秋田県は2月3日、AKATSUKIプロジェクト採択事業として行われた「秋田 若手人材発掘・育成イノベーションプログラム」の最終成果発表会を開催した。地域課題の解決と若手人材・起業家にかける想いを、秋田大学、NTT東日本、NTT DX パートナーに伺った。
「AKATSUKIプロジェクト」とは?
経済産業省が行っている「未踏的な地方の若手人材発掘育成支援事業費補助金」、通称「AKATSUKIプロジェクト」。これは、IT分野を中心に優れたアイデアや技術を持つ地方の若い人材を発掘・育成するために、全国各地の補助事業者が人材発掘・育成プログラムを展開する事業だ。
秋田県はこのAKATSUKIプロジェクトを活用し、2023年10月9日から2024年2月3日にかけて「秋田 若手人材発掘・育成イノベーションプログラム」を開催した。秋田県内外の14団体が協賛しており、期待度の高さが伺える。
同プログラムの中心となった秋田大学、NTT東日本 秋田支店、NTT DX パートナーに、秋田県内の人材育成や活性化に向けた展望を伺ってみたい。
スタートアップを志す土壌を作る
「秋田 若手人材発掘・育成イノベーションプログラム」開催のきっかけとなったのは、2023年3月9日、秋田市で開催された「第8回 科学技術フォーラム」だ。
秋田大学 教授である景山陽一氏と、NTT東日本 秋田支店 支店長である澤村誉氏はともに秋田大学出身であり、もともと親交があった。景山氏が澤村氏に科学技術フォーラムのゲストスピーカーを打診したところ、NTT DX パートナー 片岡直之氏が登壇することになり、3人に信頼関係が生まれる。
「科学技術フォーラムで片岡さんに事例を紹介していただきまして、『こういうのを秋田県でも実施して、想いがあってもなかなか踏み出せない秋田の若い人たちの背中を押したいよね』『スタートアップに挑戦する機運を高めたいよね』というのが3人の共通の思いだと分かりました。そこから、AKATSUKIプロジェクトに申請する流れになりましたね」(秋田大学 景山氏)
日本全体で人口減少と高齢化が進む中、秋田県はその課題の最前線に立っている。人口減少率は10年にわたって全国ワースト一位を記録しており、昨年の人口推計において15歳未満の占める割合は9.3%まで減少した。
一方で、秋田県は広大な農地、再生可能エネルギー、豊かな森林という資源に恵まれており、産業振興の可能性を秘めた地域でもある。また公立の小・中学生の学力は長く全国上位にあり、人材面でも潜在的な能力は高い。
だが、秋田県において起業した創業者と触れあえる機会は少ない。企業も学生との接点を持ちたいが、その機会がなかなか作れない。さまざまなスキルを持った人たちはいても、相互に連携して取り組んでいくことができていなかった。
「小・中学生の学力は高いのですから、しっかりとした教育の準備をすれば、高校や大学、そして社会でも能力を伸ばせるのではないかと私どもは考えました。しかし会社の中だけで取り組みを行っても、会社内の業務で目線が固まってしまいます。NTT東日本としても、当社の社員が若い方と交わりながら切磋琢磨する場を設けたいと思っていました」(NTT東日本 澤村氏)
ここに、他の地域でも産学官金でプログラムを運営してきた知見とノウハウを持つNTT DX パートナーが合流したことで、「秋田 若手人材発掘・育成イノベーションプログラム」がスタートしたわけだ。
地方の課題に直結したアイデアが集まった最終成果発表会
2月3日、この「秋田 若手人材発掘・育成イノベーションプログラム」の最終成果発表会が行われた。参加したのは計8グループ14名。それぞれが移住や幸福度向上、高齢化対策といった秋田県の課題を題材としたビジネスモデルを報告した。当日はWeb中継も行われ、Slackの専用チャンネルで自由なコメントを寄せることもできた。
AKATSUKIプロジェクトは経産省の事業であり、採択までの期間の関係から卒論の時期と重なってしまったが、どのビジネスモデルも一聴の価値があり、地場に根ざしたフィールドワークから導き出されたアイデアに来場者は興味津々だった。一方でアイデアを現実に落とし込むためのハードルは決して低くなく、主催者を中心とした審査員からはスタートアップに向けてさまざまな質問が投げかけられた。
厳正な審査の結果、最終的に最優秀賞に輝いたのは「ガクチカを可視化するプラットフォーム『Eventi』」。秋田県における活動的な学生の就職活動における自己PRの難しさという課題に対し、自身のイベント参加実績を証明するアプリとして提案された。
またチャレンジ枠からは「医学教育 次世代型e-learningシステム『MEBAE』」が優秀賞に選出された。これは医学教育における質のムラや属人性の解決を目指したものだ。
それぞれのグループには賞金20万円が贈呈され、これから起業に向けて産官学金の県内団体共同体がメンターとして起業人材の指導・助言にあたる予定となっている。
企業にとって大切なのは地域社会に受け入れられること
秋田大学の景山氏は、今回のプロジェクトを振り返り「超スマート社会とかSociety 5.0とかキャッチーな言葉はいろいろあるんですけれども、これらはすべて『人間中心の社会をどう作るか』という話ですよね。そういう時代を作るためには一分野に留まらずに、多種多様な分野の人との連携が必要です。今回のプロジェクトは、これに対するひとつの解決方法っていうのが示せたんじゃないかなと思います」と話した。
一方で景山氏は「参画する人を増やすのはもちろんのこと、デジタル技術を地域の活性化や問題解決にどう繋げていくかは、今後さらに考えていかなければならないと思います」と、プロジェクト全体の動かし方についてはまだ課題はあると言及する。
これに対してNTT東日本の澤村氏は「今回参加された方の中から1社でも2社でも起業家が生まれて欲しいですね。そして来年度以降参加される方たちとの繋がりを作りつつ、地域社会のなかで切磋琢磨していく土壌を作りたいと思います」と展望を述べる。
「実は企業にとって大切なのは、地域社会に受け入れられること、応援してくれる人を増やすことなんです。NTT東日本ではこういったプロジェクトを他の地域、例えば新潟などでも行っていて、そういう連携によってコミュニティを大きくしていくことはできると思っています」(NTT東日本 澤村氏)
このコミュニティ形成を主業としているのがNTT DX パートナーだ。地域におけるファイナンスの支援やフィールドワーク、実際に人と人を繋ぐ支援は地域に根ざした企業でなければできないが、NTT DX パートナーはデジタル上でコミュニティを作って繋げたり、各地域ごとのローカルイノベーターたちを繋げる活動を行っているという。
NTT DX パートナーの長谷部氏は「今回のプロジェクトには『秋田の課題をなんとかしたい』という強い思いを持った若者たちが参画してくれました。大きな可能性を感じましたし、他の地域で感じていたことの再確認にもなりました」と、その手応えについて言及する。
「今回のプログラムによって、プログラム開発は一定程度完成し、人材育成もできるようになりました。この後、どう継続的に支援できるかが課題になります。支援の仕方はステージによって変わりますが、共通して必要なのは伴走支援です。地域の活動に参加したメンバーがつながり続け、コミュニティの層が厚くなっていくようにしたい思います」(NTT DX パートナー 長谷部氏)
若手人材の発掘と育成を今回限りにしない
NTT東日本の澤村氏は、「AKATSUKIプロジェクトはあくまで一要素であって、これに付随して伴走支援を普通の形にしていかなければならないと思っています」と話す。
2月16日、秋田大学とNTT東日本 秋田支店は、地域活性に向けたデジタル人材の発掘と育成を目的とした産学連携に関する協定を締結した。この連携協定には「若手人材発掘・育成の取り組みを単発で終わらせないようにしたい」という思いがあるという。
また、秋田大学は現在、後進に向けて道を示すアントレプレナーシップ教育への取り組みも進めている。
「社会環境は急激に変化するものです。ですから“変化する”ということを前提とした上で『今まで作れなかったものをデジタル技術を使って作る』という気持ちを持って、今後本学も動いていきます」(秋田大学 景山氏)
大都市圏と比較すると、地方での起業はやはり難しい。スタートアップを志すにも、同じ志を持った人や投資家を集めるにも母数が多い方が有利だからだ。だからこそ、秋田大学、NTT東日本 秋田支店、NTT DX パートナーは地方におけるコミュニティの形成に注力している。
日本の社会課題に真っ先に直面するのは地方だ。課題解決に向けた先進的なアイデアがここから生まれることに期待したい。