移住者が奄美の農産物の魅力を知って開発したジェラート
奄美大島東部の龍郷町にあるジェラテリア「Tropica Amami(トロピカ・アマミ)」では、奄美産のさまざまな農産物を使ったジェラートを販売している。植物そのものの色を生かしたジェラートは、カラフルで目を引く。
ものによっては原材料の50%がフルーツになってしまうほど素材をふんだんに使ったジェラートは、地元の人だけでなく、観光客にも人気だ。店頭販売はもちろん、カップに入ったものが土産物店で売られたり、龍郷町のふるさと納税の返礼品になったりして、かなりの売れ行きだという。
このジェラート誕生の背景に、地域の農業の抱える問題と、その解決手段としての「農福連携」があることを知っている人は、地元にもあまりいないかもしれない。
Tropica Amamiでは、龍郷町にある就労継続支援B型事業所「あまみん」の利用者が働いている。あまみんには知的障害や精神障害のある人30人ほどが所属している。
あまみんの運営主体である株式会社リーフエッヂ代表の田中基次(たなか・もとつぐ)さんは埼玉県出身の移住者だ。前職は作業療法士。サーフィンが趣味ということもあり、2015年に奄美大島に移住して島内の病院で働いていた。
しかし、島内にある既存の施設では自分が理想とするような支援は難しいと感じ、2016年に独立。当初は農福連携をしようと意識してはいなかった。しかし、地域に入ると周りの農家の高齢化や耕作放棄地の多さがすぐに目に入り、農作業受託をメインにすることにした。
田中さんは移住して1年で、龍郷町にある建設業者の土捨て場だった1000坪ほどの土地を借り受け、30坪ほどの建物を建てて運営を始めた。近所の農家に「農作業のお手伝いをしますよ」と声をかけて作業を請け負うようになったのだが、利用者は屋外での農作業ができる体力のある人ばかりではない。そこで、屋内での仕事として農産物の加工も始めることにした。
加工を始めることには大きなメリットもあった。農作業を委託する費用を捻出するのが難しい農家には、「対価は収穫物でいい」と声をかけることで、多くの作業を受託できる。引き換えに加工の原料となる農産物を無料でもらうことで、少ない元手で収益につなげられるとも考えた。
最初はジャムやドライフルーツなどを作っていたが、まったくお金にならなかった。しかし、施設の利用者はどんどん増える。彼らに工賃を支払うためにも何とかお金になることをしなければと田中さんが考えついたのが、ジェラートだった。
田中さんは奄美に移住する前は沖縄に住んでいた。沖縄ではかき氷や冷たいぜんざいなどの「冷やしもの」の店が多くあるのに、奄美には少ないことに気付いたという。「調べてみたら、店がうまくいかなくてつぶれたというのではなく、単に少ないだけということが分かったので、参入するチャンスだなと。奄美にはフルーツや黒糖など、ジェラートに活用できる特徴ある作物もたくさんありますから」。そこからスタッフと共に知恵を絞って商品開発をしたジェラートは、大成功している。
価値につながる仕事を大切に
農業に携わるうちに、あまみんの利用者たちにも「手伝いではなく、自分たちでも何か育ててみたい」という思いが生まれたそう。そこで現在は、バタフライピーやローゼルを栽培している。これらは、ジェラートだけでなく、新商品のハーブティーにも利用され、Tropica Amamiのカフェメニューになっている。また、ティーバッグを個包装したものは、土産物として島内のあちこちでも売られている。
田中さんは栽培品目として「自然と“自然栽培”になるものを選ぶ」と言う。つまりは、農薬を使わなくても虫に強く、肥料を使わなくても育つ、手のかからない作物という意味だ。あまみんには定休日があるし、利用者も農業のプロではない。それでも育てられるものとなると、ハーブが多くなる。それはかえって利点だと田中さんは言う。「ハーブは商品を特徴づける色づけや香りづけに使えます。そういうものは自分たちで作る価値がある」。利用者が地域の農家たちの収穫を手伝うことや商品に使うハーブを育てることは、商品の背景となるストーリーに欠かせない要素だからだ。
一方で、商品の袋詰めなどは自分たちがしないほうが、むしろ商品の価値が上がると田中さんは考える。「パッケージでお客さんが気にするのは、ちゃんと記載された分量が入っていて見た目がきれいかどうか。だから袋詰めは機械がやったほうが安くて速くて正確だし、清潔で見た目も整っているから、流通にも乗せやすいですよね」。どう作るかだけでなく、どう売るかまでを見越して、何をすべきで何をすべきでないかを判断する。それが限られた人員の中で作業の効率を上げ、収益にもつながるという。
例えば袋詰めは単純作業なので、福祉の現場ではよく作業として採用されやすい。しかしあまみんではそれをあえてやらないと決断したことで、利用者が仕事の価値を認識し、よりやりがいを感じるようになったという。そして、彼らの価値ある仕事を通じて作ったジェラートなどの人気商品の存在も、働く意欲につながっている。「実際、利用者さんも自分たちが関わった商品がよく売れているのを見ると、作業が忙しい時にも頑張ってくれる」と田中さんは話す。価値のある仕事は、人のやる気も引き出すのだろう。
地域内での資源の循環を実現する新規事業にも挑戦
あまみんでは蒸留器を購入し、タンカンの皮やハーブから精油を抽出して商品化することを計画している。タンカンはジェラートなどへの加工後、皮が大量に余るため、それをできるだけ有効活用したいという思いもある。また採油率も高く良いアロマオイルになるため、近く化粧品製造販売業許可も取得して、せっけんや化粧水などを作りたいと田中さんは言う。
それらの商品を活用する場として、農泊事業も計画している。実はすでに宿泊施設を建てるための土地も購入済みだ。「農泊で必要な仕事は、あまみんでできるんです。利用者は部屋の清掃の仕事もできますし、あまみんで作ったせっけんはアメニティーとしても使える。ハーブの畑では一年中収穫体験などもできます」
観光客が多い奄美大島では、世界自然遺産に登録されたこともあり、宿泊施設も増えている。そんな中で、地域の資源の循環や農福連携などの特徴を打ち出して差別化を図るというわけだ。
もちろん、新規事業には資金も必要だ。さまざまな補助金や融資を得るためには、計画を練り上げるだけでなく、それをプレゼンする力も問われる。その労力は生半可なものではない。そんな困難をいくつも乗り越えてきた田中さんは「もう大きな借金も全く怖くなくなりました」と笑う。きっとそれは、ちゃんと返済できているという自信に裏打ちされたものだろう。
地域農業の担い手としての農福連携
さらに、地域内での人の循環も考えている。農繁期にはあまみんの利用者が農家の手伝いに行く。逆に農閑期にはその農家に、あまみんにアルバイトに来てもらっているのだ。「農家さんは暇な時期に現金収入が得られるし、こっちは農業のプロに来てもらえるといろいろ助かるので」と、農業分野の人材確保と同時に、地域の雇用創出も行っている。
幸いなことに、募集をかけるとスタッフは採用できる状況にあるとのこと。福祉分野に関しては看護師などの有資格者なども採用できている。また、利用者だった人が体調を回復したことで、社員として働けるようになる場合もあるという。多様な人が自分のペースで働ける職場づくりをし、農業分野も福祉分野もきちんと仕事が回せるようにしている点も、田中さんの経営者としての手腕によるものだろう。
田中さんは、2021年に株式会社あまみあぐりという農業法人を立ち上げ、さらに農地を広げつつある。法人として地域の高齢農家から土地を引き継ぐことで、相続の問題の解消にもつながればと話す。そしてやはり、こうした事業をつないでいくために、社内での人材育成も考えているという。「自分もいつまでも若くないですから。農業は時間がかかる仕事。10年ぐらいかけて、会社を継いでくれる人を育てられれば」
そう語る田中さんは、もうすっかり奄美の人になっているように見える。「もう、奄美に骨をうずめるでしょうね」と、日焼けした顔に満面の笑みを浮かべた。