いち早く複合経営に挑戦

佐藤さんが農業に携わるようになったのは20代中ごろ。板金工との兼業農家だった夫のコメ作りを手伝ううち、自然に触れられる農業の魅力を知り、近隣の畑を購入して本格的に就農した。

水稲の単作経営ののち、1989年以降は佐藤さんの主導で野菜の複合経営にも挑戦。夏はコメやトマトを育てる一方、冬はビニールハウスで小松菜や春菊などを栽培する。
現在の経営面積は水稲で23ヘクタール、野菜のハウスは計約1.7ヘクタール。

冬のビニールハウスでは、自社で開発したまきストーブや廃油ストーブを使用。燃料は近くの給食センターなどで使用したてんぷら油などでまかなうなど、環境に配慮した地域循環型農業に取り組む。こうした多角的な経営や取り組みが評価され、1993年には、青森県の女性で初めて、農業経営士の認定を受けた。また、青森県が独自で認定している、地域のよりよい「農林水産業とくらし」を指揮する女性リーダー『ViC(ヴィック)・ウーマン』の一人として、女性の活躍を後押しする活動にも奔走している。

どうしたら、農村で女性も輝けるのか

本格的に農業の仕事に身を置くようになった当時、佐藤さんは一つの違和感を抱くようになったという。当時、特に農村部で根強くあった男女格差だ。

「男女平等という言葉がなじみつつある時代でしたが、田舎の村社会の実態はつらいものでした。特に農業というのは男性社会で、女性は子育てをしながらつらく細かい仕事も担うのが当たり前。『女性は男性の後ろに下がっているべき』と考えられていました」(佐藤さん)

「どうしたら農村女性も輝けるのか」、「男女はともに協力して支えあっていくべきなのではないか」と考えるようになった佐藤さん。「(男性がしている仕事は)私でもできる」「自分から後ろに下がるようではいけない」という心情を体現するように、自らトラクターに乗り込み、代かきなどの作業を担うという、当時としてはとっぴな行動に打って出た。

佐藤さんがトラクターで作業している最中は、夫が別の作業にあたるなど、フレキシブルに役割分担して仕事をしてきたという。農家の集まりがあれば必ず顔を出し、改善すべき点を見つけては臆せず意見を述べるなど、徐々に地域での存在感を示していく。

女性の視点によって生まれた、地域農業の新たな軸

1980年代後半に入ると、世はコメの生産調整のため転作が奨励される時代に。佐藤さん夫婦はいち早く、水稲と野菜の複合経営に取り組んだ。
夫婦で役割を分業し、夫が水稲全般、佐藤さんが野菜全般の生産管理や労務管理、財務管理を担うことにした。

新たに始めた野菜栽培では大豆などのさまざまな作物を試した中、ピタリとはまったのが1989年から始めたトマトの施設栽培だった。冷たい北東の風が吹く気候の影響などによって野菜の露地栽培こそ振るわなかったが、ビニールハウスで育てたトマトの出来栄えが大きな成功体験となった。

「トマト栽培は大変な反面楽しかった。自分の名義でつくった通帳で、トマトの売り上げや収益を見るのが楽しみで、励みにもなった」と笑う。

トマト栽培が軌道に乗るのに、時間はそうかからなかった。順調に経営面積を広げると、今度は自らの働きかけで地元JAの生産部会員にトマト栽培を勧めるように。その収益性の高さから徐々に栽培を始める生産者が増え、町は一躍、トマトの産地として認知されるまでになった。

一方、経営面積が大きくなっていくにつれて、選果や箱づめなどの作業負担は大きくなる。
佐藤さん自身も、ここでの作業負担が悩みの種だった。

「地域全体でよりトマト栽培が広がっていくには、大きな選果場がなければいけない」(佐藤さん)。そこで、自らの働きかけで農協の倉庫を間借りし、選果機を何台も集めて共同選果場を作った。選果場での作業を行うパート職員を雇用し、箱づめの仕方などをレクチャーする役割も佐藤さん夫婦が担った。

佐藤さんの働きかけによって出来上がった共同選果場には、いくつもの産地が視察に訪れた。こうしたトマトの産地化への貢献ぶりが認められ、これまでに内閣府「女性のチャレンジ賞(2015年)」。農林水産省「黄綬褒章」(2017年)など、数々の表彰を受けている。

冬の野菜づくりで描かれる、地域循環型農業

もう一つ、佐藤さんが先陣を切って取り組んできたことがある。全国的にも珍しい、冬季のアスパラガス栽培だ。これまで次の作に備えた準備をするしかなかった冬の時期に「何とかして仕事を作って収入を得ることができないか」と考えたのがきっかけだ。そこで、アスパラガスの市場への出荷量が少なく、単価が高くなる冬を収穫時期に据えることを考えた。

アスパラの苗は2月に種をまき、11月まで露地で育てる。その後、アスパラガスの根の部分だけを加温したビニールハウスに移して定植。これによりアスパラガスの休眠が打破され、12月~3月の間の栽培、収穫が可能となる。

とはいえ、寒さの厳しい地域での施設栽培では特に、温度管理に用いる燃料費が重くのしかかる。そこで、暖房費を抑えつつ、環境にも配慮した農業経営をしようと、通常の石油ストーブのほかにまきストーブと廃油ストーブを導入した。廃油ストーブには、地元の給食センターから出た天ぷら油を使用。廃油を譲り受けた対価として、栽培した野菜を学校給食に提供しているほか、地元の小学生らを対象にした収穫体験も毎年開催している。収穫体験は観光ツアーのプログラムに組み込まれるなど、地域の名物行事にもなっている。

「近年の原油高の影響で、今年からアスパラガス栽培はやめることにしましたが、代わりに冬野菜の無加温栽培に力を注いでいます。収穫体験も冬野菜のハウスで続けていく予定。若い世代に地域農業の魅力や大切さを伝えていきたい」と佐藤さん。

「女性でも(男性に)負けない」という気概から始まった取り組みはいま、高齢化や担い手不足が進む地域にさす、一筋の光となっている。

合同会社「イネ子の畑から」

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