伊藤園は、3月14日に「第9回 伊藤園ウェルネスフォーラム」を開催した。「人生120年時代を豊かに生きる イートロスとは何か?」をテーマに開催された様子をレポートする。
「イートロス」とは?
東京大学大学院医学系研究科 外科学専攻 感覚・運動機能医学講座 口腔顎顔面外科学分野 星 和人教授からは、「誰しもおちいるイートロス」をテーマに基調講演が行われた。
「イートロス」とは、『食べられない状態が続くこと』を指す。健康寿命の延伸のためにも、イートロスの予防は重要視されている。「『タンパク質をはじめとする栄養を取ると長生きする』という論文や『咀嚼は脳血流を上げる』という論文もあるように、食べることは生きることにとって重要です」と星氏は語る。
食べるということは食材の確保や調理、食欲、咀嚼から排泄まで様々な過程を経ており、いずれに問題があってもイートロスに陥る可能性があるという。生活や寿命にも栄養を及ぼす可能性もあり、2040年には600万人がイートロスになるという調査結果もあるそうだ。
「イートロスは口の中の問題、からだ全体の問題、心や社会の問題など様々な原因で起こります。患者、家族、医療、企業、社会など、みなで取り組むべき課題であり、できることから始めましょう。食べることは幸せなことです。食べることをしっかり守っていかなければならないと考えています」と締めくくった。
また、東京大学大学院医学系研究科 加齢医学講座 老年病学 小川 純人准教授の基調講演では、「イートロスにも関連するフレイル・サルコペニアの現状と対策」が行われた。
「加齢に伴って予備能力が低下し、ストレスに対する回復力が低下した状態を『フレイル』と呼びます。意図しない体重減少や筋力の低下、疲労感、歩行速度の低下、身体活動の低下といったものが挙げられますが、身体的なフレイルだけでなく、うつや認知機能障害といった精神・心理的フレイル、独居や経済的困窮といった社会的フレイルも関わります。また身体的フレイルではサルコペニア(加齢性筋肉減弱)も課題とされています」と小川氏。
フレイルとサルコペニアの予防対策の柱は、運動・栄養・社会参加の3つだという。「人とのつながりを作ることや、自分でお茶を淹れたり飲んだりすることはもちろん、人と分かち合うことも大切です」。
また東京大学大学院医学系研究科 イートロス医学講座 米永 一理特任准教授は「イートロスの原因と影響」について講演した。
「『食べる』ことは様々な要因が絡んでいますが、なかでも咀嚼・姿勢・呼吸状態が強く関係します。特に口腔機能の低下"オーラルフレイル"はフレイル、サルコペニア、さらに要介護状態、死亡の発生にも関連していますが、介入により改善することもできます」。また口腔機能のなかでも、加齢とともに低下する「舌圧」の重要性も説いた。
そしてイートロスの解決のためには、医療職が連携する多職種連携の先にある、医療と市民・市場・市政と連携する『医市連携』が重要だと米永氏は発表。「現在企業では、SDGs社会における健康経営が課題となっており、『食べる」領域でもイノベーションが起こり始めています。医療職からも医市連携に介入し、健康長寿で幸福社会の実現に貢献していきたい」とまとめた。なお星教授、米永特任准教授は、伊藤園と共同研究の成果として、日本摂食嚥下リハビリテーション学会分類2021の「薄いとろみ」に準拠させたとろみ付き緑茶も上市している。
そして東京大学大学院医学系研究科 渡辺 林治特任講師は、「イートロス克服に向けた、サステナビリティ視点の健康経営」について講演が行われた。
「職場における社員の健康とやる気をサポートする『健康経営』は、いきいきと働けるだけでなく、若手や女性の採用・登用・離職防止、そしてサステナブルな会社の発展や社会的な信用・評判にも繋がります」と渡辺氏。
渡辺氏をはじめとしたグループが実施したアンケート調査によると、「こころの健康」のなかでも「生き生きと働く」ことには、栄養知識を持つことやバランスの良い食事が影響することがわかったという。一方で「ストレス」と相関が強いことの項目には、「忙しすぎて歯科に通院できない」ことが関わっていることも見えてきた。
渡辺氏は、サステナビリティ視点の健康経営を進めるにあたり、職場において『お口と心の健康を大切にしよう』ということを提唱。歯科受信の促進やバランスの良い食事習慣、食事を作る能力、歯を磨くといった健康投資を職場で働いている頃から習慣化することで、健康長寿社会の実現にもつながっていくという。「実は会社の責任としてあるのではないか、このことを多くの企業経営者の方に知っていただきたいなと考えています」と締めくくった。
究極の健康課題とイートロス対策
後半では基調講演を行った星氏、小川氏、米永氏、渡辺氏に加え、伊藤園 中央研究所長 瀧原 孝宣氏、三菱総合研究所 ヘルスケア事業本部 主席研究員 大橋 毅夫氏を迎えて「究極の健康課題とイートロス対策」をテーマにパネルディスカッションも行われた。
イートロスが現代社会に及ぼす影響について星氏は「イートロスは死亡リスクが上がるため、医療に対する圧迫が起こります。また幸せに生活したいという方々の思いを阻害することになりかねません。社会や経済活動、また本人や家族への影響も多いため、解決しなければいけない課題だと考えています」。
イートロスへの取り組みに対して、米永氏も意見を寄せた。「社会活動に関わることを、医療職が関わりながら健康に資することを発信していきたい。日本は高い医療技術、経済活動、農林水産業を含めた"食"という文化があります。これは世界に発信できる文化、ひとつの産業になります。国力を上げるためにも取り組みを進めることが必要だと考えています」。
今後の大きな課題となっているイートロスだが、どのように対策すればよいのだろうか。これについて小川氏は、「低栄養や食生活を今一度見直してほしい。おなじものばかりを食べる"ばっかり食べ"は避けて、バランスの良い食生活を送ってほしいですね。食べる内容だけでなく誰と食べるか、褒めたり褒められたり、喜びを分かちあうことも大事だと考えています」と提案。最後に今後の社会的な流れについて、渡辺氏は「地域の人々の食事は、スーパーマーケットや小売業の方が支え、さらにメーカー、農林水産業の方が関わっています。そのなかで、2023年は消費者行動にもSDGsの動きが出てきました。人々の動きがちょっとずつ変わってきていますが、今後加速していく流れになると思いますし、流れに遅れる企業は長期的な発展は難しいのではないでしょうか」と意見を述べた。
また、今年1月に起きた能登半島地震では、避難所生活での口腔ケアも課題になった。伊藤園では震災直後にとろみ付き緑茶飲料を被災地に届けている。伊藤園・瀧原氏は「被災地に届けた際、避難所では日常でやっていたとろみ付けができない状況であることに気づきました。より良い形で介護が必要な方々に向けて製品を開発していかなければならないなと感じています」と振り返った。
フォーラムの締めくくりとして、大橋氏から講演とパネルディスカッションの内容をまとめた5つの項目も挙げられた。イートロスへの対策として、「よく噛んで食べて、食事量と体重を維持しよう」「『ばっかり食べ』をやめて、いろいろ食べて褒めあおう」「呼吸を整えて、良い姿勢で食事をしよう」「歯科検診から始まるウェルビーイング」「あなたに合ったお茶とともに、食べられる幸せな時間を」を意識して生活していきたい。