レトロで趣のある街並みが観光客に人気の福岡県北九州市・門司港エリア。西日本電信電話(以下、NTT西日本)北九州支店では、その周遊コースの一角を担う「門司電気通信レトロ館」を通じて、地域活性化に向けた取り組みを進めている。現地で担当者に詳しい話を聞いた。
「門司電気通信レトロ館」とは?
門司港レトロ地区は、明治、大正、昭和初期にかけて外国貿易で栄えたエリア。優雅で美しい往時の建築物が現在も数多く残されており、観光客の目を楽しませている。
そんな"大正ロマン"漂う街の景観に彩りを添えるのが、NTT西日本が企業博物館として運営している「門司電気通信レトロ館」だ。この鉄筋コンクリート造りの三階建てビルは、のちに「京都タワー」「日本武道館」などを手がける山田守氏が設計したもの。2024年は100周年のメモリアルイヤーとなる。
その館内1階は展示・体験コーナーとなっており、電信・電話の発展の歴史をたどることができる。入場は無料。グラハム・ベルの電話機(復元)から、国産1号の電話機、そして明治から人々に親しまれてきた公衆電話など、貴重な所蔵品が所狭しと並んでいる。
立地も活かして盛り上げていく
この門司電気通信レトロ館にて、館長を務める江後紀久子氏と、NTT西日本 北九州支店の新島美幸氏に話を聞いた。
レトロ館は、門司港エリアを盛り上げるために民間や地元の団体と行政等が力を合わせる「門司港レトロ倶楽部」のメンバーであるとともに、港湾地域で交流・賑わいの観光地づくりを実施する「みなとオアシス門司港」を構成する施設の1つにもなっている。江後氏は「いま取り組んでいるテーマのひとつに、観光客の回遊性の向上があります。ここレトロ館は中心街の東端に位置しており、また関門トンネル人道のある和布刈(めかり)地区を結ぶ立地にあることから、まだまだ私たちにできることは色々ある、と感じています」と話す。
地域貢献の一環として、地元の小中学校の社会科見学の受け入れも積極的に行っている。これは余談になるが、江後氏によれば最近の子どもたちのなかには「受話器」の使い方を知らない、そもそも言葉の意味も分からない、という子が増えてきたそうだ。「たとえば『ダイヤルを回して』と言うとクルマのハンドルのように回そうとする子がいます。時代の移り変わりを感じますね。あとは親子3世代で来られて、お祖父さんがお孫さんに電話の使い方を教える、という微笑ましい場面もよく目にします」。
また新島氏は「大人の社会科見学として楽しんでもらうケースも増えています。電話は、青春時代の思い出と深く結びついているもの。皆さん、電話にまつわるエピソードが豊富で、電話機を前にして『あんなことがあった』『こんなこともあった』と昔を懐かしむ姿が見られます」と笑顔になる。
レトロ館では「電話交換手」の仕事もデモ体験できる。当時使われていた磁石式手動交換機がまだ動く、というのは驚きの事実。このほか、来館の前日までに電話予約しておけばクロスバ交換機も見学できる。最近ではこうした「近代化産業遺産」認定の設備を見学しようと、県外の高校からも学生が訪れているという。江後氏は「電子工学科、情報科などで専門分野を学んでいる子どもたちが『電話』『通信』の発展の歴史について学びに来ています」と紹介する。
糸電話で日本新記録を達成!
ところで関門トンネル人道(全長780m)では2023年12月13日、北九州市門司区と山口県下関市の小学生約60名が"糸電話の日本記録更新"にチャレンジした。一体、このアイデアは誰が考案したのだろう?果たして、県境をまたぐ250mの長距離糸電話で会話は成立したのだろうか?
もともとレトロ館では、スタッフが業務の合間に手作りした糸電話を来館した子どもたちにプレゼントしていた。そんなある日、北九州市 門司港レトロ課の職員が江後氏のもとを訪問。「関門連携(北九州市と下関市の連携)で何かできることはないか」「観光客の周遊性向上を目指した取り組みが行えないか」と相談をもちかけた。そこでふと、江後氏の口から出たのが「糸電話をしてみたらいかがでしょうか」というアイデアだったという。
「私が提案したものは、あくまで単なる思い付きに過ぎません。実現するには、相当の忍耐と試行錯誤が必要だったと聞いています。北九州市、下関市の両岸の小学校をはじめとする地域、関係者の皆さん、そして自治体のつながる力の大きさをあらためて実感しました」(江後氏)。
ちなみにレトロ館でも、そんなことが実際に可能なのか、事前に館内の廊下で50mの距離をとって実験したことがあったそう。江後氏は「でもタコ糸では重すぎてダメだったんです」と苦笑いしながら当時を振り返る。最終的に子どもたちのチャレンジは、紙コップ×釣り糸という組み合わせで行われた。さすがに250mの距離となると釣り糸でもたわむため、大人が手でコップを支えて糸を張った状態を維持し、子どもたちに喋ってもらうスタイルで実施した。
どんな感じに聞こえたのだろう? 当日、間近でチャレンジを見守った江後氏は「いまガサガサいってるコレは雑音なのか? 人の声なんだろうか? 距離があると聞こえないんじゃないか……? そんな風に、不安が募っていきました。やがてハッキリとした声で『聞こえてますか?』という問いかけが聞こえてきたので、一同『よかった』とホッと胸をなでおろしました。本当に、信じられないくらい明瞭な音声で通話が成立したんです」。ちなみに現場は伝わってくる声を聞き漏らすまいと、ずっと緊張感につつまれていたそう。子どもたちのイベントなのにシーンとした雰囲気だったのが印象に残っています、と打ち明けた。
声をかけてもらえる存在に
近年、自治体との繋がりも強くなりつつある。たとえば北九州市 港湾空港局からは、日本最大級のクルーズ客船「飛鳥II」が寄港したときに協力を求められ、レトロ館のバックヤードツアーを開催すると好評を博した。また門司港レトロ地区のひな祭りイベントなどにも継続的に参加している。
新島氏は「大正時代からここに建物を構えている私たちです。地域に溶け込めるよう、地元の催しへの参加はもちろんですが、地域でお困りごとがないか、ヒアリングも続けています。少しずつですが、北九州市やレトロ地区の様々なところから何かしらお声がけいただけるようになりました。今後も、地域になくてはならない存在になれるように活動を続けていきます」と話す。これに江後氏も「いま地区全体で同じ方向を向けているという実感があります。課題についても共通認識で取り組めているのが心強く、また楽しくもあります。皆さんから頼られる存在になれたら嬉しいですね」と応じていた。