ファンの多い冬の風物詩「落ち葉掃き」

毎年1月から2月にかけての日曜日、埼玉県三芳町の農家が所有する「ヤマ」に多くの“農家でない人”がやってくる。落ち葉堆肥の原料となる落ち葉を集めるイベント「落ち葉掃き」に参加するためだ。

この落ち葉掃きは「ヤマ掃き」とも呼ばれる。この地域では、平地にコナラやクヌギ、エゴノキなどの落葉広葉樹を植えた平地林のことを「ヤマ」と呼ぶ。江戸時代からこの辺りの農家では自分のヤマの落ち葉で作った堆肥で野菜を育てる伝統が続いており、それは世界農業遺産の「武蔵野の落ち葉堆肥農法」に認定されている。

この落ち葉掃きを主催するのは、1998年に発足した「三富(さんとめ)落ち葉野菜研究グループ」に所属する4軒の農家たちだ。毎週1軒ずつ、4週かけてメンバー全員のヤマを掃き、落ち葉を集める。そんなシンプルな催しに毎年参加するファンも多いという。中にはすべての開催日に参加するという人もいた。
そして落ち葉掃きのファンは、落ち葉堆肥を使って育てた「落ち葉野菜」のファンにもなっていく。近隣の川越市在住の参加者の女性は、数年前に直売所で落ち葉掃きのチラシを見つけて参加したらとても楽しかったため、それ以来毎年参加している。「この落ち葉でおいしい野菜ができると思うとうれしい。三芳町産の野菜を選んで買うようになりました」と話してくれた。

人を呼び地域の魅力を伝える落ち葉掃きとヤマ

筆者が取材した日の会場は、三富落ち葉野菜研究グループ代表の島田喜昭(しまだ・よしあき)さんのヤマ。広さは6反(60アール)ほどで、散歩もできそうなくらい整然とした雑木林だ。そこに40人ほどの参加者と運営関係者が集まった。

開会式であいさつをする島田喜昭さん。落ち葉掃きの前は一面に落ち葉が積もっている状態

島田さんによると、ヤマをこの状態にするのは大変な作業なのだそう。まず年に何度もヤマに入り、雑草を刈るなどしてヤマが荒れないようにする。また、落ち葉掃きの直前には一般の人が入っても危なくないよう、大きな枯れ木や枯れ枝を3日かけて除去し、さらに1~2日かけて草刈りを行う。
実はほかの地域でも落ち葉堆肥を作っているところはあるが、このようにきちんと農家がヤマを管理し、一般の人も巻き込んで落ち葉掃きをしている例は珍しい。このような環境づくりが人を呼び、農業と消費者の距離を近くしているのかもしれない。

約25年前、子供のころにこの落ち葉掃きに参加したという男性も参加していた。出身はこの近くだそう。息子に同じ体験をさせたいと、落ち葉掃きをやっているところを現在の居住地近くで探したという。しかし一般の人が参加できるところがなく、この日は車で2時間以上かけてやってきた。男性は「ここのヤマはとてもきれい。こういう環境が残っていると、子供が自ら自然の中でさまざまな発見をすることもできる。自分もそうだった」としみじみと話してくれた。

落ち葉堆肥の作り方

さて、この地域の落ち葉堆肥の作り方を見ていこう。まずは落ち葉掃きだ。
使うのは落ち葉掃き専用の熊手と、「ハチホンバサミ(通称ハチホン)」と呼ばれるかご。ハチホンの由来は「8本の竹を使って作るから」だそう。
熊手もかごも作る職人がいなくなり、今では貴重なものになってしまった。

落ち葉掃き専用、伝統の熊手。軽くて持ちやすく、爪の部分はよくしなる

落ち葉を集めるためのかご、ハチホン

まずは参加者みんなで横1列になり、熊手で落ち葉を残さずきれいに集めていく。

落ち葉は軽いと侮るなかれ。全身を使った作業で翌日には筋肉痛になるほどだった

その後、落ち葉をかごに入れる。

島田さんによる実演。膝あたりまで落ち葉に埋もれながらかごに詰める

かごを立て、一人は落ち葉を上から踏み、もう一人が隙間(すきま)に落ち葉を詰めていく。かごの上に乗っている人は、落ち葉を入れる人に「ここに入れて」と指示を出す。

落ち葉の上に乗って踏む作業はめったにない経験。参加者も歓声を上げながら楽しそうに落ち葉を踏んでいた

詰め終わったら一度かごをひっくり返し、口側の落ち葉を固めてかごの蓋(ふた)になるようにする。

島田さんは何度かかごを揺らして仕上げていた

かごの上部の固まった落ち葉が同心円を描いているように見えるのがうまくできている証拠だそう。

上手に詰めるとかごを横にしても落ち葉がこぼれない

横にしたかごを転がしてトラックまで運ぶ。きちんと落ち葉で蓋がされていれば、転がしても落ち葉がこぼれることはない。

参加者が詰めたかごからは落ち葉が少しこぼれる様子も見られた

かごをトラックで堆肥場まで運び、落ち葉を全部出す。この日はかご60杯分、約3.6トンの落ち葉が集まった。

かごの重さは1つ60~70キロ。相当重い

島田さんによると、米ぬかなどを混ぜることもあるが、落ち葉だけでも十分良い堆肥になるそうだ。「ちょっと落ち葉のかさが減ってきたな」と感じたところで切り返しを行って空気を入れるが、それも年に数回とのこと。水分調整も雨任せにすることが多いという。

色が濃い部分が去年の落ち葉で作った堆肥。まだ落ち葉の形が残っていて、あと1年熟成が必要

こちらは別の農園の2年目の堆肥。もうほとんど落ち葉が残っていない(2023年8月撮影)

落ち葉掃きから2年たった堆肥が畑に施される。現在島田さんの農園の面積は全部で4町(4ヘクタール)ほどだが、落ち葉堆肥は「1反の畑に1反のヤマ」の堆肥が適切な量とされるため、今回の6反分の堆肥では足りない。島田さんはサトイモの畑に使っているとのこと。

島田さんに堆肥の作り方について熱心に質問する女性もいた。女性は農業を始めたばかりとのことで、「自分の田んぼに使ってみたい」と話す。こうした循環型の農法そのものに関心をもって参加する人もいるようだ。

落ち葉掃きが終わってスッキリしたヤマ。落ち葉がなくなると虫やドングリなどが顔を出す

落ち葉堆肥がきっかけで地域のファンに

落ち葉掃きが終わると、島田さんの落ち葉堆肥で作ったサトイモ入りのけんちん汁が参加者にふるまわれた。このけんちん汁は毎週それぞれの農家が作っていて、それぞれ味が違うそう。

島田家のサトイモ入りのけんちん汁。毎週落ち葉掃きに参加すると、4軒の農家の味を楽しむことができる

農家のけんちん汁は、参加者に大好評。この日は国立にある調理学校「エコール 辻 東京」の講師と10人ほどの学生が参加していたが、彼らも何杯もおかわりしていた。学生同士ではしゃぎながらもしっかり作業に励んでいたので、とてもおなかが空いていたのだろう。
学生の一人は「生産者と交流しながら素材が生まれる現場を知るいい機会。教科書に書いていないことが学べる」と話してくれた。この春卒業してホテルのレストランに就職するという学生は、作業を通じて島田さんたち農家とも親交が深まり、帰り際に「すごく楽しかった。来年もまた来ます」と約束していた。

イベントの最後にはメンバーの農家たちの野菜の販売もあったが、お買い得な価格もあってかあっという間に売り切れてしまった。自分たちの集めた落ち葉堆肥がいずれこんな野菜を育てるのだと思うと、参加者たちもその野菜がいとおしくなったのかもしれない。そして、この農法を続ける農家たちにいつまでも頑張ってもらいたいという気持ちが深まったに違いない。

三富落ち葉野菜研究グループの皆さん。左から早川光男(はやかわ・みつお)さん、井田和宏(いだ・かずひろ)さん、早川徹(はやかわ・とおる)さん、代表の島田さん