物質を吸い込んでいるはずなのにリングの直径が変わらないのを不思議に思うかもしれないが、それはSMBHが大質量であること、とりわけM87*は巨大なため、地球時間で1年ほど物質を吸い込んだ程度では、質量が増えた内に入らないからだという。太陽質量の約65億倍のM87*であれば、とてつもない量の物質を今この瞬間にも飲み込み続けているようなイメージを持ってしまうが、それは誤りである。そもそもガスなどは真っ直ぐSMBHに落下するわけではない。降着円盤の一部となって、光の速さに近いほどの超高速で周回するようになるのだ。そのため、強烈な遠心力が働いてSMBHの強い重力とつり合ってしまい、なかなか落下しなくなってしまうのである(落下するには、その回転速度を減速させる必要がある)。さらに、落ちていった物質が重力エネルギーが熱エネルギーに変換され、X線などの強力な電磁波を放射するため、光の圧力が次に落ちようとしている物質の落下を押しとどめてしまうのもある。
また重力が強いほど、時間がゆっくりと流れるのも影響する。事象の地平面に近づけば近づくほど重力が強く働くようになるのと同時に、地球上(もしくはM87*の重力の影響を受けない十分に離れた場所)から観察した場合、事象の地平面に近づくにつれて時間がどんどんとゆっくりとなっていく(ように観察される)。M87*は活動銀河核なのでいて座A*よりは物質を多く飲み込んでいるのは間違いないはずだが、それでも一般的なイメージよりはかなり小食で、太陽程度の質量の物質を飲み込むのに1000年はかかるという。つまり、1年間で太陽質量の1/1000が増えた程度では、太陽質量の約65億倍のM87*にとっては増えたうちに入らず、地球からの観測でリングの直径が目に見えて変化することはないのである。
その一方で、変化したものもある。それはリングの明るい領域と明るさのコントラストだ。1回目の時は、真下(6時方向)方向が広く明るかったが、今回はより明暗がはっきりとし、5時の方向がとても明るく、逆に11時の方向がより暗い感じだ。この明るさのコントラストの変化は、降着円盤の物質の乱流状の振る舞い(密度のムラ)を示すものとする。
M87*の自転軸は、手前の右斜め上から、奥の左斜め下へ向かっていると推測されている。そのため、降着円盤は画面に対して左に傾く形で縦に立っている状態だ。また円盤面が完全に見える真っ正面ではなく、どちらかというと真横に近い斜め方向から見ていると考えられている。画面右側が奥側で下側の明るい部分が地球に向かってきており(ドップラー効果の青方偏移となる)、左側で画面上部へと向かっていき、11時の辺りで奥側へと向かう(ドップラー効果で赤方偏移となり、暗くなる)。こうしてブラックホール近傍の物質の振る舞いを視覚的に確認できたことは、同天体への物質降着に関する謎の解明につながるとしている。
そして今回の会見では、今後の展望も語られた。M87*はブラックホールと降着円盤とジェットからなる動的なシステムであることから、その理解の深化には多波長による動画撮影が必須だといい、今後は連続した撮影が試みられる模様だ。
またEHTのグローバルVLBIネットワークは、現在は9か所11台(2021年に、米国・キットピーク12m望遠鏡、フランス・NOEMA観測所が参加)だが、さらに2024年以降には韓国の新型望遠鏡なども参加する予定としている。VLBIの観測網の緻密さを視覚的に把握できるUV図があるが、参加する望遠鏡が増えるほど隙間が埋まっていくので、さらに新しい電波望遠鏡を追加する次世代EHTの概念検討も進められているとした。
さらに、VLBIを宇宙へ展開する「ミリ波スペースVLBI衛星計画」(通称:ブラックホールエクスプローラー(BHEX))も進められている。米国や日本などが参加して国際協力で行われ、VLBIを巨大化し、視力を向上させるというもので、リングの呼応解像度化と動画撮影が目的とされている。
なお、日本にもNAOJが運用する「VERA」と呼ばれるVLBIネットワークが存在しており、成果を上げている。韓国や中国の電波望遠鏡と連携した東アジアVLBI観測網(EAVN)に参加しているが、現時点ではEHTのグローバルVLBIネットワークには参加していない。これは、ネットワーク内で最も性能が高いアルマ望遠鏡に対し、そのほぼ真反対に位置する日本の電波望遠鏡はM87*を同時に観測できないためで、地理的な理由だという。
ちなみに、日本国内の電波望遠鏡に関しては、3.5mm帯受信機設置を進められており、それによるEAVNとグローバルVLBIによるジェットの動画撮影を含めた観測計画が進められているとする。
なお補足として、1回目のM87*の観測はサンプリング不足で、BHシャドウやリングの画像は「人工的に作られたもの」として、EHTコラボレーションの成果を否定する論文が日本人研究者によって発表されているが、こちらに対しては、2回目の観測にも成功したことで、決着をつけられたとのこと。世界の天文学会的にも、EHTコラボレーションの成果は受け入れられており、ほかに否定するような論文や論調もないとしている。