ここ数年で、都心ではシェアサイクルが当たり前の移動手段のひとつとして浸透しつつあります。また、最近では電動キックボードに代表される「特定小型原付」という新たな枠組みもでき、こうしたマイクロモビリティを取り巻く環境が再び変化し始めているところです。
そんななか、ステーション(貸出・返却拠点)設置数で国内No.1を誇る自転車シェアリングサービス「HELLO CYCLING」を運営するOpenStreetも、特定小型原付に分類される新型車両「電動サイクル」を1月30日から順次配備していくと発表しました。
この電動サイクルは、自分でこいで走らせる自転車や電動アシスト自転車ではなく、“こがずに進む”フル電動の車両です。しかし、あえて特定小型原付に多いキックボード型ではなく、ほとんど自転車のような見た目で座って乗るつくりになっているのがポイント。今回は新型車両を投入するねらいを聞きつつ、一足先に試乗してきました。
自転車でも電動キックボードでもない「電動サイクル」とは?
特定小型原付とは、最高速度を20km/hに制限する代わりに、16歳以上であれば運転免許不要でヘルメットの着用は努力義務とされる新しい車両区分です。さらに追加条件を満たす「特例特定小型原付」であれば、最高速度をさらに厳しく6km/hまで制限して歩道(※普通自転車が走行可能な場所に限る)を走ることも認められています。
基本的には電動キックボードのためにあるような区分ですが、実は「あの形でないとダメ」と定義されているわけではありません。HELLO CYCLINGが提案する電動サイクルが何者か、端的に言えば「慣れ親しんだ自転車のような形で、電動キックボードと同じメリットを持った乗り物」といったところ。最高速度20km/hの車道モードと最高速度6km/hの歩道モードを切り替えて使えることや免許不要であることは電動キックボードと同じですが座って乗れます。
開発元は、電動バイクと自転車のマルチモードを実現した「GFR-02」などで知られる和歌山県のモビリティベンチャー企業・glafit。ただし、HELLO CYCLINGに投入される電動サイクルには自転車モードはなく、フル電動での走行のみとなります。glafit製の車体に、すでにシェアサイクルで運用中のIoTロックを組み合わせた仕様で、貸出・返却の操作方法やアプリは自転車を借りる場合とほぼ変わりません。
車両の外観は、注意深く観察しなければ一見ごく普通のミニベロ(小径自転車)といった雰囲気。しかしよく見るとクランクやチェーンがなく、後輪のハブに組み込まれた電動モーターで走るようになっています。自転車用の部品と思われるペダルはありますが、こぐことはできず左右同じ位置で固定されている単なる足置きとしての役目です。
車体の前後には、特定小型原付として必要な灯火類やナンバープレートが備えられています。特に目立つのは、特定小型原付の条件である緑色の「最高速度表示灯」。20km/hモードでは常時点灯、6km/hモードでは点滅と定められており、これはLUUPなどの他社の車両でも同様。つまり、車道モードで歩道に進入するような違反は目視で取り締まれるというわけです。なお、とっさに切り替えて指摘を回避するようなことができないよう、モード切り替えは停車状態のみで可能というのも条件に合致した仕様です。
基本操作としては右手側のハンドルにあるスロットルをひねると前進し、ブレーキレバーは左手が後輪、右手が前輪。左手側にはバイクと似た操作のウインカースイッチがあります。先述の最高速度表示灯がウインカーを兼ねており、前照灯はバイクと同様に常時点灯のためON/OFFの操作はなし。ミラーは特定小型原付では義務でないため装着されていませんが、原則として車道を走るもので歩道モードは限られた場面で使ってもらうという想定からすれば、法規制上必須でなくともあるべき装備のようにも思います。
右手側のモニターには走行モードが表示され、速度表示などは特になし。モニターの横に3つのボタンが並んでいますが、実際に使うのは電源ボタンとモード変更ボタンの2つだけです。残りの1つは何なのか?と聞いてみると、glafitから個人向けモデルが発売される予定で、HELLO CYCLING向けモデルでは実装されていない機能のためのボタンだそう。HELLO CYCLINGで乗ってみて気に入ったら、マイ電動サイクルを買える日も近いのかもしれません。
今回は平坦な私有地での短時間の試乗であり、電池持ち(公称40km)や登坂性能、実際の車の流れの中でストレスなく移動できるかなど踏み込んだ評価はできませんが、車道モードと歩道モードの両方を試すことができました。
まずは6km/h制限の歩道モードで走り出してみると、「歩いている人と自転車で並走する」より少し難しい程度かなという印象。この範囲内ではスロットル操作で速度の緩急を付ける余地が少なく6km/hで走るか止まるかの二択になりがちで、通常の自転車と違ってペダルを踏み込んで姿勢を持ち直すことはできない分、バランスをとるのに若干慣れが必要だったのは意外な結果でした。とはいえ、電動キックボードで同じ速度でまっすぐふらつかずに走るよりはずっと簡単です。
一旦停止して20km/h制限の車道モードに切り替えてみると、今度は思いのほか力強い加速に驚きました。全長の短さと瞬発力から、発進時のラフな操作には要注意かもしれません。バイクのようにグリップ全体がスロットルレバーというわけではなく、人差し指付近の一部だけを回すようになっており、ややコントロールしにくいのが気になりました。
14インチタイヤを採用する小径車で全長も1280mmとコンパクトですが、キャスター角を安定方向に振っている(15°)ことや電動モーターの特性上トルクフルで一気に速度が乗るということもあり、見かけによらず直進安定性が高く、ある程度長い距離の移動にも適しそうです。
なぜあえて「電動キックボードではない」特定小型原付を投入するのか
日本で電動キックボードシェアリングサービスの実証実験などが始まった当初は、電動キックボードも通常の原付一種(30km/h制限、要免許)として運用されていましたが、これでは海外の先行事例ほど電動キックボードの利便性が生まれにくいと事業者らの働きかけがあり、賛否両論ありながらももう一段階ライトな特定小型原付という区分が作られたことで免許不要かつ一定の条件下では歩道も走れるようになったという経緯があります。
日本国内におけるマイクロモビリティのシェアリングサービスの競争状況としては、ステーション数で見れば先行事業者であるドコモ・バイクシェアが長らくリードしており5年ほど前にHELLO CYCLINGが逆転して首位に立ち、直近では電動キックボードメインのLUUPもドコモを抜いて2位に浮上した様子。
また、このような事業の展開には自治体との連携が不可欠であり、自治体がシェアリングサービスの実証実験に参加する事業者を公募し、各社がそれに応えて進出するというのがひとつの流れになっています。近年では募集条件に特定小型原付が含まれるケースもあり、OpenStreetとしても特定小型原付を手札に加えることは急務だったと推察できます。
しかしあえて電動キックボードに手を出さずに事業を展開してきた、そして特定小型原付の解禁から半年遅れてでも電動キックボードとは異なる独自の形を選んだ理由は「秩序と利便性のバランスをしっかり取っていく」というポリシーからだと言います。
電動キックボードに対する賛否両論の“否”の内容をかいつまんで言えば、まずひとつは無免許でも手軽に乗れてしまうがゆえの運転マナーやスキルの問題です。そして、その乗り手の問題と不安定な車体構造があわさって歩行者やクルマとの混合交通において危険な存在となってしまっていることも特に運転者から反感を招いているところでしょう。
前者に関しては登録プロセスの工夫や利用状況のモニタリング、講習会の開催などソフト面で地道に改善していくしかないでしょうが、後者の「電動キックボードはふらふら走っていて危険」「小さな車輪で路面状況の良くない左端を走るから事故が起きやすい」といったハードの問題に対する答えのひとつが、この電動サイクルであると言えます。
自転車に近いスタイルで電動キックボードより安定性のある車両を投入することは、転倒事故やふらつきによる接触事故、立ち乗り型で問題視される頭部受傷時の重症化などさまざまなリスクを軽減できると同時に、日常的な使いやすさ・乗りやすさを考えてもユーザーにメリットのあることです。試乗の感想で触れたように若干慣れが必要な部分はあるにせよ、普通の自転車に乗れる人なら少し慣れれば問題なく乗れる程度であり、電動キックボードよりは利用のハードルはグッと下がるでしょう。
電動サイクルはまず、千葉市(1月30日~)とさいたま市(2月1日~)の一部のステーションから、自転車レーンの整備されたエリアなど走行環境の整ったところを選んで段階的に導入されていきます。
現在運用されている電動アシスト付き自転車をすべて置き換えていくわけではなく、将来的には自転車と電動サイクルが混在した形で配備される想定です。その段階を見据えると、貸出・返却のシステムは従来の自転車と共通ですし、車両の構造的にも自転車ベースでありステーションのラックなどの設備をそのまま使えることが効いてきます。
HELLO CYCLINGではすでに通常の電動アシスト自転車のほかに一部でスポーツタイプの電動アシスト自転車を導入していたり、別サービスの「HELLO MOBILITY」でスクーターや小型EVを貸し出していたりと、OpenStreetが目指しているのは利用シーンにあわせて様々な移動手段を提供するマルチモビリティシェアリングサービスです。新型車両は自転車に代わるものではなく、単に競合の電動キックボードと同じ層を狙ったものでもなく、マルチモビリティラインナップのすき間を埋める新たな選択肢として期待されます。