前回は令和の時代に入部申し込みが殺到する『練馬アークスJr.ベースボールクラブ』の練習の様子を紹介しましたが、今回はチームの代表、中桐悟さんにお話を伺いました。
【理想は「磯野と中島」がやっている野球】
——チームを立ち上げて2年半、多くの子ども達が集まっている要因はどこにあると思いますか?
(チーム方針が)今の家族のライフスタイルに合っているから、それに尽きると思います。
——具体的に言うと?
「ゴロは必ず体の正面で捕れ」とか「身体で止めろ」とか、古い技術を未だに教えていたり、理不尽な理由で怒ったり、親の負担が多かったり、野球の練習で土日が全部潰れてしまったり。野球をやりたい、やらせたくても地元にそういうチームしかなかったら、子どもに野球をさせようとはならないケースもありますよね? そういう昔ながらのチームと、自宅から遠く離れていて月謝も高額な野球塾という二極化になっていて、その間になるチームがないんですよね。ニーズはあるはずなのに。
——立ち上げ当初は練習試合など、試合相手を探すのが大変ではなかったですか?
初めて野球をやる子ばかりで、ボールの握り方を教えるところからでしたから試合どころではなかったですね。1年経って、初めて試合をやってボロ負けするという感じでしたが、連盟所属のチームと先日試合をやってようやく良い勝負ができるようになってきました。
——『練馬アークスJr.ベースボールクラブ』のような新しいタイプのチームを紹介すると、「こんなチームに子どもを入れたかった」という肯定的な声と「こんなチームじゃ上のカテゴリーで通用しない」という否定的な声の両方が出てくるのですが、それについてはどう思いますか?
中学で強豪のシニアとかボーイズのチームに入る前提であれば、うちの子達では難しいかもしれません。そんな練習をうちはしていないですから。でも小学校の時にレベルの高い野球の練習をしていたら高校で花が開くのかと言うと、必ずしもそうではないですよね。
将来、どこを目指しているのかにもよると思いますが、(小学生年代で)通用する、通用しないという議論自体が、変なことを言っているなぁと思ってしまいます。
——そういう議論以前に、こういうチームがなかったら彼等はそもそも野球をやっていなかったかもしれないですよね。
そうなんです。高いレベルで通用する子を育成することが目的のチームではないですから。野球をする場を提供して、野球を好きになってもらって中学でも続けて欲しいと思っていますし、高校、大学でもできれば続けてもらって、将来的には指導者になって欲しいと思ってやっていますから。
甲子園に出る、プロになる選手を育成することを目的にやるチームがあってもちろん良いと思っていますけど、我々はそこを目標にやっていませんから。
——昨年、甲子園で慶應義塾高校が優勝して「エンジョイベースボール」という言葉が話題になりましたが、中桐さんが考える「楽しい野球」とは?
競技レベルが全然違うので学童野球と高校野球の「楽しい野球」は別ものだと思いますが、小学生に関しては初めて野球に触れた子たちなので、野球の面白さみたいなところを存分に味わってもらいたいと思っています。
私が思う「楽しい野球」は、『サザエさん』に出てくる「磯野(カツオ)と中島」がやっている野球なんです。
——磯野と中島?
今の子どもたちは自分たちでグローブとバットを持って河川敷や空き地で野球することができなくなっているので、磯野と中島がやっているような野球をこの子達にもやってもらいたいなと思っています。「野球楽しいじゃん!」「もっとやりたい!」ってなって、中学校でも続けてもらいたいなと思っています。そういうポリシーでやっています。
【「週末1/4ルール」が子どもを勝手に上手くさせる】
——「もっとやりたい!」という気持ちを育ませるために、「週末1/4ルール(土・日いずれかの半日だけ活動)」があると思うのですが、お腹いっぱいにさせない、もうちょっとやりたかった、くらいで終わらせるのがちょうどいいですか?
そうですね。例えば午前中で練習終わったら、午後に家族で野球の話もしますし、翌日は「自主練しよう!」「キャッチボールやろう!」ってなるんですよね。それで次の週にグラウンドに来たら「そんなことができるようになったの!?」みたいに上手くなっているのですから、小学生ってすごいなと思います。
——上手くさせる、技術を身につけるという部分はどういうふうに落とし込んでいるのですか?
基本的なことは練習でコーチに教わって、あとは先ほど話した通りで、子ども達が勝手に自主練をやってきて、翌週になったら勝手にできるようになっている、上手くなっているという感じですね。
——やらせる練習ではなく、自分からやりたいな、投げたいな、打ちたいなと思うような気持ちを育むということですね。
そうですね。(グラウンドで)ヘトヘトにさせてないですから。野球がもっとやりたいとか、好きだっていう気持ちが芽生えていると家で勝手に練習するんですよね。
——野球は何かと精神論とか礼儀みたいなものもついて回りますが、そういう部分についてはどうされていますか?
精神論は否定派で、号令走とかはやらせないですが、「返事をする」「挨拶をする」など、最低限のことは言うようにしていますね。グラウンドでは「返事をしないと聞こえているかどうかわかんないよ」とずっと言っていますし、そういう声を出す習慣がないと、危ないときに「危ないのになー」って思ったけど言わないケースが出てしまいますからね。
「試合で声を出すことってすごく大事だよ」というのは、子ども達もみんな腹落ちしているんですけど、なかなか瞬時の声がまだ出せないんですよね。
【チームを立ち上げることは難しくない】
——2年半やってみて連盟に所属してないことによる、弊害とかマイナスってとかありますか?
グランドが借りづらいということだけですね。他には特にないです。今日のグラウンドは都立なので完全に自由競争で抽選に当たるかどうかだけなのですが、1月は抽選に外れまくって1日しかグラウンドが取れていないんです。そういうときはコストが高くて遠いところに行かざるを得ない状況です。小学校のグラウンドは全然どこも貸してくれないですから。
——連盟に入っていないと学校のグラウンドは貸してもらえない?
連盟云々というよりも、各学校に一つずつくらい既にチームがあるので、新規参入の余地なしという感じで借りられないですね、練馬区の場合は。
——その他に、チームを0から立ち上げることで大変だったことは?
特にありませんでした。ホームページを立ち上げればチームができたことになりますし、自分の子どもが2人いましたから、創部と同時に部員2人は確保できていましたから。
あとはグーグルの広告枠も買ったのですが「練馬区 少年野球」というワードで入札している人が誰もいなかったので、最低価格で入札することができました。ですので、特に募集をしたわけでもなく、ありがたいことに子ども達が自然に集まってきた感じです。
——紅白戦ができる人数くらい子どもが集まったのはいつくらい?
結成半年後くらいのときにダルビッシュ(有)さんがウチの取材記事をTwitter(現X)でリツイートしてくれたんです。それまでにも17、8人はいたんですけど、そこからもう新規の申し込みは全部お断りしないといけないくらい、一気に30人くらい集まりました。
——所属するチームにモヤモヤしたものを感じながらも、そこを変えよう思うと大変なので、我慢してやり過ごす保護者も多いと思います。そういう方はチームを新しく作った方が早いですか?
チームを立ち上げること自体は全然大変ではないですよ。今いるチームを自分が考える理想のチームに変えていこうとするよりも、0からチームを立ち上げた方が楽だなと、今は思います。チームを立ち上げること自体は全然大変ではないですよ。(取材・写真:永松欣也)