ジュリアン・ラージ(Julian Lage)の演奏からはジャズ・ギターの歴史が聴こえてくる。ブルーグラスやカントリー、フォーク、インディーロックといった音楽ジャンルのみならず、アメリカ音楽史そのものを自由に横断するようなプレイには古さと新しさが同居し、伝統的だからこそ過激で実験的ともいえる。そんな彼の音楽に、コーシャス・クレイを含む世界中のジャズミュージシャンたちも魅了されている。
僕(柳樂光隆)はこれまでジュリアンに何度か取材してきたが、昨年11月の来日時に行なった今回のインタビューでは、彼の本質に近づくべく「アメリカ音楽とギターの繋がりを戦前ジャズから考える」をテーマに話を訊いた。
このあとのQ&Aでは、ジュリアン本人の作品について一切言及していない。それなのに、ありがちなインタビューよりも遥かに、彼のギターがもつ魅力の謎を解き明かすものになったと思う。気づいたらフリージャズの話に着地してしまったが、結果的に彼の音楽の核にある「ジャズ」を深く引き出せたような気がしている。そもそも、彼はなぜ音楽の歴史にここまで精通しているのか? みんなが気になる質問への回答も鮮やかだったので、ぜひ最後まで読み進めてほしい。
ジュリアン・ラージは今年3月、ジョー・ヘンリーをプロデュースに迎えた最新アルバム『Speak To Me』をリリース予定。収録曲の「Omission」「As It Were」「76」が先行配信されている
ギターとバンジョーの歴史的つながり
―他の媒体で取材したとき、ディック・デイルとサーフギターについて質問したら、1950年代に活躍したカントリー・ギタリスト、ジミー・ブライアントの話をしてくれましたよね。彼らの登場がエレクトリック・ギターの新しい波をもたらし「突然100ワットになって、ギターの音が大きくなりブライトになった」と。今回はそういう話をもっと掘り下げたくて、アメリカ音楽とギターの繋がりをお聞きしたいです。
ジュリアン:うん、わかった。
―アメリカにおけるギターがヨーロッパのそれとは異なる特殊なものになった背景の一つとして、(奴隷制度によって連れてこられた)アフリカの人々が持ち込んだ楽器から作られた、バンジョーをルーツにもつことが挙げられるのかなと。
ジュリアン:それはとても重要なポイントだね。もっと多くの人々がそのことを知るべきだと思う。君の言うとおり、ギターはアフリカからやってきて、カナダ北部のノバスコシア州(米ニューイングランド州の北にある島を含むカナダの州で、フランス移民の子孫であるアカディア人の文化が根付いている。18世紀半ば、イギリス人によってカナダを追放されたアカディア人は、ルイジアナ州に辿り着きケイジャン文化を生み出していく)、フィドル、カリブ海、そういったすべての伝統と繋がりあっているんだ。
だから、ギターにはそれぞれの地域の文化、アフリカの文化、フォークロアが反映されている。一部の地域だけでなく、島々のすべての背景が複雑に絡み合っているんだ。僕らそれぞれがどんな地域で生まれていたとしても、人類の文化は互いに繋がり合っているんだよね。ギターは、そういった大事な関係性に気づかせてくれる楽器だ。
ヨーロッパのギターに関しては、リュートやウードといった楽器にルーツがあって、ルネッサンスや北アフリカの影響が反映されている。もっとも、原点を突き詰めれば同じところに辿り着くだろうけど、僕の見解では、ギターに関してはそうとも限らないと思ってる。ギターがどのように浸透していったのか、何を象徴していたのか、どうやって表現を形にしてきたのか……ギターの歴史には、そういった問いがあって、すごく惹かれるんだ。
バンジョーと黒人フォークミュージックの繋がりを解説した動画
―いきなり壮大な話! ジュリアンさんは一時期バンジョーを演奏していたことがあるそうですが、先にバンジョーという楽器が存在したことが、後のギターにどういった影響をもたらしたと思いますか?
ジュリアン:最初に思い浮かぶことは、パーカッション、つまりリズムだ。バンジョーはスタッカートで短いサウンドを奏でる楽器だから、タイミングやフレージング、プロポーション(形状)がキーワードになってくる。ギターを弾くときも、歌詞とのバランスをとるためにそれらの要素が不可欠だ。その2つをうまく組み合わせることができたら、完璧なオーケストラが生まれるよね。
バンジョーはそもそもリズム楽器として使われていた。リズムをプッシュする役割だったんだ。ジャズにバンジョーが使われるようになってから10〜15年後になってから、ソロ楽器としても使われはじめた。僕は、バンジョーのリズム楽器としての一面についてよく考えるし、エレキギターでもアコースティック寄りのサウンドが好きなのは、タイミングがクリアに聴こえるからなんだ。
―バンジョーを実際に弾いてみて、リズムに特化した楽器だと感じましたか?
ジュリアン:うん、本質的にデザインに組み込まれていると思う。ドラムに弦が張ってあるって感じかな。音を弾いてるんだけど、ドラムを叩いているような感覚だから。
エディ・ラング、ジャンゴ・ラインハルト、フレディ・グリーン
―例えば、1920年代後半のルイ・アームストロングのバンドにはバンジョー奏者がいましたよね。バンジョーが入っている当時のジャズにはどんな面白さを感じますか?
ジュリアン:1920〜1930年代あたり、ルイ・アームストロングの時代のジャズは僕のお気に入りだね。例えば、(コルネット奏者)ビックス・バイダーベックが好きなんだ。彼は(ギタリストの)エディ・ラングと一緒にバンドをやっていたからね。それからニック・ルーカス(ソリストとしてレコーディングを行った最初のジャズギタリスト)、ロイ・スメック(ギター、バンジョー、スライドギター、ウクレレなどを弾きこなした天才)も欠かせないな。彼らは僕にとってのジミ・ヘンドリックス、ロックスターなんだ。特に、バンジョーからギターに変わりつつあった時代においての彼らはね。
……ごめん、話が逸れちゃった(笑)。バンジョーという楽器を語るうえでは、ヴォードヴィルにおいて大きな役割を担っていたことも重要だ。そこでのバンジョーは、卓越した演奏でありつつも、どこか親しみを感じられる……輝き。そう、観衆を惹きつける輝きを放っていたんだ。僕は、バンジョーの伝統に由来した、卓越でありつつ寛大な要素をギターに取り入れたいと思っている。
ルイ・アームストロング楽団にバンジョー奏者が参加
ニック・ルーカス(1897 – 1982)
ロイ・スメック(1900 – 1994)
―1920〜30年代に活躍したエディ・ラングはジャズギターの開祖として知られていますよね。彼はルイ・アームストロングのバンドにいたバンジョー奏者とは違うことをやっていた。
ジュリアン:そうだね。エディ・ラングはギターにとってのエキサイティングな要素を持ち込んだ。パット・メセニーのように彼はスターだった。これまで(楽団のなかで)バックにいた彼らのようなギタリストが前面に出てくるようになったんだ。
―あなたは本当によくエディ・ラングの話をしていますよね。彼のどういったところが好きですか?
ジュリアン:ちょうど最近、彼の音楽を聴いていたんだ。彼の音楽はすごくエレガントで、音楽のなかにユーモアがある。気まぐれで……威圧的じゃないんだ。そのサウンドが大好きだし、同時に、彼は素晴らしい伴奏者でもある。ビックス・バイダーベックやルース・エッティングと演奏する時も、何らかの形で音楽に意味のある貢献をしていた。ギターの役割に留まることなく、意味のある貢献をすること。これは僕の教訓になっている。
―ユーモアや気まぐれさ、ですか。
ジュリアン:エディ・ラングは、ギターのすべての音域を自由自在に使うアーティストだったからね。高音域から一気に下降することで、スパークするような、目が覚めるような耳触りを生み出していた。ジャンゴ・ラインハルトも同じで、一気に速くなってから急にスローダウンする。それは観客を惹きつける技でもあるし、ユーモアだと思う。ただ「ダダダダダダー」って単調な演奏をするアーティストとの大きな違いだよ。
エディ・ラング(1902 – 1933)
―あの時代にエディ・ラングやジャンゴ・ラインハルトのようなユーモアを持った人たちが何人も台頭したのはどうしてだと思います?
ジュリアン:僕が知る限り、1920〜30年代のアメリカとヨーロッパは、自由を謳歌するルネサンスの時代を迎えていた。それから戦争の時代を経て、人々は「癒し」を求めた。それほど多くの傷を負ったんだ。50年代には保守化の傾向が強まり、60年代にはその反動が起こる。80年代になり、世間は閉鎖的になった。今の時代は、とても保守的だと思う。特に僕の生まれた地域は、その傾向がより強まっていると感じる。これは、いつも自分に言い聞かせてることだけど、僕らは芸術において自由が必要だ。そのために戦わなきゃいけない。
―ちなみに、ジャンゴ・ラインハルトはお好きですか?
ジュリアン:ああ、大好きだよ! 彼みたいには弾けないけどね。
―あなたがジャンゴのマヌーシュ・ジャズ的なスタイルで弾いている印象はないですね。
ジュリアン:トライはしてみたけど、できなかった(笑)。彼を説明するのは難しい。ただのギタリストじゃないんだ。素晴らしい作曲家であり、バンドリーダーであり、ストーリーテラーでもあった。そんな多才な彼は、たまたまギターを手にしたんだ。彼の音楽を真似することはできない。そんな彼から多くのインスピレーションを受けてきたよ。
ジャンゴ・ラインハルト(1910 – 1953)
―あの時代、ジャンゴだけでなく、エディ・ラングもヴァイオリンと一緒に演奏をしていましたよね。それは彼らの音楽の特徴だと思うのですが、ギターとヴァイオリンの組み合わせが生み出すものは何だと思います?
ジュリアン:ギターとヴァイオリンは干渉しあう関係性にある。ヴァイオリンとの組み合わせにおいて、ギターサウンドってすごく低く聴こえるけど、それ以外の楽器とでは、明らかに高く聴こえるよね。それほどギターサウンドが強く響く組み合わせって珍しいんだ。それに、ギターとヴァイオリンはどちらも速くて軽い。ジャズバンドのサウンドは、サックスが入っていることで速くなっている場合が多いから、ギターとヴァイオリンは、そうだな……相性が悪いとは言いたくないけど、ジャズバンドとなると、ポジション争いをすることになる。ただ、一緒に演奏するには問題ないんだけどね、多くのハーモニーもあるし。それが僕の意見かな。それからボリューム。ヴァイオリンはボリュームを上げることもできるけど、ボリュームがギターと似ているんだ。だから、その組み合わせならアンプもいらないよね。
エディ・ラングとヴァイオリン奏者の共演
―「ギターはリズム楽器として使われてきた時代が長かった」という話をしていましたが、例えばビックバンドで演奏するギタリストには、カウント・ベイシー楽団のリズム・セクションを支えたフレディ・グリーンのような人もいました。そういったギタリストを研究されたことはありますか?
ジュリアン:リズム楽器の奏者として、フレディ・グリーンはとても興味深いアーティストだ。彼はベースとドラムを結ぶ存在、その2つの真ん中に位置していた。それに音のチョイスも独特で、よく1〜2音しかないコードを弾いていた。それって、オーケストラのチェロによく使われるチョイスなんだ。ソプラノではなくテノール。 つまり、ルートでもメロディでもなく、もっと別のもの。それは、カウント・ベイシーの音楽に欠かせないものだった。誰も奏でたことのない、別次元のメロディ。フレディの音楽はメロディックであり、リズミックだった。
―あんなに目立たないのに、みんなが偉大だと知っている。他にはいないタイプですよね。
ジュリアン:そのとおり。
カウント・ベイシー楽団で演奏するフレディ・グリーン(1911 – 1987)
チャーリー・クリスチャン、オスカー・ムーア、アーヴィング・アシュビー
―ギターの歴史でその後に出てくる名前が、チャーリー・クリスチャンだと思います。ソロイストとして言及されることも多いですが、ベニー・グッドマン楽団で演奏していたことも重要ですよね。コンボの中での演奏に関してはどこに魅力があったと思いますか?
ジュリアン:素晴らしい質問だね。誰もそんなことを質問したりしない。彼は偉大なリズム伴奏者の1人だよ。特に、ベニー・グッドマンのバンドにおいては。驚くべきことに、彼は小さいギブソンのアンプからのトーンをヴィブラフォン、ベース、ドラムセット、ピアノと見事にブレンドさせているんだ。完璧としか言いようがない。彼のソロが始まると、ボリュームを上げて前に出てくるんだけど、ソロを終えたら、ベニー・グッドマン、(ヴィブラフォン奏者)レッド・ノーヴォへと受け渡す……なんて、素晴らしいんだろう!
ジム・ホールの音楽を聴いたとき、彼はチャーリーのアンサンブルのスタイルを取り入れていると思った。ソロにおいてチャーリーが素晴らしいのは明らかだけど、彼が素晴らしいアンサンブル奏者であることも疑いようがない。
―そうか、チャーリー・クリスチャンとジム・ホールを比べてみるというのは考えたことがなかったです。
ジュリアン:ジムの初期作は、チャーリー・クリスチャンに通じるものがあると思う。チャーリーは、ジムにとってヒーローのような存在だったと思うんだ。18歳の彼は、きっとチャーリーの音楽を聴いていただろう。チャーリーがまだ生きていた頃にね(ジム・ホールは1930年生まれ、チャーリー・クリスチャンは1942年死去)。
ベニー・グッドマン楽団で演奏するチャーリー・クリスチャン(1916 – 1942)
ジム・ホール(1930 – 2013)
―チャーリー・クリスチャンは音源が少ないから謎の部分が多いんですよね。チャーリー・パーカーのようなソロをギターで弾いてしまうイメージが強いんですが、他にも何かがあるんだろうなと思っていて。そこは今日、あなたに聞きたい重要なポイントのひとつでした。
ジュリアン:チャーリーはオクラホマ州に住んでいたから、当時人気のあったカントリーミュージックと関わりを持っていた。ブルーグラスが誕生する10〜15年前(1930年代)くらいかな。彼はサックス奏者のような演奏をするんだけど、僕にとって、彼は本物のカントリーギター奏者のような演奏をするという印象だ。でも、君の言うとおり、彼の音源はほとんど残ってないからね。
―あと、当時のジャズでギターといえば、ナット・キング・コールのトリオも興味深いですよね。彼の音楽におけるギタリストの役割はどういうものだと思いますか?
ジュリアン:(ギタリストの)オスカー・ムーアやアーヴィング・アシュビーとのトリオは最高だよね! もちろん今の音楽と比べると古く聴こえるけれど、あの当時に彼らの音楽と出会っていたら、きっと感嘆したはずだ。フレッシュなメロディに、興奮するようなオーケストレーション。僕にとっては、今もなお生き続けている音楽だ。
当時のギタリストは、今とはまったく違うタイプだった。つまり、多くのギタリストがリフにフォーカスしていたんだ。オスカー・ムーアやアーヴィング・アシュビーは、キース・リチャーズやロン・ウッドみたいだったと言えるんじゃないかな。ソロをやっているわけじゃない。もちろん、キースやロンはソロをやってるけど、それは彼らがそのパートで有名だから。僕は彼らのそういったところが好きなんだ。
ナット・キング・コール・トリオ:上の動画はオスカー・ムーア(1916 – 1981)、下はアーヴィング・アシュビー(1920 – 1987)がそれぞれギターを演奏
―彼らとローリング・ストーンズを対比させる視点はなかったです。1940年代のビバップ以降、ドラムとベースがリズムセクションの中心を担うようになりますが、その前の時代はナット・キング・コールのトリオのように、今となっては変則的な編成が存在しました。あなたもそういった編成をやろうと思ったことはありますか?
ジュリアン:うん、何度もあるよ! ドラムがないと、ギターの倍音がよく聴こえるからね。もちろん、素晴らしいドラマーと演奏するなら話は別だけど。シンバルやドラムが加わることで、そうだな……「衝突」って言い方はあまりしたくないけど、でも少なからず衝突が起こる。
僕が、ベーシストのホルヘ・ローダーとのデュオを好む理由はそれなんだ。さっき述べた理由で、僕が作曲している音楽には、ドラムがまったく入っていない。ギターとベースだけですべてが聴こえてくるから。そこに、敢えてドラムを加えることで新しいサウンドが生まれる。その感覚が好きで、伝統に倣ってドラムを入れたりもすることはあるよ。でもやっぱり、デュオこそが僕のスタイルだね。ギターとベースだけの方が、多くの伴奏やハーモニーを聴くことができるから。
ジュリアン・ラージ&ホルヘ・ローダー、昨年11月のコットンクラブ公演より(Photo by Tsuneo Koga)
―ここまで話してきたようなギターのスタイルを、今日に受け継いでいる人がいるとすれば誰が挙げられると思いますか?
ジュリアン:僕が長い間慕ってきたのはマット・ムニステリだね。彼はニューヨークのギタリストで、僕のソロギターアルバム『World's Fair』(2015年)のプロデュースを手がけてくれた。彼は古いL-5を弾いていて、ディキシーランドやルイ・アームストロングのバンド界隈から出てきた、その伝統に則った偉大なギタリストだ。今もそのスタイルの実践者だと思うよ。他にもたくさんいるだろうけど、多くのアーティストはもう少しビバップ寄りで、もちろんそれも素晴らしいけど、僕らが話してきたスタイルとは明らかに違う。その点でいうとマット・ムニステリは本物だ。僕も多くを学んだよ。
マット・ムニステリ(1964 – )とビル・フリゼール(1951 – )の共演
ギターサウンドの革新とデレク・ベイリー
―ここで時期的には、冒頭で触れたジミー・ブライアントの話になるわけですよね。エレキを導入してから音量が大きくなり、音色が明るくなり、カントリーやロックにおいてはギターサウンドのあり方が一気に変わっていった。その移行期のタイミングで特筆すべきギタリストは誰だと思いますか?
ジュリアン:それこそ、ジミー・ブライアントはギターサウンドに変化をもたらした貴重な存在だよね。彼は楽器のサウンドを変えたまさに最初の人物、レオ・フェンダー(フェンダー社の創業者、テレキャスターやプレシジョンベースを開発した)とも親しくしていた。それから、アルヴィノ・レイ(ペダル・スティールのパイオニア。ギブソン初のエレキギターのピックアップは、彼がバンジョー用に発明した機器が元になっている)の名前も挙げるべきだ。彼はラジオで最初にエレキギターを演奏して、デザイナーと一緒にトーンノブを開発したんだ。つまり、それ以前のギタリストは、トーンノブなしで演奏していたわけだ。それにもちろん、レス・ポールはギターサウンドの発展を推し進めた人物として重要だよね。
ジミー・ブライアント(1925 – 1980)
アルヴィノ・レイ(1908 – 2004)
レス・ポール(1915 – 2009)
ジュリアン:ある時期を境に(楽器としての)ギターの典型ができあがると、1950〜60年代あたりからは、ギターそのものは変化せずに様々なバージョンが出てくるようになった。例えば、ジョン・アバークロンビーやパット・メセニーはシンセギターを弾いた。ラルフ・タウナーはナイロン弦ギターを弾いた。特に、インプロヴィセーションのセッティングにおいて、そういったバージョンの出現はすごく重要だったと思う。最近だとメアリー・ハルヴォーソンは、昔のギターに最新のペダルを組み合わせて演奏したりしているよね。それから、デレク・ベイリー。彼はギター界に革新をもたらした重要人物だ。そして僕らのヒーロー、ビル・フリゼール……その他にもたくさんいるけど、スタイルについて言えば、今挙げたアーティストたちが思い浮かぶよ。
ギターシンセサイザーRoland GR-300を演奏するパット・メセニー(1954 – )
ナイロン弦ギターを弾くラルフ・タウナー(1940 – )
メアリー・ハルヴォーソン(1980 – )
―この間、僕が教えている大学の講義でイギリスのジャズの歴史を取り上げたとき、デレク・ベイリーの曲をかけたところでした。
ジュリアン:彼のことを取り上げるなんて素晴らしい! ニューヨークにいる僕の生徒たちにも授業をしてほしいくらいだ。
―デレク・ベイリーのどんなところが偉大だと思いますか?
ジュリアン:彼の演奏は建築的かつストーリーテリングにも秀でている。その点において、最も洗練されたインプロヴァイザーだ。トラディショナルなサウンドで、僕たちの想像をはるかに超えた方法でエモーションを伝える。ファンシーなエフェクトは使わずに、ギターそのもので表現する。誰でもできるけど誰もやらないことを、彼は表現方法として選んだんだ。それに、彼はジョン・ゾーンのレーベル(Tzadik)からスタンダードのアルバムを2枚もリリースしているんだよね。真の天才だと思う。彼の音楽を聴くと僕はすごく落ち着くんだ。本当に大好きなアーティストだよ。
デレク・ベイリー(1930 – 2005)
―デレクに会ったことはありますか?
ジュリアン:いや、ないんだ。同じ質問をマーク・リーボウにしたことがある。彼は一度、デレクとセッションをやったらしい。マークは彼に合わせて演奏しようとした。デレクはそれが面白くなかったみたいで、結局セッションをやめて、ただ飲みに行こうとなっちゃったんだって(笑)。デレクの他にもエヴァン・パーカーなど、イギリス出身のアーティストたちはアート・アンサンブル・オブ・シカゴやブラックミュージックの動きに対してすごく意識的だった。それは文化盗用ではなくて、最大限のリスペクトと共に自分たちの音楽を追求していたってこと。彼らは特別な存在であり、真のコンセプチュアルアーティストたちだよ。
―ちょうどデレク・ベイリーの名前が挙がったので質問です。あらゆるジャンルやスタイル、ギターそのものの歴史にも精通しているあなたが、フリージャズやフリーインプロヴィセーションをする時、どんなことを考えながら演奏しているんですか?
ジュリアン:そうだな……オーケストレーションとサウンド。ジョン・ゾーンやマーク・リーボウと演奏することが多くなったからか、そのことについて最近はよく考えている。僕が気づいたことは、それはスタイルの問題ではなく、彼らはすごくこう……音楽を演奏する「空間」を意識している。もし、音の響きが強く残る空間だとしたらスペースをとるといったように、すべてはバイブレーションとの関係性なんだ。フリージャズやフリーインプロは今その瞬間の出来事だから、自分が作り上げてきたボキャブラリーを持ち込んで、うまくいくかどうか披露することよりも、その空間に共鳴する演奏をすることが何より大事だと思う。もし、この部屋でインプロヴィセーションをするとしたら、野外での演奏とは全然違うものになるといったふうにね。
ファンの1人として、僕がデレク・ベイリーの音楽から感じるのは、ジャンル関係なく何を感じさせてくれるか、ということ。即興音楽は、スケールやハーモニーがどうこうといったことよりも、解放と自由、心から湧き上がってくるセンシュアリティ、これがすべてだと思う。ジャンルレスでありながら、サウンドはすごく重要だ。
―先ほどあなたが、デレク・ベイリーの演奏を「建築的」と評したことにも通じる話ですね。
ジュリアン:うん。クリシェのように聞こえるだろうけど、何を演奏するかじゃなくて、演奏する「時」が重要なんだ。それに、演奏にかける時間。デレク・ベイリーは、僕よりずっと長い時間をかける。その理由は、長く演奏することによってのみ到達できる緊張感を生むからなんだ。その緊張感が、バランスを見つける機会をもたらしてくれる。彼の音楽は、常にインタラクティブで構造的だ。
―今の話を聞きながら、大学の授業でデレク・ベイリーやエヴァン・パーカーを大音量でかけた時に僕が感じたのは、フリーインプロにおけるバイブレーションだったのかしれないって気づきました。
ジュリアン:ああ、エヴァン・パーカーもサーキュラーブリージングの演奏で空間を自由自在に使ってるよね。あの美しさは信じられない。
―そういったフリーインプロをするのは自分にとって難しいですか? それとも楽しいですか?
ジュリアン:楽しいよ! ただ同時に、演奏者に多くの試練を与える。いかに誠実であるか、偽りがなく正直に向き合っているかどうかが問われるんだ。フリーインプロは恐怖、自由、喜び、挑戦……どの方向にも転びうる。幸運なことに、僕はホルヘやネルス(・クライン)、フリゼールといった素晴らしいインプロバイザーと演奏する機会があって、彼らから多くを学んできた。即興には、ある種のコツみたいなものがあるんだ。
以前フリゼールとポール・ブレイ(フリー・ジャズ・ムーブメントに貢献したピアニスト)について話したとき……そういえば、あの2人が共演したことがあるのは知ってた? 僕は知らなかったんだけど、レコードも2枚リリースしているんだ。フリゼールは、ポールのことを「今までの中で一番自然にセッションできる相手」だと言ったんだ。ピアノとギターは抵抗し合う関係性だから、彼がそう答えたことにすごく驚いたよ。ポールは強いヴォイスの持ち主だし、うまくいかないことを想像する方が簡単なのに、本物のインプロヴァイザーとセッションすると、そういうことは問題にならないみたいなんだ。僕もそんなふうになりたいものだ。
ポール・ブレイとビル・フリゼールが共演したときの音源
―フリーインプロといえば、日本にも高柳昌行というレジェンドがいます。
ジュリアン:もちろん知ってるよ! 日本には、いろんなフォーマットの即興音楽カルチャーが存在しているよね。日本人だったら僕はジョン・ゾーンのつながりで、イクエ・モリと何度も演奏しているよ。彼女は偉大なインプロバイザーの一人だ。ジョンの周囲にいるアーティストたちはみんな素晴らしいんだよ。
ジョン・ゾーン率いるマサダ・クァルテットで演奏するジュリアン・ラージ、ベースはホルヘ・ローダー
音楽家が歴史を学ぶべき理由
―こうやって話を伺いながら、音楽の歴史に精通していることがそのまま、あなたが弾くギターの魅力とも直結しているのかなと思いました。今更ですけど、なんでそんなに詳しいんですか? 人生のどの時期に音楽の歴史を勉強してきたのでしょう。
ジュリアン:僕はいつも歴史に興味があった。若くしてキャリアをスタートして、周りから多くの注目を集めていて、そのことに対してある種の恐れを持っていたんだ。アメリカには才能ある若者を搾取する構造があることにも気づいていた。そんなとき、歴史を学ぶことが僕の心の拠り所になった。歴史を学ぶことは、自分自身も長い歴史のなかの一部であって、あくまで大きなコミュニティの一人であるということを再認識させてくれる。そこからずっと学び続けてきて、その過程で同じ考えを持つ人たちと出会うこともできたんだ。
―今のは、あなたがシーンのなかで有名になり始めた12〜13歳くらいの話ですか?
ジュリアン:いや、もっと前だ。7歳くらいの頃かな。
―それはすごい(笑)。
ジュリアン:当時、インターネットはすでにあったけど、YouTubeみたいなプラットフォームはまだなかった。だから、本を読んだり、そのことに詳しい人を探したり……情報を得ることは、想像以上に努力が必要だったね。でも、僕は今でもそのやり方を続けているよ。僕にとってはそっちの方が簡単なんだ。
ジュリアン・ラージ(1987 – )
―最後に聞かせてください。歴史を学ぶことが、なぜ大切だと思いますか?
ジュリアン:それについては、僕もよく考えていた。歴史を気にしない人たちもたくさんいるからね。僕が歴史からの学びを大切にしている理由はいくつかある。まず一つは、文化的な側面から理解することで、そのもののコンセプトが理解しやすくなる。エレキギターを例に挙げると、うまく弾くためにもエレキギターが生まれた理由、その背景を知りたいって僕は思うんだ。1930年代初頭、エレキギターは「表現の一手段」として普及しはじめた。つまり、エレキギターは表現を伝えるための楽器なんだ。僕はギターを弾くとき、そのことをいつも念頭に置くようにしている、テクニックとかそういったことは二の次なんだ。
2つ目の理由は、コンポジションの側面から。例えばジャズは、ある特定の視点を持った人々から生まれた。もし、ジャズミュージシャンになりたいなら、その視点を持つべきだと思う。ただスタイルを演奏するだけでは意味がない。歴史は「自分が世界をどう見ているか」「その視点がいかに重要なことか」を教えてくれる。好むこと、好まないこと、そういった趣味嗜好はすべて音に反映されるからね。
ビル・フリゼールは歴史に精通しているよね。そして歴史は、彼の立ち位置を指し示している。これが3つ目の理由だ。歴史は過去に起こっていないことを明らかにする。「これは過去に起こっていたけど、このバージョンは見たことがない」というふうに。歴史を知っていることで、最初の目撃者になれるんだ。だって、ほんの少しの違いであろうと、音楽を進化させるには十分な違いになりうるわけだからね!
ジュリアン・ラージ
『Speak To Me』
配信・輸入盤:3月1日 / 国内盤:3月15日リリース