本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

農村とは、モンスターのように手ごわい問題が潜む異世界。新規就農者である僕が新たに借りた耕作放棄地では、地中から「大量のゴミ」という新たなモンスターが出現。その後の処理に四苦八苦する羽目に!

コンビニの袋、コーヒーの空き缶、乾電池、ラジオ、謎の金属片……。大量のゴミと格闘しながら何とか片付けを終えた僕。しかしホッとしたのもつかの間、異世界にはまだまだ思いがけないトラブルが待ち構えていたのである……!

大量の規格外品を見たご近所さんが……

農業を始めた当初は、なかなか新しい農地を借りられず、規模を拡大できない日々が続いていた僕。しかし最近では、耕作放棄地を中心に「できれば畑を借りて欲しい」という相談が少しずつ舞い込むようになった。

もちろん、大量のゴミが出現するといった困った土地もあるのだが、それでも規模拡大に向けて少しずつ、着実に進んでいるのがうれしかった。

最近ではラスボス・徳川さんをはじめとした先輩農家からの指導もあり、栽培技術も確実に向上してきている。就農1年目から栽培を続けてきたダイコンも、立派な出来栄えのものが育つようになった。それでも出てしまうのが規格外品である。

ある日、僕は出荷できないサイズのダイコンを抜いてそのまま無造作に畑に置いていた。昼頃に収穫を終え、畑でひと休みしていると、自転車に乗った女性から声を掛けられた。

「すみません、ちょっと聞いてもいいですか?」

どうやら畑の近所に住んでいる主婦の方らしい。近くにあるスーパーの買い物袋が自転車のかごに入っているのが見えた。

「なんでしょう?」

僕は地面に落ちたたくさんの規格外のダイコンを踏まないように避けながら、にこやかに女性に駆け寄った。地域の人とのコミュニケーションは、農家にとって欠かせない業務の一環である。

畑近くを通りかかった女性が話しかけてきた(イメージ画像)

「このダイコンって、どうされるんですか?」
女性は規格外のダイコンを指さしながら聞いてきた。

「これは出荷できないんで、そのまま廃棄しちゃいますかねぇ」
と僕が答えると、
「そうなんですか、もったいない……」
と女性はため息をついた。

もちろん僕ももったいないと思っているが、規格外の野菜を販売しようとしても、労力がかかるばかりでもうけにはならない。それならば畑にすき込んだ方がましだ。世間では「フードロスの削減」なんて言っているが、規格外野菜の有効活用は、ぶっちゃけ割に合わないのが実情である。「外野は勝手なことを言うよなぁ」というのが就農した僕の本音だ。

それでも、消費者がそう思う気持ちもわからないではない。
「もし良かったら持っていかれます?」

僕がそう返すと、女性の顔がパッと明るくなった。

「え? いいんですか?」
「どうぞどうぞ、せっかくだから持っていってください」
「ありがとうございます。じゃあ後で取りにきますね!」

そう言って、女性は自転車で走り去っていった。

しばらく畑で作業をしていると、さきほどの女性が再びやってきた。買い物帰りだったので購入した食品を自宅に置き、ダイコンを入れる袋を取ってきたらしい。

「どれでももらっていいんですか?」
と女性は満面の笑みで聞いてきた。
「ここにきれいに並べて置いてあるダイコンは出荷するので、それ以外であれば大丈夫ですよ!」
女性の笑顔につられて、僕も思わず笑顔で答えた。

「そうですか。ありがとうございます!」

僕は畑に落ちたダイコンを拾い集める女性をしばらく眺めていた。どうせ捨ててしまうダイコンである。せめてご近所さんから喜んでもらえたことがうれしかった。

ただ、この時の僕は、その後の展開を全く予想できていなかったのである……。

大勢の人が畑に押し掛ける事態に!

翌日、続きの収穫作業をしていると、夫婦と思われる見知らぬ男女が
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
と声を掛けてきたので、僕は作業の手を止め夫婦のほうに歩み寄った。
「なんでしょう?」

今度は夫婦が畑にやって来た(イメージ画像)

すると、女性のほうが少しぞんざいな口調で
「山之内さんからこの畑でダイコンをもらえたって聞いたんだけど?」
と言ってきた。

「ん? 山之内さん?」
「昨日この畑に女の人が来なかった?」
「ああ、あの方ですか、そうですね。お譲りしましたけど……」
「私たちもいただいていいかしら?」
「いいですよ、どうぞ……」

そう言いながら、僕はなんだか嫌な予感がし始めた。昨日はたまたま出くわしたご近所さんにお裾分けする感覚でOKを出したのだけれど、周りに少し違ったニュアンスで伝わっている感じがしたからだ。

その不安は、的中した。

「ちょっと大石さん、ダイコンがもらえるらしいよ!」
ダイコンを拾い集めていた奥さんが、畑の脇を散歩していた人に声を掛けたのだ。どうやら顔見知りらしい。

「そうなの? じゃあもらいにこないと」
大石さんと呼ばれたその人は、うれしそうに畑に寄ってきた。

「捨てるのがたくさん出たんで困っているんだって」
困っているとは一言も言っていないのに、勝手に話に尾ひれがついている。

「じゃあ、お友達も呼んでこようかしら?」
「そうそう、袋も持ってきた方がいいよ」

あっけにとられている僕を尻目に、ご近所同士で盛り上がってしまっている。
気が付いたら、10人ほどが畑に集まっていた。
後でやって来た別の女性は「こっちもいいの?」と正規品にも手を付けようとする始末だ。
「いやいや、これは出荷するものなんでダメですよ……」と僕はあわてて正規品のダイコンの前に立った。

大勢の人が畑にやってきて、規格外のダイコンをあさっていく。もう作業どころではなくなってしまった。僕はその光景を見ながらただ苦笑いするしかなかった……。

ラスボス・徳川さんからクレームが!

「規格外のダイコンだし、ご近所さんから喜んでもらえればそれでいいか……」

昨日の出来事は予想していなかった。規格外のダイコンがもらえるというだけで、あんなにもたくさんの人が集まってくるとは。それにしても、あれだけの数のダイコンを持ち帰って、全部食べ切れるのか不思議だった。知り合いにでも配るのだろうか?

ふと気になってスマホを確認すると、少し前に着信があったことに気付いた。この地域の農家のラスボス・徳川さんからである。僕はすぐさま連絡を入れた。

ラスボス・徳川さんからの連絡にはすぐ対応(イメージ画像)

「すみません。電話をもらったのに気づかなくて」
「こちらこそ忙しいところすまんね。ところでケン、ダイコンを配っているみたいだな?」

さすが異世界の情報網はすごい。すぐさま徳川さんの耳に入ったらしい。

「配っているわけじゃないんですけど、畑で余ったダイコンが欲しいと言われたのでお譲りしたんですよ」

すると徳川さんは、いつもよりも低いトーンで話し始めた。どうやら怒っているようだ。

「いつも言っているけど、勝手なことをするなよ」

最初は何を言われているのか分からなかった。廃棄するものを譲っただけで、別に悪いことをしているつもりは全くなかった。

「え? どうせ捨ててしまうから、別にいいんじゃないかと……」
「お前は何も知らんな。そんなことをされたら周りの農家が困るんだから」
「どういうことですか?」

寝耳に水の話である。良かれと思ったことで、まさか先輩農家からクレームが入るとは……。僕はそのまま徳川さんに事情を詳しく聞いてみることにした。

車で乗りつけて根こそぎ持っていく人も

「そういうことだったんですね……」

徳川さんに聞いたところ、地域の農家さんの間では、見知らぬ人にタダで野菜を配ることは慎んでいるとのこと。それは以前、トラブルに発展したからだという。

ある時、この地域の農家で、僕のように規格外の野菜を「好きに拾っていいよ」と渡していた農家がいたそうだ。すると次第に「あそこの畑に行けばタダで野菜がもらえる」といううわさが広まっていった。

そしてある時、その農家さんの畑に車で乗りつけて数人がかりで野菜を根こそぎかき集めていく集団が現れたそうだ。さらには、別の農家さんの畑に置かれていたダイコンも勝手に持ち帰ってしまったらしい。

その後の行き先までは分からないが、もしかしたら、それを販売している可能性だってある。

「顔見知りに配るくらいならいい。いつもお世話になっているんだから。でも、見知らぬ人にまで配り始めると、勘違いする人も出てくるからな」
「そうですね。そんな状況になったら大変ですね……」
「ちゃんと声をかけてくれる人ばかりじゃないから。自分勝手に『これはいいだろう』と判断する人が出てくると、本当に収拾がつかなくなるぞ」

徳川さんは改めてくぎを刺すように僕に言った。

確かに徳川さんの言う通りだった。ここ数日の出来事を振り返ると、勘違いした人がいろんな畑に押しかけ、地域の農家さんに迷惑をかける光景が頭に浮かんだ。

この日以来、僕は本当にお世話になっているご近所さんにお裾分けする以外は、たとえ廃棄する規格外品であってもタダで渡すことは厳に慎むことにした。

たとえ規格外品でも、タダでは渡さないほうが賢明(イメージ画像)

僕は代わりに、きちんとお金をもらうようにした。そもそも当たり前の話である。たとえ規格外であっても手塩に育てた「我が子」である。僕はこの一件で考え方を改めることにしたのだった。

レベル13の獲得スキル「規格外をタダで渡すのはNG! きちんとお金をもらえ!」

野菜を栽培していると、どうしても出てくるのが規格外品である。出荷作業などの手間を考えると、それらは結果的に廃棄処分にすることが多い。手塩にかけた野菜を大量に処分するのは「もったいないから」と、ご近所の人たちに配って食べてもらいたくなるのが心情だろう。ただ、その行動が思わぬトラブルの引き金になることもあるので注意したい。

野菜がタダでもらえることのインパクトは大きい。「どうせ捨ててしまうので持って帰ってください」と声を掛けると、知人同士で声をかけて畑に集まってくる。そんな経験を何度もした。地域とのつながりを作ったり、今後の商売に生かしたりする意図があればいいが、単なる善意で行うのであれば慎重になった方がいい。なかには「タダだから」と自分勝手な行動に出たり、勘違いして別の畑の作物まで持って帰ったりしてしまう人がいるからだ。

農業は地域とのつながりで成り立っている。自分一人だけで済む問題ではなくなることも多い。「規格外の野菜はもらえる」という認識を植え付けてしまえば、他の農家の売り上げにも関わってしまうかもしれない。譲って欲しいと言われたらきちんと対価をもらうこと。「捨てるものでお金をもらうなんて」と気が引けるかもしれないが、実際には「お返しなどに気を遣うからお金をもらって欲しい」という人もいて、むしろ喜ばれることも少なくないのだ。

良かれと思ったことが予想外のクレームにつながる。それが異世界の日常である。ちなみに規格外の野菜をめぐるトラブルは、これで終わることはなかった。無人直売を始めたところ、案の定というべきか、新たな災難に見舞われることになったのである……。【つづく】