パリ2024パラリンピックの開幕まで、まもなく200日を切ろうとしている。昨年、“車いすラグビー界の名伯楽”ケビン・オアー氏がヘッドコーチ(HC)を退任し、新体制になった車いすラグビー日本代表は、ドイツとブラジルを迎えて「2024ジャパンパラ車いすラグビー競技大会」を戦った。パリでパラリンピック3大会連続のメダル獲得が期待される日本代表。果たしてパリへの準備は順調に進んでいるのか。

強化中のバランスラインは脅威となり得るのか

「今はチームプレーを磨いていくとき」
オアー元HCのコンセプトを引き継ぎ、多くの選手交代をしながら戦う岸光太郎HC。その岸が指揮をする日本代表は、今大会で個より連携を重視。1㎝単位のチェアポジション、トランジションの速さへのこだわりを深めているところだ。

“ディフェンス職人”乗松は、豊富な運動量で駆け回りターンオーバーを奪った

ボーラーが一人でトライラインに向かっていくのではなく、ローポインターと連携して走る。こうした一つひとつのプレーで丁寧に声をかけ合いながら、あえてコートを広く使ってトライするシーンも多く見られた。

先発の長谷川勇基(0.5)は安藤夏輝と交代しながら今大会のファーストラインとして機能した

そんな中、成長著しい橋本勝也(3.5)をナンバーワンとするライン(3.5-2.0-2.0-0.5)が、大会4日目の28日に行われた決勝のスターティングラインナップに。試合は日本代表の橋本が第1ピリオドで13得点を稼いで17-12と大きくリードを奪う。守備では、乗松聖矢(1.5)を含んだ強力なライン(3.5-2.0-1.5-1.0)が機能。相手ブラジルのエース、ガブリエル・フェイトサ・デ・リマ(3.5)の得点を前半14点に抑え、最終的に55-43で勝利した。

昨年10月の「2023 International Wheelchair Rugby Cup」で国際大会本格デビューした草場龍治は1.0クラスの代表争いを激化させている

大会を通じ、「チームディフェンスで手ごたえをつかんだ」と岸HC。しかし、海外選手は障がいの重い選手にボールが渡ると同時に激しいリーチでボールを奪いにいく。決勝でも乗松のボールが奪われる場面があり、格下相手にオフェンス面での課題が浮き彫りになった。

さらにインバウンド(エンドラインからのパス)やパスをつなぐプレーも課題が見えた。

苦しいパスもあったが、クラブチームも同じ中町と橋本のコンビネーションが光った

2.0クラスの選手の中でパスを得意とする中町俊耶は「ボールを出すシーンで苦しんだ」と振り返る。

「インバウンドは試合の中でミスが起こりやすいシーン。勝也とコミュニケーション(を取ることを意識し)、勝也に激しいプレッシャーがいっているときは(あまり球を扱わない)ローポインターに受け渡すなどしているが……。チームとしてもインバウンドの支援を課題としているので突き詰めていきたいです」昨年8月に就任した岸HC

高さを捨てた日本代表

これまでほぼ100%の確率でつながっていたパスがうまくいかない。それはチームの大黒柱であり、世界でも高さのある池透暢(3.0)が不在だったからだ。

2014年にスタートしたジャパンパラで池が日本代表から外れたことは、過去に一度もなかった。岸HCは説明する。

「池がいると高さに甘えてしまう。そういった部分を振り切るために、今回はお休みしてもらいました」

橋本は今大会で代表2大会目というスタメンを経験。パリで日本代表のキープレーヤーになることを目標に掲げている 

その状況を最もポジティブに捉えたのは、大会を通してプレー時間が長かった橋本だろう。自身2大会目だという先発の経験も積んだ。

「池キャプテンがいない中、いろいろな気づきがあった。ボールの出しどころが限られるという部分で、新たな日本の形をつくる通過点になり、充実した大会になりました」

車いすラグビーを始めて初のキャプテンを務めた乗松

また、池不在により、初めてキャプテンとして過ごしてみて気づきが多かったという乗松の言葉も興味深い。

「全員が悔いのない大会になるようにしたいと思って臨んでいるんですけど、みんなのことを考える時間と自分個人のことを考える比率が難しい。初日より2日目はうまくバランスが取れて試合に集中できましたが……。自分が考える理想は、チームに何か助けが必要なときに、みんなが前を向く言葉がけやプレーをできるキャプテン。コート外でも常に考えていきたいと思う。とくにコート外のところで、池さんが背負ってきたものの大きさを肌で感じているところですが、僕だけじゃなくて選手それぞれがチームを強くするところに関わることができる。池さんだけ(に頼るの)ではなく、気づいたところを補い合えるチームが絶対に強いと思うので」

2018年の世界選手権でアメリカ、オーストラリアとの死闘を制し、2021年の東京パラリンピックと2022年の世界選手権では準決勝で負けてからの銅メダルマッチに勝利した。数々の壁を乗り越えたチームの中心にいた乗松の言葉からは金メダルへの強い意志と危機感がうかがえた。

代表候補の若山英史、羽賀理之、島川慎一はクラブチーム選抜の一員としてオープンゲームに参加した

パリで何色のメダルを目指すのか

今大会は、ベテランハイポインター島川慎一(3.0)も選出されず。(3.5-2.0-2.0-0.5)と(3.5-2.0-1.5-1.0)といったバランスラインを強化できた一方で、日本代表の最大の武器であるハイローライン(障がいの重い選手と軽い選手の組み合わせ)の仕上がり具合を確かめることはできなかった。

そして、岸HCも自身の采配を「未経験の部分が多い」と自認していることもあって課題は多くある。

現在、日本代表は世界ランキング3位。パリ本番で世界のトップと対峙したとき、これらの課題をクリアできていなければイーブンの内容で渡り合うことはできない。

日本代表は4月と6月に国際大会に出場予定。本番まで時間はない。いかに強豪と渡り合うラインを完成させることができるのか。岸HCが大事にしているという「いい準備」で金メダルへの勝機を見出してほしい。

2024ジャパンパラ車いすラグビー競技大会で全勝優勝した日本代表

※カッコ内は、障がいの種類やレベルによって与えられた持ち点

text by Asuka Senaga
photo by X-1