文章、特に公用文や出版物を読んでいると、ひらがなの「こと」と漢字の「事」が混在していることに気付くのではないでしょうか。実はこれは、あるルールに沿って書き分けられているのです。
本記事では「こと」と「事」の意味や違い、使い分け方を詳しく、わかりやすく解説。ひらがな/漢字で書き分けるその他の語や、「事」を含むことわざもまとめました。
「こと」と「事」の意味と違い、公用文などでの使い分けとは
ここでは公用文や新聞などの一般的な出版物で、「こと」と「事」がどのように使い分けられているか解説します。普段の文章も以下のルールに従って「こと」と「事」を使い分けるようにすると、文章がより読みやすくなりますよ。
形式名詞ならひらがな表記の「こと」
ひらがなの「こと」を使うのは主に、「こと」が形式名詞として用いられている場合です。
形式名詞とは、その語自体が表す意味が薄く、抽象的な意味を表す名詞です。と言っても少しわかりにくいですから、例として以下のような文章について考えてみましょう。
- 彼は休日の午前中は読書することにしている
- あまり時間がなかったため、すぐに帰ることになった
これらの文章で使われているような「こと」は、文法的に挿入されているだけで、抽象的な意味しか持ちません。それは、「こと」に対応する具体的な出来事や物事がないことによってわかります。これらの「こと」は形式名詞であり、一般的にひらがなで「こと」と表記します。
形式名詞の特徴は、多くは連体修飾語を受けて、その節を全体として名詞にすることです。連体修飾語とは、体言(名詞)を修飾している語です。
例えば「読書すること」の場合、「読書する」が連体修飾語で、「読書すること」が全体として名詞になっています。
実質名詞なら漢字表記の「事」
漢字の「事」を使うのは、「事」が実質名詞として用いられている場合です。
実質名詞とは、実質的な意味を持つ名詞、つまり通常の名詞のことです。通常の名詞を形式名詞と区別するときに実質名詞という名称が使われます。以下のような例文を考えてみましょう。
- 事の起こりは一カ月前にさかのぼります
- 事は重大ですから、対策を考えなければなりません
これらの「事」は何か具体的な出来事や状態などを指し、実質的な意味を持っています。「事の起こり」は何か実際の出来事の始まりを、「事は重大です」も実際に何か重大な事件が発生したことを表しているからです。そのため、形式名詞ではなく実質名詞であるとわかります。
実質名詞の特徴は、連体修飾語がなくても意味がわかり、具体的な物事に入れ替え可能であることです。
対象としている「こと(事)」が実際に何を表しているのかを意識すると、形式名詞と区別できるでしょう。
「こと」と「事」の例文
ここでは、ひらがなの「こと」と漢字の「事」を使う例文をそれぞれご紹介しましょう。表記のルールがわかっても、実際に使えなければ意味がありません。使いこなせるようになるには実際の文章に触れることが重要です。ぜひ例文を通して「こと」と「事」の表記ルールをマスターしてください。
ひらがなの「こと」を使う例文
ひらがなの「こと」は主に、実質的な意味が薄い形式名詞の場合に使われます。以下の例文では「こと」に対応する実質的な意味は薄いため、全てひらがなで表記されています。
- 大切なのは相手の気持ちを理解することだ
- その映画はストーリーが感動的なことで知られています
- ここではたばこを吸ってはいけないことになっています
- 困難に立ち向かうことで強くなれます
- 時には厳しく指導することも必要だ
- 目標に向かって努力し続けることが重要です
- それは聞いたことがなかった
漢字の「事」を使う例文
漢字の「事」は実質名詞のとき、つまり「事」に実質的な意味がある場合に用いられます。以下の例文では、「事」に実際の出来事などが当てはまるか考えながら読んでみてください。
- その問題を放置すると、事と次第によっては大臣の進退にも関わる
- 当時の状況からして、彼が事を起こすのにはそれで十分だったのだろう
- こうなったら事の成り行きを見守るしかない
- 事は一刻を争う。これ以上の被害を防ぐには迅速な対応が必要だ
- それについては事のついでに調べておきましょう
- 事の真相が明らかとなるのは、それから何十年もたってからだった
- これだけ準備してきて、今になって失敗したら事だ
- わざわざ電話をくれなくても、ちょっとした連絡ならメールで事足りますよ
形式名詞と実質名詞で表記の使い分けがある、その他の言葉
こと(事)以外にも、形式名詞と実質名詞でひらがなと漢字を使い分ける言葉があります。うち(内)、とき(時)、ところ(所)、もの(物・者)、ゆえ(故)、わけ(訳)などです。
例えば「いざというとき」「時の流れ」、「今のところ」「所狭しと」のように、これらも形式名詞と実質名詞を区別して表記するのが一般的です。一緒に覚えておきましょう。
なお「為(ため)」は、形式名詞のときだけでなく、実質名詞のときも基本的にひらがなで「ため」と書きます。それは「為」を「ため」と読むのが常用外の読みだからです。ただし新聞などでは「外国為替」の略称である「外為(がいため)」については、慣習により漢字で書くことが多いです。
【おまけ】「事」を含むことわざ
「事」は多くのことわざに用いられています。ここではちょっとしたおまけとして「事」を含むことわざをご紹介します。ことわざの場合は、形式名詞の場合も慣例的に漢字で「事」と書くことも多いようです。
思う事言わねば腹膨る(おもうこといわねばはらふくる)
思っていることをちゃんと口に出して言わなければ、不満がたまって不快になってしまうことです。
来年の事を言えば鬼が笑う(らいねんのことをいえばおにがわらう)
すぐ先のことすらわからないのに、まして来年のことなど考えてもしかたない、という意味のことわざです。似た意味の「明日の事を言えば鬼が笑う」ということわざも存在します。
祝い事は延ばせ仏事は取り越せ(いわいごとはのばせぶつじはとりこせ)
祝い事は延期して慎重に行うぐらいがいいが、仏事は繰り上げて早めに済ませた方がいいという意味です。
事が延びれば尾鰭が付く(ことがのびればおひれがつく)
物事が長引くと余計な事が付け加わって面倒なことになる、という意味です。
急いては事を仕損ずる(せいてはことをしそんずる)
あせると失敗してしまい、結局無駄になってしまうこと。急いでいるときでも、落ち着いて慎重になる必要があると示しています。
ルールを守って読みやすい文章を
本記事ではひらがなの「こと」と漢字の「事」について、公用文や出版物などで使い分ける方法を解説しました。
形式名詞と実質名詞を見分けることは少しわかりにくく感じるかもしれません。しかし、ルールを意識しながら実際の文書に目を通して経験を積めば、徐々に区別が付くようになります。またわからなくなったときは、辞書などを利用するようにしましょう。
一定のルールの下で記述されている文章の方が、そうでないものよりも丁寧でわかりやすい印象を与えられます。ぜひ本記事を参考に、そんな読みやすい文章を目指してください。