奥川恭伸(左)と高津監督(右)   (C)Kyodo News

◆ 白球つれづれ2024・第8回

 若き“エース候補”には、笑顔が良く似合う。

 ヤクルトの5年目・奥川恭伸投手が帰ってきた。18日沖縄・浦添で行われた中日との練習試合に先発すると、2回を2安打無失点投球。リーグ連覇から一転、5位に沈んだチームの再浮上を担うキーマンの復活は、何よりの朗報だ。

 長い道のりだった。プロ2年目の21年には早くも先発ローテーション入りするとチームトップタイの9勝をマーク。同期のロッテ・佐々木朗希投手と共に新時代のエース街道をひた走るかに思えた。

 だが、翌22年3月の開幕カード、巨人戦に先発するも、右肘を痛めて登録抹消。それ以来、一軍のマウンドから姿を消した。

 昨年はイースタンリーグで、浮上のきっかけを模索する最中に左足首を捻挫。一度得た信頼を取り戻すには、ゼロからのスタートを余儀なくされた。

 実に2年ぶりの一軍での実戦。飛ばし過ぎに注意しながらキャンプで取り組んできた投球は最速149キロを計測。打者との対決を楽しむように「ゼロ」を刻んでいった。

「ニュー奥川」を象徴するシーンは2回先頭の細川成也選手を空振りに仕留めたスライダーだ。これまでも2種類のスライダーを駆使してきたが、昨秋から伊藤智仁投手コーチの指導で、さらに速いスピードで大きく曲がる新種のスライダーをマスター。カウントも取れる。勝負球としても使える。大谷翔平張りの「スウィーバー」が新たな武器に加わった。本番へ向けて球速はさらに155キロ近くまで上がってくれば、これまで以上に凄みの増した投球が完成する。

◆ ヤクルトの復権は奥川の復活が絶対条件

 高津臣吾監督にとっても、昨年は誤算に泣いた1年だった。

 奥川の戦列離脱に限らず、シーズンを通して故障者が続出。野手では塩見泰隆、山田哲人、青木宣親らの主力選手が登録を抹消される。三冠王・村上宗隆選手も成績を大きくダウン。投手陣でも一昨年の守護神スコット・マクガフの退団で空いた穴こそ、田口麗斗投手が埋めたものの、今度は中継ぎ陣の弱体化を招く。チーム崩壊と言ってもおかしくない惨状を呈してしまった。

 「野球はやっぱり投手陣から」と昨年の敗因を分析した指揮官。反撃のポイントを投手陣の再整備とするのは当然だが、中でも奥川の復活に期待する部分は大きい。

 今キャンプの臨時コーチを務めた古田敦也元監督も「うちの場合、先発ローテーションを考えた時、何本の指を折れるの?」と首を傾げたほど心もとない。

 チームの勝ち頭、小川泰弘の10勝(8敗)を除けば、次はサイスニードの7勝止まり。規定投球回数に達した投手も小川しかいない。しかもその小川が今季で34歳なら、大ベテランの石川雅規は球界最年長の44歳。投手陣の若返りと再整備がなければ、王国復活もあり得ない。

 ちなみに奥川が9勝を挙げた21年と高橋奎二が8勝を記録した翌22年はリーグ優勝を飾っている。高橋は侍ジャパンにも選出された快速左腕。奥川との若きエースコンビが復活する事こそが、今季最大の課題である。

 奥川のプロ同期組には前述のロッテ・佐々木朗やオリックスの宮城大弥投手もいる。2人は侍ジャパンでも活躍して、今では大きく水をあけられた格好だ。加えて、今季からは西武・武内夏暉、巨人・西舘勇陽投手ら「東都7人衆」と呼ばれる大物新人が入団。彼らもまた奥川らと同じ2001年組だ。負けられない発奮材料は山ほどある。

「(復活の)一発目としては良かった。緊張したけど打者との対戦は楽しめました」

 開幕まで、あと1カ月余り。ここからさらにギアを上げて、本来の輝きを取り戻せるか。その時、“エース候補”は真のエースとして戻ってくるはずだ。

文=荒川和夫(あらかわ・かずお)