幽霊屋敷が舞台のローファイな傑作から、日本を代表する怪獣映画の最新作にいたるまで、2023年は背筋が凍るようなホラー映画が目白押しだった。米ローリングストーン誌が選んだ2023年の10本を紹介する。
気味の悪さという点では無敵の作品や、誰もが知るシリーズ物のリブート/リメイクが数多く生まれた年……。総括すると、2023年はそんな1年だった。
いまでもホラー映画は、金曜日の夜のシネコンに欠かせないジャンルとして親しまれ続けている。公開の週末にそこそこの観客を動員するだけでなく、ポップコーンのお供にぴったりの恐怖体験を提供してくれるこのジャンルは、まさに不況知らずと呼ぶにふさわしい。それだけでなく、ホラーは志の高い映画監督が低予算で実験やディスラプションに挑むのにぴったりのジャンルでもある。また、ジェイソン・ブラムやジョーダン・ピールといった大御所たち、さらにはA24のような新進気鋭の映画スタジオが常に鮮血——比喩的にも文字通りにも——を世に送り出すための格好の手段でもあるのだ。今年は、熱狂的なホラー映画オタクの支持を集める動画配信サービス「シャダー」がさらにハイレベルな作品選びを展開し、世界中から集めたおしゃれでいたずら心のある直球ホラーを配信した年でもあった。
予想通り、今年もホラー界のレガシーともいうべきシリーズ物のリブートやリメイクが次から次へと生まれた(『ソウ』と『スクリーム』の最新作など)。そのいっぽうで、新たなシリーズ物の誕生を予感させるような作品もあった。なかには、『M3GAN/ミーガン』や『プー あくまのくまさん』のように、SNSでのバズりを狙いにいったものもあれば、「続編があれば、ぜひ見てみたい」と思わせるような、高いポテンシャルを秘めた作品もあった。『It Lives Inside(原題)』や『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』の監督たちが、続編でどんな展開を見せてくれるかも楽しみだ——続編がなかったとしても、次回作に注目したい。
ほかにも、サプライズや新たな発見もあれば、既存のサブジャンルから放たれた変わり種や衝撃作もあった。あまりの豊富さに、人気ホラーゲームを実写映画化した話題作『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』や『エクソシスト 信じる者』の存在感を多少なりとも薄れさせたほどだ(ちなみに『エクソシスト 信じる者』は、新「エクソシスト」3部作の第1弾である)。
伝説的な怪獣映画のリメイクから、フォーク・ホラー風の悪夢、さらには監督主導の黙示録的作品から、ローファイな恐怖の祝宴にいたるまで、ローリングストーン誌が厳選した2023年を彩ったベスト・ホラー・ムービー10選をご紹介する。どうやら私たちは、ホラー界のルネサンス、ひいてはヌーヴェル・ヴァーグの真っただ中にいるようだが、ただオーディエンスの腰を抜かすだけにとどまらない、多彩で進化を止めないこのジャンルならではの、古き良き恐怖を感じさせてくれる手堅い作品もあった。(今回は選ばれなかったが、以下の作品にも拍手をおくりたい。『Angry Black Girl and Her Monster(原題)』『The Blackening(原題)』『死霊のはらわた ライジング』『Final cut(原題)』『ファイブ・デビルズ』『Influencer(原題)』『It Lives Inside』『The Outwaters(原題)』『ラン・ラビット・ラン』『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』)
10位『ノック 終末の訪問者』
MORGAN "MO" SMITH/UNIVERSAL PICTURES
『地獄の黙示録』(1979年)のサブジャンルへの参入ともとれるM・ナイト・シャラマン監督の終末スリラー『ノック 終末の訪問者』は、『シックス・センス』(1999年)などの大作を手がけてきた監督のこれまでの作風とは少し趣を異にしている。脚本家ロッド・サーリングとスピルバーグ監督を掛け合わせたかのようなその作風と比べると、どことなく”カビ臭い”においが漂っているのだ。そのいっぽうで、ホラー映画監督としての手腕がみごとに発揮されているのも事実。終末論を信じるカルト集団に捕まった家族というシンプルな設定を巧みに利用し、見る人の神経を徹底してすり減らしていくのだ。住居侵入と神の介入を描いた『ノック 終末の訪問者』以前の多くのホラー映画がそうであるように、森小屋からはじまる本作のストーリーは、この限られた舞台のなかで巧みに縮小したり拡大したりする。エンディングは、原作となったポール・トレンブレイの同名小説のファンのあいだで物議を醸したが、そこにはシャラマン監督の明確な意図があることも感じられる。デイヴ・バウティスタ扮する巨体の男は、ホラー映画を彩ってきた狂信的な歴代サイコパスのひとりにぜひとも加えたい。
日本公開:Amazon Promeにて配信中
9位『ゴジラ-1.0』
TOHO LTD.
俗っぽさとド派手感が共存する昭和のシリーズから、国家の危機管理を描いた2016年の『シン・ゴジラ』にいたるまで、東宝の「ゴジラ」シリーズは時代とともに進化を続けてきた。だが、原点でもあるアイコニックな1954年の『ゴジラ』にあった恐怖の要素が押しのけられ、アクションに焦点が置かれてきた点は否めない。それに対し、シリーズ最新作『ゴジラ-1.0』は、巨大怪獣が大都会を蹂躙しまくる様子を見て悦に入るという原始的な喜びを呼び覚ましてくれた。そのいっぽうで、罪の意識や後悔、戦争、悲しみが織り込まれた物語が展開される。実際、1945年の戦後の日本で暴れ回るゴジラは、『ジュラシック・パーク』(1993年)さながらの恐ろしさで、腹を空かせた怒れる怪獣の本質をみごとに描き出している。元特攻隊員の主人公(神木隆之介)が、恋人(浜辺美波)と暮らす街がゴジラに破壊され、人々が虐殺される様子を見つめるなか、きっとあなたは、この怪獣が”キング・オブ・モンスターズ”の称号を本当の意味で取り戻したことを実感するに違いない。ゴジラが海面から背びれをのぞかせて船舶を追いかける、『ジョーズ』(1975年)へのオマージュともとれるシーンには、ボーナスポイントを差し上げたい。ゴジラとジョーズ——どちらも映画史に名を残す一流のモンスターである。
8位『Huesera: The Bone Woman(英題)』
SHUDDER
メキシコ出身のミシェル・ガルサ・セルベラ監督による長編デビュー作『Huesera: The Bone Woman』は、妊娠とボディ・ホラーを結びつけた最初の映画ではない。だが、筆者が記憶する限り、もっとも不穏な作品であることは確かだ——とりわけ、骨がきしんだり割れたりする音を聞いて、釘で黒板を引っ掻くような不快感を抱く人にとってはなおさらである。主人公は、ヴァレリア(ナタリア・ソリアン)という若い妊婦。母親になることに喜びを感じながらも、不安を抱いている。ある日ヴァレリアは、体を折り曲げて蜘蛛のような格好をする、顔のない女たちの幻を見るようになる。どうやら彼女たちは、自分のことをつけまわしているようなのだ。女呪い師に相談したヴァレリアは、幻は彼女自身の不安のあらわれであり、赤ん坊が生まれたら消えると言われて安堵するのだが……。じりじりと燃えるロウソクのように超自然的な要素を織り交ぜてくるセルベラ監督は、この新しいジャンルのポテンシャルの高さを示している。これと同じように、ヴァレリアの精神がゆっくりと崩壊していく様子は、ただただ恐ろしい。
7位『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』
UNIVERSAL PICTURES
ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』を取り出し、第7章に直行しよう。東ヨーロッパからロンドンに向かった船の船長の航海日誌が取り上げられている章である。小説の幕間にあたるこの章にもう少し”吸血鬼トリビア”を盛り込み、実写映画化したらどうなるだろう? 結果は、吸血鬼が暴れ回る、恐怖の航海である。ルーマニア発ロンドン着という破滅の航海を詳細に描いた本作は、ともすれば血糊を無駄遣いするための口実にしかならなかったかもしれない。だが、『ジェーン・ドウの解剖』(2016年)を手がけたアンドレ・ウーヴレダル監督の手腕のおかげで、19世紀の船旅と罪のない人々を次から次へと手にかけていくコウモリ型のドラキュラ伯が織りなす、ホラー映画オタク向けの『マスター・アンド・コマンダー』(訳注:パトリック・オブライアンのベストセラー海洋歴史冒険小説を実写化した映画、2003年公開)に仕上がっている。吸血鬼という使い古された存在を扱いながらも緻密に編まれたストーリーは、単なるトリビアには惜しい、みごとなエンターテインメントである。
6位『伯爵』
PABLO LARRAÍN/NETFLIX
歴史書によると、1973年から1990年まで南米チリの大統領として独裁政治を行なったアウグスト・ホセ・ラモン・ピノチェトは、2006年12月10日に世を去った。だが、『Post Mortem(原題)』(2010年)でメガホンを取ったことで知られるチリ出身のパブロ・ラライン監督の見解は違う。祖国にいまも暗い影を落とし続けるピノチェトは、実は死んでいないのだ。それどころか、遺産と人間の心臓から作った特製スムージーを糧に、250年前から僻地に隠棲しているという。ブラックユーモア満載のこの政治風刺ホラーによって、独裁者ピノチェトの”怪物”としてのイメージは決定的なものになった。同時に本作は、権力に飢えたこの狂人によって屈折させられた祖国の歴史とどうにかして折り合いをつけようという、監督自身の試みでもあることを付け加えておかなければならない。1世紀分のゴシックホラー映画とヴァンパイア伝説をファンタジックな物語へと昇華させた監督の手腕は、喝采に値する。月明かりに照らされたピノチェトが、獲物を求めてマントをはためかせながらサンチアゴ上空を飛ぶシーンをはじめ、いくつかのシーンは夢に出てきそうなくらい不穏である。本作のレビューの全文はこちら。
5位『Infinity Pool(原題)』
ボディ・ホラーの鬼才デヴィッド・クローネンバーグを父に持つブランドン・クローネンバーグ監督による、奇怪なリゾートホラー『Infinity Pool』。舞台は、富裕層が集まる架空のビーチ・リゾート。ここにいる一握りの金持ちは、罪を犯しても本人が裁かれることはない。なぜなら、次から次へと生産されるクローンたちが身代わりとなって処刑されていくのだから。リゾートを訪れた主人公(アレクサンダー・スカルスガルド)も、この奇妙な風習を前に、徐々に理性を失っていく……。確かに、昨今の映画界は富裕層を痛烈に批判する作品にあふれている。だが、オーディエンスをどこまでも不気味な幻覚のような世界へと誘う本作は、一味も二味も違う。例えるなら、LSDで味付けした『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート』(訳注:ハワイの高級リゾートホテルが舞台のアメリカのブラックコメディドラマ)とでもいおうか。一瞬にしてアルファ男性からベータ男性に切り替わるスカルスガルドの名演が秀逸。ホラー界での活躍が目覚ましい唯一の出演者であるミア・ゴスにいたっては、『PEARL パール』(2023年)を超える存在感を放っている。本作のレビューの全文はこちら。
4位『Enys Men(原題)』
イングランドはコーンウォールの南の沖合に浮かぶ孤島が舞台の『シャイニング』(1980年)。『Enys Men』をなにかに例えるなら、これが一番近いかもしれない。だが、これだけではマーク・ジェンキン監督が放つ、背筋が凍るようなフォーク・ホラーの傑作の魅力を正確に伝えることはできない。コーンウォール出身の監督は、ありし日の悪夢を描いた名作ミッドナイトムービー特有の、ドラッグに冒されたような断片的なスタイルをみごとに取り入れている。見方によれば、本作は「ボランティア」と命名された女性が徐々に正気を失っていく物語、隔絶された島では、どんなに精神が安定した人でもおかしくなってしまうことを描いた物語と言えるかもしれない。あるいは、奇妙なるいにしえのブリタニア(訳注:イギリスの古称)のレガシーを掘り下げると同時に、風景がトラウマや悲劇、暴力、無垢の喪失を吸収することを描いた、異教徒的な幽霊物語と言えるかもしれない。いずれにしても、「飲み物になにか変なものでも入れられたのでは?」と思ってしまうくらい、不思議な感覚にさせられる作品だ。
3位『No One Will Save You(原題)』
20TH CENTURY STUDIOS
ブライアン・ダッフィールドが脚本・監督を手がけたSFスリラー『No One Will Save You』。町の人たちからのけ者にされ、孤独に暮らす主人公の若い女性(ケイトリン・デバー)はある日、町で不可解なこと——例えば、エイリアンの襲来とか——が起きていることに気づく。彼女の予感通り、町はエイリアンに襲われていた。それだけでなく、エイリアンは住民をマインドコントロールし、「検査」と称して次から次へと母艦に送り込んでいる。女性は、自分ひとりで身を守るしかない。これだけでも、1950年代にドライブインシアターで人気を博したSF物を現代風にアップデートしたような本作は、このジャンルを徹底して追求した秀作と呼ぶにふさわしいのだが、さらに監督はセリフをほぼゼロにするという難題に取り組み、みごとに成功した。その結果、緊張と緩和を駆使したSFスリラーの金字塔を打ち立てた。ドラマ『バフィー 〜恋する十字架〜』シーズン4の第10話「Hush」に似ているという指摘も一理あるが、スリル満点の本作は、ギミックを巧みに利用したという点で独自の存在感を築き上げた。また、ケイトリン・デバーのように、瞬きひとつで恐怖と残忍さを演じ分けることができる名優が人類最後のひとりを演じたことも大きい。
2位『When Evil Lurks(英題)』
SHUDDER/IFC FILM
悪魔に憑依され、膿で膨れ上がった人がいたとしても、絶対に殺してはいけない。悪魔は、宿主を殺すことでさらに凶悪化し、”感染力”を高めるのだから。憑依とパンデミックを掛け合わせたアルゼンチン出身のデミアン・ラグナ監督のスプラッターホラー『When Evil Lurks』は、どこからともなく現れたまったくの意外作だった。2023年のホラー映画のなかでも、本作ほどスクリーンの前で大絶叫させられる作品には滅多にお目にかかれないだろう。悪魔に”感染した人”をトラックに乗せて、森のなかに連れて行くのはまずい! エゼキエル・ロドリゲス扮するイケメン農民さん、郊外で暮らす元妻に近づくな! ペットにも、子供たちにも近づいてはいけない(当然ながら、子供だって逃れられない)! 頼むから、害のなさそうなヤギを撃たないでくれ! そいつが悪魔なんだ! お願いだから、斧をおろして! 次から次へと襲ってくる恐怖に胃はキリキリするし、吐き気も込み上げてくる。挙句の果てには、神経までボロボロだ。もちろん、すべていい意味で。
1位『Skinamarink(原題)』
カナダ出身のカイル・エドワード・ボール監督がメガホンを取った、幽霊屋敷が舞台の異色作『Skinamarink』。制作費わずか15万ドル(約210万円)というこのローファイ作品が映画界でちょっとしたセンセーションを巻き起こし、TikTokで話題になっただけでも、2023年のシンデレラ・ストーリーとして歓迎されることは間違いだろう。だが、それ以上に本作は、発掘された恐怖映像特有のざらついた感覚と、実験的映画ならではの言い回しを融合し、みごとな効果を生み出している。『パラノーマル・アクティビティ』(2007年)とアメリカ実験映画の母と称されるマヤ・デレン好きにはたまらない、希少なホラー作品である。
真夜中に目を覚ました4歳の男の子(ルーカス・ポール)は、どうやら自分がひとりであることに気づく。父親と母親、そして姉(ダリ・ローズ・テルーオ)が順番に姿を消し、外の世界につながる窓やドアもひとつひとつ消えていく。天井に張り付いた人形や椅子を写した奇怪な映像は、なにか恐ろしいものが近づいてくることを予感させる。だが、その前に見知らぬ声が、「ナイフを取れ」と男の子にささやく。見捨てられ不安に長年悩まされている人は、醒めながら見るこの悪夢に飛び込む前に、スマホ画面にかかりつけのセラピストの電話番号を表示させておくことをおすすめする。形のない恐怖と幼少期の不安との間を自由自在に行き来する監督の手腕のおかげで、私たちはトラウマに関する実体験がなくても、それがどのようなものであるかを体験できる。身を委ねて、どこまでも不安を味わってほしい。