──そもそもなぜ農業はもうからないのでしょう?

鈴木教授:生産者に価格決定権がないことが大きな要因の一つです。農産物の市場において、最も強い価格決定権を持っているのは、スーパーなどの大手小売りチェーンです。

彼らの売りたい価格がまずあって、そこから中間流通のマージンが差し引かれた上で、生産者の手取りが決まる。結果、農家が「買い叩かれている」状況が長く続いてきました。資材価格が高騰している今、生産コストを価格転嫁できずに経営状態が悪化し、廃業に追い込まれている生産者も少なくありません。

東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授。近著『このままでは飢える!「野田モデル」が日本を救う』では、危機的な日本の食料供給体制の実態を明らかにしつつ、その処方箋を提示している(写真提供:東京大学)

──個人でECサイトを立ち上げたり、産直サイトを活用したりする農家さんも増えていますが、ハードルが高いと感じる方もまだまだ多そうです。生産者が値付けできる販路といえば、直売所も農家さん自身が価格を決められる販売方法の一つですね。

鈴木教授:中間流通を介さない分、最終的な販売価格に対して、生産者の手取りが大きいのも直売所の魅力です。市場流通の場合、100円で販売された農産物の手取りは30~40円というのが一般的ですが、直売所なら出品手数料も販売額の20%程度なので、70~80円が生産者の手元に入ります。約2倍の粗利が得られるということですね。

ただ、多くの直売所は、市町村が出資する第3セクターや地域のJAが運営しています。基本的には1店舗、多くても2~3店舗の展開というケースが多いです。そのため、ある程度の規模で生産している生産者にとっては販売量が少なく、メインの販売先にはなりません。結局、量を売るにはJAへの出荷が中心となり、直売所は「副業」や「小遣い稼ぎ」の域を出ない、というのが多くの生産者の認識ではないかと思います。

「小遣い稼ぎ」ではなく、販売の主軸に!
ありそうでなかった「多店舗展開の直売所」こそが、稼げる農家のふ化器!

──農家が価格決定権を持ちながら、まとまった量も販売できる仕組みは、今のところないということでしょうか。

鈴木教授:実は、その仕組みがあるんです。和歌山県の「産直市場 よってって」という直売所です。

和歌山県田辺市にある「産直市場よってって」1号店の「いなり本館」。現在は和歌山を中心に、奈良、大阪にまたがる30店舗を展開(写真提供:産直市場よってって)

──普通の直売所と何が違うんですか?

鈴木教授:「よってって」は、「株式会社プラス」という民間企業が運営する直売所です。2002年に和歌山県田辺市に第1号店をオープンして以来、順調に店舗を拡大し、現在、和歌山を中心に大阪、奈良にまたがる30店舗を展開しています。登録生産者数はなんと9000名を超え、大きな地産地消の輪を実現しています。

この「多店舗展開」こそが、稼げる農家のふ化器となっているのです。「多店舗展開の農産物直売所」という、ありそうでなかったこのビジネスモデル。「プラス」の創業者であり、この仕組みを考案・実現させた野田忠(のだ・ただし)氏の名前から、私は「野田モデル」と名付けました。

株式会社プラスの創業者であり、「産直市場よってって」の仕組みを考案した野田忠名誉会長。「公益財団法人プラス農業育成財団」を立ち上げるなど、農業者の支援や育成にも尽力している

──多店舗展開で農家がもうかる……? どういうことか、もう少し詳しく教えてください。

鈴木教授:実はこの30店舗は、同社が「転送システム」と呼ぶ独自の物流でつながっています。「よってって」で農産物を販売する生産者は、まず30店舗の中から「母店」と呼ばれる店舗を決め(ほとんどの場合は、生産者の居住地に一番近い店舗)、そこに商品を持ち込みます。母店では、生産者自ら棚に商品を並べて売り場を作り、人によっては店頭で商品説明や売り込みもします。

──ここまでは普通の直売所と同じですね。

鈴木教授:「よってって」ならではの仕組みはここからです。生産者は、母店以外の店舗で販売したい農産物を、バックヤードにある集配所に持っていきます。そこには店舗別にカートが用意されているので、販売を希望する店舗のカートに商品を積んでおけば、巡回トラックが「転送」してくれる仕組みになっています。

母店以外で販売する場合、出品手数料に加え、別途、転送手数料がかかるものの、このシステムのおかげで、生産者は特別な手間や大きなコストを負担することなく、販売先を大幅に広げることができるのです。

どの店舗で販売するかも生産者が決められます。また、各店舗での販売数が毎日メールで送られてくるため、翌日以降の出荷量も調整でき、販売効率を最大化できるのです。

1種類の農産物の棚(写真上:桃/写真下:トマト)に、複数の生産者の品物を並べて出品。自分の顔と名前で商品が売れることにより生産者のモチベーションが高まる

──それは、生産者のモチベーションにもつながりそうですね。しかし、30店舗もあると巡回するだけで時間がかかりませんか?

鈴木教授:店舗数の拡大に伴い、2013年以降、域内に四つの集配センターが設置されました。少し離れた店舗に届ける商品は、一度ここで荷物の積み直しをしてから転送することになっています。

すべての店舗は集配センターから1時間半圏内にあるので、朝、出荷した農産物は早ければ当日午後、遅くとも翌日の朝には希望の店舗に届きます。市場に出荷すれば、店頭に並ぶまで2~3日かかることを考えると、鮮度の違いは歴然ですよね。

域内に四つある集配センターの一つ、紀ノ川集配センター(写真提供:産直市場よってって)

集配センターに集められた農産物は、エリア別に仕分けされて各店舗へ転送される。集配センターと店舗は、鮮度が維持できる1時間半圏内に設置されている(写真提供:産直市場よってって)

「よってって」での多店舗販売が農家の所得底上げに。1億円プレーヤーも登場!

──実際のところ、「よってって」で販売している生産者はどのくらいもうかっているのでしょうか?

鈴木教授:令和4年2月の段階で、生産者は「よってって」の売り上げだけで年間平均約300万円の所得を得ていることがわかりました。1000万円以上の生産者も217戸。この数字は右肩上がりで、令和5年2月には249戸にまで増えています。中には売り上げが1億円近くに上る生産者もいるんですよ。

──直売所だけで1億円ですか⁉

鈴木教授:
和歌山名産の梅を栽培する「中直農園」の中山尙(なかやま・ひさし)さんがその一人です。中山さんは、「よってって」の第1号店がオープンしたときから梅干しなど梅の加工品を出品しています。店舗の拡大に合わせて販売量も増え、当初200万円程度だった直売所経由の売り上げは、「よってって」での委託販売を通じて急増しました。

これまでの累計売上高はなんと7億円に達するそうです。現在は「よってって」での委託販売をメインにすえ、残りは宅配サービスへの出荷やリピーターへの直接販売に回し、市場経由では一切販売していません。

数字の変化だけでなく、中山さんは「ワインの銘柄のように、自分の名前で広く消費者に商品を選んでもらえることが何より励みになっている」と言います。それはブランド化に成功しているということにほかなりません。農業のブランド化と、社会的地位の向上は中山さんが目指していることで、「よってって」はそこに大きく貢献しているのです。

梅を栽培する中直農園の中山尙さん(後列右)。ホームページを持たず、SNSでの発信も行っていないが、「よってって」での多店舗販売を活用し、1億円近く売り上げている(写真提供:「産直市場よってって」)

「よってって」全国展開が日本の食を救う!

──価格決定権を持ちながら、手間なく販路を拡大でき、ブランド化もできる。生産者にとっては良いことづくめですね。こんな仕組みが自分たちの地域にもほしいと願う農家さんは多いはずです。

鈴木教授:冒頭でもお話した通り、このまま農業の担い手不足が進めば、自給率はさらに低下し、いつ食糧危機が起きてもおかしくありません。それを避けるには「野田モデル」を全国展開するべきだと私は考えています。

そしてその動きはすでに始まっています。2021年、株式会社プラスは産業ガス大手で農業や食品事業にも力を入れている「エア・ウォーター」と提携し、現在、関東と九州で事業展開する準備を進めているところです。

「野田モデル」は日本の農業、ひいては日本の食の救世主になると確信しています。生産者はもちろん、消費者にも地域にも直売所の従業員にも喜ばれる「四方良し」の仕組みなので、拡大を期待しています。

出典:『このままでは飢える! 食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』鈴木宣弘著(2023年/発行:日刊現代 発売:講談社)