藤井一強時代と呼ばれる現状をトップ棋士はどう研究し、どう戦っていこうとしているのか。
本稿では2024年2月2日に発売された、『将棋世界2024年3月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)掲載の「私の戦い方」連載2回目より、広瀬章人九段のコメントを一部抜粋してお送りいたします。思うように勉強時間を取れない、30代の難しさなど、自身の置かれた状況もふまえたこれからについてを存分に語っています。
“終盤の広瀬"からの脱却
――続いて、いまお話しいただいたような将棋界の現状がある中で今後、広瀬先生がどのように戦っていこうとしているか、お聞かせいただければと思います。
「今後の戦い方というか、いまは成績があからさまに落ち始めているので、そこにストップをかけることで精いっぱいですね。いまが正念場だと思っています。30代半ばでガクッと成績が落ちるというのは私より上の世代の方は皆さん経験されてきたと思うので、そこでどうするか、というところですね」
――踏みとどまる、ということですね。
「そうですね、はい」
――若手の頃に比べて特にこの力が落ちたな、というのはありますか?
「終盤力ですね。『広瀬は終盤が強い』って恥ずかしいのでそろそろやめてほしいです。これは書いておいてください(笑)」
――いやでも「終盤の広瀬」というイメージはありますよ。
「過去のことなので(笑)。これを機に脱却したいと思います。とはいえ、自分のような一応『終盤型』と呼ばれていた棋士にとって終盤力が落ちるのは致命傷なので、そこでどうするかがいまの私に問われているのだと思います」
――終盤力を鍛えるためにどうしたらいいんでしょう?
「それはこっちが聞きたいです(笑)。皆さんどうされているんですかね。羽生先生の世代の方に聞いてみたいです。おそらく『地道にやるしかない』という答えが返ってくるんだと思いますが」
――確かに「羽生世代」と呼ばれる先生方も全盛期に比べれば落ちた部分はあるのでしょうが、いまでも活躍されています。
「見えないところで努力されているんでしょうね。そうとしか思えないです」
――具体的には何か考えていますか?
「詰将棋とか棋譜並べとか、そういう基礎的なことをやるということしかいまの自分には思い浮かばないです」
――逆にご自身の長所というか、武器になる部分はどこだと思いますか?
「作戦面でひねったことをやると、うまくいくことがある、というくらいです」
――広瀬先生が少し変わった作戦を使って優勢に持っていっているイメージはあります。
「でもそれも使う相手が限られているんですけどね。藤井さんや伊藤さんのようにしっかり研究している人ほど効果的な作戦ではあります。なぜかというと、研究していることがある程度わかっていて指し手がある程度予測できるので、逆手に取りやすい面があるのです」
――なるほど。王道であるがゆえに。
「そうですね。これは王道タイプの棋士のちょっとした欠点ではあります。常に最善手を指してくる、あるいはそれを目指しているので指し手が想定しやすい。感覚的にもAIの感覚が染みついているので『こういう手はやってこないだろうな』というのが当たることがあります。そこから先を調べておく。『掘る』って言うんですけど、掘ってから対局に臨むとこちらが有利になることがある」
――なるほど。とても興味深い話です。AIっぽい手を指せるようになるのはいいことばかりではないのですね。
「そうですね。藤井さんとの竜王戦や伊藤さんとの挑決の1局目はそれがうまくいった例かと思います。終盤が弱くなってしまったのでそういうところで補っている感じです。多かれ少なかれ年を重ねるとそういう戦い方にシフトしていくのかなと思います。瞬発力じゃなくて、引き出しの多さで勝負する、というような。序盤でリードして少しでも有利な状態で終盤に入ってそのまま勝ちきるというのが理想的な展開だと思います」
――具体的な将棋の勉強法という話で言うと、先ほども出た詰将棋などになりますでしょうか?
「そうですね。最近はAIの研究に時間を取られすぎて詰将棋をする時間が明らかに減っていたので、今後は増やしていこうと思います」
――『詰将棋パラダイス』などでしょうか。
「『詰パラ』はこれまでも時間のあるときにやってはいたのですが、この時間帯に集中してやる、というルールを設けたほうがいいかなと思っています。AIの研究も大事なんですけど、実のある研究をしないと意味がないので」
――パソコンの前に座って手順の評価値を眺めているだけではダメなのですね。
「AIの使い方は本当に難しいなと思います。基本的には身になっていないことが多いです(笑)」
――とはいえ、全くやらないわけにもいかないですよね。
「それなんですよ。そこが厄介なところです。例えば先手で角換わりをやるなら実戦で出ている手はもちろん全て把握しておかなければいけませんし、実戦で現れなかった手も調べておく必要があります」
――AIの研究をやりつつもそれ以外の部分の比重を増やしていく、という感じでしょうか。
「そうですね。いまの自分は評価値のプラス100点とか200点を目指すようなレベルじゃないことに気がつきました。それよりも野球でいえばまずはキャッチボールができるようにしなければいけません。基礎トレーニングが明らかに不足しているので、そこからスタートしようと思います」
(私の戦い方・広瀬章人九段「いちから鍛え直す」より 記/島田修二)
『将棋世界2024年3月号』
発売日:2024年2月2日
特別定価:920円(本体価格836円+税10%)
判型:A5判244ページ
発行:日本将棋連盟
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