内航海運業界においても少子高齢化による“船員不足”は喫緊の課題。日本国内の物流を止めないためにも、早急な対策が求められている。そんななか、創業1929年の長い歴史を持つ広島・尾道市の向島ドックでは2022年7月に40代の若き代表取締役社長が誕生。社内改革に向けて大きく舵を切った。同社が目指している姿とは?

竣工したばかりのEV貨物船「むかいしま」の船上で、向島ドック社長の久野智寛氏に話を聞いてきた。

  • 向島ドック社長の久野智寛氏(左)に話を聞いた。写真は、向島ドックの浮ドックを背景に、若手社員の福浦機関長(右)とともに

■「むかいしま」の特徴

尾道は、言わずと知れた造船の町。近世から造船業が盛んに行われ、この町の発展に大きく寄与してきた。現在でも向島、因島の周辺には巨大な造船ドックを見ることができる。

  • 千光寺公園の展望台から見た尾道市街

向島ドックは、船舶の修繕に対応する「修繕事業部」をコア事業としながら、「フリート事業部」にて船舶の所有・管理も行っている。船主、オペレーターの視点を持つことで、船舶修繕の理解を深めることができるという。

さて筆者が取材に訪れたこの日、尾道西御所岸壁には向島ドックの新造船「むかいしま」が接岸。その内部を見学することができた。関係者は「リチウムイオン電池を用いた電気推進船は、内航商船では初」と説明する。

  • 内航貨物船「むかいしま」。総トン数は499トン、貨物積載重量は約1,500トン、全長は73.98m、定員数は8名、主機関は推進電動機360KW×2基

  • 尾道の岸壁に接岸した

「むかいしま」には、従来の貨物船のようなディーゼル主機(しゅき:船を推進させる主力の機関)を搭載せず、その代わりに大きな発電原動機を搭載している。案内役の担当者は「大型ジェネレーターエンジンを回し、推進電動機でプロペラを回します。余った電気は船内の設備に供給し、さらに残ったエネルギーをリチウムイオンバッテリーに蓄電しています。蓄電が100%に到達したところで発電機は自動で止まる仕組みで、それ以降はバッテリーのみの放電で(発電機を使わない)ゼロ・エミッションで推進します。これを交互に繰り返して航行するシステムです」と説明する。

  • 設備について紹介してもらう

  • 発電原動機は2台あるが、通常は1台の発電原動機のみで航行できる(1台は緊急用)

従来、船舶のエネルギーにはプロペラを回すための主機、電気を起こすための発電機が必要だった。これを1つの内燃機関に集約させることで、KW単価あたりの効率は劇的に改善し、省エネにもつながった。メンテナンスにも人手がかからなくなり、船員の労働時間も圧縮。先の担当者は「環境にも、船にも、人にも優しいシステム」と誇る。

  • エネルギー効率が劇的に改善した。船内は静かになり、機関長によれば「使い勝手も良い」とのこと

■「安定航行供給業」とは?

向島ドックでは、この「むかいしま」を造船所から引き渡した後も、自社の機関長を乗船させる考え。久野社長は「従来の枠組みを超えた取り組みです。乗船する機関長には貨物船の側に立ってもらいながらも、普通なら修繕ヤードが考えるべきところまでイメージした、安全な航行を心がけてもらいます」と説明する。

  • こちらはバッテリールーム。粉塵や油気のない、温度管理ができる部屋を用意している

「これまでの業務で、メカトラブル、機器のエラーなどにより企業が損失を被る数多くのケースを見てきました。大事故につながる危険も目の当たりにしています。恥ずかしながら、自社船においても過去にトラブルはありました。こういったトラブルを減らし、将来的には0にしていきたい」と担当者。久野社長も「故障を修理するのが修繕ヤードの仕事ですが、故障を起こさないような仕組み・設計を創造していけるのも、我々に託された重要な役割です。そのため現場の船員さんたちも迎い入れて、One向島ドックとして『安定航行供給業』を目指しています」と言葉に力を込める。

  • 配管の内部の腐食状態を逐次チェックできるようにするなど、修繕ヤードとして培ってきた知見を新造船の設計にも活かしている

いま向島ドックでは、この『安定航行供給業』の実現をテーマに掲げている。船舶修理業と内航海運業の両方から得たノウハウを融合し、船舶の航行を最適にマネジメントすることで、船員不足に対応し、省エネ、環境負荷低減、運航コストの低減、船員の労務環境の改善、居住環境の改善の実現を目指す。

  • こちらはブリッジ(操舵室)から見た景色

ブリッジにて船長にも話を聞いた。「直近では九州(響灘地区)から千葉県船橋市までの航行を予定しています。主に石膏などを運びます」と船長。操船には最新式のジョイスティックコントロールも用意されており「エンジン、舵、サイドスラスター(横方向の推進)の操作がこれ1本で済むので、安全性も高まるのではないでしょうか」と期待感を口にする。ちなみに船長は「むかいしま」の企画段階から向島ドックの建造チームに参加。オペレーター目線の貴重な意見が、この新造船の設計に反映されているという。

  • 制御システムと連動したジョイスティックコントロールにより安全性の向上をはかる

  • もちろん従来の設備も搭載している

■働きやすさ・採用について

まずは若手社員を代表して、福浦機関長に話を聞いた。現在、従事している仕事の楽しさについては「船に関する知識が増え、やれることが増えると気持ちも充実します。それ以外にも、いま社内で新しいプロジェクトがどんどんと立ち上がっており、それらに携わることが非常に新鮮で楽しいです。以前は船会社との間に壁があると感じていましたが、社内が改革され、壁がすべて取っ払われたという印象です」。

休暇は、何をして過ごすのだろうか。「たとえば3か月の乗船、2か月の休暇というような年間スケジュールが出ます。そのため『長期旅行に行くんじゃないか』とか、皆さん色いろと想像されると思うんですが、実のところ一般のお父さんとそれほど変わりません(笑)。もちろん下船の時期にあわせて家族旅行することもありますが、個人的には家が大好きなので、休暇は、ほぼほぼ家で過ごしています(笑)」。

  • 尾道水道を内航船が行き交う、のどかな午後のひととき

このあと久野社長には、採用に関しても話を聞いた。

最近では向島ドックに就職を希望する若者も多く、また中途採用も増えていると久野社長。そして女性も積極的に採用しているという。「直近でも機関士として入社してもらった女性がおります。未経験ながら『技術を習得したい』という意欲があり、入ってもらいました」と話す。

マイナビニュースでは以前、内航海運業界を目指す女子学生たちが出席する意見交換会を取材した。そこでテーマに取り上げられたのは「女性船員の復職」について。結婚をして子どもを出産した女性に許される育児休暇は、わずか数年に過ぎない。しかし2~3歳の子どもを家に置いて、果たして船に戻ることができるだろうか。そんな切実な話も聞かれた。

これについて、久野社長に意見を聞くと「海で働きたい、船が好きという女性に向けて、弊社では船を介した様々なお仕事との関わり方を提案できます。子育てが終わるまで、陸側の修繕事業を手伝ってもらう、あるいは社内の“標準化”に向けて船員時代の知見を活かしてもらう、といった具合です。子育てが終わったら、また船にも戻れます。育児期間中に各所で培ってもらった技術や知識は、先々でも決して無駄にはならないでしょう。向島ドックはそんな職場です」と切り出す。

「船員を希望し、これから海に乗り出そうという人にも説明をしていることですが、私たちは修繕ドックなので、陸上職に戻りたいと思ったら船員として身につけた知識や技術を修繕ヤードで活かしてもらうことができます。修繕の担当技士としての仕事だけでなく、工務監督もある、船員管理(海務)もある。船に戻ったときにも、それらが活きます。たとえば自分たちの船が修繕ドックに入ったとき、自分たちにより良い方法で修繕もできるでしょう。向島ドックは、船乗りになった人が『家族構成が変わったから船から離れなくては』と思わなくて良い会社にしていきます。船から離れなくて良い、そんな選択肢をしっかり作っていく。今後も、多様な働き方を発信していければと思っているところです」

それでは、向島ドックの就職希望者に求めていることは。そんな問いかけに、久野社長は「私たちは、今後の内航海運物流全体の維持と発展を見据えており、いまこのタイミングで向島ドックでは何を実現していくべきか、という思いを大事にしています。そこで皆さんの『自分だったらこんなことで協力できる』というチャレンジを歓迎します。私たちが目指している思い、志、叶えたい夢に対して『共感した』『面白い』『自分も参加したい』と思っていただけるなら、年齢、性別は、まったく問いません。個別に『こんな技術を持っています』という方のご提案をお待ちしていますし、『自分にはこれしか技術がないんだけれど、何か役に立てるか』といったお問い合わせでも結構です。私の経験から、ほぼ100%で『弊社ではこれで役に立てる』『ここを助けて欲しい』というお答えが出せるでしょう」と説明した。

  • 向島ドックはJR山陽本線 尾道駅前から出ている渡船で3~5分。本社:広島県尾道市向島町864-1、東京営業所:東京都江戸川区平井2-23-13 黒田ビル101号