おっとりした外観とドスの利いた声。そんなギャップが私をビビらせる”彼女”とのドライブデート。三菱デリカミニのハンドルを握る姿を横目で見ながら、いつしか思いはあらぬ方向へ!? ダメ男的人生を作品に昇華した著作が話題の作家、爪 切男が描く、助手席からのちょっぴり切ないストーリー。
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とにかくクルマと縁のない人生だった。
クルマと聞いて一番に思い出すのは、大好きな映画『男はつらいよ』シリーズの主人公「フーテンの寅さん」こと車寅次郎ぐらいなもんである。
「寂しさなんてのはなぁ、歩いているうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ」
「どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの? そういうもんだよ」
深い意味があるようで、じつはなんとも適当極まりない寅さんの言葉。誰よりも人を愛するが故、誰よりも孤独を愛する寅さんの生きざまは、いつだって私のお手本だった。
そんな私が今、クルマに興味を持ち始めている。正確に言えば「クルマを運転する女の子ってなんかイイよね」というよこしまな気持ちでしかないのだが。
昔のバイト先の後輩に幼馴染にと、ここ最近、イイ女が運転するクルマに乗る機会にやけに恵まれた。そんな偶然が重なり、今までいっさい興味が湧かなかった「クルマ好きの女性」への関心が一気に高まっているのだ。まるでエロ漫画のような理由であるが、ときに人生はエロ漫画よりもエロ漫画なのだ。
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今までのような顔見知りではなく、見ず知らずの女性が運転するクルマに乗ってみたい。そんな男の欲望を叶える魔法のツール。それがマッチングアプリだ。「なんでえ、そんな奇天烈なもんに頼りやがって、情けねえったらありゃしねえ!」と寅さんに叱られそうだが、背に腹は代えられない。
若いころに使っていた出会い系アプリとは全然違うな……と悪戦苦闘しながらも、プロフィールに「クルマ好き」「ドライブ好き」と書いてある女性に積極的にアプローチ。運よくマッチングした女性と今日初デートを迎えることとなった。
女性の立場からすると初対面の男とのドライブデートはNGに違いないとばかり思っていたのだが、今回のお相手は快くOKしてくれた。まさか美人局? いや、これぐらい積極的な女の子もたまにはいるだろう。疑念を抱きつつも待ち合わせ場所へと急ぐ。そうさ、私はいつだって自分の下心を信じて生きてきた。
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下北沢駅の改札近くに佇む彼女。都市銀行の窓口で働くアラサー女子、実年齢より十歳以上若く見える童顔がチャームポイントと書いてあったが、そのプロフに偽りはなし。おっとりした雰囲気とは裏腹に可愛いおへそがチラチラと見え隠れするセクシーな服装は、いやがうえにも周囲の注目を集めている。
「お~い、こっちこっち~!」
椿鬼奴や内藤やす子を彷彿とさせるハスキーボイスで、彼女が私を呼ぶ。タバコやお酒の飲み過ぎではない、これは神が与えた天性のハスキーボイスだ。今度カラオケに行く機会があったら、大黒摩季や中村あゆみの曲を歌ってもらいたい。
草食系の皮をかぶった肉食系、アニメ声を発しそうなキュートな風貌から場末のホステスを彷彿とさせるしゃがれ声、天使ではなく悪魔。清潔感溢れる真っ白なシャツの下に、男を誘惑する黒の下着を装着したセクシーアマゾネス。それが彼女だ……っていかんいかん、出会った瞬間から、私の頭の中は卑猥な妄想でいっぱいになるのであった。
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彼女の愛車は三菱のデリカミニ。フロントデザインが特徴的で、前から見ると犬の顔のように見えてなんともダサかわいい。犬好きの私の心をくすぐる萌えるデザインだ。デリカミニのキャッチフレーズは「かわいいフリしてタフなやつ」、ギャップ萌えが過ぎる彼女にピッタリの一台である。
本日のドライブは、都心から三浦海岸を目指すコース。ところが天気は生憎の曇天模様、海に着くころにはどうなっていることやら。
「ね、行きはあなたが運転してみる?」と助手席に乗り込む彼女。「いやいや、死にたいの?」とかたくなに首を縦に振らない私。クルマの運転が苦手だと伝えてあったのに意地悪なヤツめ。「つまんな~い、ノリが悪い男はモテないよ」と容赦のない言葉がグサリ。運転ができない男ってやっぱりダメなのか。そういうのはギャップ萌えにはならないのか。
「ね、ランチはどこにする? 三浦に行くのならやっぱりお刺身だよね~、サカナサカナサカナ~♪」とハンドルを握りながら歌い出す彼女。こんなにドスが利いた『おさかな天国』は初めてだ。
「あのさ、俺、生魚が苦手なんだよね」
「………」
信じられないといった顔でこちらを睨みつける彼女。やっぱりこれもギャップ萌えでは片づかないらしい。
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うまくいかないときは何をやってもダメなもので、臨時休業や店内激混みなどの理由で、彼女が目星をつけていたお店は全滅。いつしか車内の雰囲気はちょっとしたお通夜ムードに。
「む~、とりあえず海に行こっか」と潮の匂いがする方に彼女はハンドルを切る。その先に見えてきたマリーナの近くに、なんとも洒落た外観のハンバーガーショップを発見。ここしかないねと同時に頷く私たち。お店の目と鼻の先に海が広がる絶好のロケーション。たとえ灰色の海だとしても、広大な海を見ながら食べるハンバーガーの味は格別だ。こんな贅沢なハンバーガーの食べ方があったんだなぁ。
「幸せだなぁ、僕はハンバーガーを食べてるときが一番幸せなんだぁ」とふざける私に「それ加山雄三のつもり?」と突っ込む彼女。よかった、やっと笑ってくれた。
「あとさぁ、さっきからポロポロポロポロ落としてさぁ……食べ方下手過ぎ! 笑わないように我慢してたのにぃ! アハハ」
「へん、ハンバーガーってのはこれぐらい豪快に食べる方がいいの。そっちだって口の周りソースだらけじゃん」
「んっ……美味しいもの食べるときはマナーなんてどうでもいいの! 恋愛だって行儀よく愛されてもつまんないもん」
頬を赤らめつつ、ハンバーガー片手に己の恋愛観を語るなんて本当に面白い子だ。寅さん、新しい恋の予感がします。
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「もう少し近くまで行ってみよっか」
空腹が満たされた私たちは、海岸沿いを目指す。強風に加え小雨まで降り出す最悪のロケーション。停車したクルマの中から荒れ狂う海を静かに眺める私たち。
台風で外に出られず、恋人といっしょに家の中に閉じこもる。そんな一日がとても好きだった。この世界に自分と恋人しかいなくなったような妄想をしていたっけな。そうだ、この車の中をあのときの部屋だと思って……、そうして私は、いつもの如く助手席にてけしからん妄想に耽るのであった。
「今日はありがと。ここまでうまくいかないと逆に笑えたね」
別れ際、そんなことを口にする彼女。確かに笑うしかないのかな。でも不運もここまで重なれば、それを「運命」と呼んでもいいんじゃないか。
「よかったら……もう一度会ってくれないかな?」
「あ~、うんうん……まぁ考えとく、暇があったらとりあえず連絡してみて」
その気のない返事からも次がないことは明らかだった。
私を置いて走り去るデリカミニのエンジン音。クルマのエンジン音なんてどれもいっしょだとばかり思っていたけど、これほどせつなく聴こえるエンジン音もあるんだな。エンジン音までハスキーに聴こえやがる。ああ、雑に失恋をすると無性に腹が減って仕方ない。ハンバーガーで始まった恋はハンバーガーで終わらせよう。マックとかロッテリアじゃなくて、近所のスーパーの惣菜コーナーで売っているパン生地がぺっちゃんこの激安ハンバーガーが食べたい。それを口いっぱいに頬張りながら、私はこう言うんだ。「男はつらいよ、助手席専門もつらいよ」ってね。
(※)ストーリーはすべてフィクションです。
<今回の”彼女”=中村真帆 ヘアメイク=渡辺真樹 写真=ダン・アオキ 文=爪 切男>
■今回のデートカー
三菱デリカミニ
Tプレミアム(4WD) 223万8500円
かわいくもタフなデザインが好評なデリカミニ。4WD車はサスペンションを改良し、三菱自慢のグリップコントロールなどで「デリカ」の名に恥じない悪路走破性が自慢だ。
■中村真帆(なかむら まほ)
神奈川県出身。血液型A型。趣味はセルフネイルと料理、美容…あたりは順当だけれど、おっとりした外見とはうらはらに、じつはラーメン好き!? 今回は、三菱のイヌ…じゃなくて、デリカミニの化身たる「デリ丸。」と絡んでもらいましたが、実生活でも大のイヌ好き。実家には、10匹の犬がいるとか!
■爪 切男(つめ きりお)
作家。1979年香川県生まれ。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。同作はドラマ化もされ大きな話題を呼ぶ。現在集英社発のWebサイト『よみタイ』で、美容と健康に関するエッセイ『午前三時の化粧水』を連載中。