インフレの今こそ注目したい自給農

インフレが止まりません。ここ数年は、コロナ禍による深刻な原材料の供給不足などよって世界的なインフレが起こりました。その後の利上げにより一時の急激なインフレは沈静化したものの、依然として物価上昇が続いており、今後もこのトレンドはしばらく続きそうです。

そこで注目したいのが「自給農」です。自分の手で安価に野菜を育てることができれば、インフレを気にする必要はありません。趣味にすれば遊興費の削減にもつながり、思わぬ副収入までもたらしてくれるかもしれません。この春はぜひ物価高騰対策のためにも自給農にチャレンジしてみて欲しいと思います。

今後も食料品の値上がりは続いていきそうな状況。生活防衛策として自給農に取り組んでみるのも有効な選択肢となりそうだ

僕はフリーライターとして活動しながら、20年ほど前から自給農に取り組んでいます。のちにビジネスとして本格的に農業を始めることになりましたが、今でも並行して自分たちが食べる野菜の多くを栽培しています。

自給自足のメリットは「圧倒的に効率がいいこと」。自給自足の場合、僕たちの働いた分が、そのまま労働の対価(=収穫物など)として返ってきます。もちろん、多少の費用や手間はかかりますが、それは正直微々たるもの。野菜を手に入れたいなら、たくさん税金を差し引かれた給料で、いろんなコストが上乗せされた野菜を購入するより、自分の労働力を直接野菜づくりに振り向けたほうが圧倒的に無駄がなく、効率的がいいといえます。

野菜を作った経験がない人の中には「それでもプロの農家にはかなわないよね……」と反論したくなる人もいると思います。でも、実は単にやり方を知らないだけで、意外と簡単に栽培できるものが多いのです。しかも、ほとんど無農薬で。

プロの農家は、簡単に野菜が作れる「旬の時期」を外した方が利益が大きくなります。市場に野菜が少ない時期であれば、高い価格で販売できるわけですから。そこで、利益を上げるためのテクニックをいろいろと駆使することになります。でも、素人の家庭菜園はそんな余計なことは必要ありません。プロの農家と遜色ないようなおいしい旬の野菜を、たくさん作ることだって十分可能なのです。

特に有機栽培は人件費がかかりやすく価格が高くなりがち。有機野菜を定期購入している人は自給農のメリットをより感じやすいはずだ

自給自足に向く野菜を選ぶことが大事

僕は、自分たちが食べる野菜を作ることは「かなり簡単だ」と思っています。スーパーの棚に並んでいる野菜をすべて栽培するのは不可能ですが、それぞれの野菜の旬を見極め、作りやすい時期と品種さえ選べば、それほど難しい技術はいりません。冷静に考えてみたら、少し前の日本では、自分が食べる野菜を自分で作るのが当たり前でした。田舎にいけば、自宅用の野菜を作ることは、今でも日常の営みだったりします。

ただ、若い世代が自給自足に取り組む時は、ちょっと注意した方がいいことがあります。それは、一般的な家庭菜園は「時間に余裕がある高齢者がメインターゲットになっている」ということです。

どういうことか。多くの人にとって家庭菜園は生きる糧というよりも、あくまで趣味。特に「年金暮らしの人の余暇活動」という色彩が強いからです。そのため、市販の家庭菜園ガイドを購入し、その通りに資材を購入し、たっぷり手間暇をかけて育てると、時間やコストをかけすぎることになる。「スーパーで購入した方が全然安いじゃん!」という事態になりがちなのです。

世の中の家庭菜園に関する情報は、おおむね「お年寄りの余暇向けにチューニングしてある」と考えてください。そのため、あなたが目指す自給農向けにカスタマイズする必要があります。無駄をそぎ落とし、より効率的に食べるものを確保できるようにブラッシュアップする視点が大切です。

なかでも大事なのが、自給自足に向く野菜、向かない野菜を見極め、向いている野菜のみにフォーカスすること。以下、具体例を挙げながら解説してみたいと思います。

自給自足に向いている野菜5選

ミニトマト

夏野菜の定番であるミニトマトは、自給自足にぴったりの作物です。ゴールデンウィークあたりに苗を植えれば、夏の間、毎日のように収穫を楽しめます。生で食べてもいいし、煮込んだりしてもいい。食材として何かと重宝するのがうれしいところです。苗はせいぜい高くて200~300円程度ですが、食べきれないくらいの量を収穫できます。

大事なのは「ミニ」であること。大玉トマトの場合、玉が割れたり、腐ったりすることが多く、栽培の難易度が上がります。その分手間がかかるので、自給農向きとはいえません。

以前、トマト農家を視察した際、「プロのトマト農家なら大玉を作ってなんぼ!」みたいな話を聞いたことがあります。裏を返せば、大玉の栽培はそれだけ難しいということ。素人はミニトマトに特化するのが賢明です。

ミニトマトの栽培には「芽かき」という作業があります。茎から伸びてきた新芽を取り除く作業ですが、この芽を長めに伸ばして切り、地面に植えると根が生えてきて、新しいミニトマトの株へと成長します。どんどん株を増やして大量に収穫できるのもミニトマトの魅力の一つです。

夏野菜のおすすめはミニトマトなど。1株から何度も収穫を楽しめる果菜類(実物野菜)を中心に選ぶのがコツだ

ジャガイモ

家庭菜園の定番であるジャガイモも、自給農に向く野菜の一つです。最初は種イモを購入して栽培することになりますが、それ以降は収穫したイモの一部を保存し、来年の種イモとして利用できます。

実際に栽培してみると分かりますが、うまくいけば1個から10個ほどのイモが収穫できることも珍しくありません。害虫による被害なども少なく、数回土寄せする程度で管理も非常に楽。ほとんど手間をかけずに栽培することが可能です。

採れたてのジャガイモは、市販のものにはないおいしさがあり、さまざまな料理に使えるのも大きなポイントです。貯蔵がしやすいところも自給農に向いているといえるでしょう。

育てやすく貯蔵もできるジャガイモは自給農におすすめ

ネギ

いろいろな料理に使えるという点で、ネギも重宝する自給農向きの野菜の一つです。僕の畑では、根深ネギと葉ネギの中間的な性質を持ち、分けつしやすい品種を選んでいます。

緑の部分も、白い部分も、両方食べられる品種を選んでおけば、刻みネギとして薬味に使ったり、白ネギとして鍋や汁物の料理に入れたりと、二刀流で大活躍してくれます。

日頃の管理もかなり楽です。害虫がつくような心配も少ないですし、分けつする品種なら、ある程度収穫した段階で数本残して土寄せをしておけば、再び分けつして勝手に増えていきます。料理の際に切り落とした根の部分を畑に戻せば、そこからもネギが伸びてきます。手間なく無限に増殖していくところがネギの魅力ですね。

ネギは育てやすく使いやすい品種を選ぶのがおすすめ(画像はイメージ)

イチゴ

イチゴもぜひ自給農で取り組みたい野菜です。スーパーなどではかなり高値で販売されていますが、見た目にそこまでこだわらなければ、栽培自体はそれほど難しくはありません。

一番の特徴は、ランナーがどんどんと出てくること。ランナーとは、親株から出てくるツルのような茎のことで、このランナーの先に子株ができて株が増えていきます。コツさえつかめばそれほど手間を掛けずに株が増えていき、数年後には一度で食べきれないほどのイチゴが収穫できるようになります。

特に有機栽培や無農薬にこだわっている人は、相当な高値でないと手に入らないと思いますので、自給農のメリットも大きいはず。ぜひ無農薬栽培にトライしてみて欲しいです。

自給農のメリットが大きいイチゴにはぜひ挑戦を!(画像はイメージ)

スナップエンドウ

コスパの面でいうと、スナップエンドウもぜひ栽培してみたい自給農向きの野菜の一つですね。冬をうまく越すにはちょっとコツがいりますが、うまく栽培できれば、2~3株で食べきれないほどの量を収穫できます。さっとゆでてサラダに加えてもいいですし、炒めモノなどにも重宝します。独特の甘味があっておいしいですよ!

冬から春先にかけてが栽培時期になるため、キュウリネットでツルを誘引して栽培した後、夏野菜のキュウリへとリレーしていけば、そのままネットを活用できてとても効率的です。手間をかけないという点で、この組み合わせをぜひ試してみて欲しいです。

コスパのよいスナップエンドウ(画像はイメージ)

葉物野菜全般は自給自足に向きにくい

基本的に葉物野菜は自給農には向きません。キャベツや白菜を育ててみると分かりますが、スーパーで見るような丸い形にするのは大変で、なおかつ大量の虫に食われて葉がボロボロになることがほとんど。農薬を使わないで栽培するのは相当難易度が高いです。特に春から夏にかけては虫にやられてしまうリスクが高く、農薬散布の費用・コストを考えたらスーパーで購入する方がいいと思います。

もし葉物野菜を育てるなら、レタスや水菜など、比較的虫がつきにくい作物を選ぶのがいいでしょう。こちらであれば、害虫に多少やられることはあっても、食べられなくなるほどの被害が出ることは少ないと思います。

大切なのは「既成概念にとらわれないこと」

最後に「自給農」を始める人に、僕が考える「最も大事なこと」をお教えします。それは「既成概念にとらわれないこと」です。

最初のうちはスーパーに並んでいる野菜との違いに戸惑うことが多いと思います。僕が初めて作った白菜は、単なる菜っ葉。スーパーで見かける「球状の白菜」とは全く違う代物でした。小松菜には、たくさんの虫が付きました。せっせと育てたニンジンや大根は、ひょろひょろだったり、二股に分かれていたり。いつも見ている野菜たちとは全然違った姿をしていました。ただ、食べてみると、普通に野菜の味がします。見た目はだいぶ違うけれど、確かに野菜です。そして、何年も栽培を続けるうちに「野菜というのはこういう見た目だ」という既成概念が徐々に塗り替えられていきました。

スーパーに並んでいる野菜たちは、運送時の手間などを省くため、規格に合わせることに主眼が置かれて栽培されています。不ぞろいでは成立しません。選果場できれいに選別し、形やサイズを整えて出荷される。私たちはこうして選ばれた野菜を「普通の野菜」として見ているわけです。だから、家庭菜園を始めてみると、不ぞろいなことにきっと驚くはず。でも、あなたがそう思うのは、単に既成概念にとらわれているからです。

栽培技術を磨くことも大事ですが、それより大切なのは「60~70点で大丈夫」とおおらかに考えること。それが自給農を成功に導く一番の秘訣(ひけつ)だと思います。

スーパーに並ぶ野菜はキレイなものばかり。既成概念にとらわれず「ほどほどでOK」を思えるようになれば自給農も取り組みやすくなる