自動車メーカー直系チューニングブランドであるTRD(トヨタ)、NISMO(日産)、STI(スバル)、無限(ホンダ)の4社で構成される「ワークスチューニンググループ」。主戦場のモータースポーツではしのぎを削るライバルだが、“サーキットの外”での活動=アフターマーケットでは、それぞれが各自動車メーカーの車両をベースにさまざまなカスタマイズ&チューニングパーツなどを扱うことから互いに競合しない立場にある。そこで、各社が情報交換をしながらそれぞれのブランドのレベルアップと商品開発の効率化を目指している。
また、モータースポーツやスポーツドライビングの振興を目的に、毎年各地でサーキット試乗会などの活動を合同で行っている。その活動の一環としてメディア向けの合同試乗会を実施。各社こだわりのアイテムを装着したマシンを一気に試せる機会を設けている。2023年は11月にモビリティリゾートもてぎで開催されたワークスチューニンググループ合同試乗会をブランド別に紹介する。
“フツウ”のグレードで走りを楽しむ提案
さまざまな要因が重なっての物価高騰で、実質賃金は19カ月連続でマイナス。クルマ関連ではガソリン代が円安の影響で上昇続きだし、そもそも車両価格自体が高い。軽ハイトワゴンのターボ車だとコミコミ200万円オーバーはザラだし、スポーツカーに至ってはGR86のボトムグレードでも200万円台後半から。マニュアル設定があって、手軽に乗れてお財布にも優しくてスポーツ走行が楽しめるモデルはないものか……と悩めるオジサンに模範解答を示してくれたのが、TCD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)のTRDパーツ。
【画像】あえて旧型の86、あえてヤリスのエントリーモデルで楽しむモータースポツの世界
ワークスチューニンググループの試乗会にTRDが持ち込んだのは、トヨタ86のGTグレード(ZN6)と、ヤリスのXグレード。どちらも「GR」じゃないあたりが、いかにも通好みのTRDっぽい。
手に入れやすい先代86の魅力を引き出す
GR86(ZN8)のチューニングが盛り上がりを見せる中、なぜ先代のトヨタ86なのか。
「2012年にトヨタとしては久々のFRスポーツとして86が復活し、チューニングのベース車としてもてはやされました。GR86にバトンタッチしたのは21年ですが、程度のいいノーマル車やライトチューンを施したトヨタ86が中古車市場に出回るようになって、価格もこなれてきている(中古車サイトを検索すると、16年8月のマイナーチェンジ前モデルなら乗り出し100万円以下も見つかる)ので、免許取りたてでスポーツカーに乗ってみたい、手ごろにチューニングを楽しみたいという人にはすごくいいクルマなのでは? という想いで、改めてトヨタ86のおもしろさを引き出すチューニングをご提案してみました」
と語る、TRD本部 事業企画推進グループ グループ長の湯浅和基さん。
エクステリア、インテリア、シャシーの各部にTRDパーツがてんこ盛りのデモカー。狙いどころは街乗りからサーキット走行まで幅広くこなせるオールマイティな仕様。TRDではノーマル形状のスポルティーボ、車高調、ラリー用と3種類の足まわりをZN6に設定しているが、今回チョイスしたのは40段の減衰力調整機構を備えたショックアブソーバーとスプリングがセットになった全長調整式サスペンションセット。
「基準車のトヨタ86はタイヤサイズが17インチで、当時は1インチアップの18インチにするのが主流でしたが、今回はあえて17インチのままで、トータルバランスに優れたミシュランのパイロットスポーツ5を選んでいます(サイズは225/45R17)。アルミホイールはレイズのZE40(17×7.5Jインセット+44)。中古車に付いているノーマル、あるいは社外品の使い古されたタイヤ&ホイールから履き替えるには現実的な選択肢で、サスペンションのセッティングもこのタイヤ&ホイールに合わせてセットアップしました。合わせて、フロントストラットタワーバー、メンバーブレースセット、ドアスタビライザー、MCB(モーションコントロールビーム)といったアイテムも活用して、シャシー全体でレベルアップしています(湯浅)」
試乗コースのモビリティリゾートもてぎ・北ショートコースで走らせてみると、ストレートでボクサーエンジンの滑らかな吹き上がりを堪能しながら、コーナー手前で2速にシフトダウン→高回転をキープしたままヘアピンを駆け抜ける途中でテールが緩やかに流れる…といったFRならではの挙動を楽しめる。気持ちに余裕があるのはコントロールしやすい足まわりのセッティングや、程よいエンジンパワーの成せる技。
じつはこの足まわり、筆者は11年前に箱根のワインディングで試乗している。この時は「86TRDパフォーマンスライン」というパッケージングで、挙動変化がつかみやすく、ブレーキをきっかけにした荷重移動がスムーズにできるので気持ちよく走れたことが印象に残っていた。時は流れてもTRDのトータルバランスのよさは不変だと「令和のトヨタ86」に乗って感じた。
ヤリスの“素モデル”が痛快ジムカーナ仕様に
「中古のハチロク。魅力的だけど2ドアで乗り降りが不便だし、実質2人でしょ」と諦めたアナタに現実味のあるご提案を。GRじゃない普通のヤリスはCVTオンリーで、スポーツとは縁遠いイメージだが、ちゃんとマニュアル設定があるんです。FF・1.5LガソリンのZ、G、Xグレードには6速MTがラインアップされていて、Xの車両本体価格は154万8000円。シートはヘッドレスト一体型だし、ヘッドライトはハロゲン、ホイールも鉄チンとボトムグレードの極みだが、どうせカスタムするのだからそんなの関係ない。
TRDのデモカーは全日本ジムカーナ選手権仕様。なぜジムカーナかというと、エントリークラスのPN1は「1500cc未満で前輪駆動のPN車両(FIA/JAF公認発行年またはJAF登録年が2018年1月1日以降の車両)と規定されていて、以前のレギュレーションではNDロードスターの独壇場だったが、新たに設けられたPN1クラスに参戦可能なマシンのひとつとして、TRDではFF・1.5Lのヤリスをベースにしたジムカーナ仕様を提案した。
「GRヤリスは高性能だけど、あれをベースに競技車に仕立てていくと600万~700万円近くになります。その点、このクラスなら200万円台前半で全日本選手権に出られるレベルに仕上がります。しかも4枚ドアで5人乗れるから通勤の足やお買い物、子供の送迎にも使える。車重は1トン切りの980kg(X)で燃費もいい(WLTCモード19.6km/L)。先進安全装備も付いているので、普段使いとモータースポーツを両立できます(湯浅)」
さすがに吊るしのままでは戦闘力がないので、TRDジムカーナスペックダンパー、KYBのピロアッパーマウント、クスコのLSDとTRDの軽量フライホイール(試作品)、ブレーキはフロントがサーキット走行専用パッド、リヤがスポーツ走行用ブレーキシュー(ともにプロジェクトμ)を装着して、走りのパフォーマンスを高めている。
「ブレーキをバンっと踏んでも回らないように(笑)、北ショート向けにブレーキとサスペンションのセッティングを調整しています」という湯浅さん。純正比35%軽量化(純正15.6kg→10.1kg)、34.6%の慣性モーメントの低減が図られた軽量フライホイールの効果はてきめんで、クラッチをつないだ瞬間からエンジンの吹き上がりの軽さがスロットルペダルを介して右足に伝わるほど。「これは楽しいはず」と確信しながらコースインすると、いたって普通の3気筒NA1.5Lエンジンとは思えない、鋭く滑らかな回転フィーリングに感動。高回転をキープしながらコーナーに入ると、LSDの作用でトラクションを損なうことなくクルマを前に押し出すように旋回してくれる。縁石乗り上げやジャンプなど、大入力をいなすように設定されたジムカーナ仕様の足まわりも絶妙で、外乱に影響されず4輪で路面をしっかり捉えてくれるので安定感が高い。
FFスポーツコンパクトの代名詞はスイフトスポーツだが、「この手があったか」と思わず膝を打った、テンゴヤリスのジムカーナ仕様。軽さこそが最大の武器になることを示した、コスパに優れる「等身大のスポーツカー」だ。
〈文=湯目由明 写真=山内潤也〉