前編は

モチベーションの保ち方

渡辺:僕はたまたま社長と目指す世界が共通していて、今そこに近づいているのが大きなモチベーションになっています。僕も社長と同じ山梨県生まれで、ブドウ畑の景色が好きでしたが、大人になるにつれてどんどん耕作放棄地になっていくことを寂しく思っていました。それを将来的に農地に転換してくことを社長は目標に掲げていて、僕の目指すところと一致していたので、本当に運が良かったです。

吉川:異業種からの新規就農だと、給与水準は前職の方が高くなかったですか。

渡辺:おっしゃる通り給料は減りました。でも今は「将来的にはおいしい思いをするだろう」という期待感がありますね。

久保田:私も前職に比べると給料は下がりました。ただ、浅井農園の代表が掲げている「箱理論」に共感したんです。会社もほ場も全部一つの箱であって、みんなが自由にその箱を使って自己実現してくれればいい、それによって浅井農園もいい箱に生まれ変わっていくという考えです。おかげで働きやすい環境になっていますし、自分たちでどんどん新しいことに挑戦して、事業が拡大したらスピンオフさせていけるような制度化についても検討しています。
渡辺:自分が好きなことや得意なことを発揮できる場が今の会社にあるのがモチベーションにつながっているんですね。

久保田:そうですね。「みんなに必要とされてる感」も、以前より感じられます。

河合:僕はすごい勢いでいろんな事業を立ち上げてやっていく文化祭感が、とても楽しいです。みんなで作品を作り上げているような感覚ってあると思うんですけど、それが最終的には産地のため、業界のためになると思っています。

矢澤:みんなで作っていく楽しさってありますよね。のらくら農場は、今年(2023年)の夏にまともに雨が降らず、絶望的な精神状態でした。9月のある朝ミーティングをしていたらドバっと雨が降ってくれて、「雨が降りましたね」と言った瞬間、一斉に大拍手が起きて。雨ひとつでこんなに一喜一憂出来るのって、やっぱり楽しいなって思いました。
中村:みんな不安な気持ちを口には出さなかったけど、拍手ひとつで気持ちが通じあえるっていうのがいいですよね。

やりがいを感じた瞬間は?

吉川:僕が入社した当初は、社長や私から社員に「生産の振り返りしようよ」「何が悪かったのか原因を見つけようよ」と働きかけていました。でも約3年たったあるとき、僕らが何も言ってないところで社員が「今日は雨で作業できないから、この作業の反省点を洗い出そう」と自発的にミーティングを行っていたんです。組織の文化が変わったのを目の当たりにして、めっちゃ感動しました。「この状態を作り出せたことがすごい」と感じましたね。

渡辺:農業は地域に入り込むことが多いので、僕は地域住民からの反応がうれしいです。近所のあるおじいちゃんが亡くなってしまったとき、一緒にやっていたおばあちゃんが「もう畑を維持できないけど、おじいちゃんが先代から守ってきたものだからなんとかしたい」と相談してくれたんです。そこでアグベルが手伝うことになり「来年農業する勇気が湧いたよ」と言ってくれました。それは入社して一番うれしかったことですね。

河合:お二人の話を聞いて、おそらく「右腕がいなくて困っている」という組織も「変化を起こせない」「何かうまくいかない」という課題を抱えているんじゃないかなと思いました。

右腕人材が見つからない理由

吉川:「右腕がいない」という課題の原因は60%ぐらいが採用だと思います。そもそも業界全体で人手不足だから、採用がおざなりにされてきたと感じます。僕も入社してからは無理にでも求人倍率を5倍ぐらいまでにしようという目標を掲げました。人を充填(じゅうてん)させるためではなく、選べるようにしようと。結果的にその施策は2、3年後にきいてきました。

河合:余剰人員を抱えられるかという前提もありますよね。その前提が成り立たないのであれば、まずは事業を伸ばして利益を作り、投資をする余力を作る必要があると思います。

久保田:手っ取り早い方法は、会社が稼ぐ力をつけて給与水準を上げることじゃないでしょうか。そうすれば、やる気のある右腕が期待感を持って入ってくると思います。それ以外の方法だと相当時間がかかると思います。

吉川:目指したいビジョンがないことも要因かと思います。「この家族、この経営者をもうけさせるために頑張ります」なんて人が来ることはあり得ませんよね。

採用の重要性

渡辺:右腕と出会うには、採用のブランディングもめちゃくちゃ大事だなと思います。スローライフを送りたい人にとって魅力的に映るブランディングをしても、一向に右腕人材は見つけられない。「農業でこんなこともできる」ということを伝えていくのが大事だと思います。

中村:農業を趣味の園芸と捉えているか、利益出していこうと思っているのかは見極めないといけませんよね。ふわっとした夢を抱いている方だと、違うなって思います。

吉川:出来上がった法人に右腕が入社するパターンが多いですが、BRAVE さんのように(社長と右腕が一緒に脱サラして)二人三脚でスタートを切るパターンも、もって増えてもいいですよね。

友部:社長と私は前職農協職員だったのですが、集落営農組織みたいな形ができればいいなと思っていて独立しました。私の知っている限りでも農協職員何名かで独立就農する人はいますよ。

社内に右腕人材はいるか

矢澤:成長意欲のある人は独立したくて勉強しに入ってくるので、右腕として働き続けることはないのかなと思いますが、みなさんどうですか。

渡辺:アグベルの場合は、これからどんどん畑を拡大していくことをメンバー全員がわかっているので、「自分がいつか管理職にならないといけない」という危機感で頑張ってる人が多いです。だから結果的には右腕のポジションを目指している人もいると思います。

久保田:浅井農園は明確に右腕人材を意識している人はいないと思いますが、一緒に働いている同じ世代の人間とは「どんどん稼いでいこうよ」と話しています。でも完全に会社を辞めて独立しよう、みたいな話にはならないんです。それは最初独立志向を持って入った人間も「農業って土地の集積から栽培までものすごい時間かかるな」と気づくから。浅井農園がこれまで築きあげたものをまた自分でゼロからやるのではなく、生かして、もっと先へ進んでいくほうが面白いと考えている人間が多いと思います。

吉川:2パターンが一社の中にいたらいいですよね。独立志向も全然いいし、会社のリソースを使って新たなことをスタートできる。そんな環境があれば経営陣に携わる人も増えてくると思います。

「右腕」の定義

中村:僕は部下が憧れる存在になれたら、右腕になれたのかなと思います。「あの人みたいになりたい」って思ってくれたら、おのずと次のステージに向かってやってくれるじゃないですか。「俺でもできるやん」と自信がつけば「俺がもっといいものを作ろう」という人が出てくると思います。僕が今やってることは次世代への基礎作り。それを踏み台にしてどんどん超えていってほしいです。
渡辺:これまで、経営の視点を持って農業に携わってきた前例が少ないので、農業における経営判断は難しいと思うんです。社長が悩んだときに正しい判断ができるように情報を集めて補助してあげることが、右腕としての大事な役割だと思っています。

吉川:農業の現場って生産はほぼ足りていて、それ以外は大体足りていないので、そこをやれる人が入れば、きっと右腕になるはずです。企業説明会で地元の農業高校に行くとよく聞かれるのが「農業法人に行くときに必要なスキルは何か」という質問。大体「大型特殊免許は必要ですか」とか「農業技術検定は取得した方がいいですか」と聞かれるのですが、逆だと思います。ほとんどの農業法人には人事や総務、広報など農作業以外の仕事がありますから、そこから入って経営のことを学びながらプレイヤーとしての経験も積んでいけます。もっと広い視野を持ってもらえたらと思います。

編集後記

前後編にわたった「社長の右腕」座談会。「右腕がいない」と悩む農家がやるべきことは何か、右腕人材が育っていくにはどんな環境が必要なのかが語られました。

右腕人材を見つけるには、まずは採用を強化し巡り合う人数を増やすこと。それから期待を持って働けるよう、目指すビジョンを明確に設定することが重要です。自分たちがどんな世界を目指したいのか、右腕人材に何を求めているのかを考えてみてはいかがでしょうか。

(編集協力:三坂輝プロダクション)