような、異様な雰囲気だった。

国境の武装化が進み、それに伴って死者数も確実に増えている。だがこれはアボット州知事に始まったことではない。きっかけを作ったのは前任者のリック・ペリー前州知事で、テロとの戦いやメキシコ麻薬戦争の絶頂期に見られたアメリカ社会の変化と関連していた。2009年、テキサス州警察は狙撃手を乗せたヘリコプターを国境沿いに配備した。こうした狙撃手はファルージャやカンダハールから帰還した退役軍人から訓練を受けており、その中には『アメリカン・スナイパー』のモデルとなったクリス・カイル氏もいた。ヘリに搭乗した狙撃手は、表向きには麻薬密輸業者の対策として配備されたことになっていたが、2012年に狙撃手の1人が横腹を打ち抜いたのは14歳の少年が運転するトラックで、荷台には9人のグアテマラ移民が乗っていた。生存者は強制送還されたが、彼らがグアテマラの外交官に語った話では、発砲前に荷台を覆っていたシートを取り除き、麻薬を運んでいるのではなく人間が乗っているとアピールしたそうだ。

テキサス州は暗黙のうちに狙撃プログラムを終了したが、それでも武装化は続いた。銃を搭載した哨戒艇、ドローン、ヘリコプター。ペリー前州知事は国境問題に関して、アボット州知事ほど強硬派ではなかった。彼の前任者ジョージ・W・ブッシュ氏の口癖だった「家庭に根付く価値観がリオ・グランデで途絶えることはない」というフレーズがしばしば党幹部の口にのぼるような、ひと昔前の共和党に共感していた。

移民戦争まっただなかの2015年、アボット氏が州知事に就任した。見たところこれといった信念は皆無で、素晴らしい大統領、素晴らしい副大統領になれますね、と側近や顧問から時折ほめそやされる程度のつまらぬ野望しか持ち合わせていなかった。しばらくはそれもお笑い種で済んだ。だが笑いごとでは済まなくなった。ついに州知事は、国境問題に乗じて未来の大統領候補という位置づけを始めた。その過程で、州知事は国も変えようとしているようだ。

アボット州知事は大事な兵士を好き勝手にしているため、兵士を見れば知事の気分が解釈できるようにもなった。2月4日、イーグルパスで知事は目を見張る軍装備品のごく一部を披露した。47エーカーの緑地とゴルフコースを有するシェルビー公園を流れる川の、国境をつなぐ橋のたもとで記者会見が開かれた。シェルビー公園にはこの地域で唯一の桟橋があり、かつては連邦国境警備隊の任務の重要な拠点と位置付けられた。ずいぶん前から続く連邦政府への挑発行為の一環で、アボット州知事はシェルビー公園を占拠し、州警察と州兵で埋め尽くした。

記者会見会場の背景として左右対称に品よく陳列されていたのは、カメラの正面に据えられたオシュコシュ社製の大型リフトトラック。その両脇を旋回砲塔搭載のハンヴィー2台が固めている。隣にはトレーラーに積まれた2台のエアボート(テキサス州が川で運航する機関銃つきではなかった)。これら舞台装置の前には、州知事が配置した兵士が銃を構えている。おそらく100人ぐらいだろうか、軍装備の間を埋めるかのように2~3列に配置されている。みな戦闘服や防弾チョッキを身に着け、ライフルを携行していた。

兵士たちの表情は退屈そうだ。彼らは週末だけに駆り出される兵士、州兵だ。アボット州知事が最初に招集をかけた2021年には、州兵の間で自殺が相次いだ。本職や結婚式を延期してまで国境沿いの川に駆けつけたところ、たいした任務でもないことが判明したためだ。これについて州知事はほとんど言及していないが、懸命に弊誌への気遣いを見せようとはしている。昨年の感謝祭には国境を訪問して兵士らに食事を配った――のもつかの間で、やはり自慢の軍装備品をバックに(この時はボートとヘリコプター)ドナルド・トランプ前大統領の選挙活動への支持を発表した。

そして今日この日、アボット州知事は自慢のコレクションに14人の共和党州知事を追加した――大半は南部の州知事だが、国境と接する北部3州、モンタナ州、アイダホ州、ニューハンプシャー州の州知事も駆けつけ、アボット州知事の国境警備作戦とバイデン政権に一矢報いた手腕を称えていた。トランプ氏が11月の大統領選挙で当選できるかどうかは、国境問題が四六時中メディアで取り上られるかどうかにかかっている。すなわちアボット州知事の自慢のおもちゃは、共和党の全国制覇戦略の重要な部分を担っているのだ。

アボット州知事は演説で、シェルビー公園の選挙は序の口に過ぎない、テキサス州はさらに広い国境エリアを管轄下に置き、連邦政府が川に近づくのを阻止するつもりだと宣言した。シェルビー公園をめぐる諍いで、州知事率いる部隊は――たとえ移民が溺れかけそうになっても――川に近づこうとする連邦当局を阻みつづけ、憲法の危機が勃発しそうな様相を帯び始めている。アボット州知事は対決姿勢をエスカレートさせると宣言した。彼はエスカレートさせることしか能がない。

脅威があまりにも深刻で、国の安全が脅かされているので、そうするしかないというのが州知事の言い分だ。アメリカは「尋常ならぬ切迫した危険」にさらされている、自分こそが最後の砦、Thin Red LineならぬThin Greg Lineなのだと。つい先日も、「イラン軍に従軍していた」男が越境を試みたと州知事は発言した。男は一体何者で、どんな任務を負っていたのか?(イラン国民はほぼ全員、政府をもっとも辛辣に批判する人々でさえ、従軍経験がある――徴兵制度があるからだ)。川を渡ろうとする人の多くが、性暴力や身体暴力を逃れてやってきた女性や子どもだという事実は一切話題に上らない。ただの一度も。

見世物としては非常に効果的で、Foxニュースでは連日報道された。アボット州知事がトランプ氏の副大統領候補――少なくとも閣僚入りするのではないかとの憶測もささやかれた。

1週間後、報道も収まってきたところで、アボット州知事は再び賭けに出た。州の予算でイーグルパス近郊に軍事基地を建設し、2300人の兵士を駐軍させるというのだ。そうなれば、アボット氏および次期州知事は「戦略的地域に大量の軍隊を動員する」ことが可能になる。州はこれを「前方作戦基地(FOB)」と呼んでいる。これはテロとの戦いで使われた軍事用語で、イラクやアフガニスタンを占領中に建設された国内の衛星基地を指す。FOBから派生して「フォビット」という蔑称も生まれた。敵対国に建設した居心地のいいリトル・アメリカから、一歩も外にでない兵士のことだ。

だがイーグルパスの基地を表現するにはいささか場違いだ。テキサスはアメリカ領土だ。どこから見て前方に当たるというのだろう? だが、居心地のよさには事欠かないだろう。テキサスオブザーバー紙も報じているように、基地の建設費用は最大5億ドル――この3年間でアボット州知事が国境警備作戦に投じた100億ドルとはまた別にだ。基地には「51の寮、15のエグゼクティブスイート、指令センターが3カ所、軍用車両待機所が2カ所、ボート修理施設、ヘリポート」に加え、「シェフの手料理とビュッフェ形式の食事を24時間提供する1万5000平方フィートの食堂、完全装備のフィットネスセンター、図書館とゲームセンター併設のレクリエーションセンター、屋外バスケットコート、ビーチバレーボール用コート」が作られる予定だ。

テキサスのような裕福豊な州でも、5億ドルはかなりの出費だ。就学年齢前の児童への支出でみると、テキサス州の学校は全米でも低い部類に入る。保険未加入者の人口比も全米上位だ。連邦政府はつい先日、夏の学校給食無償化にむけてテキサス州に助成金を提案したが、州は担当部署が200万人をメディケイド制度の適用外にするのに大忙しで、他のことに手が回らないと言って提案を突っぱねた。アボット州知事が就任してから10年が経つが、彼が有権者の生活改善に成果を上げたとは言いがたい。州知事のレガシーは相当額の費用で、一握りの人々を追い出すことに終始している。

元州下院議員のネヴァレス氏は、州知事が記者会見を開いた日に飛行機でイーグルパスに向かった。「どでかい飛行機がずらりと空港に並んでいました。あんなのは見たことがありません」と本人。「もちろん、一番でかかったのは州知事が乗っていたG5です」――ビジネス機の最高峰といわれるガルフストリームVのことだ。当然ながら、移動距離がもっとも短かったのもアボット州知事だ。「ああやってひけらかしているんですよ」とネヴァレス氏。「あの手のものがないと、表に姿を出せない人間なんです」。

ネヴァレス氏はテキサス州では珍しいタイプの人間だ。イーグルパスがテキサスの一部とはみなされないように、自分も周りからはテキサス人と見られていないだろうという密かな疑問を抱えている。ネヴァレス氏はイーグルパスと国境を越えたメキシコのピエドラス・ネグラスで幼少期を過ごし、多くの住民同様に2つの街を頻繁に行き来している。地名こそ違えど、2つの街は1つの都市として機能している。ネヴァレス氏もイーグルパスに法律事務所を構え、川向こうのスタジオで音楽をレコーディングしている。

テキサス下院議員を務めたのは10年間。無鉄砲で、ずばずばとものをいうこともある民主党議員だったが、他の民主党議員よりも保守的な場面もあった。2017年、共和党議員が下院議会の傍聴席にいた移民抗議活動家を移民関税執行局に通報したと得意げに語った際には、議場でとっくみあいのけんかになるところだった(共和党のマット・リナルディ議員は、ネヴァレス氏を撃ち殺してやると脅した。同議員は現在テキサス州共和党の幹部を務めている)。

ネヴァレス氏はオースティン文化にふけり、やがてどっぷりハマってしまった。2019年、アトランタ空港で議員専用の保安検査所を通過した際、事務所から持参したコカイン入りの封筒を落としてしまった。ネヴァレス氏は再出馬を断念した。

現在は薬を断ち、大半の現職テキサス州議員とは違って悠々自適な生活を送っているようだ。だが州知事によって故郷が軍用機地と化している中、何もできない自分に苛立ちを募らせている。些細な苛立ちもあれば――街を車で回りながら、ネヴァレス氏はフロリダ州のロン・ディサンティス州知事(共和党)が派遣した州兵を指さした。ダッジチャージャーに乗っているのですぐわかる――存在を脅かすような苛立ちもある。ひょっとするとイーグルパスの基地がトランプ氏再選の核となり、アボット氏がトランプ陣営に加わる足がかりになるのではないかという実感が、じわりじわりと頭をもたげてくる。真夜中に足を取られた移民が助けを求めるというような、より深刻な問題があることは言わずもがなだ。

何がアボット州知事をこうした行動に駆り立てるのだろう? 筆者は10年間州知事を取材しているが、他人の不幸に無頓着で、実力者を跪かせたいというぼんやりした野望しか持ち合わせていないという以外、いまだに彼の人となりがつかめない。おそらくそれら全部だろうとネヴァレス氏は言う。アボット氏はつねに政治家として「守りが固い」とネヴァレス氏は指摘する。「州知事選に当選した時も、基本的に完全防備の状態でした。他の対立候補者は予備選挙の段階でふるい落とされた。アボット氏の周りには、代理で妨害行為をする人間が大勢いた」とネヴァレス氏。アボット氏はほぼ完全に勢いだけで頭角を現し、全米でもっとも重要な州にも挙げられる州の知事に就任して、何の苦労もなく再選した。「そうした状況が、人間のエゴや野望にどんな影響を及ぼすか想像がつくでしょう?」とネヴァレス氏は言った。

アボット州知事の政治的直観は「最悪で最高」だとネヴァレス氏は言う。「彼のやることなすこと、注力することはどれもバカげています。州のごく一部のためにしかならないことをしているようにも見えます。そしてご存じの通り、あらゆる面で人道や美徳を公然と無私している。健全な行政や財政責任などおかまいなしです」。ネヴァレス氏は州の養子縁組制度を例に挙げた。テキサス州は十分な人数のケースワーカーを雇うすべを知らないため、養子に出された幼い子どもが――念のために言うと、彼らも一般市民だ――みすみす溺死したり撲殺されるケースが頻発している。「養子に出された子どもたちに関して言えば、本来中核にある道徳心に、州は目を背けています」。

「この件について、州知事は何のお咎めも受けてない。おそらくこの先もそうでしょう」とネヴァレス氏は続けた。「州知事が下した決断はどれも最悪ですが、非常に効果的でもあります――功を奏しています」。これまでのところ、イーグルパスでの対立でも効果を発揮しているようだ。テキサス州でのアボット州知事の支持率は過去最高に迫る勢いだ。在職期間を考えれば、たいしたものだ。とくに重要なのは、州知事が国境問題での対決姿勢によって、この10年基盤が揺らいでいた共和党の極右グループから支持を集めているという点だ。

国境問題に対する意見をアメリカ国民に尋ねれば、答えは十人十色だ。国境を警備するべきだという点ではみな一致している。だが北部ミシガン州ならまだしも、テキサス州の住民でさえも移民問題の核心や経緯に熟知しているとは限らない。移民保護収容所についても知らないのではないか。こうした問題は人々の話題には上らない。川を渡ろうとする人々の多くが、当局に身柄を寄せようとしていることも知られていないのではないか。ひと昔、ふた昔前まで国境は基本的に開放されていたことも、現在はかつてないほど厳重に閉ざされていることも知られていないだろう。こうした誤解が、アボット州知事やトランプ氏のような政治家に格好の舞台を作ってしまった。

イーグルパスでも誤解は生じている。この数年間、移民や亡命申請者が街にあふれ返った時期は、明らかに手に負えない状況だった。だが全体的に、イーグルパスから国境を越えようとする移民の数は、テキサス南部やカリフォルニア州やアリゾナ州の国境付近ほど多くない。時たま発生する危機や、時に威圧的な警備隊の姿が「サイコシス」的な雰囲気を生んでいるのだとネヴァレス氏は言う。住民は不満を募らせている。越境移民が急増すると、国境をつなぐ橋は閉鎖され、住民は仕事にも家族にも会えなくなるからだ。街の経済は橋に依存している。そのため「あいつらのせいだ」という発言が聞かれるようになるのだとネヴァレス氏は言う。おそらく「縫合しようと救急病棟に行けば、20人の移民が中で待っているでしょう」。

そうした心情は州のあちこちで耳にする。すでに逼迫状態の公共サービスに移民が殺到しているという苦情。時にはもっと意地悪い声もある。とある政治集会で話を聞いた1人の男性は、老朽化した近隣の病院の酸夫人病棟を時折のぞき、有色人種の妊婦がどのぐらいいるかチェックしていると語った。これほど裕福な州で、近所の病院がなぜ老朽化しているのか疑問に思う代わりに、その男性は新参者と思しき人々を非難していた。

イーグルパスが他と違うのは、底辺にまで落ち、ときに助けを必要とする移民と頻繁に遭遇する点だ。「人間なので意地悪になることもあります」とネヴァレス氏。「だが個人レベルでは、移民に同情を寄せる人々も大勢います。みな自分たちのできる範囲で手を差し伸べています」。ある年のクリスマス・イブ、4人家族を含むホンジュラス移民の一行が川を越えてネヴァレス氏の牧場にたどり着いた。「我が家もちょうど食事のタイミングでした」とネヴァレス氏は振り返る。「なので一緒に夕食に誘いました」。

「義母や妹が死んで以来、最高のクリスマスでした」とネヴァレス氏は語る。移民たちは身の毛もよだつような恐ろしい旅の末、なんとか越境し、しかるべき場所にしかるべきタイミングでたどり着いたのだ。「お嬢さんは4~5歳ぐらいで、クリスマスプレゼントをあげました」。もう1人の少女は10代だった。男性の中にはあまりにもやせ細っていたため、ネヴァレス氏の息子のおさがりの服がぴったりだったという者もいた。旅の途中で遭遇したトラウマの中には、すんなり語れるものもあれば、そうではないものもあった。空腹を満たし、服を与えられ、ようやく身の安全を確保できた移民たちは、最終的に国境警備隊までの道筋を教わった。

他にもまだある。さかのぼること数カ月前には、12歳の少女と8歳の少年に出くわした。2人の腕にはフロリダに住む親せきの電話番号が書き込まれていた。ネヴァレス氏は2人にハッピーミールを食べさせ、数日間連絡が取れずにいたという家族に電話をつないでやったそうだ。ここで同氏は言葉を切って、気持ちを落ち着かせた。一生忘れられない「電話口の声」だったそうだ。「子どもたちの前では泣くまいと思いました」。

移民にフェンスを切断されるのを防ぐためというのもあり、ネヴァレス氏は可能な限り手を差し伸べた。だが同氏もやはり嫌な思いを経験した。自宅にやってきた州職員から敷地内に有刺鉄線を張ってもいいかと尋ねられた際、同氏は承諾した。「人生最大の過ちでした」と本人は言う。有刺鉄線を張っても、越境は止まなかった。有刺鉄線が張られたのは木曜日だったという。日曜に牧場へ行くと、「2歳児を連れた17歳の少女」に出くわした。「少女は身重でした。全身切り傷だらけでしたが、なんとか有刺鉄線を潜り抜けてきたんです。その時、無意味だったことに気が付きました」。

出来ることなら鉄線を撤去したい。だが州は撤去しないだろう。「州のやりたいようにやらせたなんて、頭がどうかしてたに違いありません」。遅ればせながら、牧場のフェンスを移民に切断されるよりも最悪の事態があることに気が付いた――自分は命にかかわるけがを負わせる片棒を担いでしまったのだ。突き詰めて言えば、我々もみな同罪だ。

国境警備隊はしばしば移民のことを「トンク(tonk)」と呼ぶ。この単語が使われて久しいが、由来についてはいまいちはっきりしない。「生まれた国をさすらう人々(traveler outside native country)」の頭文字を取ったという説もあるが、最近になってHuffPostでは「この言葉を使う人々の間でよく聞かれる共通認識」として「移民の頭を頑丈な懐中電灯や警棒で殴った時の音から来た蔑称」と説明されている。当局は再三にわたってこうした物言いの取締りを行っているが、効果はない。

ある意味、こうした蔑称は順応性と保護の役目も果たしている。国から命じられた仕事をこなすには、移民を1人の人間として見なす余裕はない。HuffPostが入手した文書には、アルミ合金の懐中電灯で「ネズミの大群」に対処したという職員の発言が記載されているが、こうしたジョークが長年横行していることが伺える。こうした慣習は、トランプ政権時代のように、再会の保証もないのに子どもと保護者を引き離せという新任上司の命令を遂行する上での心構えとしては有効だ。

アボット州知事が州警察を国境に送り込んだ際、現地に派遣された職員は職務訓練をろくにうけていなかった。州知事の指示で、彼らは河川の警備警備の対策を講じ、より凄惨かつ非人道的な職務に就かされた。そうして自殺の第一波が始まった。州史上もっとも過酷な王書に見舞われた昨年の夏、州警察の1人が内部告発した。上司に宛てた報告書には、鉄条網の罠を川岸に仕掛けろという指示を受け、「自分たちは人の道を踏み外してしまった」と書かれていた。

ヒューストンクロニクル紙が入手したメールの中で、その警察官はこう書いている。「先月末、流産した妊婦が有刺鉄線に引っかかり、痛みでうずくまっている状態で発見された。4歳の少女は有刺鉄線を潜り抜けようとしたが、テキサス州兵から押し戻され、熱射病になって気を失った。10代の若者は鉄線を回避して川を渡ろうとしたが足を骨折し、父親が背負わなければならなかった」。州知事の一派が運営と人事を担当する公安保安部は、この報告書に対してのらりくらりと反応した――そして翌年、さらに警備を強化した。

ここ数年は数カ月おきに川での恐ろしいニュースが伝えられ、最悪の状況に達した感もある――ついに責任者が引責するかとも思われたが、事態はますますエスカレートし続けている。

先日州知事は極右系ラジオ番組に出演し、他にどんな国境対策があるかと質問された。「まだ手を付けていないのは、国境を越えようとする人々に発砲することだけだ」とアボット州知事は答えた。「理由はもちろん、バイデン政権から殺人罪で起訴されてしまうからだ」。すんなり回答が出てきたことからも、州知事がそれなりに本気で検討していたことが伺える。

先ごろテキサス州司法長官を務める共和党のケン・パクストン氏は(証券詐欺で10年間書類送検されていたが、最近になって共和党が過半数を占める下院から弾劾された)、エルパソにあるカトリック系慈善団体を閉鎖する計画を発表した。「受胎告知の家」と名付けられたこの団体は、合法的に国境を越えた移民への救済活動を行っている。

テキサス州の政治組織が束になって移民を――さらには移民に同情の念を寄せる人々をも追い出そうとしている。これにはすべて前振りがある。トランプ陣営は再選後の移民政策として、共和党寄りの州の州兵を総動員して移民の一括強制送還を行うつもりだ。アボット氏はもろ手を挙げて感謝することだろう。

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ある日の午後、国境を越えてピエドラス・ネグラスへ向かった。ここにはカトリックの教えにのっとって運営する移民用のシェルターがあり、意を決して川に飛び込もうとする移民たちの疲れを労っていた。ネヴァレス氏から聞いた話だと、数カ月前に移民が大量流入した際にはごった返していたそうだが、電話をかけてもメールを送ってもシェルターとは連絡がつかなかった。建物は閉鎖され、街角には人っ子一人見当たらなかった。

最近ではイーグルパス近郊で越境する移民の数はめっきり減った。メキシコ側で担当替えがあったのだ。メキシコ人兵がアメリカ側を向いて、川岸に配属されている。街に向かう道中には検問所が敷かれ、メキシコの治安当局がシェルビー公園へ向うと思われる人間の頭を誰彼構わず殴っていた。その理由はメキシコ政府のみぞ知る。バイデン政権の圧力で、アボット州知事の息の根がかかった地域から移民を遠ざけろと言われているのかもしれない。あるいは商売の邪魔をしたくないだけかもしれない。コアウイラ周辺には世界最大のビール醸造所があり、アメリカ人のためにコロナをせっせと製造している。ビールの流れを止めるわけにはいかない。

アボット州知事は自分の手柄だと豪語しているが、それはお慰みでしかない。州知事にしてみれば、移民は流入し続けてもらわないと困る――アメリカ人をぞっとさせ、恐怖におびえる人々の間で自分の株を上げるような映像が必要なのだ。移民の不幸は、州知事の政治活動を回す潤滑油だ。移民をシェルビー公園から遠ざけたがために、密かに移民の妨害行為に遭っているというわけだ。だが同時に、州知事はさらにばかげた大芝居を打ちに出るだろう――大統領選が本格化しているとなれば、なおさらだ。

州知事が文明と無政府状態の激戦地と呼ぶシェルビー公園に関しては、皮肉な点が2つある。1つは公園が不法移民――それもアメリカ人の不法移民にちなんで名づけられたという点だ。ジョセフ・シェルビー将軍は南北戦争で南軍連合が敗北すると、北軍に降伏する代わりに南下して軍旗をリオ・グランデに沈め、生き残った数人の兵士とともに泳いでメキシコを渡った後、現地から連合政府に奉仕したが、やがてお払い箱となった。

2つ目は、川の向こう側にはシェルビー公園のちょうど真向かいに、アメフトのスタジアムがあることだ。小さなテキサスの高校で見かけるようなスタジアムだが、こちらのほうがずっとにぎやかで、鮮やかな青と黄色で彩られている。ネヴァレス氏の息子もここでプレイし、父親も毎晩コーチ役を買って出ている(テイラー・スウィフト効果で、子どもたちはみなタイトエンド志望だそうだ)。

ネヴァレス氏とともに川岸まで歩いていく。有刺鉄線の列が続いている。テキサス州はシェルビー公園の安全確保のために大金をはたいた。だがそれでもなお、そこら中に鉄線を張り巡らせてもなお、移民が到達できる場所はある――それも十分に。「こちらにたどり着くために、こんなにも大変な目に遭わなくちゃならないなんて」とネヴァレス氏。「それでも人は国境を越えようとする。いつの世もそうです」。

国境をつなぐ橋のたもとにあるピエドラス・ネグラスの広場は整備され、安全だ。ちょうどバレンタインデーの飾りつけがしてある。近くにある年季の入った美しいカトリック教会では、牧師が老若男女の信者に灰の水曜日の印を施していた。鐘がアヴェ・マリアを奏でる。国境を越えて自由の国へ戻る前に、橋の欄干へと向かった。川のこちら側、左の方では温かい日差しの下、ネヴァレス氏率いるチームが練習を始めている。川の向こう側、有刺鉄線の列の向こうでは、陰になったシェルビー公園が冷徹で重苦しく立っていた。

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