ビリー・ジョエルの物語は終わらない 彼の未来を照らす「17年ぶり新曲」最速レビュー

ローリングストーン誌による2019年のインタビューで「今でも音楽を作っているが、それをレコーディングして発表する必要性は感じない」と語っていたビリー・ジョエル(Billy Joel)から、17年ぶりの新曲「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」(Turn the Lights Back On) がついに届けられた。1月24日の東京ドーム公演レポートに引き続き、荒野政寿(シンコーミュージック)による同曲の最速レビューをお届けする。

東京ドーム公演直前の1月23日(火)、正式にリリースが告知されてファンを驚かせたビリー・ジョエルの”17年ぶりの新曲”「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」が、予定通り2月1日に公開された。

17年前の”新曲”は2つ。2007年2月14日にリリースされたシングル「オール・マイ・ライフ」は当時の妻、ケイティ・リーに捧げられたラブソングであった。同年、シンガー・ソングライターのキャス・ディロンに提供したもうひとつの新曲「クリスマス・イン・ファルージャ」は、派兵先のイラクでクリスマスを過ごす米軍兵の視点で描かれており、かつて「グッドナイト・サイゴン」を書いた社会派ソングライターとしての側面を久々に思い出させてくれた。この「クリスマス・イン・ファルージャ」は翌2008年12月に自身が歌ったライブ・バージョンもオーストラリア限定でシングルとして発売、現在は昨年日本で発売された編集盤『ビリー・ザ・ベスト:ライヴ!』で容易に聴くことができる。

それ以前の1997年、『ビリー・ザ・ベスト3(Greatest Hits Volume III)』から生まれたシングル「心のままに(To Make You Feel My Love)」はボブ・ディラン、「ヘイ・ガール」はキャロル・キング&ジェリー・ゴフィンがフレディ・スコットに提供した曲のカバー。自作のポップ・ソングは、1993年の『リヴァー・オブ・ドリームス』を最後に長い間発表していなかった。

ライブ活動は元気に続けているが、現役のソングライターとしては事実上引退したも同然……という状態があまりにも長く続いていたので、新曲など夢のまた夢だと多くのファンが思っていたはず。ところが昨年の12月、Tik Tokでほのめかしが始まって話題騒然となった。これは本当に何か出そうだ、と。

@billyjoel

そしていよいよベールを脱いだ17年ぶりの新曲、「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」は、事前に告げられていた通り、ビリー以外に3人のコンポーザー、フレディ・ウェクスラー、アーサー・ベーコン、ウェイン・ヘクターが共作者として名を列ねている。プロデューサーも兼務したフレディ・ウェクスラーは、アリアナ・グランデ&ジャスティン・ビーバーの全米No.1ヒット「スタック・ウィズ・ユー」の共作者兼共同プロデューサーのひとり。他にもダイアナ・ロスやセレーナ・ゴメス、カニエ・ウェスト、リル・ウェイン、BLACKPINKまで幅広い楽曲に関わってきたソングライター/プロデューサーだ。ウェイン・ヘクターもウエストライフ、ワン・ダイレクション、ニッキー・ミナージュ、オリー・マーズなどと組んできた”プロ”のソングライター。旧知の仲間ではなく、現代のヒットメイカーたちを招集したことに何より驚かされる。

フレディ・ウェクスラーとウェイン・ヘクターの関連曲をまとめたプレイリスト

他者との共作によって切り拓いた「新章」

”モード”の変化は、新曲「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」にはっきりと表れている。「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」を思わせるアルペジオや、「オーケストラは何処へ?」を彷彿させるチェロの響き。「ピアノ・マン」から地続きに思える間奏のピアノ。これぞビリー・ジョエル、と即座にピンと来る”スタイル”を非常にわかりやすく踏襲しているのだ。こんなコンセプトの曲は、今までのビリーでは考えられなかった。敢えて外の血を入れることで、”ビリー・ジョエルの音楽とは何ぞや?”を客観的に整理してみようという意図があったのかもしれない。

そういう側面がある一方で、この配信版(※)のイントロなし、エンディングもあっさり終わる構成は極めて今日的。ボーカルを中心にしたミックスも、ビートの重さも実に今風だ。ビリーの歌声ひとつ取っても、フィル・ラモーンと組んでいた頃のようなスタジオ・ライブ感は薄く、録音後のポストプロダクションで細かく調整を加えた手触りがある。どこまでヒットを狙うつもりがあったのかわからないが、2020年代のマーケットから浮かない”シングル”として丁寧に作ることを目指したのではないか。

※2月1日に全世界に同時公開されたバージョンは 「ラジオ・エディット」(3分59秒)、アメリカで発売される限定7インチ・シングルは収録時間4分21秒のエクステンド・バージョン

歌詞を見ると、ラブソングのようにも取れるし、長い間創作から遠ざかっていたことをファンに詫び、随分遅くなったけれどまた始めてみよう、と宣言しているようにも思える。4度目の結婚を経て2人の娘に恵まれたビリーだから、創作のモチベーションを取り戻していても不思議ではないが。ことさらウェットになり過ぎず、言葉を選び抜いた感じがする”節度”が、「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」に独特な緊張感をもたらしている。そこも他者との共作が効いているのかもしれない。

圧倒的な才能を持つソングライターが、他者とのコラボレーションを試して新章を開いたケースとして思い当たるのは、ウィーザーのリヴァース・クオモだ。2009年の『ラディテュード』辺りからブッチ・ウォーカーや原一博といった外部のヒットメイカーたちと組んで”共作”を積極的に行い始めると、ファンの一部から疑問の声が上がったが、”楽曲の良さ”にこだわって複数のソングライターとコラボを続けたおかげで、ライターズ・ブロックを回避すると同時に共作相手から刺激を受けるという一石二鳥の収穫を得ている。ソングライターとしてのエゴから長年距離を置いていたビリーだから、そういう実験が許容できる心境になっていたのではないだろうか。共作の経験は極めて少ないが、『ザ・ブリッジ』(1986年)では作詞をシンディ・ローパーに助けてもらい、「コード・オブ・サイレンス」を完成させたこともあった。

新曲が照らすビリー・ジョエルの未来

ところで、これは一回限りのシングルなのか、それとも何か続きがあるのか。ビリーの公式サイトに掲載された「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」発表のニュースを読むと、余計な期待をせずにいられなくなる。「彼は古典的なビリー・ジョエル・スタイルの曲を届け、彼のシグネチャー・サウンドの特徴を体現し、物語の次章を告げる」とあるのだ。”次の章”って? もしかして、さらなる新曲や、アルバムを作る可能性もゼロではないのだろうか。

Photo by Myrna Suarez

かれこれ10年続けてきたマディソン・スクエア・ガーデンでの公演を今年の7月でやめると宣言、何となく終活ムードが漂っているように感じていたが。11月までの間にスティング、スティーヴィー・ニックス、クリス・アイザック、ロッド・スチュワートとの共演を含むライブが続々と決まっている状況。年齢が年齢なのでライブ活動はペースダウンしていくだろうが、先日の来日公演を観ても、まだまだ元気に歌い続けてくれそうな予感しかしなかった。「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」もファンへのお別れシングルというより、”待たせたけど、またもう少しやってみるよ”という74歳なりの挨拶なのでは、と筆者は感じたが、どうだろう。『リヴァー・オブ・ドリームス』に収められていた、最初の引退宣言と受け止められている「ラスト・ワーズ(Famous Last Words)」のすっかり燃え尽きてしまった感じとは対照的に、「ターン・ザ・ライツ・バック・オン」は未来を照らしているように思うのだ。

日本時間2月5日にはグラミー賞授賞式でのパフォーマンスが予定されているビリー。そこで新曲が披露されるのか、期待に胸を膨らませて見守りたい。

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ビリー・ジョエル

「Turn The Lights Back On」

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