女流の8タイトルをライバルの福間香奈女流四冠と分け合っている西山朋佳女流四冠。二人が繰り広げる名局のかずかずを引き合いに出すまでもなく、その将棋には華があり、人を惹きつけるものがあります。
初めての女性棋士にあと一歩に迫った西山朋佳女流四冠の才能は誰もが認めるところですが、その足取りは決して平坦なものではありませんでした。本稿では2024年2月2日に発売された、『将棋世界2024年3月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)掲載の「師弟(前編) 伊藤博文七段×西山朋佳女流四冠」より、大きな決断となった奨励会退会を決めた当時の心境について語ったコメントより、一部抜粋してお送りします。
――今期はこれまで棋士を相手に公式戦で7勝を挙げています。タイトル戦挑戦者になった佐々木大地七段に勝利したのは強く印象に残っています。
西山 いやー、奇跡です(笑)。同世代でずっと追いかける状況だったので嬉しい。世代にこだわるのも変かもしれないですけど、幼少期の力関係がそのまま今に反映されていると感じています。例えば、子どもの頃に佐々木勇気先生とか菅井竜也先生、斎藤慎太郎先生なんて雲の上の存在で、意識するとかそんなレベルじゃなかった。当時から天才といわれた人は、いまA級にいる。自分の場合、その方たちが1、2歳上で、力量の違いを見ることができた。才能だけでなく、確立された勉強法がルーティーン化しているので、その2つをひっくるめて、みんな同じ位置関係のままなのだろうなと。私もそれを崩せずにいる感じです。その差をどうやって縮めていくかが課題になりますね。
――2021年4月に奨励会を退会し、女流棋士になることを公表されました。
西山 私が将棋を続けてこられたのは、女流棋士という選択肢があったことも大きいです。奨励会に入って間もない頃は、まだ将棋界についてあまり知らなくて、棋士になることに対しても深く考えていなかった。女流棋戦に参加させてもらうようになり、棋士の公式戦にも出られるようになって、将棋界について少しずつわかるようになってきた。自分の中では将棋を指せる楽しさや充実感は、奨励会を抜けることにこだわらなくても、女流棋士として続けていけるものだと思えたんです。
いま思えば、その道がなければ大学に進学を決めたときに、奨励会を続けるかどうかもっと迷っていたかもしれません。希望する学部に合格できて、将来に将棋以外の可能性も開かれた。もちろん棋士になりたい気持ちはありましたが、奨励会を抜けられる確信はない。他に職業として将棋界に残る道がないのであれば、人生の選択として学業に専念し、就職に重点をおくことも考えられました。
――女流棋士の道がなければ、将棋以外の仕事を選んだ可能性があったということですね?
西山 高かったと思います。あと自分が棋士になれるかということだけではなく、私たちの世代は将棋を続けることがつらい時期を経験しました。電王戦で棋士がソフトに負けたとき、奨励会員は少なからずショックを受けたと思います。自分たちが目標としている先生方が、負けてしまう姿を目の当たりにしたのですから……。これから将棋界はどうなるんだって、不安になった人もいると思います。研究会の後にそういう話題になると、「それでも人間同士の対局に価値があるんだ」って励まし合っていました。
(「師弟(前編) 伊藤博文七段×西山朋佳女流四冠」より 記/野澤亘伸)
『将棋世界2024年3月号』
発売日:2024年2月2日
特別定価:920円(本体価格836円+税10%)
判型:A5判244ページ
発行:日本将棋連盟
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