2023年8月末、臨床心理士の村中直人先生のX(旧Twitter)での呟きがきっかけで同年12月に実現した、『<叱る依存が>がとまらない』(紀伊國屋書店刊)の著者・村中直人先生と、『仙台育英 日本一からの招待』(小社刊)の著者であり、2022年夏の甲子園優勝監督でもある須江航監督の対談。3回目(最終回)のテーマは、「苦痛神話」だ。スポーツ指導の世界では、「厳しく叱ることや怒ることによって、選手は精神的に強くなる」という考えが昔も今も根強い。はたして、心の成長にどれほどの効果があるのか――。
人の成長は「マッスルモデル」ではなく、「プラントモデル」
――スポーツの現場では、「厳しく怒ることによって、選手のメンタルが鍛えられる」という考えを耳にします。
村中 それは、完全に間違いです。「苦痛神話(人は苦痛を与えられることで強くなる)」と呼ばれることもありますが、それを信じている人たちは、人間の成長を筋肉のように考えているのではないでしょうか。鍛えれば鍛えるほど、強くなっていく。この考えを、私は「マッスルモデル」(筋肉モデル)と呼んでいます。言うまでもなく、人の心や思考は、物理的な筋肉とは異なるものです。指導者のみなさんに理解してほしいのは、人は「マッスルモデル」ではなく、「プラントモデル」(植物モデル)で育っていくということです。
――興味深い考えですね。
村中 土を耕して、水をあげて、芽が育ちやすい環境をつくることで、植物は生長していきます。でも、環境をどれだけ整えても、芽が育つかはわかりませんよね。じっと我慢して、待つことが必要。「マッスルモデル」は短期的には結果が出るかもしれませんが、中長期的な成功を望むのであれば、「プラントモデル」の考えが必要であり、指導者には成長を待つ時間が求められます。
――「成長を待つ」がキーワードですね。
村中 さきほども言ったとおり、「冒険モード」にオンスイッチはありませんが、オフスイッチはあります。指導者や権力者の言葉や態度によって、スイッチを切ってしまう。
――オフになった「冒険モード」を、指導者がもう一度復活させるためにできることはありますか。
村中 とにかく、子どもたちの成長の邪魔をしないことです。ついつい、指導者は教えたがってしまうのですが……。本来、人間は生まれながらに好奇心の塊ですから、それを忘れないでください。「冒険モード」に入っていれば、子どものほうから「ここがわからないので教えてください」と聞いてくるものです。
主体的に取り組む選手ほど習熟が早い
――須江監督は、選手の主体性を重視し、自己決定を尊重する指導方針を取っています。
須江 仙台育英を希望してくれる生徒がいた場合、保護者の方には「うちの野球部は自分で考えて行動できる習慣を持っていなければ、合わないかもしれません」という話をさせてもらっています。たとえばですが、家庭の中で「お風呂に入りなさい」「洗濯物を出しなさい」「宿題をやりなさい」と、親御さんが「~しなさい」と言っていませんか? 自分のことは自分でやる習慣を持った生徒のほうが、仙台育英のスタイルには合っています。
村中 「~しなさい」と指示をされている中では、冒険モードにはなれないですし、ならないですね。
須江 高校生を見ていると、誰かの指示でやらされている選手は習熟のペースが遅いと感じます。主体的に、自分でやるべきことを理解して、自分の意思で取り組んでいる選手は、習熟が早い。仮に、両者が同じ技量であるのなら、主体的に取り組む選手のほうが、成長していきます。
村中 なぜ、成長が早いかは理屈で説明することができます。指導者や教員が、「こうやってやりなさい」と指示するときは、目的と方法がセットになっていることがほとんどです。たとえば、小学生の漢字の勉強をイメージするとわかりやすいですが、「テストで合格するために、ひとつの漢字を10回書きましょう」と教わります。目的と方法がセットになっていますよね。そうなると、自分自身で工夫できる余地がほとんど残されていません。これによって何が起きるというと、「書いて覚える学び方が合わない子どもは、何度書いても漢字を覚えられない」と思われることです。そうではなく、そのやり方が合っていないだけかもしれないのです。
――方法論までセットにされると、「ほかのやり方もある」という思考になかなかならないと。
村中 そういうことです。私は、ニューロダイバーシティ(Neuro「脳・神経」とDiversity「多様性」という2つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方/経済産業省ホームページより) が専門で、脳や神経の多様性を調べています。その視点から考えると、人によって合う方法論と合わない方法論があるのです。自分には合わない方法で、ずっと努力して頑張っても、成果が上がらないのは当然のことと言えます。
目標を達成するための方法論は多種多様でOK
――決して、「勉強ができない」というわけではないと。
村中 今回、須江先生のお話を聞いて感じたのは、仙台育英には目標となる数字の到達点がありながらも、そこに至るまでの方法論は多種多様にあり、自分で組み立てることができる。これは、自ら成長していくうえで非常にうまいやり方だと感じました。
須江 ありがとうございます。私が今のお話から感じたのは、「こうしたことを理解していくと、叱ることや怒ることの意味合いはどんどん減っていく」ということです。方法論が合っていない選手に、「何でできないんだ!」と怒ってもしょうがないですよね。目の前にいる選手ひとりひとりの個性や特徴は違うわけで、全員が同じ練習をする意味はほとんどありません。
村中 こういうお話をすると、「緩い指導」と勘違いされる方がいるのですが、まったく違います。ひとつ大事にしてほしいのは、本の中でも紹介しましたが、「厳しさとは、妥協しないことと、要求水準が高いこと」という考えです。方法の多様性を尊重しているだけで、決して要求水準を下げているわけではありません。
須江 非常に納得できる考えです。うちのシステムは、ある意味では選手にとって厳しいハードルだと思います。自分でやらないといけないですからね。
村中 須江先生のような考えを持った指導者が増えてきてほしいですね。貴重なお話をありがとうございました。
須江 こちらこそ、わざわざ仙台までありがとうございました。
▼須江航
仙台育英学園高等学校教諭 硬式野球部監督
1983年4月9日生まれ、埼玉県鳩山町出身。小中学校では主将、遊撃手。仙台育英では2年秋からグラウンドマネージャーを務めた。3年時には春夏連続で記録員として甲子園に出場しセンバツは準優勝。八戸大では1、2年時はマネージャー、3、4年時は学生コーチを経験。卒業後、2006年に仙台育英秀光中等教育学校の野球部監督に就任。公式戦未勝利のチームから5年後の2010年に東北大会優勝を果たし全国大会に初出場した。2014年には全国中学校体育大会で優勝、日本一に。中学野球の指導者として実績を残し、2018年より現職。19年夏、21年春にベスト8。就任から5年後の22年夏。108年の高校野球の歴史で東北勢初の優勝を飾った。
▼村中直人
1977年生まれ。臨床心理士・公認心理師。
一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事。Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。人の神経学的な多様性に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター'sスクール」での支援者育成にも力を入れている。現在は企業向けに日本型ニューロダイバーシティの実践サポートを積極的に行っている。著書に『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊国屋書店)『ニューロダイバーシティの教科書――多様性尊重社会へのキーワード』(金子書房)がある。
書籍情報
『仙台育英 日本一からの招待』
定価:1870円(本体1700円+税)
2022年夏 東北勢初の甲子園優勝!
「青春は密」「人生は敗者復活戦」「教育者はクリエイター」「優しさは想像力」
チーム作りから育成論、指導論、教育論、過去の失敗談まで、監督自らが包み隠さず明かす!
『人と組織を育てる須江流マネジメント術』
<有言実行!夢の叶え方>
基準と目標を明確化 努力の方向性を示す
選手の声に耳を傾け、主体性を伸ばす
データ活用で選手の長所・短所を〝見える化"
日本一激しいチーム内競争の先に日本一がある
高校野球が教えてくれる、本当に大切なことを学ぶ
書籍『仙台育英 日本一からの招待』