3月3日、東京都庁から東京駅のコースで行われた東京マラソン・車いすの部。男子は日本記録保持者の鈴木朋樹が1時間23分05秒の好記録で2度目の優勝を果たした。
「正直、めちゃくちゃキツかったです」
両手でガッツポーズしながらゴールテープを切ると、安堵の表情を浮かべた。
圧巻のV
鈴木は、18km過ぎまで併走していたダニエル・ロマンチュク(アメリカ)に1分半以上の差をつけて折り返し、最終的に5分以上離して42.195kmを走り終えた。
「とにかく今回は、ダニエル選手としかけ合いをした前半がめちゃくちゃキツかった。浅草(18km過ぎ)ぐらいから1人で走る展開になって、そこからは自分との戦いでした」
今大会はパリ2024オリンピックの日本代表選手選考に注目が集まった。その選手たちより5分先に車いすの部は都庁前をスタートした©TOKYO MARATHON FOUNDATION
タイムを出す大会
鈴木にとって今大会の目的は、勝負よりも、タイムを出すこと。独走態勢になっても、その目標がブレることはなかった。
「誰かが一緒にいたほうが確実にタイム(の目標)を達成できるかなとは思う。でも(世界記録保持者で絶対王者のマルセル・フグが今回は不在で)自分との戦いになることはわかっていたので」
事前記者会見で目標として掲げていた1時間21分には届かなかった。だが、1時間23分台は、現時点でパリ2024パラリンピックの選考基準になるランキングにおいて絶対王者に次ぐタイムだ。
車いすマラソンにおけるパリの出場枠は昨年12月、マラソンの世界選手権中止が発表されたことで、2024年6月時点でハイパフォーマンスランキングの高い選手に与えられることになった。鈴木は、昨年11月にマークした大分国際車いすマラソンの1分23秒58よりもさらにタイムを縮め、ランキング2位に浮上した。
シーズンは始まったばかりで楽観視できないものの、鈴木にとって2度目となるパラリンピック出場に向けて弾みとなる大会になった。
東京駅丸の内駅舎を背に、単独でフィニッシュラインに向かう鈴木photo by Asuka Senaga
トレーニング環境を変えるチャレンジ
マラソンとトラックの二刀流で取り組む。2021年の東京パラリンピックは4×100mユニバーサルリレーで銅メダルを獲得したが、マラソン(車いす・T54)は7位に終わり、現在はマラソンをメインとしている。トラックよりもマラソンのほうがパリのメダルに近いと考えているからだ。それゆえ、昨年7月にパリで開催されたパリ2023世界パラ陸上競技選手権大会では、日程未定だったマラソンの世界選手権に備え、出場種目を考慮。800mと1500mに出場したが、万全なコンディションで挑むことが難しく、結果も2種目ともに予選落ちと振るわなかった。
「(絶対王者であり、オールラウンダーの)マルセルの走りを見て、ちょっと次元が違う、高いところに目標を設定していた(ことに気づいた)。何のキャンプ地もない状態でヒマラヤに上ろうとしていたと思います」
「原点に帰ろう」と誓って帰国した鈴木は、ユニバーサルリレー日本代表コーチだった高野大樹氏を指導者として迎え、新たなトレーニングメニューを取り入れた。
高野氏といえば男子100mの山縣亮太、女子100m障害の寺田明日香、パラリンピアンでは片足義足のスプリンター・高桑早生のコーチ。車いすは専門外に思えるが「教わったことすべてが活きている。脇腹や背中の力をうまく使って漕げるようになった」と鈴木は振り返る。
そして、2月のトラックレースでは1500mで日本記録に当たる好タイムをたたき出し、自信を深めて今大会を迎えた。
気温は9.4度。湿度22%(車いすスタート時)。ビル風が吹く中でも、「メンタル的にもきつかったが、トレーニングはしてきた」。積み上げてきた自身のプロセスを自信に変えた。
「トレーニングを継続してやってきた成果かな」と語る姿は、たくましかった。
鈴木は自身を「評価できる」と語る一方、コースレコードを更新できなかった悔しさも残るだろう©TOKYO MARATHON FOUNDATION
パリではメダルを
集団を形成した序盤は、ロマンチュクに対して「何度もしかけることができた」と話し、手ごたえをつかんだ鈴木。
だが、パリでは記録ではなく、メダルが目標であり、「このしかけの数だけではパリでメダルを狙うためには足りない」と今夏の本番を見据えて語る。
石畳の難しい道も多くなるが「体幹を使って状態を安定させる技術を習得したい」。車いすマラソン日本のエース、鈴木の進化は止まらない。
表彰式ではメダルを胸に充実の表情を浮かべたphoto by Asuka Senaga
text by Asuka Senaga
key visual by AFLO SPORT