地方から都市への人口の流出。結果としての地方の「過疎化」が問題になって久しい。その流れを止めようと、観光地となるような拠点を作ったり、再開発を進めて人の流入を図ったりなどさまざまな対策が講じられている。新潟県の中央にある三条市も過疎化に悩む地域の一つだったが、3人制バスケットボールチームを作り、選手に移住してもらうことによって地域の活性化、ひいては人づくりをしようという動きが生まれた。移住選手のバスケットボールチームによる活性化とは一体どういうことなのか? チームを創設し、地域活性化を後押しするNPOソーシャルファームさんじょうの代表を務める柴山昌彦氏にお話をうかがった。
※本記事は、2023年10月取材時の情報を元に掲載しています。写真中には現在は所属していない選手も含まれています。

このままではクマやイノシシしか棲まない場所になってしまう!?

日本の棚田百選に選ばれた「北五百川棚田」で田植えをするメンバー

三条市は2005年に旧三条市、旧下田村、旧栄町が合併してできた。県の中央に位置し、西側に当たる旧三条市は隣の燕市と並んで“ものづくり”が盛んで、東側の旧下田村にあたる中山間地域は自然豊かで農業が盛んだ。しかし、一方で過疎化が進み、主な産業である農業も獣害によって深刻なダメージを受け、危機に瀕していた。

そんな三条市の下田地区に移住し、農業に従事しながら3人制のバスケットボールチームに参加して競技生活をしているアスリートたちがいる。彼らは午前中は棚田で米を作るなどの農作業をし、午後はチームの仕事やそれぞれの資質を活かした仕事、夕方からはバスケットボールの練習に励む。そんな“半農半バスケ”の活動が始まったのは、NPOソーシャルファームさんじょう代表・柴山昌彦氏のある思いつきだった。

「我々が活動している中山間地域は、以前はもっと人が多く住んでいて、そこから今賑わっている町の方に出て行って“ものづくり”を盛んにしていったんです。ところが現在では、ほかの地方の例に漏れず過疎化が進み獣害も深刻化。このまま放っておいたらクマやサルやイノシシ、そんな獣だけになってしまうのではないか。獣害で農業も廃れていってしまうんじゃないかという危機感を私はずっと抱いていました」(柴山氏。以下同)

そんな柴山氏は、2013年に東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が決定したと知ったとき、過疎化の進む地域の活性化へのヒントを得たのだという。

2023年8月に開催された“3x3 JAPAN TOUR 2023 OPEN in HAKATA”に参加。惜しくも優勝は逃したが、準優勝を獲得

「2020年に東京大会が開催されるのであれば、世の中でアスリートとして活動する人が増えるだろうと、まず思いました。ただ、大会の後、現役を続ける人もいれば、中には選手としての道を諦めて別の道に選ぶことになる人が出てくるのではないか。そんなアスリートをこの地域に呼んで、地域活性化の担い手になってもらえないだろうか。そんなことを勝手に想像していたんです」

柴山氏はそんな思いつきを単なる想像にとどめず、2015年にはNPOを立ち上げ、“地域おこし協力隊”の制度を活用してアスリートの移住を受け入れ、農業に従事しながら選手としての活動を続け、地域を活性化してもらおうと活動を始めたのだ。

農業をアスリートの共通スキルにすることで生まれるもの

2023年7月に横浜で開催された“3x3 JAPAN TOUR 2023 OPEN”では、決勝まであと一歩、3位という結果に

柴山氏の移住アスリートによる地域活性化の発想の背景には、3つのポイントがある。

1.アスリートに夢を諦めなくてもいい場所を提供 2.アスリートのセカンドキャリア形成をサポート 3.スポーツによる地域課題の解決

「1つめは、さっきも言ったように、東京2020大会後にアスリートの中には選手でいることを諦めなければいけない人がたぶん出てくるだろう。でも、ここに移住してくれば選手を続けることができる。夢を諦めないでいい場所を提供したいと考えました。2つめは、三条市に移住してリスタートすることが、アスリート自身がキャリアを考える機会になるということ。生活する場所を変え、環境を変える。新しい場所で競技以外の活動にも関わる中で、“セカンドキャリアのスタート”をアスリート自身が強く意識することになります。3つめは、まさにここ三条市下田地区の地域課題は農業でした。アスリートが移住して農業の担い手になる。そうすれば農業の衰退という地域課題の解決にもなるだろうということなんです」

農業従事者の減少は三条市だけに限らず、日本中の課題である。従事者・後継者が減れば、農業が廃れ生産物が減る。すると、問題は過疎地だけではなく、そこで生産される農産物を消費する他地域に住む人々にも影響が及ぶ。過疎地の問題は、決して他人事ではないのだ。

「実際、今我々のチームがやっている農業というのは、棚田の再生をしたり、農家の人の手伝いをしたりといった小規模なことなので、決して大きく儲かるものではありません。今の地域の形をなんとかして維持するために行っている小規模なものです。しかし、大事なのは農業で儲けるだけではなくて、農業がチーム全員の共通スキルになることだと考えました。つまり、チーム全員で一晩中農業の話ができるということです。もちろんバスケットボールの選手だったら、バスケのことでも一晩中語れるかもしれませんが、それは彼らのX部分。選手としてのレベルやキャリアによって同じところに立てない部分もあります。しかし、農作業はこれから始めることで、それを全員ですることによって、それが全員の共通スキルになり、きちんと議論ができる。その話を通じてお互いに理解し、地域課題の解決につながっていく。このプロジェクトをそういうところまで持っていきたいと思いました」

農業の価値は「人づくり」にもある

棚田での田植え作業。米どころ新潟だけあって、ここに来て良かった理由のひとつに“お米の美味しさ”をあげるメンバーも少なくない

柴山氏は、移住アスリートが農業に従事することによる地域活性化を考えたわけだが、それを担うアスリート自身にも大きな恩恵があると語る。

「農業の価値は、米や野菜の農産物を生産することにあるんですが、もうひとつ“人づくりの価値”があるだろうと考えました。農業は収穫できれば大きな喜びに繋がりますが、良いことばかりじゃありません。台風がきて作物が全滅したりなど、辛いこともあります。それを乗り越えることによってレジリエンス、回復力がつくでしょう。また、農業は独りよがりでは絶対にできないものです。天候に左右はされますが、収穫というゴールが決まっているのでみんなで力を結集する、他人と協調する、助け合う力が身につくんです。それも農業の“人づくり”という価値のひとつの側面ではないかと思いました」

柴山氏は、スポーツによる地域活性は地域のためだけでなく、それを担うアスリートの人間形成にも役立つとの信念のもと、2015年にNPOを立ち上げ、2018年に移住アスリートを募集し、2019年にまず男子の3人制バスケットボールのプロリーグに参入を果たした。氏の構想を聞いていると、農業の共通スキルは競技のスキル、メンバーシップなどにも大きな影響を与えそうな気がしてくる。

“里山親子稲刈り体験イベント”を開催。里山の良さ、農作業の大切さについて多くの人に学んでもらうことも大事な役目

「農業がバスケットボールに関わってくる部分は多いと思います。たとえば、チームではリーダーではないけれども、農作業のある部分ではリーダーになれる。そんな風に自然発生的に、その場その場でリーダーが出てくれば良いと私は考えているんです。一人ひとりに、チームにいるときとは別に役割がきちんとある。それをお互いに認め合うことができれば、(競技の内外含め)ヒエラルキーも固まらないし、自由な発想でものが言えるチームになります。そうやってみんながそれぞれの能力を伸ばしていくことができれば、現役を終えたのち、新たに自分の人生を作っていくにあたって大きな力になるのではないでしょうか」

放っておけば獣しか棲まない場所になってしまう……。その危機感からアスリートの移住をすすめ、地域の活性化に取り組んできた柴山氏の言葉はとても熱い。その熱意が若い移住者を呼び込み、地域を変えつつある。地方の過疎化に悩む自治体や、地域活性化を課題としている人々にとって、柴山氏の発想と行動力には学ぶところが多いのではないだろうか。後編では、この三条ビーターズの選手をはじめ、チームを経済的に支える営業スタッフや、身体面を見るトレーナーなど、一人ひとりの思いに迫ってみたい。

※本記事は、2023年10月取材時の情報を元に掲載しています。写真中には現在は所属していない選手も含んでいます。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:三条ビーターズ