能登半島地震は多くの被災者を出し、十分な医療を受けられない子どもの命も失われました。地方における小児医療の課題に、いま再び目が向けられています。「ドクタージェット」のクラウドファンディングを実施している福嶌敎偉氏にお話を伺いました。

  • ドクタージェットプロジェクトの実現を目指す、福嶌敎偉氏

クラウドファンディングでドクタージェットを飛ばそう

2024年1月1日に起こった能登半島地震は、200名を超える人命が失われる大災害となりました。災害発生とともに多くの医療関係者が能登半島入りし、被災者の救護に尽力しています。

医療関係者は、災害時における現在の日本の医療システムとして最善を尽くしていますが、それでも救えなかった命はありました。なかでも、やけどを負った5歳の男の子が平時であれば受けられた治療を受けることができずに亡くなってしまった話には、多くの方が心を痛めたことでしょう。

こういった、救えたかもしれない子どもの命のために「ドクタージェット」導入を進めているのが、千里金蘭大学および千里金蘭大学大学院において学長を務め、看護学部教授、看護学研究科教授として教鞭を執る福嶌敎偉氏です。

福嶌氏は、NPO法人 日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク (以下、JCCN) 理事長としてドクタージェットの運航開始に向け奔走。現在、クラウドファンディングサイト「READYFOR」において「飛ばそう、ドクタージェット」プロジェクトを進めています。

地方における小児医療の課題とPICUの果たす役割

福嶌氏はこれまで主に、小児の心臓外科医として医療に携わってきました。若い頃にはまだ日本で臓器移植ができず、移植が必要な子どもを飛行機でアメリカに送ったり、地方から大阪に運んできたりしていたそうです。

少子高齢化の進む日本において、その影響を強く受けているのが地方自治体です。小児医療に特化した病院を作りにくく、あったとしても子どもの救急対応が行える設備もなければ、その経験を持つ医師もいません。よって、子どもであっても緊急時には大人向けの集中治療室(ICU)に入り、大人を診ている医師が治療を行うことになります。

「ですが、子どもの病態は大人と大きく異なります。子どものトリアージ(傷病者の治療優先順位を決めること)は、小児集中医療を専門とする医師でないと難しいことが多いのです。だからこそ、軽症に見えても早急に小児集中治療室(PICU)へ搬送することが必要です」(福嶌氏)

しかし、PICUは一人の患者を医療チームが一丸となって診るシステムです。作るためには数百億円もの予算が必要とされます。地方においてPICUが求められる小児患者は、年間およそ20~30名程度。とても作ることはできません。そのため、PICUのある病院のほとんどは太平洋ベルトラインに集中しています。

このような小児医療の現状を踏まえ、「ならば搬送するのが効率的」と福嶌氏が推進しているのが「ドクタージェット」です。

  • 千里金蘭大学 看護学部看護学科教授 / 千里金蘭大学大学院 看護学研究科教授 学長 兼 NPO法人 日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク (JCCN) 理事長 福嶌敎偉 氏

ドクターヘリとドクタージェットの違い

ドクターヘリとドクタージェット、ともに空輸という役割は同じですが、できることは大きく異なると福嶌氏は述べます。

最大の違いは、機内で治療が行える点にあります。ドクターヘリの機内は狭く、騒音にも悩まされるので、基本的に医師を連れていくための手段です。しかしドクタージェットであれば機内の気圧・温度を一定に保ち、多くの人と医療機器を載せることが可能なため、ICUに近い治療が行えます。

患者を運ぶ際に家族を乗せられることは、小児医療にとって重要なポイントです。お母さん・お父さんがついて行くことで、緊急を要する治療行為のインフォームド・コンセント(十分な情報を得た上での合意)をすぐに取ることができるのです。また、利用できる空港があることが大前提となりますが、ドクターヘリよりも天候や時間の影響を受けにくい点もメリットと言えるでしょう。

現在、ドクタージェットの活動には中日本航空の航空機と格納庫を使用していますが、今後は全日空ほか、他の格納庫も利用できるようになる予定です。また将来的に自衛隊基地の飛行場も使えるよう、福嶌氏は交渉を続けています。

「スイスには『Rega』という航空救助隊があり、救急用ジェットを保有しています。そして、“1414”をコールすれば誰でもアクセスできるのです。ここまでとは言いませんが、例えば担当小児科医が連絡すれば飛行機が使える環境があれば、これまでの震災でも助かる命がたくさん合ったと思うのです。私はそれを実現したいと思っています」(福嶌氏)

ドクタージェット導入の経緯と課題

4年前から進められているドクタージェット導入、そのための組織がJCCNです。設立のきっかけは、日本救急医療ヘリコプター(ドクターヘリ)を設立した岡田真人氏が、福嶌氏のもとを来訪したことでした。福嶌氏と岡田氏は各学会に働きかけ、JCCN委員会を作ります。さらに交渉作業を行うためのNPO法人として、2022年10月にJCCNを立ち上げました。

2023年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)に加えられるべく、自由民主党の「医療と地域の明日を考える会」と「日本航空産業推進議連」の連名で要望書が出されました。しかし2023年6月の骨太の方針には、残念ながら載らなかったそうです。

その背景には、日本の医療費のあり方が存在します。患者の搬送は基本的に自治体の業務であり、その費用の半分を自治体が、残り半分を政府が拠出します。ドクタージェットは都道府県をまたいで患者を送るため、医療費を決める仕組みが整っていないのです。

実は、北海道は2010年から例外的に医療用ジェット機「メディカルウイング」の運用を実現しています。これは北海道の面積が広大であり、かつ医療資源の偏在が著しいことを受けたものと言えるでしょう。北海道航空医療ネットワーク研究会 (HAMN)が事業の委託を受けており、本州で治療が必要な場合はそちらに飛ばせるルール作りができています。

「とはいえ、これを実現できる自治体は少ないでしょう。北海道だからできているとも言えます。私が大阪大学と国立循環器病研究センターにいたころ、あわせて60名ほどの小児心臓移植を行いましたが、そのうち6名が北海道の子でした。運べる方法のあるところに住んでいる子は助かって、運べないところの子は助かってないという話になるわけです」(福嶌氏)

  • 北海道が全国に先駆けて運航しているメディカルウイング

どこで生まれても、どこに住んでいても公平に医療にアクセスできる、そんな社会を福嶌氏は望みました。しかし骨太の方針にドクタージェットを載せることはできず、当初考えていた国からの補助金は得られません。最大の課題は活動資金の調達になりました。

クラウドファンディングによって実現する医療

「資金が足りない」。福嶌氏はこの問題を解決するために「READYFOR」でのクラウドファンディングを行います。きっかけは、国立循環器病研究センターがチャイルドライフスペシャリスト(CLS)や臨床心理士を雇用するための費用をクラウドファンディングしていたことです。

もともと福嶌氏はCLSの活動に関わってきており、現在千里金蘭大学に籍をおいているのも、看護学部と教育学部があるからだそうです。「READYFOR」の評判とクラウドファンディング成功を聞いた福嶌氏は、こうしてドクタージェットのクラウドファンディングをスタートさせます。

クラウドファンディングで資金を調達することによって、ドクタージェットはどのような活動を見込めるのでしょうか。福嶌氏は次のように話します。

「可能であれば大阪国際空港(伊丹空港)から飛ばしたいのですが、そのためには約4億円が必要ですので、県営名古屋空港を利用することになるでしょう。飛ばし方には2パターンあって、ひとつは主に心臓疾患です。先生がご家族に説明するために紹介先病院に伺い、適用になったら患者とともに飛行機で飛ぶ形です。もうひとつは救急。まず救急の先生のいるところまで飛行機を飛ばし、医師、看護師などの医療者が3人乗って、それで患者のいる病院に行って帰ってくるという形になります」(福嶌氏)

この2パターンであれば、一回の費用は約300~400万円。予算が1億円集まれば、20回以上は運べる計算になるそうです。これは、従来通りの利用頻度であれば約1年間にわたり重症の子どもを助けられる金額です。ただし、北海道のHAMNは5年間に100件の利用がありました。これまでの全国調査において他の地方自治体ではそれがほぼゼロということは、つまりそれだけ救えなかった命があるということになります。運用が周知されれば、ドクタージェットの利用者もまた増加することでしょう。

「厚生労働省には最初『県の中央病院に運んだらいいじゃないか』と言われました。医療レベルが分かっていないなと思いましたね。飛ばすなら三大都市圏まで飛ばさないといけないのです。とくに心臓移植の施設は東京、大阪、福岡にしかありませんから」(福嶌氏)

子どもを地元に戻すバックトランスファーの重要性

福嶌氏はここで能登半島地震について振り返ります。能登半島の冬の寒さは厳しく、外気温は氷点下に達します。PICUで27℃が求められているのに、マイナスの環境におかれては、重症の子どもはそれだけで亡くなってしまうのです。

「子どもたちの元気が無くなり、症状も見抜けなくなります。小児を専門としない先生ではなおさらでしょう。重症の子どもはおよそ2日しかもちません。最初から小児専門医を送れていれば、適切なトリアージができていたのではないでしょうか。もっと助けることができた子どもたちがいたかと思うと、非常に悔しい思いです」」(福嶌氏)

  • 能登半島地震で被災した子どもたちの状況に心を痛める福嶌氏

被災者の広域搬送はすでに始まっており、現在は主に高度な専門病院がある愛知県に移送されています。これは、ドクターヘリで飛んで行ける範囲の大都市圏が愛知県だからです。もしドクタージェットがあれば、より多くの子どもの命を救えたのかもしれません。さらに福嶌氏は、バックトランスファー(逆搬送)の重要性について語ります。

「ある患者さんが大阪や愛知に運ばれてきて、治療が施されても、現在は救急車で搬送できるくらいまで回復しないと地元に帰れません。つまり、症状が安定しても2カ月くらいは入院しているわけです。その間、高度な専門病院の一床が埋まってしまいますし、子どもは精神的に不安定になってしまいます。また親はその子のために大都市にいるか、通わなくてはなりません。子どもを早く地元に返してあげることはすごく大事なんですね」(福嶌氏)

北海道は、2023年8月に道内のバックトランスファーに対して予算を計上することを決めたそうです。こういった医療のあり方を日本中に広げることが、福嶌氏の目指す未来と言えるでしょう。

知らずに亡くなっているお子さんはたくさんいる

子どもと大人の医療は大きく異なります。重症の子どもを助けるためには、高度な専門病院への搬送が欠かせません。福嶌氏は最後に、自身の思いを語ります。

「高度な専門医療をすべての地方自治体で実現するのは財政的に難しいでしょう。それに変わる手段は『運ぶ』しかないと思います。実は知らずに亡くなっているお子さんはたくさんいるんです。送っていたら助かっていたかどうかは、送ってみないと分かりませんから。私も心臓移植をしてきましたが、あの子たちは送られてこなかったら亡くなっている子なんです」(福嶌氏)

小児科医は、子供に対してすごく愛情を持っている方が多いでしょう。しかし、現状では高度専門病院に繋げることができなければ八方塞がりになってしまう状況があります。

「私自身の経験から言っても、一生懸命電話して駄目だったときのことは忘れられません。これが続くと、あきらめのような気持ちになってしまうんです。そうやって患者のことを思っている医師のやる気が無くなっていくのが本当にやるせない。いま、能登半島でも同じような思いを抱えている先生はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。未来の子どもたち、そして将来的には大人の医療のためにも、ドクタージェットへのご協力をお願いしたいと思います」(福嶌氏)