2月4日に行われた「天皇杯 第49回日本車いすバスケットボール選手権大会」決勝。2連覇を狙う神奈川VANGUARDS(神奈川ヴァンガーズ/以下、神奈川)対、初優勝を目指す埼玉ライオンズ(以下、埼玉)の戦いは、最終盤まで勝敗の行方がわからない、文字通りのシーソーゲーム。会場を訪れた3,349人の観衆からは、幾度となく歓声が沸き起こった。
王者とガチンコ勝負
「パラスポーツ、パラアスリートというところの概念を壊していきたい」「先駆者になる」との意味を込めてパラ神奈川SCから神奈川VANGUARDSへとチーム名を変更して今大会を迎えた神奈川は、埼玉の中井健豪ヘッドコーチ(HC)いわく、「スーパースター軍団」。2023年度男子ハイパフォーマンス強化指定選手であり、1月にタイで行われたアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)にも中心メンバーとして出場した鳥海連志(2.5)、古澤拓也(3.0)、丸山弘毅(2.5)、宮本涼平(1.0)を擁している。そこへ、栃木レイカーズから移籍した、AOC日本代表の髙柗義伸(4.0)も加わり、さらに戦力がアップ。AOC組は帰国の翌日からチーム練習に合流。国内タイトル連覇へ向けて準備を進めてきた。
健常プレーヤー大山ら埼玉の強度の高いパフォーマンスが光ったそんな優勝の大本命に真っ向勝負を挑んだのが、埼玉だ。昨年の同大会準決勝で神奈川に負けて3位に終わった悔しさを忘れたことはなかった。「1年間、神奈川を意識して」(中井HC)、チームづくりを行ってきたという。たとえば、キャプテン・副キャプテンを廃して、フィジカルトレーニングなど部門ごとに責任者を置くことで、全メンバーが自覚と責任を持って役割を全うするフラットな組織へと変更した。その成果は確実に出ていたと、AOC日本代表の赤石竜我(2.5)も明かす。
「この1年、神奈川とはリーグ戦などで対戦する機会があり、その中で勝機はあるな、と感じていました。今大会も予選を勝ち上がり、東日本第2次予選会1位のチームとして臨めたことも自信になりました。神奈川が準決勝であの(強豪チームの)NO EXCUSEを(ワンサイドゲームで)負かした試合を見たときは、まじかよ、と思いましたが、それでもひるむことなく、チームの一人ひとりが試合に臨んでくれました」(赤石)
AOCで腰を痛め万全の状態ではなかったものの、リーダーシップを発揮した赤石。大会前に「個人的には埼玉として出るのは最後というくらいの思いで戦いたい」と話していた「赤石を中心に、オフェンスもディフェンスもすばらしかった」(古澤)という埼玉に、神奈川は苦戦。ティップオフ後、髙柗が両チーム最初のシュートを沈めたものの、埼玉が健常プレーヤーの大山伸明(4.5K)を中心に得点を重ね、すぐに逆転。そのまま第4ピリオドの途中まで埼玉がリードする展開となった。
鳥海はキャプテン兼アシスタントコーチとしてチームを引っ張るしかし、その後、「明らかにギアを上げてきた」(赤石)神奈川のディフェンスに苦しみ、埼玉が失速。古澤と髙柗のシュートで神奈川が追いつくと、その後はシーソーゲームに。
勝負があったのは、残り40秒ごろ。「僕が試合を決めよう」と強く心に決めていたという古澤は、「試合を決めるのに唯一、自信がある場所」である左バンク(左斜めの角度でシュートを狙える位置)でボールを待っていたという。そこへ髙柗からパスがわたり、シュート。試合を通して、両チームともフリースローを含めなかなかシュートが決まらない中、一撃で勝負を決してみせたのは、さすがの経験値といったところだろう。
古澤は「ギリギリ勝つことができたが、もっとうまくなろう(という気持ちと)、決め切る力が必要だなと思った」とはいえ、最終スコアは47-44。シュート数に対して、得点数が物足りなかったのも確かだ。そこをカバーしたのは、丸山も「神奈川らしさ」と語る「ディフェンス力と、速くて質の高いトランジション」だった。
鳥海も反省を込めて振り返る。
「負けてもおかしくない試合でしたが、ディフェンスで勝ったのは、ある意味、僕ららしい勝ち方だったと思います」
一方、ほんのわずかな差で優勝を逃した埼玉は、やりきったという思いからか、それぞれ明るい表情を見せた。
「後悔はありません。シュートを打たせてもらえる場面もありましたが、決め切る力がなかった(ことが勝敗を分けた)。何が足りなかったかは、もう一度整理したいです」(中井HC)
「すごく悔しいけど、やり切れたと思います。中井HCが、神奈川相手にここまで戦えてすごいことだよ、誇りに思う、とねぎらいの言葉をかけてくれました。ただ、点差以上に力の差があったことも事実。来年のことはまだわかりませんが、まずは自分たちの現在地をしっかり受け止めます」(赤石)
神奈川は赤、埼玉は緑……観客が身につけたチームカラーも目立った今大会。埼玉の応援リーダー「マスク・ド・グリーン」らが応援席を盛り上げた改めて浮き彫りになった日本代表の課題
ディフェンスの重要性を感じさせるシーンが見られた一方で、「お互いにシュートを落とすナイーブな展開」(中井HC)に、改めて日本の車いすバスケットボールの課題を感じたファンも少なくなかったのではないか。もちろん、得点力不足は、選手たちも重々承知だ。神奈川の得点源である髙柗も、思うようなスタッツを残せず、優勝インタビューでも反省しきり。
ファンの前で「次はいっぱい点を取れるようにでかくなって(天皇杯の舞台に)帰ってきたい」と誓った。
大会1日目に「僕はシュートが得意なプレーヤーではない」と語っていた髙柗大会MVPに輝いた丸山も、決勝では、16本放った2ポイントシュートのうち決めたのは1本で、4本のフリースローはすべて外し、2得点に終わっている。本来の調子からはほど遠い結果に、「緊張したわけではなかったのですが、なかなか決められませんでした」と反省の弁。
「(成功率を上げるためには、本番同様の)シチュエーションをイメージして練習したり、試合に入る前のメンタルや行動、日常生活など、バスケット以外のところももっと意識をしなければいけないかなと思いました」
MVPについて「自分ではない、と思ったんですけど、3試合をこなして評価してもらえたことは素直に嬉しい」と丸山神奈川の2連覇で幕を閉じた天皇杯に、東京2020パラリンピックから3年が経とうとしている今も車いすバスケットボール人気が続いていることが見て取れた。国際舞台を勝ち抜く力のベースは、日々を過ごすチーム活動の中でこそ培われる。男子日本代表は先のAOCで敗れ、1976年トロント大会以来12大会連続出場してきたパラリンピックの切符を獲得できなかった。パリ行きを逃したにもかかわらず天皇杯を現地で観戦しようと足を運んだファンの大声援を力に変えて、各チーム、選手のさらなる飛躍を期待したい。
2日間で計5,842人の観客がチケットを購入し、車いすバスケットボール日本一決定戦を観戦した※カッコ内は、障がいの種類やレベルによって与えられた持ち点。Kは健常プレーヤー。
text by TEAM A
photo by X-1
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これが車いすバスケットボールだ!