アリアナ・グランデやBLACKPINKへの楽曲提供でも知られるUSサクラメント出身のR&Bシンガーソングライター、ヴィクトリア・モネ(Victoria Monét)の快進撃が止まらない。日本時間2月5日に開催される第66回グラミー賞にて、主要2部門(年間最優秀レコード賞、最優秀新人賞)を含む7部門にノミネート。彼女は、2020年のアルバム『JAGUAR』から昨年『JAGUAR II』を発表するまでの間に、自信喪失の経験を乗り越えて、これまで以上にパワフルな女性へと成長した。今こそ知っておくべき彼女のインタビューをお届けする。
ヴィクトリア・モネは10年以上に及ぶ作曲活動を通じて、インディペンデントなミュージシャンとしてキャリアを構築してきた。ソングライターとして大きな成功を収めていた彼女は、必ずしも自分をシンガーとしてメジャーレーベルに売り込む必要はなかった。彼女が楽曲を提供したアリアナ・グランデ、クロイ&ハリー、BLACKPINKといったスターたちと同レベルの予算やネットワークは有用に違いないが、彼女は必ずしもそれを必要としていなかった。モネのクリエイターとしての欲求は楽曲提供と、パンデミックの初期に発表されたドリーミーなソウルを軸とするEP『JAGUAR』を含む、インディーレーベルからのリリースによって満たされているはずだった。それでも、もっと評価されたいという潜在的な願望は日を追うごとに大きくなっていった。
ソングライターとして携わった楽曲のプレイリスト
「ベッドの脇にいつもノートを置いていて、昨夜見た夢のことやその日の気分、自信を持てずにいる時は自分に向けたポジティブなメッセージを書き記すようにしている」。モネは本誌とのビデオインタビューでそう語った。そのノートのあるページには、アーティストとしてメジャーレーベルと契約するという夢のことが記されている。ほどなくして実際にRCAと契約した彼女は、8月25日にメジャーデビューアルバム『JAGUAR II』を発表した。
「自分に予知能力があるなんて思ってないけど、そのノートに書き出したことは私にとっての指針だったり、将来起き得ることのマニフェストになったりすることがあるの。そのノートを読み返すと、すごく不思議な気分になる」。
明示は『JAGUAR』の主要テーマだった。同作のオープニングを飾る「Moment」で、彼女は「イマジネーションの持つ力に目を向けて」と歌っている。同曲のミュージックビデオに登場する男性は、彼女の2歳になる娘ヘーゼルの父親だ。物語の連続性を象徴するかのように、ヘーゼルは『JAGUAR』のインスピレーション源でもあったアース・ウインド&ファイアーと共に、『JAGUAR II』のディープな「Hollywood」にも参加している。「スタジオに入る時、私は気持ちをオープンにして、好きなサウンドと創作に向かわせてくれるインスピレーションに身を委ねるようにしている」と彼女は話す。「オープンであろうとすることで、自分でも気づいていなかった感情を理解できることがある」。
『JAGUAR II』で70年代のサウンドを追求したモネは、打ち込みやサンプルに頼るのではなく腕利きのミュージシャンたちを起用し、『JAGUAR』(当初は三部作になる予定だった)における情熱的なセックスとソウルの祝福というテーマをさらに深く掘り下げている。母になったこと、自身のキャリア、あるいは権力に媚びる人々が女性に課す時代遅れな制限などに伴う苦悩を経験していた時でさえも、これらのテーマは彼女にとってリアルであり続けた。
「ヴィクトリアという人格を脱ぎ捨てて、自分自身と客観的に向き合う必要があった」と彼女は話す。彼女が自身に向けたアドバイスはシンプルそのものだ。「しっかりしなさい。あなたは美しく、素晴らしいことを成し遂げた。そのポジティブな面に目を向けて」
『JAGUAR II』では、すべては自分次第だということを悟ったアーティストの揺るぎないヴィジョンが示されている。彼女は本誌とのインタビューで、音楽を通じて自分が独りではないと再認識したこと、自信喪失の克服、そして女性が「好きなように生きられる」今の時代に生きている喜びについて語ってくれた。
母親がセクシーであろうとすること
ー『JAGUAR II 』は『JAGUAR』の続編でありながらも、クリエイターとしての成長をはっきりと感じさせる内容となっています。どのようにしてこの力作を完成させたのでしょうか?
モネ:音楽そのものが私を導いてくれた。スタジオに入る時、私はあまり計画を立てないようにしている。気持ちをオープンにすることで、アートが自然に生まれてくる環境を作ることができる。風の音に耳を澄ますように、通り過ぎていくクリエイティビティの流れの中から何かしらのアイデアを掴もうとするの。優れたものもあればそうでないものもあるけど、私はクリエイティビティは誰の元にもやってくるものだと思っていて。だからスタジオに入る時は、できる限り気持ちをオープンにして、私が好きなサウンドと創作に向かわせてくれるインスピレーションに身を委ねるようにしてる。ボーカル面においても、あらゆる偏見を排除することで、自分でも気づいていなかった感情を理解できることがあるから。
(『JAGUAR II』には)悲痛な曲もあるけど、今の私はとてもポジティブなの。曲を書くことにはセラピーのような効果もあって、癒えていなかった傷や引きずっていた物事に決着をつけることができる。アイデアが形を成そうとするのを促してあげれば、それが曲になっていく。創作に臨むうえで、私は自分自身を解放できる環境を作ることができていた。自宅で曲を書いていたとしても、「なぜ外で羽目を外す内容の曲を書いているのか?」なんて自問しなくてもいい。あらゆる制限から自由でいられたの。
ー過去の数週間は、母親がどうあるべきかという議論が(全米の)インターネット上で加熱していました。何を着るべきか、どのように振る舞うべきか、そして洗脳のようにさえ思える批判の数々が飛び交っていました。あなた自身もそういったイデオロギーの標的にされたことがあると思いますが、どのように対処していましたか?
モネ:私は以前、母親がセクシーであろうとすることを良しとしない人々から批判されたことがある。私はいつもこう思う、「人がどういう過程で母親になるのかを知らないのかな」って。魅力的な女性が誰かとセックスをする、それって子供を作る方法のひとつでしょ? だから女性がセクシーであろうとすることには何の問題もないし、ありのままの自分を堂々と誇っている母親はいっそう魅力的だと思う。出産を経験して自分が何者なのかを再認識したり、あるいは生まれ変わったように感じたり、自分の何もかもを捧げようとさえする。そこに至るまでの過程でできた傷や痣は、恥じたり隠したりするんじゃなくて誇るべき勲章のようなもの。それは女性をよりセクシーに見せると思う。
例えば(女優の)ガブリエル・ユニオンは、「母親なんだから2ピースの水着なんて着るべきじゃない」って批判されてた。要するに「母親は肌を露出するな」ってわけ。でも彼女は、自分がそうしたいからという理由で堂々と肌を見せてる。私にはごくシンプルに思えるけど、一部の人がなぜややこしく考えようとするのかまるで理解できない。その根源はきっと、私たちが子供の頃に植え付けられた固定観念だと思う。昔のテレビ番組って、主婦役の人がくるぶしまで隠れるようなロングドレスにハイヒールっていう格好で掃除機をかけていたりしたから。当時はそれが理想的な母親像だったかもしれないけど、今は違う。昔に比べるとマッチョなキャラクターが敬遠されるようになったけど、それは絵に描いたような男性らしさや女性らしさというものが閉ざされた環境下でしか認められないっていう、今の社会のあり方を反映していると思う。今はそういうのってもはやナンセンスでしかないもの。そういう古典的な考え方に縛られない時代を生きていることに、私は感謝している。
私は70年代という時代とそのサウンドに魅せられているけど、自分の思うように行動したり自己表現することが許されなかったあの時代を生きていた女性たちには同情する。現代の女性たちは、自分が好きなことに素直であろうとしているだけだと思う。ソーシャルメディアを見れば、そういう女性たちがますます増えているのが分かる。以前のような分断が解消されようとしていて、そういうムードが私たち一人一人の背中を押してくれてる。独りじゃない、そう感じているの。ソーシャルメディアがなかった時代は、主なメディアだったテレビには偏見や固定観念を持った一部の人間のイデオロギーが反映されてた。当時はそういうものから自由であろうとする人の姿が大衆の目には届きにくかったけれど、多くの女性が思うままに行動しようとしている2023年という時代に生きていることに、私はすごく感謝している。
ー妊娠と出産に伴う体の変化を実感していた時、強さと脆さのバランスについてどう考えていましたか?
モネ:「On My Mama」を書いていた時、私はそのキャラクターになりきる必要があった。なぜなら、それは私自身のことではなかったから。スタジオに入っている間、私は新しい生き方のバランスを見つけようとしてた。娘をスタジオに連れてきて、授乳したり泣かないようにあやしたりしていたの。でも、リスナーがどんな歌詞や曲を私に求めているかを考えたら、そういうリアルな自分の経験を題材にすべきではないように思えた。だから私はヴィクトリアという人格を脱ぎ捨てて、自分自身と客観的に向き合い、こう呼びかけあうことにした。「しっかりしなさい。あなたは美しく、素晴らしいことを成し遂げた。そのポジティブな面に目を向けて」。
あの頃、私は気持ちを落ち着かせて、一時的に意識を現在ではないどこかに向けないといけなかった。今でこそ気持ちを整理できるようになったけれど、当時の私はすごく落ち込んでた。本当にやっていけないくらいに。出産に伴うホルモンバランスの変化とそれが体にもたらす影響を、パンデミックの最中に経験するっていうのはすごく辛いことだった。得体の知れないものが複数同時にやってきたわけだから。隔離生活も苦しかった。病院に行く時も、コロナの規制のせいでボーイフレンドを同行させることが許されなかったの。だから一人で行くか、あるいはオンライン診療を受けるかのどちらかしかなかった。すごく孤独な日々だったな。出産後も、沈んだ気持ちは変わらなかった。身近にいる人の誰にも、私の気持ちと経験していることを理解してもらえなかった。だからこそ、私はそういった思いを音楽で表現しようしたの。
ソウルサウンドの探求、「正直な女性」であること
ー本作のクラシックなサウンドには、70年代の音楽とモータウンサウンドからの影響がはっきりと現れています。また「On My Mama」には2000年代初頭のR&B、「Party Girls」にはカリビアンの要素が見られる一方で、「Hollywood」ではアース・ウインド&ファイアーと娘のヘーゼルという世代を超えた大胆なコラボレーションを実現させています。本作のタイムレスな作風はどのようにして生まれたのでしょうか?
モネ:タイムレスであることは、今作の主なテーマのひとつだった。自分の音楽的バックグラウンドについて考える時、私はルーツを辿るようにしているの。そして思い至ったのが70年代の音楽だったわけだけど、同時に私の娘が共感し好きになれるようなものにしたかった。楽しくてウィットに富んだ、今の時代ならではの自己表現がしたかった。一流のミュージシャンたちによるベースラインや管弦楽器のパフォーマンスという伝統的な要素の組み合わせが、このアルバムにタイムレスなフィーリングをもたらしていると思う。デジタル全盛の時代だからこそ、こういう作品のユニークさが際立つの。
ーこだわった部分についても教えてください。「Smoke」でのライターの着火音や、アルバム全体における生楽器のパートのアレンジなど、今作からはディティールへのこだわりが感じられます。
モネ:『JAGUAR II』の生演奏のパートはすべて、打ち込みで対応することもできた。でも生演奏ならではの音の厚みとソウルは、プログラミングでは生み出せないから。今作からは、一流のミュージシャンたちの魂とプライドがひしめき合っているのが伝わってくると思う。プロデューサーがキーボードで打ち込んだサウンドとの対比によって、各楽器のサウンドがより際立ってる。本物のミュージシャンが鳴らす音は、同じフレーズであっても毎回印象が全く異なるの。そういう生演奏ならではの魅力を、私はとても大切にしているから。
ボーカルに関しては、今っぽい楽しさ、ラップと歌の中間のようなパフォーマンス、ソフトな歌詞、そして偽りのない自分を表現することを大切にした。平たく言えば、自分が好きな様々なものを全部組み合わせようとしたってこと。母親にお菓子屋さんに連れて行ってもらった子供が、好きなものをひとつ選ぶように言われても選べないでしょ? あれもこれも好きだから3つ欲しい、ってなっちゃう。私は今でも、初めて行くレストランではそういう注文の仕方をするの。メニューを見て気になった料理を3つ注文して、それぞれ5口ずつくらい食べる。どれかひとつに絞って完食するんじゃなくてね。私の音楽に対するアプローチはそれと同じなんだと思う。異なる要素のものをたくさん取り込んで、自分らしいものに昇華させるの。
ークリエイティブ面であれパーソナルなことであれ、『JAGUAR』と『JAGUAR II』の間に自分を大きく成長させる決定的な出来事などはありましたか?
モネ:パンデミックの間は、自分を信じられなくなったことが何度もあった。世界がどこに向かっているのかも、妊娠していた自分自身の体がどう変化していくのかも分からなくて、常に不安を抱えてた。自分の中の弱い部分が、こんなふうに囁きかけてくるの。「子供を育てながらキャリアなんて築けるの? 片付けるべきプロジェクトが他にも2つあるんじゃなかったの? なぜいまだにインディーズなの?」。それは全部、私自身の中でずっと燻っている疑念だった。それらを克服したことは、私自身だけじゃなく、私のチームや家族にとっても大きかったと思う。
そういった内面の変化や、それに伴う意思決定が作品に影響を及ぼすかどうかは議論の余地があると思う。そういう疑念は全部、私が信じる女性像とまったく相容れないものだったから。そういう数えきれないほどの小さな疑念を払拭できたことは、私にとってものすごく重大だった。このアルバムがようやく世に出ることとツアーに出られることに、今はすごく興奮しているし感謝している。
ー『JAGUAR II』はビヨンセの『RENAISSANCE』やジャネール・モネイの『Age of Pleasure』と並んで、黒人女性による喜びとセクシュアリティの追求を讃えようというムーヴメントの一翼を担うと思います。ジャネット・ジャクソンやドナ・サマーをはじめ、過去にも多くの女性たちがそういった価値観の基盤を築いてきましたが、今この時代にあなたはどういったメッセージを発したいと思っていますか?
モネ:正直に言って、アルバムを作っている間はそういったことを深く考えたことはなかった。目の前の課題をこなすことに集中していたから。でも無意識のうちに、世の女性たちがみんな背中を押してくれているように感じていたかもしれない。10年前の音楽業界では、女性たちはお互いをライバル視して競い合っていたから、自分の素直な気持ちや実体験について率直に語ることができにくかったと思う。幼い頃に刷り込まれた固定観念のせいで、私たちが表現しようとしたことは全部クリシェだとみなされたから。でも今、そういう状況が大きく変わりつつある。
このアルバムを作っている間、私はそんなふうに感じてた。「今を生きる女性たちにアピールできるものを作らないといけない」なんて気負いはなかったの。このアルバムで私はリアルな自分を表現したし、それをすごく楽しんでた。何がアリで何がタブーなのか、そういったことを気にかける必要がないことをね。世間が何をよしとするかということに、私はもう興味がない。私はただ自分の気持ちに正直になって、たとえそれが私の母を不快な気持ちにさせるようなことであっても、自分にとっての真実だけを伝えたい。私がどう感じているのかを、音楽を通じて表現したい。現実の生活には無視できない制約が何かと存在するけれど、少なくとも音楽の世界には何のルールも存在しない。自分の曲を聞いた誰かが、どんな時もありのままの自分でいようと考え、実際に行動に移してくれたら。今の女性アーティストたちはきっと、みんなそんなふうに考えていると思うの。
From Rolling Stone US.
ヴィクトリア・モネ
『JAGUAR II』